雪華
2021-07-27 23:05:34
5405文字
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【覇者】共にゆく者

スケアクロウとサニーとサイラスが狩りに行く話。随分前にワンドロワンライのお題を見て面白そう!って思って書き出したけど全く書き上がらなくて放置してたのを、原稿終わったので引っ張り出して書きました。書き始めが確か3月とかなのでサイラスが来たばっかりって言われてます。

薄暗い森の中、草木を掻き分け道なき道を歩く。
――スケアクロウは旅団の一員として旅をしているが、辿り着いた街でどう過ごすかは基本的に個人の自由だ。勿論火急の用があればその限りではないが、ここのところは差し迫った危険もない。だから今日はこうして狩りの依頼を受けたのだった。

……

難しい依頼ではない――自分一人であれば。無言で背後を振り向く。スケアクロウの後に続いているのは、狩人を目指す少女と学者だ。今はサイラスのローブが木の枝に引っ掛かったようで、サニーが慌てて解いてやっている。

「だ、大丈夫ですか? サイラス先生……
「すまないね、サニー君」
……そんな格好で来るからだ。サニー、来てみろ」
「は、はいっ」

サニーを呼び寄せ、昨夜の雨で泥濘んだ地面を指差す。彼女は疑問を口にすることなく視線を下ろし、サイラスも少女の頭越しに地面を覗き込んだ。

「俺達が今日狩りに来た魔物は、大牙イノシシだ。足跡を見てみろ」
「はい……
「ふむ、足跡がはっきり残っているね」
「イノシシとシカの足跡の違いは、副蹄の有無だ。特に雨が上がった後は分かりやすい」
「あ……! 確かに、蹄のすぐ後ろに小さな跡があります!」

サニーは何かあれば涙ぐむような気弱な少女だが、その眼差しは真剣だ。今日は彼女が勉強したいと言うので連れて来たが、何故か通りすがったサイラスまでもが興味を示して着いてきてしまったのだ。サイラスは最近旅団に加わった男で、正直に言うとスケアクロウは彼が何を考えているのか全く見当がつかない。変わった男で、整った顔立ちが却って不気味だとすら思う。

「なるほど。それにこれだけはっきりと地面に跡が残るということは、かなりの重量を持つ相手……キミが狩りを依頼されている大牙イノシシである可能性が高いということか」
……ああ。しかし、思ったより大物かもしれないな」
「そ、そうですか……

そもそもこのヴィクターホロウ周辺は強い魔物が多い。闘技場には腕に覚えのある猛者たちが集まるため、自然と弱い魔物が淘汰され強者が残ったのだろう。不安になったのか目に涙を浮かべたサニーの頭に、ぽんと軽く手を置く。

……大丈夫だ」
「そうだよ、サニー君。彼は旅団の中でも、一二を争う腕を持つ狩人だ。我々は大船に乗ったつもりで学ばせてもらおうではないか」
「お前は楽観的すぎる……
「私も彼女も、キミを信頼しているということさ」

付き合いの長いサニーはともかく、この男に信頼される筋合いは全く無いのだが。仮にそう口にしても、倍以上の言葉で丸め込まれるのは目に見えているので返答はしなかった。
足跡を追うように、更に森の奥深くへと進む。すると泥の中に血液のようなものや、魔物の毛が混ざっていることに気付く。それがスケアクロウにとっては因縁の相手であり、狩り続けていた魔物のものだとはすぐに分かった。

……
「おや、どうかしたかい?」
「静かにしろ。……ラットキンの毛が落ちている。この付近で交戦したのかもしれない」
「ほう、体毛を見ただけで分かるとは流石だね。しかしこの辺りにいるラットキンは、それこそ大牙イノシシにも負けないほど強い――

声を潜めたサイラスの言葉を遮るように、魔物の咆哮が響いた。地面を揺らすような足音か近づき、無理やり茂みに突進したのか枝が折れる音がする。折り重なった葉の向こう側から大牙イノシシの鋭い眼光が覗く――その口元は血に濡れており、ラットキンの毛皮が垂れていた。地面に足をついている状態でも、成人男性の身長を優に上回る巨体を持つ大物だ。

「ひっ……!」
「距離が近すぎる、ゆっくり下がるぞ」

この辺りでも一等強いラットキンを捕食してしまうほどとは、流石に想定外だ。今にも飛びかかろうとせんばかりに鼻息を荒くする魔物を見据えながら、矢筒から矢を抜く。弓を扱う狩人にとって間合いは命だ。まずはサイラスたちを下げ、距離を取らなければならない。
背後に視線を遣ると、サイラスは正面を向いたままゆっくりと後退を始めた。サニーは声を上げて泣くのを堪えるようにきつく唇を噛み、膝を震わせている。

