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雪華
2022-09-19 20:55:06
6660文字
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テリサイ
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【テリサイ】不完全なものこそ美しい
テリサイ(未満)で、テリが先生の耳にピアスを開けてあげたり嫉妬する話。ちょっと痛そうです。
各地を流浪していたテリオンがボルダーフォールを訪れたのは、ほんの気まぐれだった。
盗賊殺しと呼ばれる屋敷に興味を持ち、腕試しに侵入しようとした折に、一人の学者がテリオンを盗賊だと見破った。男は信用状を盗んだ現場を目撃したと言い、衛兵に突き出さない代わりに同行させて欲しいと言い出した。レイヴァース家の宝が気になる、そんな理由だけで。
邪魔だと思えばいつでも見限る、そう伝えて許可したのは騒がれるよりましだと思ったからで、それ以上の理由はなかった。男は頷くと柔らかく微笑み、握手を求めて手を差し出してきた。
――
それが、サイラスとの出会いだった。
「
……
チッ、大したものは入ってないな」
解錠した箱の中を覗き込み、舌打ちをする。魔物の襲撃にでも遭ったのか、打ち捨てられた荷物の中に入っていた鍵付きの小箱だった。金目の物が入っていそうだと目をつけたが、中身はアクセサリーと銅貨が数枚入っているだけだった。
「テリオン君、何が入っていたんだい?」
「体力のピアスだ。
……
売っても大した金額にはならんな」
「それは残念だ。木箱の痛み具合や、食料の残骸の腐敗加減を見るに、捨てられてひと月以上は経っているだろうね」
木箱を眺めながらサイラスはそう呟く。この荷物を漁っていた魔物は、先程彼の雷撃魔法で焼き尽くしたところだ。魔物が取り返しに来る心配もなく、積荷の持ち主にとってももう失くしたことと同然だろう。そう思って、旅の路銀になりそうなものがないか探っていたのだが当てが外れた。
空き箱を適当に捨て、ピアスを手の中で弄ぶ。自分の耳には既に別のピアスが収まっている。特段付け替える必要性は感じていないが、かといってただ捨てるのも惜しい。声を掛けて、彼の手元めがけてそれを投げた。
「
……
おい。あんたにやる」
「っと、
……
急に投げないでくれ。キミは使わないのかい?」
「俺はもう間に合ってる。貧弱な学者先生にはちょうどいいだろ」
「気持ちは嬉しいのだが、実はピアス穴は開けていなくてね
……
」
サイラスは困ったように僅かに眉を下げ、テリオンにも見えるように髪を耳にかけてみせた。確かに、形の良い耳に穴はない。
「キミは自分で開けたのかい?」
「
……
まあな。使わないのなら、寄った先で換金するか」
「いや、待ってくれ。機会があれば開けてみたいとは思っていたんだ」
「へえ」
「しかし自分でするのは心もとなくてね。良かったら、開けてくれないだろうか」
無邪気な言葉を脳内で反芻し、改めて彼を見上げる。冗談で言った訳ではなさそうで、サイラスは人の良い笑みを浮かべていた。出会った時から感じていたことだが、この男には警戒心というものが備わっていないのだろうか。
「正気か?」
「? ああ。痛みを伴うから自分で行うのは不安だが、キミなら上手くやってくれるだろうと思って。もちろん、無理にとは言わないよ」
顔の傍で針を扱う上に、身体に傷を残す行為だ。それを他人に平気で委ねるというのか。
――
全くもって解せない。温室育ちの学者の考えることはテリオンには理解不能だ。
ただ、サイラスが体力のピアスを着ければ、少しは旅程を縮められるかもしれない。サイラスの用事が片付けば、次は自分の目的地に足を運ぶ約束になっている。その道中がほんの僅かでも楽になるのなら、取れる手段は取るべきだろう。
「
……
やってやる分には良いが、後で文句を言うなよ」
「分かっているよ。道具がないから、次の町に着いたときにでも
……
」
「いや、針くらいならある」
「流石だね。では、よろしく頼むよ」
