雪華
2022-07-15 18:55:35
5811文字
Public テリサイ
 

【テリサイ】ブーケトスの行方

サイラスに連れられて結婚式に参列するテリオン。式を眺めながらあれこれ考える短いお話。お題箱に頂いた『ブーケトスでうっかりブーケを受け取ってしまうテリオンもしくはサイラス』(意訳)というお題をもとにした話です。お題ありがとうございました!

――何故自分が、こんなところにいるのだろう。本日何度目とも知れない自問自答を繰り返した。
花で飾り付けられた教会のベンチに座り、ため息をついて足を組む。人々の視線は主祭壇前の主役たちに注がれているため、テリオンが少々姿勢を崩したところで誰も気に留めないだろう。隣にいるサイラスだけは、こちらを一瞥して口の端に僅かに笑みを浮かべてみせたが。

「汝、病めるときも健やかなるときも、喜びのときも悲しみのときも、富めるときも貧しいときも、これを愛し、敬い、慰め遣え、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓うか?」
「ち、誓います」

司祭のゆったりとした問いかけに対して、新郎の声は緊張に引き攣っている。――そう、テリオンは結婚式に参列していた。アトラスダムには昨日辿り着いたばかりだというのに、突然サイラスから親戚の式に出席しないかと誘われたのだ。もちろん断ったが、サイラスは社会勉強になると宣い、いつの間にか仕立てられていた服を着せられここまで引き摺られて来たのだ。

(大体、いつの間に用意したんだこんなもの……

濃紺のストレートのスラックス、同じ色のジャケット、そして眩しいほど白く肌触りの良いシャツ。どう考えても自分のためだけに仕立てられたそれらを見せられて、ため息半分に袖を通したのが悪かったのか。サイラスに期待を込めて見つめられると無下にはできない、そんな惚れた弱みに付け込まれたような気もする。

……退屈かい?」

耳元でそっと囁かれると少し擽ったい。確かに飽きつつはあるが、嫌というほどのものでもないため首を横に振った。――結婚式という行事を間近で見るのは生まれて初めてだが、案外こんなものかとは思う。目に見えて何かが劇的に変わるというわけではなく、二人が夫婦になることを内外に知らしめるための形骸的な儀式のようだった。
そうしていると、新郎たちの前に次々と蝋燭が並べられ火が付けられる。十二本目に点火されたかと思うと、今度は若い女性が持つ白い布で彼らが囲われた。

……先程の言葉は、配偶者へ、そして参列者への誓いだ。そして今から、十二神への誓いの言葉と共にあの蝋燭の炎を吹き消すんだよ」
「へえ。あの布はなんだ?」
「誓いを阻むために、死の世界から悪しき風が吹くと言われている。あの布は、私達が生きる世界と死の世界を隔てる壁であり、我々を守る神々の慈悲を表しているんだ」

どのような謂れがあるのか、サイラスはこっそりと、しかし丁寧にテリオンに解説してくれる。決して信仰心の厚い男ではないと思っていたため、聖火教会が取り扱う儀式についてこうも詳しいのは意外だった。

……随分、詳しいな」
「興味があって調べたことがあるんだ。今述べられている口上は地方によって若干違いがあるようで、以前フロストランド地方にいる遠縁の親族の式に出席した時は内容が異なっていたよ」
「なるほど……

つい『興味があった』という言葉に反応しかけたが、どうせ他意はないのだと自分に言い聞かせて平静を保つ。サイラスが言っているのは純粋な知的好奇心だろう。自分は恋人と、もっと言うなら生涯を共に歩むと決めた唯一の人と、こうして結婚式に参列していると色々思うことはあるが――果たしてサイラスはどうだろうか。彼はいつも通り穏やかに微笑み、声を潜めて講義のように説明してくれているだけだ。
そうしている内に蝋燭は全て消し終わったらしく、布と燭台が下げられてゆく。司祭が未婚の男女は前に出るようにと呼びかけ、サイラスが立ち上がった。

「次はブーケトスだね。行こうか」
「ブーケトス?」
「新婦がブーケを放り、受け取った者が次に結婚すると言われているんだ。未婚の女性に対して行うことが一般的だが、最近では性別問わずに未婚の者、時には既婚者も交えて行うこともある。言わば幸福を分かち合うためのものだね」
「俺はいい」
「そう言わずに。若いキミが座ったままだと、却って目立つよ」

流石に付き合いが長いだけあって、彼はテリオンの動かし方をよく把握している。この街で盗みを働くつもりはないが、それを差し置いても注目を浴びる行為は好ましくない。渋々立ち上がり、サイラスと共に集団の後方に立った。
参列者に背を向けた新婦が、弾みを付けるようにブーケを持った腕を軽く上下に振る。数度目でぽんと高く放られたそれが、吸い寄せられるように目の前に飛んでくる――。人垣の外側にいる自分が取らないと、あの花束は床に落ちてしまう。咄嗟にそう判断すると、腕を伸ばして受け止めていた。一瞬にして、その場の全員の視線がテリオンに向く。