「サニー」
「う、……は、はいっ……あっ!」
「サニー君!」
「待て、」

極度の緊張感に棒立ちになっていた足が泥濘んだ地面に取られ、サニーが派手に転倒した。近づきかけたサイラスを手で制し、飛び出すように彼女の前に立ち塞がる。魔物が泥を蹴り上げ突進するのを見て間に合わないと矢を捨て、代わりに解体用のナイフを抜いた。

「スケアクロウさん……!」
――!」

サニーの悲痛な叫びがこだました瞬間、眩い閃光がスケアクロウの視界を白く焼いた。
肉の焼けるにおいにそれがサイラスの雷魔法だと気付くと、暗がりの中手探りでサニーを抱え上げ距離を取る。

「大丈夫かい?!」
「スケアクロウさん、私、わ、わたしっ……!」
……お前の魔法で目が眩んだ。サニー、弓を構えろ」

恐らく、スケアクロウと同じように魔物も一時的に視界を奪われたはずだ。今最も警戒すべきは、その巨躯を生かした捨て身の突進だろう。息を呑んだサニーにもう一度声を掛ける。

「構えろ。狙うのは前足だ」
「す、スケアクロウさん……私、外すかも、しれません……っ」
「練習通りにやればいい。……俺は、実力のない者は狩には連れて来ない」
……!」
「呼吸を乱すな、動きを止められればそれでいい。……サイラス」

言葉はなかったが、本の頁を捲る音が彼なりの返答だろう。――視覚が奪われているためか、いつも以上に聴覚が研ぎ澄まされる。木の葉を揺らす風の音、獣が吐く荒々しい息、泥濘んだ地面を蹴り上げる水音。そして、耳慣れた弓を引き絞る音。

……はぁっ!」

目を瞑っていても、音を聞けば矢の着地点は想像がつく。弓に矢をつがえゆっくりと瞼を開くと、未だ視界は不鮮明だが前傾に体勢を崩した魔物の輪郭が見えた。急所を狙った正確な射撃は難しいが、連射なら問題はないだろう。
スケアクロウの得意とする技の一つ。雨のように矢を降らせる様から群雨と呼ばれた四連射――多少目が見えなくとも、動きは体に染み付いていた。

……終わりだ」

足を射抜かれた魔物に逃げる術はなく、その巨体すら的という意味では仇となった。脳天に深々と矢が刺さり絶命した魔物が倒れ込むと地面が僅かに揺れ、背後から場違いな拍手が聞こえた。

「素晴らしい! その状態で四本全て命中させるとは……流石の腕前だね」
「はぁ……誰のせいだと思っているんだ、誰の」
「す、すみません……私のせいで……!」
「いや。お前はよくやってくれた。……前足を傷つけられればいいと思っていたが、上手く腿を射抜いたな」

倒れた魔物に近付き、前足を指で触って確かめる。サニーの放った矢は骨を避け、肉を貫いているようだ。彼女の細腕で放った矢ではこの巨躯を支える骨はびくともしなかっただろう。咄嗟に的が大きい場所を狙ったのかもしれないが、あの場では最適解だった。
腰に提げているナイフに手を伸ばそうとして、指先が空を切る。そういえばサニーを抱えた時に落としたのだったか。すると少し温度の低い手が指先に触れ、導かれるようにナイフの柄を握らされた。

「探しものはこれだろう?」
……ああ。サニー、イノシシの解体の経験はあるか?」
「は、はい。一人で解体したことはありませんが……
「分かった、一緒にやろう」
「はいっ!」

大牙イノシシの腹に手を置く。既に事切れた体は徐々に温度を下げ、硬直してゆく。糧にするため、守るため、そして生きるために命を貰う。今は僅かに力量が上回ったため、たまたまスケアクロウがこちら側であるだけだ。それを忘れてはいけない。

……やるぞ。まずは腹を……

勝者の責任を果たすため、狩人たちは魔物の体にナイフを入れた。

***

二人がかりで魔物を解体した後は、街から応援を呼んで毛皮や肉を運んだ。想像以上の大物に依頼主は驚き、謝礼には少し色が付けられた。後始末をして旅団が拠点としている宿に戻った頃には、既に日が暮れかけていた。
宿のロビーには見知った者たちが屯しており、すぐに小さな影が幾つか駆け寄ってきた。

「あれ、どこに行ってたの? サニー」
「わっ、泥だらけじゃない!」

解体や運搬を担ったのは主に狩人二人で、泥や血で薄汚れている上に、サニーはもはや疲労困憊といった様子だ。きょうだいたちに出迎えられると、気が抜けたのか肩を震わせ涙を流し始めた。

