雪華
2021-05-29 17:38:05
2599文字
Public オルサイ
 

【オルサイ】まるで魅入られたように

オルサイ(未満)の短い話。恋愛初心者の先生を思って順番に階段登ってくれるオルもいいけど、イケそうな雰囲気を感じたら押してみちゃう経験を感じるオルもいいな~って話です。

穏やかな夜だった。風はなく、星々は何物にも遮られることなく夜空で輝いている。
既に仲間たちと食事を済ませ、身も清めた。後は寝るだけの状態で、サイラスは寝台に座り読書をしていた。集団生活となる旅の中では、宿も個室を取ることはあまりない。今夜もいつもの如く相部屋で、オルベリクはサイラスと同じように向かい側の寝台に腰掛け、武具の手入れをしているようだった。
オルベリクは寡黙ではないが、かといって多弁なたちでもない。サイラスが読書に耽って黙り込めば二人の間に会話はなくなる。だがそれは決して気まずい沈黙ではない。本に意識を集中させるなか、微かな音で彼の存在を感じることは心地良かった。

――サイラス」
……なんだい?」

軽く肩を叩かれ顔を上げる。オルベリクは武具の手入れを終えたようで、荷物も片付いていた。熱中していて気付かなかったが、いつの間にかかなり時間が経っていたようだ。

「明日も早いんだ、そろそろ寝るぞ」
「ああ、そうだね。……もしかして何度か声を掛けてくれたのだろうか?」
「一応な。そんなに面白い本なのか」
「非常に興味深い本だよ。ヴィクターホロウを中心としたウッドランド地方の歴史について綴った本だが……おっと、この話をしだすと長くなりそうだ。続きは明日にしよう」
「そうしてくれると助かる」

中途半端に話すよりは、明日じっくり聞いてもらった方がいいと判断して話を切り上げる。本を閉じると、代わりに自分の鞄の中から地図を取り出して開いた。

「寝る前に、もう一度明日からの旅程を確認しておきたいのだが良いかな。今我々がいるのは、ウッドランド地方のこの町で……
「ああ」

オルベリクは座っているサイラスの正面に立ち、地図を覗き込む。ただでさえ長身の彼だから、視線を合わせようとすると首が痛くなるほど見上げる格好になる。一度地図を引き、寝台を軽く叩いてみせた。

「すまない、話しにくいから隣りに座ってくれないかい?」
……そうだな。失礼する」
「構わないよ。次の目的地はスティルスノウだから、東ヴィクターホロウ林道を通り北東を目指すことになる。明日は天候も良さそうで、進むには丁度いいね」
「ああ。特にフロストランド地方は、天候が悪い中行進するのは危険だ。天候が安定している内に、出来るだけ進んでおきたいところだな」

サイラスが各地を巡りながら仲間たちに声を掛けたからか、旅の舵取りをする役目は自然と自分が背負っていた。しかしサイラスには旅の経験は殆どなく、集団を取り仕切った経験も皆無だ。その点オルベリクは旅慣れており、かつ軍という集団での移動の経験もある。その為、旅程についてはオルベリクに相談することが当たり前になっていた。

「雪国用の装備もまた準備しないといけないね。トレサ君に資金が足りているかどうか、確かめておこう」
「それがいいな。天候についてはオフィーリアや、ハンイットにも意見を聞いておくか」
「ああ。アーフェン君に薬の材料が足りているかどうかも聞いておかなければいけないね」

得手不得手とすることが異なる八人で、助け合って旅を続けてきた。その中でもオルベリクはサイラスにとって少しだけ特別な存在だ。仲間内で唯一年上の彼は一等頼りにしているし、また年が近いため友人としてよく雑談を交わすようになった。オルベリクもサイラスを邪険にはせず、教えを請えば快く説いてくれる上に、サイラスの時には冗長に感じるであろう話にも根気よく耳を傾けてくれる。
二人の膝の上を渡すように広げた地図を覗き込んでいると、徐々に体が傾く。薄い寝間着に包まれた肩が彼の体に触れ、顔を上げた。

「あ、すまない。ぶつかってしまったね」
「いや……
……

思っていたよりもオルベリクの顔は近くにあり、はっきりと視線が交わった。身長差がある彼と、こうして至近距離で見つめ合うことは極稀だ。いいや、もしかしたら初めてかもしれない。褐色の瞳は日の下で見るよりも僅かに暗く、深い色をしているように見えた。
すると頬にオルベリクの手が触れた。包み込むように優しく頬を撫で、その親指がサイラスの口元をなぞる。

……オルベリク?」

彼は応えなかった。ただサイラスを見つめ、ゆっくりと顔を近付けてくる。
オルベリクの手の平が触れた場所から熱が広がり、顔が赤らんでいくのが分かった。どうして、そう問おうとしたのに喉が詰まって声が出ない。胸が痛いほど脈打ち、吐息が震えた。

……

オルベリクが体重をかけたからか、寝台が小さく軋む。指一つ動かせないような緊張感に包まれながらも、不思議と不快感はなかった。互いの呼気が感じられるほど近づき、今にも鼻先が触れ合いそうになった瞬間――コンコン、とリズミカルに部屋の扉が叩かれた。
ぴたりとオルベリクの動きが止まる。サイラスもまた身動きが取れないでいたが、彼は視線を外すと徐に立ち上がりドアへと向かった。

……どうした?」
「遅くに悪いな、旦那。いや、渡していた傷薬がもう残り少ねえだろ? 渡しておこうと思ってさ……

訪ねてきたのはアーフェンだった。常に前線で戦い続けるオルベリクは当然負傷も多いが、小さな傷であれば薬師であるアーフェンに診せにいかない。はじめの頃はアーフェンも口酸っぱく注意していたが、自分に負担をかけないためだと理解すると、予め傷薬を渡しておくことで決着が付いたそうだ。
二人の会話を聞きながら、火照った頬を冷まそうと軽く手で仰ぐ。もしもアーフェンが来なければサイラスたちはあのまま――。想像してしまうと、余計に体温が上がってしまった。

「じゃ、また明日な!」
「ああ。態々すまなかったな」

扉が閉まり、オルベリクが振り返る。なんと声を掛けるべきか分からず、咄嗟に視線を逸らしてしまった。戸惑うサイラスとは対照的に、彼は何事もなかったように振る舞う。

「今度こそ寝るか。明かりを消すぞ」
……うん。おやすみ……
「おやすみ」

明かりが吹き消され、暗がりの中地図を畳んで鞄の上に置く。そして隣の寝台に背を向けるように横たわった。
――先程の行為は一体何だったのか。どうしてサイラスはオルベリクの手を振り払おうとしなかったのか。暫し瞼を閉じながら考えていたが、結論が出る前に眠りについてしまった。




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