雪華
2021-04-17 21:27:37
2044文字
Public オルサイ
 

【オルサイ】鮮やかな

まだ出会って間もない未満のふたりです。ふとしたときに先生に見惚れちゃうオルはいいよねって話。

自分の剣の意味を確かめるため、オルベリクはコブルストンを発った。
今度の旅は、故郷を失いあてもなく放浪していた頃とは違う。終着点がどうなるかは分からないが明確な目的があること、そしてオルベリクは独りではなかった。

「はぁ、はぁ、オルベリク……ちょっと、待ってくれ……
「大丈夫か? もう少し歩いたら休憩にするか」

旅の同行者は、サイラスという学者だ。青白い顔に汗を浮かべ、肩で息をしながら無言で頷く。
彼はフィリップが誘拐された時たまたまコブルストンを訪れていた旅人で、一人で山賊の根城に向かうオルベリクに手を貸してくれた。学者というだけあって頭の回転が速く、また戦闘中も強力な魔法で敵を退ける。しかし体力面は難があり、ハイランド地方の激しい山道に加え、今日は魔物との遭遇も多いせいで疲れ切っているようだった。

それから少し歩いて、背の高い木の陰に二人は腰を下ろした。サイラスは大きく息を吐き、木の幹もたれかかる。

……すまない、あなたの足を引っ張ってしまって……
「気にするな。俺が山道に慣れているだけだ」
「歩き方にコツがあるのだろうか。あなたの動きを見て学ばないといけないとは思っているが、今はついていくだけで精一杯だよ……
「一朝一夕で身につくものではないからな。ほら、水を飲んでおけ」

水筒を渡すと、彼は礼を言って受け取りゆっくりと水を飲む。オルベリクも同じように喉を潤し空を見上げた。日が落ちるまではまだ時間があるが、次の町に辿り着けるかどうかは微妙そうだ。旅慣れていないサイラスがゆっくり休めるように、出来るなら野営よりは宿に泊まりたいところだ。オルベリクの眼差しに気づくと、サイラスは刺繍の入ったハンカチで汗を拭きながら問い掛けてくる。

「今日中に町に着けそうかい?」
「もう少しペースを上げないと厳しいかもしれんな。薄暗くなってからの移動は危険だから、そうなると野営しかない」
「そうか……。今日は風が強いせいでにおいが流れて、鼻のいい魔物を引き付けている。このまま夜を迎え視界が閉ざされてしまうのは非常に危険だと思う。多少無理をしてでも町に辿り着きたいところだね」
「なるほどな。つまり、お前にはもうひと頑張りしてもらうしかないということか」

学者らしく危険性を説いてくれたが、つまるところ方針は変わらない。力強く頷いたものの、やはりサイラスの表情には疲れが色濃く出ている。
気分転換になるようなものがないかと周囲を見渡すと、何気なく座っていた傍に花が茂っていることに気づいた。見慣れているものは、案外きちんと意識しないと視界に入らないものだ。

「この花……懐かしいな。子供の頃、よく摘んで蜜を吸ったものだ」
「花の蜜をかい?」
「なんだ、吸ったことがないのか」
「ああ。ハイランド地方の子供の間では当たり前なのかい? まあ、そもそも私があまり外で遊ばない子供だったからかもしれないが……

アトラスダムは大きな都市だと聞くし、彼自身もあまり活発な子供ではなかったから経験がないのか。少し紫がかった、鮮やかな赤色の花をそっと摘み取る。そのまま手をサイラスの顔の前に持っていくと、彼は不思議そうに瞬きをした。

「咥えて、吸ってみろ。少しは疲労も誤魔化せるかもな」
「ふむ……では、お言葉に甘えて」

サイラスは唇を薄く開き、素直に花を咥えてみせた。自分も久々に吸ってみようかと同じように摘み取って口に入れる。そして何気なく再びサイラスを見遣って、思わず口を開けてしまった。

――……

青空のような瞳を少し伏せ、長い睫毛がなめらかな頬に影を落とす。気が抜けているからこそその表情は無防備で、どこか危うくすら見える。ふっくらとした唇が咥えた花が、秀麗な顔立ちを鮮やかに彩る――まるで一枚の絵画のような美しい光景に釘付けになり、指先一つ動かせなかった。
その時強い風が吹き、落とした花が風に舞って飛んでいった。それを追うように無意識に視線を動かして、やっと体が自由を取り戻した。オルベリクがまずしたことは、呆けて開いていた口を閉じることだった。

……
「本当だ、甘いね。子どもの遊び方というのは地域性が出るが、不思議と共通することも多い。子どもたちの間で口伝されていた手遊び歌から歴史が読み解けることもあり……

口元から花を取り眺めながら、サイラスは流暢に語り始める。その瞳がこちらを向いた瞬間、ドキリと心臓が跳ねた。

「オルベリク? どうしたんだい、難しそうな顔をして……
「い、いや、何でもない。少し周囲の様子を見てくるから、お前はもう少し休んでいると良い」
「ありがとう、助かるよ」

逃げるようにその場を立ち去り、乱暴に頭を掻く。――ほんの一瞬だけだが見惚れていたなんて、どうかしている。自分も疲れているのかもしれないと言い訳をしながら、流れる雲を見上げる。毒々しいほど赤い花弁が視界の端に舞ったような気がした。




***

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