雪華
2021-04-04 22:23:17
3414文字
Public オルサイ
 

【オルサイ】この手で君を

※サ4章ネタバレ。お題箱で頂いた、『騎士として戦場を駆け抜けてきた自分が、サの隣にいていいのか悩むオル』(要約)の話でした。

遺跡に足を踏み入れてから、もう随分時間が経ったらしい。崩れた外壁から差し込む日の光が、オルベリクの愛用の剣の柄を朱く照らしていた。
ダスクバロウの奥に隠されていたこの遺跡は、神話時代のものらしい。ところどころ柱や壁が崩れているが、倒壊の危機にあるような様子は見受けられない。何しろ遺跡内で死闘が繰り広げられても、びくともしなかったくらいだ。もしかしたら遺跡を覆う植物が根を張り、古い外壁を支えているのかもしれない。

……熱心なものだな)

サイラスは本棚の前で佇み、朝から変わらぬ集中力で本の頁を捲っている。
つい二日前にここで繰り広げられた戦いの疲労も癒えぬまま、サイラスは時間が許す限り保管されている書物や、遺跡の内部を調べていた。既に次の目的地も決まっているから、この地を離れる前に彼なりに調査を進めておきたいのだろう。
オルベリクはそんなサイラスの護衛として遺跡に赴いたのだった。堅牢な造りとはいえ落盤がないとも限らない上に、内部にはまだ魔物も残っている。集中すると周りが見えなくなる男を一人で遣るには危険な場所だ。仲間として、いや――恋人として見過ごせなかった。

「サイラス、そろそろ日が暮れるぞ」
「そうか! つまりここの文章は暗号になっていて……

案の定オルベリクの声は届いておらず、彼はまた別の本を開いて読み耽る。あまりにも熱中しているようだから、もう少しだけ様子を見てやることにして腕を組む。サイラスの白い頬は夕陽によって朱く染まり、探究心に輝く眼差しも相まって、直視できないほど眩しかった。
――サイラスはあの眩い眼差しで、未来を見ている。自分がいなくなった後の世界を守るために知識を残すという考え方は、オルベリクにはあまりに途方もないことのように思えた。この先どれだけの苦難や障害があろうとも、サイラスはまだこの世に生を受けてもいない人たちのために奔走し続けるのだろう。そんな彼が好きで、誇らしいとも感じるが。

……それと比べて、俺は)

オルベリクは戦で幾度も剣を振るい、人の命を、未来を奪い続けてきた。未来を守ろうとするサイラスと、奪ってきた己は果たして隣に並び立つに値するだろうか。血に塗れたこの手で高潔な彼を汚すことに、今更ながら後ろめたさを感じていた。
サイラスを一人にしておきたくない。生涯彼の剣となり盾となり、困難を切り開く手助けがしたい。その気持ちは嘘ではないが、それらは結局オルベリクの独善的な願望に過ぎない。きっとサイラスは一人でも己の成すべきことを成し遂げるだろう。オルベリクのような罪人が傍にいる理由など、ないのだ。

――オルベリク?」

声を掛けられ、石畳をなぞっていた視線を上げる。サイラスはいつの間にかオルベリクの傍に立ち、不思議そうに首を傾げていた。

「大丈夫かい? なんだかぼんやりしているようだが……すまないね、疲れているのに付き合ってもらって」
「いや、俺も好きでやっていることだ。暗くなってきたな、戻るか」
「うん。残りは宿で読むことにするよ」

サイラスは片腕に本を抱え利き手を空けていた。隣に並んで歩いていると彼の指先が手の甲に触れたが、気付かないふりをして拳を握り込む。そんなオルベリクの横顔を、海のように深い青色が見つめていた。

***

好きだから傍にいたい。好きだからこそ、傍にいてはいけないとも思う。そんなオルベリクの葛藤は長くは続かなかった。

「近頃のあなたはおかしいよ。一体この私に何を隠しているのか、今日こそ明らかにしてもらおうか」

宿の部屋で二人きり。扉はサイラスの背後にあり、退路は断たれていた。
サイラス相手にいつまでも隠し通せるとは思っておらず、本当ならその前に自分の中で結論を出しておきたかった。しかし勘付かれてしまった以上は仕方ない。下手な誤魔化しはせずに、オルベリクは素直に胸中を吐露した。

