雪華
2021-11-28 21:49:50
4860文字
Public オルサイ
 

【オルサイ】この気持ちは書ききれない

フォロワーさんのネタをお借りしました!旅が終わった後付き合ってないけど文通してるオルサイで、先生が他の剣士に護衛をしてもらったってサラッと手紙に書いてあって嫉妬メラメラするオルです。先生は全然出てきませんけど覇者キャラがちょっとだけ出てきます。

オルベリクがコブルストンに帰ったのは秋の終わり頃、よく晴れた昼下がりのことだった。再び己の剣の意味を見出し、迷いは晴れたものの、故郷が失われた事実は変わらない。旅が終わった後に戻る場所は、ここ以外にないと思った。村人たちはオルベリクを笑顔で出迎え、その晩はささやかな宴会を開いてくれた。
――そうしてオルベリクは、またコブルストンで平穏な日々を送ることになった。

「あ、オルベリクさん! 郵便が届いてますよ」
「ああ、ありがとう」

その日もいつものように村の見回りをしていると、顔見知りの商人が駆け寄ってきた。コブルストンは交通の要所から少々外れたところにあり、訪れる者は限られている。商人たちは生鮮食品やハイランド地方では採れないような珍しい鉱物など多種多様なものを携えてやってくるが、オルベリクが心待ちにしているのは彼らが運ぶ手紙だった。
渡された手紙は差出人の名前を見なくとも分かる。真っ白な封筒が膨らむほど便箋が詰め込まれたこれこそ、オルベリクの心に数十年ぶりに恋情の炎を灯した男が送ってきたものだった。

「よくこの人から手紙が来ていますよねえ。……もしかして、オルベリクさんのいい人だったりします?」
「共に旅をした友人だ。お前の思っているような相手ではない」
「なーんだ、そうですか。仕入れてきたアクセサリーの売り先が見つかったと思ったのになあ」
「悪いが、そういうのは他をあたってくれ」

軽く手を振って商人の男と別れ、自宅に戻る。逸る気持ちを抑えながら手についた汗や泥を落とし、椅子に座って封筒を開いた。すると案の定、話したいことが山ほどあると言わんばかりの量の便箋が出てきたものだから、つい苦笑いを浮かべた。
サイラスと初めて出会ったのも、ここコブルストンだった。辺獄の書を探してアトラスダムを旅立った彼が、フィリップ誘拐事件に手を貸してくれたのが全てのはじまりだった。サイラスは強い好奇心から次々に旅の連れ合いを増やしたが、それでも年長者であるオルベリクを特別に頼り信頼を寄せてくれていた。普段は冷静で落ち着いているくせに、気になることを見つけると子供のように目を輝かせる姿は不思議と魅力的に映り、惹かれてゆく自分を止められなかった。

……物理的に離れてしまえば、落ち着くものだと思っていたのだがな)

オルベリクの胸に巣食うそれは思っているよりも根深いらしく、未だ枯れる気配はない。告げなかったことを後悔はしていない。嫌われているつもりはないが、サイラスが抱く好意が友愛以上でも以下でもないことは見ていたら分かる。それに彼の明晰な頭脳をこんなことで悩ませるのは世界の損失に違いないから、これで良かったと思うことにしている。
気を取り直して、便箋に視線を落とす。見慣れた流暢な文字が紙面いっぱいに綴られていた。まずは時候の挨拶からはじまり、オルベリクが送った手紙への返答、そして彼の近況について語られる。いそいそと手紙をしたためる様子を想像して微笑ましく思いながら読み進めていたが、二枚目の便箋の半ば辺りで視線が止まった。

『復職してすぐは多忙で時間が取れなかったが、ようやく史跡調査を行うことができたよ。ちょうどアトラスダムに腕のいい剣士が滞在していて、護衛を依頼したから調査はとても順調だった。
彼は各地を旅しているようで、アトラスダムに滞在していたのも偶然だったらしい。もしかしたらあなたもどこかで出会うかもしれないね。その時は、ぜひ試合をしてみるといい』

