雪華
2021-03-07 20:34:02
5620文字
Public オルサイ
 

【オルサイ】きみはかわいい

※サに妹がいるという捏造設定です。名前は出てきませんが会話の中に妹の存在が出てきます。自分のこと美形だとは思っていないけど、オルに可愛いと思われてる自覚はある先生の話。

旅の途中に訪れた街の酒場は活気づいており、ひとの笑い声が絶えない。
八人は案内された円卓に付き、適当に食事と飲み物を注文する。暫し待って注文した品がテーブルいっぱいに並べられていく光景が、サイラスは好きだ。アトラスダムでは基本的に食事は独りで摂るものだったし、仕事の合間に急いで済ませることも多かった。けれど旅を始め仲間ができてからは、食事の時間も毎日賑やかだ。

「わあ、美味しそう! いただきます!」
「お、このサラダ……珍しいドレッシングがかかってんな。なんだろうな、酸っぱいような甘いような……
「どれどれ……ん! 本当ね、美味しいけど不思議な味だわ」
「果物を潰したソースかしらね」

出された料理一つとっても、八人いれば口に合う者も合わない者もいる。だが違うからと言って咎められはしない、そんな仲間たちとの旅はとても心地良い。サイラスも話題に上がっているサラダを咀嚼し、甘酸っぱいドレッシングを味わう。

「ふむ、なるほど……。珍しい味だが美味いね。オルベリクはどう思う?」
「可もなく不可もなくと言ったところだな」
「そう言えば、あなたは料理に果物が入っているものもあまり好まないと言っていたね」
「まぁな」

隣に座る男は淡々と受け答えをしながら、サラダを口に運ぶ。オルベリクは多少苦手な味でも表情を変えずに食べてしまうから、彼の食の好みを探り出すのは少々時間がかかったものだ。勿論、付き合いの長い今では好きなものも苦手なものもある程度把握しているが。
サイラスの向かいに座っているトレサは、料理を味わいながらも商人らしく材料や調理法を気にしながら口に運ぶ。そしてふと、昼間の出来事を語りだした。

「そう言えば今日、アーフェンと買い物していたんだけど、お店の人から『仲が良い兄妹だね』って言われたわ」
「ああ、二人で調合素材の買い出しをしてくれたんだったね。必要なものは一通り揃ったかい?」
「ええ、抜かりはないわ。でもそんなこと言われたの初めてだったから、びっくりしちゃった。あたしは一人っ子だけど、アーフェンみたいなきょうだいがいたらまた違ったのかしら……
「ふふ、アーフェンさんとトレサさんが兄妹だったら、とても賑やかで楽しそうですね」

アーフェンとトレサは外見的に似ているとは言えないが、年齢も近く息が合っているからそう見えたのだろうか。二人は共に明るく快活で、一行の中でもムードメーカー的な役割を担っている。トレサは暫し想像するように視線を上向かせていたが、やがて難しそうな顔で首を横に振った。

「でも、アーフェンが兄なんてやっぱりダメね。商売のことになると頼りなさすぎるわ」
「悪い悪い、俺はどうにも商売には疎くてよ……。けどさ、俺はトレサが妹だったら楽しいだろうと思うぜ。俺にとっちゃゼフやニナはきょうだいみたいなもんだし、きょうだいが増えるならもっと楽しいだろ?」
「そうですね。アーフェンさんにとってのゼフさんたちは、きっとわたしにとってのリアナのような存在なのでしょうね」
「それならわたしにも分かるぞ。わたしにとってはリンデがそうだ」

ハンイットの口から自分の名前が出たことに反応し、彼女の足元に伏せていたリンデが上体を起こす。その喉元を慣れた手付きでハンイットが撫でると、心地よさそうに喉を鳴らした。家族というものは血の繋がりだけを指すわけではなく、重要なのは心や関係性なのだろう。自分が家族だと思えるほど信頼している者がいることは、幸福だ。

「けど、不思議だな。八人もいるのに、血の繋がりがあるきょうだいは誰も持っていないなんてさ」

感慨深げにアーフェンが呟くものだから、つい疑問がサイラスの口を衝いて出た。普段だったらもう少し熟慮して発言しただろうが、食事中でつい気がそぞろになっていたのかもしれない。

「おや、私にきょうだいがいないと言ったことがあっただろうか?」
「聞かなくても分かるって! 先生はそういうのいなさそうだもんな」
「そうなのかい? これでも一応、私は兄という立場なのだが」

ガシャン、とフォークが皿に落ちる音がした。食器を取り落して呆けているトレサに、どうかしたかと声を掛ける前に彼女が身を乗り出す。

「えーっ! 先生、弟か妹がいるの?!」
「そ、そんなに驚くことかい?」
「意外ね……。いるとしても、あなたは末っ子だと思っていたわ」
「俺も初めて聞いたな。いい機会だ、詳しく教えてくれないか」

