雪華
2022-01-25 21:08:25
2148文字
Public オルサイ
 

【オルサイ】その名の意味

※追憶の書『騎士の本懐』のネタバレ、Switch版ハンイット3章ネタバレを含みます。
それってこういうことじゃん……?!って思って書き散らしました。

暖かな室内から窓の外を見やる。しんしんと静かに降り積もる雪を眺めていると、先程までの苛烈な戦いが夢のようにも思えた。しかし瞼を閉じれば、竜の翼が生む切り裂くような風の音や、強靭な鱗を斬りつけた感触がまだありありと思い出せる。

……まさか、俺が竜退治をすることになるとはな)

竜退治は騎士の誉れだと、興奮気味に語った声が脳裏に蘇る。純粋で、呆れるほど真っ直ぐな若者だった。何度か稽古をつけたことがあるが、彼の金髪は陽の光を受け眩いくらいに輝いていた。オルベリクがコブルストンに定住してからとんと縁がないが、彼は今どうしているだろうか。

「オルベリク、窓の外はそんなに面白いかい?」

呼びかけられ振り向く。宿の相部屋相手であるサイラスは、自分の荷物が置いてある寝台――ではなく、今晩オルベリクが眠るであろう寝台に座り微笑みを浮かべていた。

「いや。少し、昔を思い出していた。おかしな顔をしていたか?」
「おかしくはないが、笑っているようだったから気になってね。よかったら、あなたの思い出話を聞いてみたいな」
「つまらん話だぞ。……まあ、だからといって聞くのをやめるやつではないか」
「そのとおり。何度も言っただろう? 私と出会う前のあなたのことも、もっとたくさん知りたいんだ」

宝石のように煌めく瞳に熱心に見つめられると、惚れた弱みもあり無下にもできない。隠し立てするようなことでもないので、オルベリクは彼の隣に腰を下ろすと素直に語り始めた。

「以前、一時期だけある旅団に加わっていてな。そこで出会った青年の話だ」

青年の名はライオネル。騎士として武勲を上げるため、竜退治を目指していた。ある町では竜が出没したと噂を聞いて駆けつけ、結果としては竜とは出会えずとも町の者を守るために奮闘するような真摯な男だった。

……結局俺が旅団にいる間は竜は見つからず、成し遂げられなかったらしい。もしかしたら俺が先を越してしまったかもしれんと思ってな」
「なるほど。そもそも竜自体の個体数は多くないから、見つからないのも無理はない。私もこの目で見ることになるとは、旅立つ前は想像もしなかったよ。……それで、そのライオネルという青年とはどんな話をしたんだい?」
「まあ、いろいろだな。……あいつは俺が剛剣の騎士だと知るとよく懐いてきた。だが、あの頃の俺には……その名は重荷だった」

今でこそ、この剣で迷いを断ち切れた。だが各地を流浪していた頃のオルベリクは、守れなかったという後悔を抱え、己の剣の意味すら見いだせなくなっていた。そんな男に騎士の肩書はあまりにも重く伸し掛かった。
無意識に握っていた拳に、そっとサイラスの手が重ねられる。傷だらけな自分の手とは違い、彼のそれは新雪のようにまっさらで華奢だ。いつもどおりのその温もりが愛おしい。

「俺は、守りきれなかった。騎士などと名乗る器ではなかった。……そう吐露すると、ライオネルは……目の前の人を救うことこそ、騎士の本懐だと言った」
「素晴らしい青年だね。世に立派な肩書きはいくらでもあるが、その本質を見抜き、かつ自分で志すことは簡単ではない」
「ああ。剣の腕はまだ未熟な部分もあったが、あいつは既に騎士たる資格を持ち合わせていた。……葛藤し、己の目すら曇らせてしまった自分とは大違いだ」
「オルベリク、そんなことはないと思うよ」

オルベリクの言葉を否定しながらも、その声は優しく耳に届く。サイラスのそれは棘がなく穏やかで、時折体の中の柔らかな部分を抱き締められているような不思議な心地になる。

「あなたはその肩書を重いと言いながらも、決して捨てることはなかった。辛い回り道をして、時には足を止めたこともあっただろう。しかしそれでもあなたはその名に含まれた想いを背負い、逃げ出さずに向き合い続けてきた。並大抵の覚悟でできることではないと思うよ」
「サイラス……

許しを得たいと思ったことはない。たとえ己の剣の意味を取り戻したとしても、過去の出来事はなかったことにはならない。それでも、共にこの旅路を歩んでくれた彼の言葉にすっと胸のつかえが下りたような気がした。
重ねられた手を取り、手の甲にキスをする。騎士が守れるのはせいぜい自らの腕が届く範囲だが、この手は更に大きな――人の未来というものを守るために尽くそうとしている。自分を顧みないサイラス自身のことは、オルベリクが守ってやりたかった。

……まずいな、惚れ直しそうだ」
「おや、それはちょうどよかった」
「どういう意味だ?」

白い頬に朱が差しているのは部屋の温度が高いせいではないらしい。彼はいたずらっぽく目を細め、うっとりるするような甘い声色で告げた。

……竜を目の前にしても、あなたは一歩も退かずに私達を守ってくれた。その背中を前にして、私の方こそますますあなたのことが好きになったよ」
……全く、お前には敵わんな……

柔らかな頬を手の平で包み込むように撫でると、サイラスはくすぐったそうに笑みをこぼす。しかし親指の腹で唇をなぞるとその笑みは止み、ゆっくりと瞼を閉じた。今更遠慮するような仲でもなく、自分のために閉ざされた唇の味を思うままに堪能した。




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