雪華
2021-03-22 21:33:51
2418文字
Public オルサイ
 

【オルサイ】息が止まりそうなほど

まだデキたばっかりのオルサイで、先生がオルのこと好きすぎてまともに顔が見られない話。お題ガチャで生成したお題をベースに書きました!

夜の帳が下り、人の営みを覆い隠した。真っ白に輝く満月からも逃れるように窓にかかったカーテンを引くと、室内はランプの柔らかな灯りのみになる。

「サイラス」

低い声に名を呼ばれ、ドキリと肩が跳ねた。サイラスを呼んだ張本人――オルベリクは慣れた手付きで剣や篭手を外し、寝台に腰掛ける。いつからか相部屋を取ったときは年齢が近い者同士を組み合わせるようにしていたが、彼との同室が別の意味を持ったのはここ三日程のことだ。

「お前も座ったらどうだ」
「あ、ああ……そうさせてもらおうかな」

誘われるまま、拳二つ分距離を空けてオルベリクの隣に腰掛ける。どきどきと速まる心拍数を抑えられず、手持ち無沙汰に襟元のタイを弄る。すると、背中側から伸びてきた大きな手に腰を抱き寄せられた。

「わっ」
「そう遠くに座ることもないだろう」
……うん」

逞しい肩に頭を預け、小さく頷く。ぴたりと体の側面を付けて座るなど、友人同士ではあり得ない。実はつい先日、二人の関係性は仲間から恋仲へと名前を変えた。勿論変化したのは名称だけではなく、物理的な距離も含まれる。以前までは許されなかったスキンシップを少しずつ試すのが、夜の新しい習慣になっていた。
しかしサイラスには一つ悩み事があった。ちらりと見上げると、褐色の瞳と視線が交錯しすぐに逸らす。

(オルベリク……私のことを見ていた)

今この瞬間も、その眼差しに曝されているのだと思うと頬どころか耳まで熱くなる。仲間たちの前では今までと変わらず自然に振る舞えているのに、二人きりになるとどうにも羞恥心が勝りまともに顔すら見られない。

「サイラス、こっちを向いてくれ」
……ちょっと待ってくれ……こ、心の準備が……っ」

分厚い手の平に脇腹を撫でられ、声が上擦る。衣服越しとはいえ、その手の平の温度を感じ取りまた汗顔した。たっぷり一分は間を置いて顔を上げると、再び視線が交わった。
優しげな眼差し、きりっとした眉、その上に走る傷跡、どれもこれもが格好良く映りサイラスの心を揺らす。そう、サイラスの悩みとは――二人きりになると、オルベリクの顔を直視できないということだ。

……
……また目を逸らしたな」
「す、すまない。どうにも落ち着かなくて……
「昼間は平気ではないか」

そうだけど、と返すサイラスの声は常よりも弱々しく歯切れが悪い。自分だってどうしてこうも照れくさいのか分からない。きっと、膨れ上がって後ははち切れて萎むのを待つだけだった恋心が、思わぬ形で成就してしまったからだろう。要はオルベリクのことが好きすぎるのだ。

「そのうち平気になると思うのだが……。今はまだ、恋人の顔をしたあなたと向き合うのが恥ずかしくて……
「なるほど。では、徐々に慣らしていくのはどうだ?」
「ああ、そうだね。少しずつ……

無意識に伏せていた顔を、頬に手を添えるようにして持ち上げられる。あっと声を上げかけた時にはもうオルベリクの顔が迫っていて、息どころか鼓動まで止まったかと思った。戦闘中とはまた違う真剣さを帯びた精悍な顔が、サイラスの顔に影を落とす。

「慣れろ、サイラス」

薄い唇が、どこか甘い響きを込めて囁く。聞き慣れた自分の名前が、まるで全く違う音のように聞こえた。頬に生温かい吐息がかかり、つい一瞬前まで言葉を紡いでいた唇がサイラスの口元に寄せられる。
くらくらと目眩がして――気が付いたときには、オルベリクは満足そうに唇を離していた。

「い……い、いま……
「少々荒治療だが、いい薬になっただろう?」

まさか意識が遠のいて、触れた瞬間のことが分からないとは言えなかった。オルベリクとの、どころか自分にとって初めてのキスが記憶にないとはあまりにも情けない。このままでは終われないと意を決し、泳がせていた視線を彼に向ける。

「その……不意打ちすぎてよく分からなかったから……もう一度してくれないかい?」
「何度しても構わんが……顔、真っ赤だぞ。大丈夫か?」
「だ、大丈夫だよ。……よろしく頼む」

恥ずかしくて顔が見られないのなら、いっそ見なければいいのだ。顔を上向けたまま瞼を閉じる。キスをする時に目をつむるのは一般的なはずだから問題ないだろう。今にも飛び出しそうな自分の鼓動を聞きながらじっと待つが、唇に触れるものはない。

……?」

不思議に思って薄っすらと瞼を開くと、その瞬間を待ち構えていたかのようにオルベリクが顔を寄せる。驚きのあまり指一本すら動かせなかった。そのまま、柔らかいものが唇に触れてすぐに離れた。

「あ……
「見ていないと治療にならんだろう?」
「~~~……!」

遅れてやってきた羞恥心にぶわりと汗が滲む。思わずオルベリクに背を向けて、両手で顔を覆った。力強い輝きを持つ瞳を、あんなに間近で覗き込むことになるとは思わなかった。彼の瞳に映るサイラスは一体どんな間抜け面をしていただろうか。

……意地の悪い事はしないでくれ……
「すまん。怒ったか?」
「怒りはしないが……どう反応したらいいのか分からなくなるよ」
「気取る必要はない。お前の自然な反応が見たいんだ」

今度は背後から腕を回して抱き締められる。触れ合う温度はそのままに、視線が交わらない体勢に少しだけ安堵した。サイラスの倍はあろうかという太さの腕にそっと手を添え、身を預ける。

「ああ……これはいいね。あなたを傍で感じられる」
「そうか。それは良かった」
「もう少しこのままでいてもいいかい?」
「勿論」

今はまだ様々なことに一喜一憂して騒ぎ出す恋心も、いつか愛に昇華されて落ち着くのだろう。その時はちゃんと真っ直ぐに彼の目を見て、穏やかなキスをしてみたい。
――背後の男が『先が思いやられる』などと思っていることには気づかぬまま、ぬるま湯のような幸福感に浸っていた。




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