くしゃ、と便箋に皺が入る。――指の震えが抑えられないほど頭に血が上っていた。サイラスが自分以外の剣士を信頼して並び立ったという事実に、内臓が燃えるような嫉妬を抱いた。
なぜオルベリクではなく見知らぬ男がそれを許されたのか。そもそも金で雇われただけの傭兵が、本当に完璧にサイラスを守り抜けたかどうかも疑わしい。仮に調査の最中に負傷したとしても、サイラスがその旨を手紙に書くことはないだろう。失態を恥じて隠すのではなく、彼にとっては自分の怪我などよりも調査の結果のほうが重要度が高いからだ。

……俺がついていれば、傷一つ負わせないというのに)

音がするほど奥歯を噛み締めながらも、頭のどこかは冷静だった。たまたま今回は緊急度の高い調査で、オルベリクに声を掛けるだけの時間的余裕がなかったのだろう。もう少し期間に猶予があるか、もしくはオルベリクが近場にいれば真っ先に声を掛けてくれたはずだ。
旅をしていた頃とは違い、二人の間に距離ができた今は必要な時に頼ってもらえない上に、安否確認すらサイラスから語られるの待たなければならない。この時ほど、傍に居られないことを悔やんだことはなかった。そして、自分にそうする理由がないことも。
一旦手紙を置き、深くため息をつく。どうにも気分が昂ぶって仕方がない、続きはもう少し落ち着いてから目を通すことにした。

***

手紙が届いてから十日が過ぎた。普段なら可能な限り早く返事をしたためるところだが、文面が思い付かずなかなか筆を執ることができずにいた。胸中に広がる複雑な思いが、ただでさえ口下手なオルベリクの手をより鈍らせる。
オルベリクが葛藤する間も日常は緩やかに過ぎてゆく。いつものように自警団の若者に稽古をつけ、剣を収めた。

……よし、今日はここまでだ!」
「はあ、はあっ、お……お疲れさまでした……
「は~……

呼吸を荒くしてぐったりと倒れ込む青年らを一瞥し、空を見上げる。青空にはちぎれた綿のような雲が点々と散らばり、ゆっくりと流れている。サイラスは同じ空の下で何をしているのだろうか。自分が彼を想っている時も、きっと彼は立ち止まることなく未来へ向かって進み続けているのだろう。
――その時、村の入口辺りに人影があることに気付いた。住民やよく出入りをする商人とも違う彼らは、物珍しそうに周囲を見渡している。

「へえ、ここがコブルストンか!」
「のどかでいいねえ。俺はちょっくらよろず屋に行って、商談してくるぜ」
「荷運びを手伝いますよ、ギルデロイさん」
「お、悪いね」
「私は酒場で、今夜踊らせてもらえるか聞いてみるわ! 団長、ついて来てくれない?」

不思議な一団だ。商人らしき荷物を持った男はいるが、全員がそういう出で立ちというわけでもない。紅いターバンを巻いて剣を提げた青年、神官の青年、踊子のような格好の娘、団長と呼ばれた若い女は仮面を着けて素顔を隠している。彼らは村の入口で散り散りになり、その内の一人がオルベリクに向かって歩いてきた。

「分かるぜ、その隙のない佇まい……剛剣の騎士、オルベリク・アイゼンバーグとはアンタのことだな?!」
……いかにも。お前も剣士のようだが、俺に何か用か?」

問いかけながらも、青年の爛々と輝く瞳を見ていればおおよそ用件は察した。オルベリクが剣の柄に手を掛けると、座り込んでいた自警団の若者たちが慌てて立ち上がり距離を取る。

「オレの名はターヒル! いざ、尋常に手合わせ願おう!」
「いいだろう。どこからでもかかって来い」

少なくともオルベリクはこのターヒルという青年に見覚えはない。何故オルベリクのことを知っているのか。そして真っ直ぐに向かってきた様子を見るに、青年がコブルストンを訪れた目的も自分である可能性が高い。疑問がいくつも浮かんでは消えるが、剣を交えれば少しは見えてくるだろう。
互いに剣を抜きぶつかり合う。ターヒルの剣は実直だが無駄な力が入っておらず、豊富な実戦経験を窺わせた。この若さでかなりの修羅場をくぐり抜けてきたのだろう――そう考えながら、放たれた火炎魔法を斬り、更に踏み込んで畳み掛ける。