「受け取られた幸運な方に拍手を。貴方も良縁に恵まれますように……

司祭がそう言って手を打つと、小波のように拍手が広がってゆく。しかし突如、それを掻き消すほど盛大な子供の泣き声が教会に響いた。

「ドロシー、泣かないのよ」
「だって~! ブーケほしかったよぉ……

親に宥められているが、幼女は聞き入れずにわあわあと泣くばかりだ。次の花嫁になれるというジンクスがあるものを、年端も行かぬ子供が欲しがってどうするのかとは思うが、純粋に綺麗な衣装などに憧れているのだろう。
短く息を吐き、幼女の前に膝をつく。しゃくりあげながら丸い瞳に見つめられ、笑顔を作ってみせた。

「お嬢さん、きみにあげるよ」
「い、いいの……?」
「ああ。きみがもらってくれたほうが、花も喜ぶだろうから」
「わあ……ありがとう、おにいさん!」
「よろしいんですか? 本当にすみません……

ブーケを差し出すと幼女は両手でそれを受け取り、ぱっと弾けるように笑った。泣いたり笑ったり忙しいものだと思いながら立ち上がり、去ろうとすると袖口を引かれた。彼女はテリオンの袖を掴んだまま、母親に何かを耳打ちする。

「まって! あのねママ、おにいさんに……
……ええ、分かった。あの、一輪だけになるんですけれど良かったら……

母親がブーケから赤い薔薇を一輪抜き取り子供に渡す。そして子供の手から、テリオンにそれが差し出された。正直なところ要らないのだが、これ以上人目を引いていたくないため大人しく受け取ることにした。

……ありがとう。大事にするよ」
「それでは、心優しい青年と、幸運な少女に改めて拍手を。……では皆様、席にお戻りください」

拍手の中、それぞれがかけていたベンチに戻ってゆく。テリオンも同じように腰を下ろし、予め棘が抜かれている薔薇を手中で持て余していると、サイラスがくすりと笑った。

「優しいね」
……俺には必要ないものだからな。欲しいやつが持ってた方がいいだろ」
「ふふ。……キミの演技は久々に見たが、相変わらず圧巻だね。まるで別人のようだ」

そう言ってサイラスはテリオンの手から薔薇を抜き取り、そのままテリオンのジャケットの胸ポケットに差し込む。とんと手の平で軽くポケットを叩いて、何が楽しいのか微笑んでみせた。
――その後、式は滞りなく進んだらしく、促されるまま教会を後にした。厳かな儀式を前に少々強張っていた体が、涼やかに吹く風に宥められ弛緩する。

「この後は両家の親族が集まり、食事を取るんだよ。参加するかい?」
「いい。あんただけで楽しんでこい」
「いや、キミが来ないのならやめておくよ。そもそも式自体も仕事の関係で出席できるかどうか分からない、と伝えていたんだ。出席しただけでも十分だろう。帰ろうか」
……そうだな」

二人で並び立って、同じ方向に歩いてゆく。当たり前のように彼の家に帰ることにはまだ慣れない。少しだけむず痒い心地だった。
見慣れた門をくぐり、サイラスが鍵を差し込み重厚な玄関扉を開ける。無言のまま、教会の固いベンチとは天と地ほども違う柔らかなソファーに身を投げだすと、サイラスはくすくすと笑みをこぼした。

「緊張したかい? 紅茶を淹れてくるよ」
……手伝う」
「大丈夫、一人でできるよ。付き合ってくれたお礼に、これくらいはさせてもらわないと」

そう言ってサイラスはキッチンへと消えていった。胸ポケットに差し込まれた薔薇を一瞥し、頭の後ろで手を組む。
結婚式というものに参加したのは初めてだったが、正直なところあまり面白さを感じるものではなかった。主役が他人だからこそ余計にそう思うのだろう。聖火神信仰や、古くからの慣習が色濃く反映された儀式だった。

(結婚、か……

生涯ただ一人、添い遂げると決めた者と行う儀式。そう言われた時にテリオンが思い描くのは当然、サイラス・オルブライトその人である。長く共に過ごす内に抱いた親しさはいつの間にか恋に変質し、互いがそれを自覚して受け容れあったことで愛へと変遷した。ではサイラスとあのように結婚式を挙げたいかと言われると、それはまた違う気がした。
同性同士だということもあり、結婚して家庭を作るという考えはテリオンにはない。誰かの前で彼は自分のものだと知らしめる行為は魅力的だが、それなら方法は式だけに限らない。

「お待たせ。お茶請けにクッキーもいかがかな」
……もらおう」

考え事をしている内にサイラスが紅茶と菓子が乗ったトレイを持って戻ってきたので、彼が座れるようにソファーのスペースを空ける。白い皿の上にきれいに並べられたクッキーを一枚取り、口に放り入れた。ほんのり甘く、バターの香りが口腔に広がる。