裁縫や細やかな作業用に針は持ち合わせている。その中でも細いものを選んで取り出すと、彼は大人しく木箱に腰掛けてみせた。その前に膝をつき、鬼火で針を炙って消毒する。
「
……
まずは右からだ」
「ああ」
柔らかな耳朶を片手で摘むと、サイラスはテリオンの手元を見ようと視線を動かす。間近で見れば見るほど、彼の顔が美しい造りをしていることがよく分かる。宝石のような輝きを秘めた瞳、すっと通った鼻筋、仄かに色づいた唇。同性であってもそう思うのだから、異性が惹かれるのは至極当然だろう。
「いくぞ。暴れるなよ」
「
……
っ」
耳朶の中央より僅かに下に針の先端を当て、一息に貫く。ぷつりと肌を貫いた手応えとともに、サイラスが息を呑んだ気配を感じた。慎重に針を引き抜き、代わりにピアスを押し込んでやる。
「ふむ
……
やはり無痛とはいかないか。それなりに痛みはあるね」
「その割には大人しくしてたな」
「キミがそう言ったからね」
針の先を拭い、再び炎で炙るテリオンの手元を、彼は相変わらずまじまじと観察している。その気になればこの炎で二目と見られない顔にすることも、針で目を潰すことだってできるというのに、サイラスは自分がそんなことをするとは微塵も思っていないようだ。
晴天の空を映した瞳は、テリオンを盗賊だと知っていながらも一切の疑いを持たない。自分もこんなに純粋に生きていた頃があっただろうか。それはもう、思い出せないほど昔のことだった。
「
……
もう反対もいくぞ」
「お願いするよ」
反対側も同じ位置に針を当て、真っ直ぐに突き刺した。針を抜いて開いた穴を確かめた時、言いようのない感覚が己の胸中に渦巻いた。エルフリックが産み落とした完璧な造形に、疵を付けた
――
それは罪悪感のようで、高揚感に近くもあった。複雑な感情が入り混じり瞳孔が開いていたせいで、陽の光がやけに眩しく感じて目を細めた。
「そう長い時間ではないが、これほど痛いと自分でできる気はしないな。キミに頼んでよかったよ」
「
……
そうかい。後は暫く着けたままにして、こまめに消毒しろ」
「ああ、ありがとう。似合っているかい?」
もう片耳もピアスを着け、両耳に揃いのそれが輝く。上手くいけば、このまま彼の体には一生このピアスホールが残るのだろう。いつかこの瞬間が過去になり、記憶が薄れたとしても。確かにサイラスの体にテリオンが付けた傷が残される。
「
……
そういうのは町で女にでも聞くんだな」
「どういう意味だい?」
「賢い頭で考えろ。
……
休憩は終わりだ、行くぞ」
朴念仁らしいとぼけた返答にため息を返し、歩き始めた。その後ろを、少し慌てた様子でサイラスが付いて来る。次なる目的地は西方の町、クオリークレスト。
――
この時はまだ、この旅が想像以上に長くなるということをテリオンは知らずにいた。
***
二人で始まった旅は、主にサイラスの好奇心により行く先々で様々な問題に首を突っ込み、その度に同行者を増やした。目立たないことが鉄則である盗賊が、まさか七人の旅人と一匹の雪豹と共に歩むことになるとは思わなかった。
ただ、人数が多くなったことで旅は格段に楽になった。手を借りることもあり、それには自分の働きで返した。仲間でありながらも、ちょうどよい距離感を保つこの関係は案外居心地が良い。
そんな一行は今、リバーランド地方を東に向かって歩いていた。次なる目的地はサイラスとハンイットが目的とする町、ストーンガードだ。今日は日暮れまでに中継地となる町への到着を目標としているが、天候が良いため問題なく辿り着けそうな見込みだ。
隣を歩くサイラスを何気なく見上げた時、爽やかな風が吹き、濡羽色の髪が揺れた。その耳に輝くピアスは、昨日までのそれとは違う色をしていた。つい疑問が口を衝いて出た。
「
……
ピアス、替えたのか」
「ん? ああ、そうだよ。ハンイット君が使わなくなったそうだから、譲ってもらったんだ。魔物に後れを取ってしまうことも多いが、こうして俊敏のピアスを身に着けることで改善に繋がるかと思ってね」
「
……
そうか」