オルベリクの言葉に弾かれたように顔を上げる。その時になってサイラスは初めて、自分が失言したことに気がついた。決して意図して秘していた訳ではないが、聞かれないのをいいことに語らずにいたことは否定しない。

「いや、妹も既に自立した成人だからね。態々語るようなことなど何も……
「妹さんがいらっしゃるんですね。どのような方なんですか?」

完全に墓穴を掘った。サイラスが口を滑らせたのだとも知らずに、オフィーリアは何の悪気もない笑顔で話の続きを促す。彼女にとってはただ、自分にとってのリアナのような存在をイメージして聞きたがっているだけだろう。けれど、サイラスはあまりこの話題について踏み込まれたくはなかった。

「どうと言われても……普通だよ」
……あんたの言う普通が、世間一般の普通だと思ったら大間違いだぞ」
「そうね、もっと具体的に聞いたほうが答えやすいかしら。年齢は幾つ離れているの?」
……五つだが」

きょうだいという話題に口を閉ざしていたテリオンまで話に加わってきたとなると、いよいよサイラスの逃げ場はなくなってしまった。楽しげなプリムロゼの声が、有無を言わさぬ圧を伴っているように聞こえた。

「あら、私と二つ違いね。あなたみたいに人目を引くような美人なの?」
「それは……答えにくい質問だな」

ちらりとオルベリクを見上げるが、彼は助け船を出すでもなくサイラスの話の続きを待っているようだった。オルベリクさえいなければ幾ら語っても構わないのだが、彼の前では口にしたくない。けれど答えないのも不自然だ。葛藤の末に、らしくもなく間を置いて口を開いた。

……まず、『あなたみたいに』という言葉はあまり適切ではないと思う。私個人の容姿は一般的で極々平凡だ。その前提を以ってキミの質問に答えるとすると、妹は……いや、妹と私はよく似ているとは称されるよ」
「へええ……! じゃあ、やっぱり美人なのね!」
「今度アトラスダムに寄った時は、是非お目にかかってみたいわね。あなたもそう思わない? オルベリク」
「ああ、そうだな」

プリムロゼに促される形だったが、彼は二つ返事で頷いた。――ああ、だからこの話をしたくなかったんだ。消沈しながら冷たい水を口に含む。次いで自分が発した声は、和やかな空気に罅を入れるような堅い声色だった。

……この歳になってきょうだいの話題は気恥ずかしいんだ。今日はこのくらいにしてくれないか」
「えっ、うん……そうね。あっねえねえ、もう少し料理注文しない? まだ食べられそうだから。テリオンさん何か食べたいものない?」
「別に。好きなもの頼めばいいだろ」
「そうつれないこと言うなってテリオン! 一緒にメニュー見ようぜ」

急変したサイラスの態度にトレサは一瞬戸惑ったようだが、気を紛らわせるために食事のメニューを覗き込む。
もっと上手く話題を逸らせばよかったのに、動揺してしまったからか悪手ばかり打ってしまう。一人ため息をつくサイラスを、褐色の瞳が見つめていた。

***

食事を終え、一行は宿に向かった。八人もいればそれぞれに個室を宛てがうということは難しく、節約のためにも相部屋を選ぶことが多い。今日も例に漏れずそうなり、二人部屋の鍵を受け取った。
口々に就寝の挨拶をして皆と別れ、サイラスとオルベリクは角部屋へと向かう。男性陣ではいつからかこの部屋割が当たり前になった。年齢が近い者同士、という理由だけではない。扉に鍵を挿し込み開き、室内に足を踏み入れる。

「質素だが、悪くないね。シーツも真っ白で綺麗だ」
「そうだな」

宿と言っても町によって千差万別だ。今日は比較的当たりのようで、寝台にかかったシーツはシミひとつなく清潔だ。後から入ったオルベリクが後ろ手に鍵をかける。
サイラスが片方の寝台に腰を下ろすと、オルベリクは隣の寝台に――ではなく、同じ寝台に座った。

「サイラス」

低い声で名前を呼ばれ、逞しい腕に腰を抱き寄せられると頬に熱が灯る。そう、二人はある時から仲間同士、友人同士という枠を飛び越え恋仲になった。二人きりになればこうして抱き合い、時にはそれ以上のこともするのが当たり前だった。
オルベリクは篭手やグローブを外すと、分厚い掌で優しくサイラスの頬を撫でる。軽く顔を上向けられ、静かに瞼を下ろす。一拍間を置いて、少しかさついた唇が自分のそれに触れた。

