雪華
2021-03-28 21:41:48
2385文字
Public テリサイ
 

【テリサイ】誰にも渡さない

成立しないまま旅が終わった後のふたりの話。お題箱に頂いた年齢差に気付くor気にするというお題でした!サが年齢差を気にする話は書いたことありますが、逆はあんまりないなと思って書いてみました。

人波を縫うように、通い慣れた道を歩く。大きな街で治安もいいからか、既に日が暮れかけているにもかかわらず人々は活動的だ。テリオンがアトラスダムを訪れるのはもう何度目になるだろうか。仲間たちと旅をしていた頃も足を運んだし、独りになってからも足繁く通っている。
目当ての屋敷の前に辿り着くと、木を登り屋根に飛び移る。二階の窓に面した部屋は書斎であることを知っていた。針金を差し込んで鍵を開け、するりと室内に身を滑らせる。窓に背を向けるように置かれた椅子に、家主の姿はなかった。

(いないな。……いや、一階か)

家主であるサイラスは決して所作が煩いわけではないが、それでもテリオンの耳は誤魔化せない。もうすぐ上がってくるだろうか、それとも自ら足を運ぶか。思案しながら、普段彼がそうしているように椅子に座って足を組む。
突然テリオンが現れて、サイラスはどうするだろうか。いつものようにまずは驚いて、玄関から入れと少々説教しながらも嬉しそうに微笑むのだろう。記憶の中の姿をなぞって微笑む。

――実を言うと、自分がサイラスへ向ける好意の中に、劣情や独占欲が入り混じっていることには気が付いていた。それらが恋情と称されるものだと理解するのに時間はかからなかった。一度この思いを告げてみたことはあるが、彼は無垢な笑顔を浮かべて『私も、キミのことは大切なひとだと思っている』と宣っただけだった。
ということで今は様子見――もとい、サイラスの中にテリオンという存在を根付かせるための種蒔き中というわけだ。盗賊という職業柄、瞬発力が必要な場面と忍耐力が必要な場面は心得ているつもりだった。

……ん?」

何気なく机上に視線を遣り、違和感を覚えた。普段だったら書類や本が散乱しているのだが、今日はやけに片付いている。本は向きを揃えて整然と積んである上、原稿台のにはペンと白紙の便箋が置かれているだけだ。机の左側に置かれた箱には書簡が入っているようで、数枚取り出して読む。そしてその内容に目を疑った。

『娘を』『妹を』『あなたの妻に』――ここにある手紙は全て、サイラスへの見合い話だった。

すると足音がして、書斎の扉が開く。サイラスはテリオンの予想に違わず目を瞠り、思わずといったように後退った。

「テリオン?! ああ、驚いたな……。いつも言っているじゃないか、玄関から入って来てくれと。心臓が幾つあっても保たないよ」
「サイラス、これは何だ?」

説教を無視して、手の甲で手紙を軽く叩く。そこでようやく彼はテリオンの手中にあるものに気づいたようで、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。常ならば多少ばつが悪いことがあっても涼し気な表情をしている癖に、珍しい。

……他人宛の書簡を勝手に読むとは、感心しないな」
「質問に答えろ」
「読めば分かるだろう?」

沈黙を返すと、サイラスはため息をつきながら歩いてくる。相手の釣書が入った箱を指先で撫で、長い睫毛を伏せた。

「見ての通り、見合い話だよ。この歳になると多くてね」
……そうか。あんたも三十過ぎの男だったな」
「ああ。これだけ数が多いと、断るのも一苦労だよ」

旅の間は、サイラスは最年長のオルベリクと比べるとどうにも頼りなく、好奇心の赴くままに取る行動をよく仲間たちに咎められていた。更に憂うような表情を作った顔立ちは端正で、年齢を感じさせない。故にサイラスが八つも年上だと知っていながらも、意識はしていなかった。
しかしこのアトラスダムでは彼は天才学者として広く名を知られ、外見や内面共に魅力的な結婚適齢期の男だ。そんなサイラスに人々が声を掛けるのは当然だが、非常に面白くない。

……なるほど。俺の見立てが甘かったことは認めよう」
「どういう意味だい?」
「作戦を変える」

書簡を机の上に音を立てて放り、立ち上がる。うかうかしていて他に盗られては目も当てられない。そもそもこの鈍感男相手に待つというスタンスは、ただいたずらに時間を浪費するだけの悪手だったことは否めなかった。
不思議そうに首を傾げるサイラスの正面に立ち、華奢な腕を掴んで引き寄せる。簡単にバランスを崩した体を抱き留め、色白い頬に触れて顔を近付ける。――呆けて薄く開いた唇を掠め盗ると、彼の頬にさっと朱が指した。

……!」
「あんたから堕ちてくるのを待とうと思ったが、止めだ。早く俺のものになれ、サイラス」
「ま……待ってくれ、突然過ぎて何がなんだか……。あ、キミが以前私に好きだと言ったのは、こういう意味で……?」
「ようやく気づいたか」

熱を持った頬を撫でると、サイラスは恥じらうように視線を彷徨わせるが振り解こうとする様子はない。見知らぬ女どもには悪いが、これだけは誰にも渡せない。形の良い耳に唇を寄せて囁いた。

「もう一度言ってやろうか。……サイラス、あんたが好きだ」
「っ……キミの気持ちは嬉しいが、少し考える時間をくれないかい?」
「構わんが……俺は盗賊だ、行儀よく盗んでやるつもりはない。早く決めないと……
……決めないと?」
「こうしてやる」

再び顔を近付けると、サイラスの頬の赤みが濃くなった。高揚して僅かに潤んだ瞳はテリオンを見つめ――まるで期待しているかのようだった。触れるだけのキスをして、すぐに唇を離す。未だ至近距離で見つめ合ったまま、彼はおずおずとテリオンの頬に触れた。

……キミは、いつから私のことを……?」
「さあな。当ててみな、学者先生」

夕日の灯りを取り込んだ瞳は、きらきらと煌めいていて綺麗だ。どんな宝石よりも美しく、テリオンが渇望したものは今まさに手中に収まろうとしている。
――指先で輪郭をなぞるような拙い動きがどこか子供じみていて、年上ながらもやはり可愛い男だと思ったのだった。




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