言われてみれば確かに、ハンイットが着けていたものと同じだ。断りもなしに、と一瞬浮かんだ思考をすぐに打ち払う。彼の言う通り、ホールの固定は済んでいるのだから、必要な時に最適な装備に付け替えればいいだけだ。それなのに何故か、胃の辺りがむかむかして気分が悪い。
「大丈夫だよ、きちんとアーフェン君に消毒してもらったから」
「聞いてないだろ、そんなこと」
「違ったかい? 納得していないようだったから、衛生面を心配しているのかと思ったのだが
……
」
「ハ、なんで俺が。アホらしい」
その発言を鼻で笑い、歩く速度を少し早める。そうだ、全くもって馬鹿らしいことだ。サイラスを心配する道理がないし、こんなことで彼にも伝わるほど機嫌を損ねるなんて異常だ。頭は冷静にそう断じているというのに、原因不明の不快感は消えないままだった。
――
その後は予定通りに進み、問題なく町へと辿り着いた。夜にまた酒場で落ち合うとして、それまでは自由時間を取ることになった。トレサやアーフェンは宿で帳簿や薬の管理をすると言い、ハンイットはリンデともう少し体を動かすと言って再び町の外へ向かった。残された面々も自由時間を謳歌すべく散り散りになってゆく。
(
……
さて、どうするか)
考えながらも、染み付いた習慣をなぞるように歩き始めていた。初めての町に着いた時は、反時計回りに歩いてみるというのがテリオンの中での決め事だ。町の作りや住居の数、有事の際の逃走経路の確保など確かめておくことは多い。今は食うに困らないので大きな仕事はしないが、それでもつい観察してしまう。
その道中、市場の前でふと足を止めた。日暮れが近いこともあり、生鮮食品を扱う露店は見受けられず、日用品を扱っている店も既に片付け始めていた。その中で、もたもたと装飾品を仕舞う店主の姿が目に留まる。すると店主の青年が顔を上げ、テリオンの姿を認めた。
「やあ、お兄さんいらっしゃい。もう店じまいだから、安くしとくよ」
「
……
腐るもんじゃないのに、値引きするのか?」
「この町で商売するのは今日までなんだ。明日からは、ここで仕入れた品を別の街で売ることになってる」
「
……
」
並べ直される装飾品には当然、ピアスもある。
――
たとえば、テリオンがより適したものを贈れば彼は付け替えるだろうか。そうすればこの奇妙な不快感も緩和されるような予感があった。
「
……
守護のピアスを一対くれ。いくらになる」
「それなら、二百五十リーフでどうだい」
「分かった」
提示された金額は確かに相場より安い。盗賊が金を出して装飾品を買うなど馬鹿らしいということは、自分でも良く分かっている。それでもそのまま懐からリーフを取り出して支払う。単純に、あの純美な造りの男に盗品は似合わないと思っただけだ。
「ちょうどだね。贈り物なら包もうかい」
「要らん、そのままでいい」
「はいよ。まいどあり!」
受け取ったピアスを裸のまま懐に入れ、足早にその場を離れた。
そうして町を彷徨いている内に集合時間となり、仲間たちとともに酒場で食事を取った。明日も早くに町を発つことにしているため、食後はすぐに宿へと向かった。今となっては相部屋も慣れたもので、一人で野営をする時よりは深く眠れる。部屋割りは理由がなければ順繰りに回すことが暗黙の了解で、今日はサイラスと同室となった。
「それじゃあ、おやすみ」
「おやすみなさーい」
「また明日な」
「おやすみなさい」
廊下で仲間たちと別れ、サイラスと共に部屋の扉をくぐる。二人の時は夜目がきくテリオンのほうが灯りをつけることも、またいつの間にか決まっていたことだ。真っ直ぐに机の上のランタンの前に立ち、鬼火で中の蝋燭に火を灯す。
「久々にゆっくりできたね。キミは自由時間は何をしていたんだい?」
サイラスが後ろ手に鍵をかけ、片側の寝台に腰掛けながら問うてくる。テリオンはそのまま机にもたれかかり、腕を組んで質問を返した。
「
……
そう言うあんたは、何をしていたんだ」
「私は少し散歩をして、後は広場のベンチで本を読んでいたよ。集合時間前にたまたまハンイット君達が通りかかり、そのまま一緒に酒場へ向かったんだ」
「なるほど。道理で遅れずに来れたわけだ」
一度本を開いてしまえば深く没頭してしまい、周囲の状況など気にも留めないのがサイラスという男だ。ハンイットが通りかからなければ、恐らくそのまま待ち合わせには遅刻してしまっていただろう。そうかもしれない、と苦笑いを浮かべる男の前で懐に手を入れる。
