雪華
2021-08-29 17:41:30
2018文字
Public テリサイ
 

【テリサイ】緑の瞳

お題箱でもらった『オルとサが話しているところを見て嫉妬するテリ、そんなテリを可愛いとのろけるサ(意訳)』でした!焼き餅はいいですね

ショットグラスの中で、溶けた氷がバランスを崩してカランと小気味良い音を立てる。隣に座る長身の男はジョッキの持ち手を握ったまま僅かに俯き、カウンターの木目を視線でなぞっていた。
亡国ホルンブルグの剛剣の騎士、オルベリク・アイゼンバーグ。サイラスにとってはかの国が滅亡に至った理由や、古ホルンブルグ時代から残る文化様式などは非常に興味深い事柄だ。共に旅をはじめたばかりの頃は殆ど話してくれなかったが、ここ最近は少しずつ語ってくれるようになった。八人と一匹の旅路の中で思うところがあったのか――はたまた学者として友人として問いかけを緩めないサイラスにとうとう折れたのか。それは彼が語らないことなので分からないふりをしている。

……サイラス」
「なんだい」

ちらりと褐色の瞳がこちらを向く。それはサイラスを見ていると言うよりは、肩越しにその奥のテーブルを見ているようだった。他の仲間たちは今も食事を楽しんでいるようで、トレサやアーフェンの楽しげな声は賑やかな酒場のなかでもよく聞こえる。

……ホルンブルグにいた頃、俺は戦場で死ぬのだと思っていた。騎士として、守るものの為に死ぬことは誉れだとすら考えていた」
「過去形なのだね。……今はもう、そうは考えていないということかい」
「ああ。死に方を決めたわけではないが、一つ言っておく」
「ほう」

オルベリクは深くため息をつくと、ジョッキを呷りエールを飲み干した。良い飲みっぷりだと的はずれな賛辞を送る前に、彼は神妙な顔で告げた。

「少なくとも……馬に蹴られて死ぬのは御免だ」

サイラスの予想を裏切った言葉に反応が遅れた。――なるほど、先程の意味深な視線は仲間たちを見ていた訳ではなく、彼に目を遣っていたのか。頭の中でオルベリクの台詞を反芻し、理解すると同時につい吹き出してしまった。するとオルベリクは不満げに眉間の皺を深くする。

「ははっ、あなたもそんな冗談が言えるとはね」
「おい……俺は本気だぞ。お前はあいつの顔を見ていないから笑っていられるんだろうが……
「私を誰だと思っているんだい? それくらいは当然、承知の上さ」

今や国としての形はなく民も散り散りになってしまったホルンブルグは、サイラスにとって大きな謎だ。非常に興味をそそられる謎があり、そしてその答えの一端を持つ人物がいれば話を聞きたくなるのも当然だろう。決して、いたずらに彼に焼き餅を焼かせている訳ではないと言い訳はしておく。
ならば何故、と寡黙ながらも雄弁な瞳がそう問うてくる。シンプルな質問への回答は一つ、実に単純明快だ。眼を細め、声のトーンを抑えて答えた。

……可愛いところもあるだろう?」
……お前もそういうことが言える男だったのか」
「おや、先程の意趣返しのつもりかい?」
「俺には付き合いきれん」

オルベリクは苦虫を噛み潰したような顔をしたかと思うと、引き止める間もなく席を立ってしまった。すると空席になった椅子に当たり前のようにテリオンが腰掛け、カウンターに肘をつく。サイラスを見上げる翠眼は平時と変わらず純美だが、どことなく非難めいている。

「全く……キミが怖い顔をして睨むから、振られてしまったじゃないか」
「そりゃ残念だったな。俺じゃ不満か?」
「まさか。嬉しいよ、こうして私の話を聞きに来てくれて」

恋を知ってサイラスは変わったのだろうか。不安を煽るような真似は好ましくないと理解していながらも、美しい瞳が嫉妬の炎を宿すさまに優越感を覚えてしまう。何ものにも執着しない彼の唯一になれたような錯覚に陥るのだ。テリオンと一緒にいると欲望には際限がない。どんな仕草も表情も見逃したくない、全てが欲しいと到底無理なことまで考えてしまう。
見つめ合ったまま、テーブルの上に置かれた無防備な手に自分の手をおもむろに近づける。そして小指同士を絡めると、テリオンは僅かに口角を上げた。

……ご機嫌取りのつもりか?」
「キミの好きなように取るといいさ」
「そうかい。……俺に酔いたい、と言っていると取っても?」
「それがキミの望みなら」

我ながら呆れるほど甘ったるい声で応えると、今度こそテリオンは笑った。愛しているのも、愛されたいのも目の前の男だけ。言わなくとも彼はよく分かっているが、行動で示されるとまんざら悪い気はしないらしい。自分も同じだから理解はできる。

……分かった。それなら、部屋でゆっくり介抱してやるよ」
「ああ。……ちゃんと眠らせてくれるんだろうね?」
「さあな。あんたの言い訳次第ってところだ」

どうやら今夜は寝かせてくれないつもりのようだ。態と嫉妬させたことを怒られるのだろうか、それもまた甘んじて受け容れようかと思ってしまうのだから自分も大概たちが悪い。酒場を出て暗がりの中で繋いだ手を冷たいと感じたのは、サイラスの体が火照っていたからかもしれない。




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