……ダスクバロウの遺跡で、お前の考え方に触れてふと思ったんだ。未来を繋いでいくというお前に、これまで数多の人間の未来を奪ってきた俺は相応しくないのではないかと。お前を愛していて、生涯守り抜きたいという気持ちに偽りはない。だが、俺の手でお前を汚すくらいなら、身を引くのもまた愛ではないかと考えていた」
「オルベリク……
……すまん、こんなことを言っても困らせるだけだな」
「そんなことはないよ、話してくれてありがとう。……私の話も聞いてくれるかい?」

頷いてみせると、サイラスは両手でオルベリクの右手を包むように握った。思わず手を引こうとしたが、細い指はそれを許さず強い力で握り込む。

「先にはっきりさせておくが、私はあなたがしてきたことの善悪を判断する立場にはない。そもそも争いとは常に、自分自身が善で、相手が悪だと思い込んでいるから起きることだ。結果として勝者は生まれるが、勝ったものが即ち善というわけではない。そこにあるのは、あなたが戦場に立ち剣を振るったという事実のみだ」

紡がれる言葉に迷いはなかった。以前から感じていたが、サイラスは物事を俯瞰して見ることが異様に上手い。事実と感情論をはっきりと切り分けて語る様は時に冷淡にも映るが、彼の声色は優しく温かい。

「その上で言わせてもらうがね。オルベリク、あなたは騎士としての信念に基づき、守るべき者のために勇敢に剣を振るい続けてきた。それは並大抵の覚悟では出来ない、素晴らしいことだと私は思う。この手は汚れてなどいないよ」
……俺は、お前の傍にいていいのだろうか」
「あなたがそう望んでくれるのなら。必要以上に自分を卑下しないでくれ……あなたの方こそ、私には勿体ないくらい素敵な人だよ」
「サイラス……!」

手を解き、華奢な体を思い切り抱き締めた。あれだけオルベリクを悩ませていたことも、サイラスの手にかかれば何てことはない。自分が望み、そして他ならぬサイラス自身が受け容れてくれるのなら何を迷う必要があったのだろうか。
サイラスはオルベリクの胸板に頬を寄せ、息を吐く。傷一つない頬は、内側から滲むように赤くなっていた。

「過去は変えられないが、振り返ることには意味がある。致し方ないこともあっただろうに、他者に責任を転嫁せずに自分自身で向き合おうとするあなたの誠実さが……私は好きだよ」
「ああ。俺も……こういう時に一時の慰めをするのではなく、事実を紐解いて気付かせてくれるお前だからこそ、愛したのかもしれないな」

サイラスの柔らかな髪を指先で梳くと、彼が顔を上げる。かと思えば誘うように瞼を閉じるものだから、敵わないなと苦笑いを浮かべた。少し体を離して、身を屈めるようにして柔らかな唇に自分のそれを重ねる。
互いの体の形を知り尽くした二人には、唇の表皮を触れ合わせるだけのそれは少し物足りないくらいだ。しかしサイラスは唇を離すと、見ているこちらが照れるほどの蕩けるような極上の笑みを浮かべた。

「ふふ……
「なんだ、やけに嬉しそうだな」
「嬉しいよ。……先程の言葉はプロポーズと取ってもいいのだろう?」
「ん? ……はっ!」

指摘されて初めて、自分の口から出た台詞の重大さに気が付いた。確かに、はっきり『生涯』と言ってしまった。一転して額に汗を滲ませ狼狽するオルベリクに、彼は唇を尖らせる。

「い、いや、それは言葉の綾と言うか……
「おや、撤回するつもりかい?」
「そうではない! そうではないが……指輪も用意せずにプロポーズなど、男が廃ると言うか。そういう大切なことは、然るべき準備をして臨まなければ……
「形なんて後からでもいいじゃないか。……私も、生涯を共にするならあなたしかいないと思っていたんだ。だから今、とても幸せだよ」
……全く、お前には敵わんな」

オルベリクより一枚も二枚も上手でいながら、頬を薔薇色に染め微笑むさまはなんとも愛らしい。もう一度強くサイラスを抱き締めると、彼は何も言わずにオルベリクの肩を擦った。
――サイラスが人の未来のために生きるというのなら、自分はこれから彼のために生きよう。使命のためなら自分を二の次にすることも厭わないであろうサイラスを、この腕で守り抜く。彼が腕の中にいる限り、オルベリクはもう迷うことはないだろう。愛おしい人の呼吸や心音を感じながら暫し瞼を閉じた。




***

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