別に、気まずいことなどない。こちらのほうが良い働きをすると説明して、押し付ければ済むだろう。そう自分に言い聞かせて、守護のピアスを取り出した。
「
……
サイラス、手を出せ」
「ん? これは
……
守護のピアスか。どうしてまた?」
「盗んだ荷物に入っていた。
……
足の遅いあんたに俊敏のピアスは焼け石に水だろ。これなら身を守れる上に、神官の真似事をする時にも都合がいいはずだ」
態々買ったと言うのは憚られ、小さな嘘を織り交ぜて伝えた。サイラスは一瞬なにか言いたげに目を細めたが、次の瞬間にはにこりと笑ってみせた。
「ありがとう。お礼に渡せるものはリーフくらいしかないのだが
……
」
「構わん。盗品だからな」
「
……
キミがそう言うのなら、気兼ねなく頂こうかな」
するとサイラスはおもむろに自分の耳に手を伸ばし、着けていた俊敏のピアスを外す。代わりにテリオンが渡した守護のピアスをホールに収めると、見せつけるように顔を傾けてみせた。
「どうだい?」
「
……
悪くないんじゃないか」
「ふふ、ありがとう」
テリオンが贈ったピアスがサイラスの耳で煌めく様を見ると、不思議と満ち足りた気分になった。彼の耳朶を針で貫いた時の感触が指に蘇り、動悸が速まる。自分が陶器のようになめらかな肌に傷を印し、その傷に装飾品を付けて更に美しく飾り立てていると思うと、どこか倒錯的でもあった。
彼は満足げに頷くと、外したピアスを鞄に入れる。そして代わりに、焦げ茶色の表紙の本を取り出した。
「
……
ところでテリオン君、この本に見覚えはあるかい?」
「いや。有名な本か?」
「流通量は十分だが、地質学についての本だから好んで読む者は多くはないだろうね。ただ、私が言いたいのは内容についてではない」
サイラスが胸に掲げてみせた本は、学術書のようなものらしい。しかし内容について話したい訳ではないのなら、彼が言いたいこととはなんだろうか。視線で話の先を促すと、緩く弧を描いた唇をゆっくりと開く。
「キミに見覚えがなくて当然だよ。これは今日、この町に着いてから買い求めた本なのだから。
……
この意味が分かるかい?」
「な
……
」
思わず絶句し、目を瞠る。それはつまり、サイラスもテリオンと同じように市へ足を運んだということだ。そしてこの話を今持ち出すということは、彼は自分が贈られたピアスの出処を知っているということに他ならない。買う現場を見たのか、立ち去る後ろ姿を見たのか
――
いずれにせよ、嘘を見破られていたことは事実だろう。
「
……
知っていたのに泳がせるとは、学者先生も人が悪い」
「はは、確かに少し意地が悪かったかもしれないね。キミが装飾品らしきものを買う姿を見たから、どうするのかと興味を持っていたのだが
……
まさか私へのプレゼントだとは思わなかったよ」
「
……
そういうつもりじゃない」
「私のために買ってくれたのだろう? 違うのかい?」
決して深い意図があって渡したものではないが、客観的に見れば贈り物には違いない。サイラスを喜ばせたいと思ったわけではなく、自分が満足するためだけの自己中心的な行為ではあるが、それを説明するとまたおかしなことになりそうな気がする。
口を開きかけて止めることを三度繰り返し、結局一文字に引き結んで首を横に振った。
「
……
違わないが」
「良かった。キミが自ら、今の私にちょうど良いものを探してくれたことが嬉しいよ。
……
大切にするよ、ありがとう」
「大した金額のものじゃない。大袈裟だ」
「金額の多寡は関係ないよ。今度は私からも、キミに贈り物をさせてもらおうかな」
「
……
好きにしろ。俺はもう休む」
そう吐き捨て、空いている寝台に潜り込むと頭の先まで布団を引き上げた。
――
予想外の失態はあったが、不快感は消えた。しかし、それが何故もたらされたかは結局分からずじまいであった。その原因にテリオンが辿り着くのは暫し先の話である。
***
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