「美味い」
「良かった。……それにしても、まさかキミがブーケを受け取ってしまうとは思わなかったよ」
……落とすよりはいいだろ」
「もちろん」

短く応えて、サイラスは紅茶の入ったカップを持ち上げる。口から生まれたような男が珍しく物静かなので、自分の方から切り込んだ。――結婚式を挙げたいという願望はないが、それはあくまでもテリオンの考えだ。サイラスがそうではないというのなら、考えを改めてもいいと思う程度には惚れ込んでいる。

「なあ……あんたが俺を結婚式に連れて行ったのは、本当に社会勉強のためだけか?」
「どういう意味だい?」
「これが欲しくて、俺を連れて行ったんじゃないか」

ジャケットのポケットに差していた薔薇を抜き取り、差し出す。サイラスはぱちぱちと長い睫毛を瞬かせ、眉を下げた。困惑げだが否定しないということは、核心を突いた訳ではないが、そう的外れでもなさそうだ。
サイラスは何かを誤魔化すように息を吐いて、真っ赤な薔薇を指で摘んだ。

……なんと言うべきか悩むな。まず先に言っておくが、社会勉強になると思ったことは本当なんだ。正装のキミを見てみたいという浅ましい願望も、また一つの要因である」
「それは……まあ、俺も分からんでもないが」
「うん。……そして、キミにそういうことを考えてほしいと僅かながら思ったことも否定はしない。ただキミに選択を迫るつもりではなくて、同じように私自身も考えるきっかけにしたかったんだ」

二人の付き合いは友人だった頃を含めるとそれなりに長いが、結婚観というものについて話し合う場を設けたことはなかった。そういう意味では、今日の出来事は悪くなかったと思う。手持ち無沙汰に薔薇を回転させる手に、自分の手を重ねる。

「それで、あんたはどう考えたんだ?」
……あくまでも私の考えだが、キミと結婚式を挙げたい訳ではないのだと気が付いたよ。ああ……ええと、キミを愛しているし、私の初めての人で、最後の人だとも思っている。そこの意味は取り違えないでほしいのだが……
……分かってる」

さらりと告げられた熱烈な言葉に、つい口角が上がりそうになる。口元を撫でて誤魔化したつもりだったが、サイラスの表情が和らいだのを見るに隠しきれなかったらしい。

「大勢の人々から祝福を受けたいとは思わなかった。神々に誓わなくとも、私達なら互いに誓い合えばいい。つまり私が欲していたのはあくまでもキミとの将来であり、それを無理矢理婚姻という制度に押し込める必要はないと考えたんだ」
……俺も、概ね同じ考えだ」
「そうか……同じ気持ちで良かったよ」

テリオンがサイラスの考えを肯定したため安堵したのか、彼は甘えるように身を寄せてくる。悪い気はしないので、そのまま背中側から腰に手を回して抱き寄せ、ついでに頬に口付けをした。

「ふふ。……今日は私の思考実験に付き合わせたようなもので、すまなかったね。お詫びと言ってはなんだが、明日はキミの好きなところに付き合うよ。どこか行きたいところや、したいことはあるかい?」
「そうだな……

したくないことは考えたが、したいことについてはあまり考えていなかった。暫し思考を巡らせてみて、ふと思い付く。サイラスの手は白魚のようになめらかで、今は赤い薔薇のみが彩りを添えている。

「たとえばなんだが。……指輪を、見に行くのはどうだ」
「え……
「勘違いするなよ。別に触発された訳じゃなくて、前からあんたに着けてもらいたいと思っていた」

サイラスの頬がじわりと赤く染まるにつれ、自分の顔も同じように熱を持ってゆくことを自覚した。自らが贈った装飾品で美しい指を飾り付けたいとは、前々から思っていた。それにサイラスが左手の薬指に指輪を着ければ、名実ともにテリオンのものだと知らしめることができる。

……私で、いいのかい?」
「あんた以外にはいない。……嫌なのか?」
「まさか! 嬉しいよ。私からもキミに指輪を贈りたいのだが、受け取ってもらえるだろうか?」
「ああ」

返事と同時に、唇が柔いもので塞がれる。形の良い後頭部に手を添えて、今度は自分から唇を合わせた。キスの合間にサイラスは微笑みを浮かべ、うっとりと呟く。

「ん、……テリオン、愛しているよ」
「俺も。愛してる……

参列者も司祭もいない場で、果たして神々の加護があるのかどうかも分からない。しかしそんな目に見えないものよりも、互いに目の前の愛しい人を信じて誓いを立てた。それだけで充分だった。
キスが深くなるにつれ脱力したサイラスの手から、薔薇が落ちる。今が華やかさの絶頂のそれは、自分が落下したことにも気に留めず睦み合う二人を見上げて、少し拗ねているようだった。




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