……ん」

少し長めのキスに小さく吐息を漏らすと、彼は素直に顔を離した。照れたような顔を見ようと思って瞼を開いたが、サイラスの予想に反してオルベリクは妙な表情をしていた。眉間に皺を寄せ、何事か考えているようだ。

「どうかしたかい?」
「いや……
「そんな顔をしておいて、何もないとは言わせないよ。何かあなたの気に障るようなことをしただろうか?」
……蒸し返すようで悪いんだが、妹とは仲が悪いのか?」

先刻、サイラスが自ら切り上げた話題がオルベリクの口から語られ、つい視線を逸らしてしまった。やはり気になるのだろうか。

「そういう訳ではないよ。普通の兄妹だと思う」
「そうか……
「あなたが気にするようなことがあるかい?」
「いや、お前の気持ちも分かるんだ」

一転して自分の気持ちに理解を示され、僅かに首を傾げる。少なくともサイラス自身は、オルベリクが自分の思考を汲み取れているとは思っていない。何か話が食い違っているような、そう――彼は勘違いをしているのではないか。訝しむサイラスの様子に気づかず、オルベリクは苦笑いを浮かべてみせる。

……確かに、男の恋人は家族には紹介しづらかろうな」
「あ……
「当然だとは思っている。同性、ましてや俺のような大柄な男など……
「違う! そうじゃないんだ、オルベリク。私は、あなたとの交際を家族に告げられないような恥ずかしいものだなんて、思っていないよ」

オルベリクの発言でようやく合点がいき、半ば叫ぶように言葉を遮った。自分の小さな気がかりだけで、オルベリクを傷つけてしまったことを申し訳なく思う。大きな手を覆うように両手で握ると、彼は少し困惑気味にサイラスを見下ろした。

「では何故、妹の話をしたがらないんだ。俺はてっきり、紹介できないから存在すら教えてくれなかったのかと思ったのだが……
「それは……。その、あなたは……私を可愛いと言うだろう?」
「ん? ああ、そうだな。可愛いと思っている」
「つまり、私の容姿を好ましく思ってくれているということだ」

まだサイラスの話す内容は点と点のようで、それを繋ぐ線が見えないのだろう。オルベリクは疑問を隠しもせずに、話の続きをじっと待った。

……私と妹は、顔立ちがよく似ていると言われるんだ。とは言え、当然彼女のほうが女性的な容姿をしている。一般的に可愛らしいと称されるのは女性の方だから……
……つまり?」
「あなたが好感を抱く容姿を持つ私。それと似ているが、より可愛らしい妹。……会わせたくないのが、分からないかい?」

自ら結論を述べることが憚られ、唇を尖らせてみせる。オルベリクは数度瞬きをして、視線を泳がせる。その口元が堪えきれずに緩んでいるのをサイラスは見逃さなかった。

……自惚れそうだ」
「ああ、自惚れてくれ。……恐らくだが、あなたが思っているより私はあなたのことが好きだよ」
「そのようだな。……だが、断言しておく。幾らお前の妹の容姿が優れていようとも、心変わりなどあり得ない」
「本当に? あなたを疑っているわけではないけれど……不安なんだ」

恋とは奇妙な感情だ。たった一つ芽生えたそれが、サイラスの心を躍らせたかと思えば、陰鬱とさせ仄暗い感情を増幅させることもある。振り回されてばかりで、自分らしくいられない。
臆病で疑り深い男を叱るでもなく、オルベリクの指先はそっとサイラスの髪を梳く。子供に言い聞かせるような声色はただ優しい。

「俺が好きになったのは、こうして共に旅をしたサイラスだ。勿論客観的に見てもお前は美しいが、そういう恋情がよりお前を魅力的に映すのだろう。だからいくらお前と瓜二つだとしても――

褐色の瞳に真っ直ぐに射抜かれると、息が止まりそうだ。自らのことを口下手だと称するオルベリクの口説き文句は、力強くてとびきり甘くて、サイラスの心臓を激しく脈打たせる。

「俺が好きなのは、サイラス……お前だけだ。分かってくれたか?」
……うん……よく、分かったよ。あ、いや……
「まだ分からんか?」
……そう言ったら、もっと教えてくれるかい?」

悪戯っぽく微笑んでみせると、オルベリクは応えるように口角を上げた。肩を掴むようにして寝台に押し倒され、襟元のタイを引き抜かれる。分厚い掌に首筋を撫でられると擽ったくて、身を捩った。

「ふふっ……どのように教えてくれるのか、楽しみだよ」
「そうだな。学者相手に講釈を垂れる気はない……ひと晩かけてじっくり、その体に教え込んでやろう」
「おやおや……お手柔らかに頼むよ?」
「さあ、どうだかな」

戯れのような遣り取りを笑うと、その先の言葉を奪うように唇を重ねられる。恋人同士の甘い夜は静かに更けていった。




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