「くッ……! お、もしろすぎる、だろ……!」

ヒートアップしてくると、冷静にオルベリクの剣を観察していた目に炎が宿る。右からの打ち込みに合わせ、態と体勢を崩し隙を作って彼の油断を誘った。狙い通りにそれを好機と捉えたターヒルの大振りを避け、剣を弾き飛ばす。カラカラと彼の剣が地面を滑った瞬間、自警団の青年たちが歓声を上げた。

「オルベリクさんの勝ちだ!」
「さすがオルベリクさん!」
「くっそー、噂通りの腕前だな……歯が立たなかったぜ……
「いや、いい試合だった。手合わせ感謝する」
「オレのほうこそ! 急に押しかけて悪かったな」

差し出された手を握ると、ターヒルはにかりと人懐こい笑みを見せた。それぞれ剣を収め、息を整えると彼はコブルストンを訪ねた経緯を語り始めた。

「オレは旅団で旅をしていてさ、本当はここに来る予定じゃなかったんだけど、オレが団長に無理言って寄らせてもらったんだ。どうしてもアンタと戦ってみたくて」
「そうだったのか。俺がこの村にいることを知っていたのだな」
「ああ。うちは結構規模の大きい旅団だから、滞在先で別行動することもよくあってな。アトラスダムにいた時に、資金稼ぎの一つとして護衛の仕事を請け負ったんだ。サイラスって学者、知ってるだろ?」
「! では、お前が……

どうやら図らずしもサイラスの手紙通りになったらしい。いざ嫉妬していた相手を前にすると、年若い青年になんと醜悪な気持ちを抱いていたのかと恥じ入った。もちろんターヒルやサイラスにそれを知る由などないが、少々ばつが悪い。

……そうか。お前のような剣士がついてくれていたのなら、あいつも調査に集中できただろう。サイラスに代わって、改めて礼を言わせてくれ」
「そう言ってもらえると嬉しいぜ。学者先生があんまりアンタを褒めるもんだからさ、オレも剣士として対抗心が湧いてここまで来ちまったんだよ。まあ結果としては、あの先生の言うとおりになっちまったけどな」
「あいつは試合の結果まで予想していたのか?」
「おう。オレはアンタには勝てないって、はっきりと。いやー、護衛対象にそこまで言われるとはオレも思わなかったな」

相変わらずのサイラスらしいエピソードだ。サイラスなりにターヒルとオルベリクの戦いを見比べそう断じだのだろうが、言われた側の気持ちを慮っているとはとても思えない。相手がターヒルのような気持ちのいい性格の男だから良かったものの、捉え方が悪ければ不満を抱かれることは間違いないだろう。

「それは……あいつが迷惑をかけたな」
「いやいや、実際そうなったし、負けたからこそ得られるもんもあるだろ。ほんと、あの人はアンタのことをべた褒めしてたぜ。強くて、頼りがいがあって、かっこいいんだってさ」
「そ……そうか」
「そーそー。でもさ……アンタに憧れてるって言ったあの人は、ちょっと寂しそうだったな」

どきりと心臓が跳ねる。サイラスは思ったことを何でも口にしてしまう男で、誤解を生みやすいし、仲間たちのことも幾度も賞賛していた。オルベリクも例に漏れず少々過度な褒め言葉を贈られてきたが、憧れという言葉は彼の口から聞いたことがなかった。
――自惚れだとは分かっているが、ほんの少しだけ期待したくもなる。敢えてサイラスが胸に秘めていた言葉を、直接聞いてみたくなった。

……会いに行くか)

さあと吹いた風が背中を押したかのように、自然とそう思った。離れたところから案じていても仕方がない。顔を見て、声を聞くのが一番だ。声にしなくともオルベリクの決意を感じ取ったのか、ターヒルは僅かに目を細めた。

「オレたちは明日にはここを発って、西へ向かう。アンタと次会うときまでに、オレも腕を上げとくよ」
「ああ。楽しみにしておこう」
「学者先生によろしくな」
「分かった、伝えておく」

手紙の返事ではなくオルベリク自身が目の前に現れたら、サイラスは驚くだろうか。傍にいる理由を求めて来たと知ってもなお、微笑みを見せてくれるだろうか。祈るような気持ちで見上げた空は、変わらず広く澄み渡っていた。




***

感想等をいただけますと喜びます Wavebox