雪華
2021-11-21 20:28:34
2168文字
Public テリサイ
 

【テリサイ】きみの首輪

りんごパイさんのめ~~~~っちゃ可愛い書き出しをお借りして書きました!テリサイ未満の短い話です。

裾を掴むより、フードを掴むほうが早いと気付いたのはいつからだったか。踏み出したその爪先が、異なる方へ向くたびに右手は素早く動き、笑顔を引き止める。

「キミは……私を犬か猫だと思っていないか?」

この時も、首元を締め付けられて咳き込んだサイラスが、涙目をテリオンへ向けた。

「思ってない」
「本当かい? いつもいつも私のフードを引いて……酷いとは思わないのかね」
「これが一番早いだろ。それに、犬や猫のほうがまだ物覚えが良い」
……つまりキミは、私は小動物より学習能力がないと言いたいのか」

頷いてみせると、彼は小さく肩を竦めた。正しく言えばサイラスに学習能力がないのではなく、懲りていないだけだろう。いつだって好奇心の赴くままあっちにふらふら、こっちにふらふらと歩き、時には危険な橋でもそれを承知の上で渡ってしまう。
サイラスは腕っぷしはたしかに頼りないが、魔法の腕前に関して右に出る者はおらず、多少トラブルがあったとしても危険を切り抜けるだけの知恵と度胸を持ち合わせている。仲間達も彼の性質を理解しているためか、態々引き止めるのは今となってはテリオンくらいのものだ。

「やれやれ……そんなことを言われたのは初めてだよ」
「どうだか。……あんたが嫌味に気付いてないだけじゃないのか」
「そうだろうか。では、口にして教えてくれるキミは優しいね」
――……

虚をつかれて言葉を失った。なぜ皮肉をそう捉えてしまうのかと呆れたのではない、自分を恥じたのだ。
テリオンと真逆の環境で生まれ育ったサイラスは、何一つ苦労などしなかった恵まれた人間だと思い込んでいた。だがもしかしたら彼はずっと、研鑽して身につけたものまで天からの恵みだと妬まれ、悪意のある言葉や嫉視に晒されていたのかもしれない。だからこそ、ある意味真っ直ぐ向き合おうとしている自分をそう評したのだろうか。

……変なやつ」
「ふふ。だが、フードを掴むのはやめてくれないか? 声を掛けるだけで充分だろう」
「そう言って、止まった試しがあるか?」

何かに意識を向けたり、熱中しているサイラスはとかく人の話など聞きやしない。テリオンも声を張るたちではないから、手を動かしたほうが早い。
――いっそ本当に、首輪でも着けてやれば大人しくなるのだろうか。サイラスは色白だから、濃い色のものが映えるだろう。あまり大仰なものを着けては可哀想に見えるから細身のそれでいい。首輪に結わえた紐をずっとテリオンが握っていれば、どこにも行けないといずれ悟るだろうか。

……アホらしい)

ため息をつく。不埒な妄想に心が躍ったのはほんの一瞬だけだった。大人しく座り込んで、外を見ているばかりのサイラスなんてつまらない。何でもないことに子供のように目を輝かせて、声を弾ませる彼だから好きになったのに。
隣に並び立つ男は、テリオンの想いになど気付かぬまま不思議そうに微笑みを浮かべている。いい大人なのだから放っておいても大丈夫だと分かっていながら目が離せないのは、淡い恋情がこの胸に根を張っているからだった。

「ふむ……確かに声を掛けられただけでは、人混みでは気付かないかもしれないな。それなら、これはどうだい?」
……は?」

男の割には細くてなめらかな指がテリオンの手の平に触れたかと思うと、軽く握り込まれた。重ねられた手は優しいぬくもりを抱いている。目を白黒させるテリオンに対して、サイラスは笑みを崩さぬまま話し続ける。

「ほら、こうしていればはぐれないし、少しくらい引っ張られても苦しくない」
「やめておけ。……腕輪のこと、忘れたとは言わせないぞ」
……やはりキミは優しいね。私は気にしないよ。まあそれに、このような交易都市では人の行き交いも激しい。案外皆、旅人のことなど気に留めていないさ」

ゆらゆらと戯れるように手を揺らされると、罪人の腕輪の鎖が擦れて音を立てる。しかしそれは雑踏のなかにある話し声や靴音に掻き消された。得意げなサイラスの顔が妙におかしくて、僅かに緩んだ口元をストールに埋めて隠した。

……全く、あんたらしいな。仕方ないから、今日のところはあんたの散策に付き合ってやるとするか」
「そうこなくては! あちらの通りを見てくれ、雑貨の販売をしているようだがどうやら本も……
「先に用事を済ませてからな」

早速駆け出そうとしたサイラスの手をがっしりと捕まえて、引き戻す。いつの間にか離れてしまったことに仲間達も気付いたようで、遠目でトレサが大きく手を振っていた。

「ああ、分かった。では、後でじっくり付き合ってもらうとしよう」
……程々にしてくれよ」
「それは保証しかねるな。この街は気になるところが多いし、何よりキミが一緒に回ってくれるのならより楽しめそうだからね」
「言ってろ」

きっとサイラスは、テリオンが握り返したのを真似ただけで他意はないのだろう。誰にだって思わせぶりなことをする男で、そもそも彼が旅に出たきっかけもこういうことだったらしい。分かっていても、繋いだ手をしっかりと握られると胸の辺りが熱を持つ。
――今だけはどうか、こうすることを許されていたい。テリオンから掴むのではなく、サイラスから手を伸ばしてくれたのだから。




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