「うう、うぇ……っ」
「ちょっと、大丈夫?! サイラスさん、サニーをどこに連れて行ったのよ!」
「私たちはスケアクロウ君の狩りに同行させてもらったんだよ」
「ち、違うの、ただ……みんなの顔見たら、安心して……っ」

相当怖い目に遭わせたのではないかと非難がましい目が向けられたが、サニーはかぶりを振って否定した。彼女がしゃくり上げながら辿々しく事のあらましを説明する間、きょうだいたちはそれぞれ顔についた泥を拭ってやったり、手足に触れ怪我がないことを確かめる。
彼らにとっては当たり前であろう光景に、僅かに安堵している自分がいた。――きちんと家族のもとに帰してやれてよかった。

……そっか、頑張ったのね! お疲れ様」
「それはいいけど……とりあえずお風呂に行かないとね」
……サニー、手を出してくれ」
「は、はい……?」

そのまま姉たちに連れて行かれそうなサニーを呼び止め、謝礼の内三分の一をその手のひらに乗せた。胡桃色の瞳が不思議そうに瞬き、手元とスケアクロウの顔を交互に眺める。

「分け前だ。今日は助かった」
「えっ……! そ、そんな、私は何も……!」
「まぁまぁ、くれるっていうんだから貰っときなよ」
「そうだよ。キミのお陰で無事に帰れたのだから、自分の働き分の報酬は遠慮なく受け取っておくといい」
「ほらな!」

周囲から諭され、サニーはようやくおずおずと硬貨を握り込む。そして決意をしたかのように唇を引き締め顔を上げる。目元は赤くなっているが、涙は止まっていた。

……あ、ありがとうございます、スケアクロウさん。また、次があったら……よろしくお願いしますっ」
「ああ。……期待している」

ぺこりと頭を下げ、八つ子達は去っていく。小さな背中を見送ると残りの報酬を分け、サイラスに差し出した。

「お前も、働いた分は受け取っておけ」
「ああ、ありがとう。おや……私のほうが多くないかい?」
「それだけの働きをしたということだ」

もしもあの時サイラスが魔法を放っていなかったら、自分もサニーもただでは済まなかっただろう。軽率に餌場に足を踏み入れる前に異変に気づいておくべきだった。普段の狩りと勝手が違ったとはいえ、言い訳ができない失態だ。
サイラスは僅かに首を傾げると、硬貨を数枚掴みスケアクロウに押し付けた。

「おい」
「働いた分だけ、だろう? 私がしたことと言えばあの時魔法を放っただけだ。後の解体などはキミたちで行ったのだから、この金額は不相応だ」
……
「間近で狩りを体験できたこと、私にはそれが充分な報酬だよ」

青空を切り取ったような瞳は、まるで探るようにスケアクロウを見るものだから居心地が悪い。返された硬貨を無言で受け取ると、彼は唇を緩めて微笑んだ。

「いや、キミたちが森の中で何に注視しているのか、そしてどのように思考しているのかが見えて非常に興味深かったよ! それにキミは指導者にも向いている。あの時、私ではなくサニー君に魔物の動きを止めさせたのは、彼女に経験を積ませるためだろう?」
「違う。……お前の魔法で、獲物を黒焦げにされたら困るだけだ」
「ふふ、キミは案外素直じゃないひとだね。……あ、テオ君。丁度良かった、少し良いだろうか」
「はいはーい。うわっ……どうしたんだい? その格好」

話し込む二人の傍を通りがかった薬師をサイラスが呼び止める。彼は素直に足を止め、泥と血で汚れたスケアクロウの姿に目を瞠った。

「彼と一緒に狩りに出ていたんだが……私の雷撃魔法で目を眩ませてしまってね、診てもらえないかい?」
「もう治った。問題ない」
「うん、いいからそこに座って。目は何かあってからじゃ遅いんだから、大事にするくらいでいいんだよ。他は怪我してない?」

有無を言わさず椅子に座らされ、テオは机の上に診察道具を広げだす。旅団の薬師達は皆妙に押しが強く、かすり傷だと言っても半ば無理やり診察されるから堪らない。それが彼らなりの矜持なのだろうが、自然と共に生きてきた自分には少し馴染まないとも思う。

「どれどれ……あ、サイラスさん、さっきペレディールさんたちが探してたよ。いつもの研究がどうのって」
「ありがとう、では訪ねてみようかな。それじゃあスケアクロウ君、今日は楽しかったよ。良ければまた同行させてもらいたいものだね」
「断る」
「ああ、是非考えておいてくれ」

拒絶の言葉がまるで聞こえなかったかのように、男はローブを翻すと機嫌良く歩いていった。思わずため息をつくと、今度はこっちと言わんばかりにテオに額を押さえられた。




***

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