雪華
2021-02-26 23:20:58
5904文字
Public オルサイ
 

【オルサイ】幸せの形【オメガバース】

※オメガバース世界観。αオル×Ωサで、Ωサが子供を産んでいます。コブルストンで暮らすラブラブ番なオルサイです。オデット先輩視点です。なんでも許せる方向けです!

一回り年下の後輩から、結婚したと便りがあったのが二年前。
ハイランド地方の小さな村に移住したと報せがあったのが一年半前。
そして、子供が生まれたと報告があったのがつい先日のこと。

――サイラスとは永らく書簡の遣り取りしかしていなかったが、オデットはとうとう重い腰を上げた。にわかには信じ難いことだが、ならば尚更確かめなければならないと決意した。これでも学者の端くれ、最後に頼るべきはこの両目なのだ。

丁度ハイランド地方の街に用があったこともあり、支度をしてすぐにクオリークレストを発った。数日掛けて辿り着いたストーンガードで先に用事を済ませ、商隊の馬車に乗せてもらって移動する。車輪が小石に乗り上げる度にガタガタと揺れ、山の麓に着く頃には尻や腰が痺れるように痛んだ。

「やれやれ、随分辺鄙なところに住んでいるようだね……。ああ、後は自分で運ぶよ、どうもありがとう」
「いいってことよ! 学者先生のおかげで、道中魔物ともあんまり出くわさなかったしな」

同乗する礼として魔物と出会しにくい経路を教えてやっただけだが、商人たちはオデットにいたく懐いた。態々荷物を運び出そうとしてくれるのを断り、ずしりと重たい袋を背負うように肩に掛ける。

「いつもそうだとは限らないけどね。時期や魔物の分布が変われば、反対に危険な路ともなり得るから気をつけな」
「ありがとな。それにしても、そんな大荷物をどうするんだい?」
「ま、ちょっと野暮用でね」

このオルステラ大陸では皆が皆、武器を持ち戦えるわけではない。人も魔物も営みをしているだけなのだから、生息図や産卵期などの時期を鑑みれば不幸な衝突は減らすことが出来る。遥か昔にアトラスダムの王立学院で学んだ事だが、その術は未だにオデットを助けてくれる。
整備された階段を息を切らしながら上り、ようやく切り立った山々に囲まれた村――コブルストンに辿り着いた。額に滲んだ汗を手の甲で拭い、手紙の住所を元に彼が住まうという家の扉を叩いた。ややあって内側から扉が開き、見上げるほどの巨躯を持つ男は目を丸くした。

「あなたは……
「どうも。オデットだ、覚えているかい?」
「ああ。サイラス、珍しい来客だぞ!」

オルベリク・アイゼンバーグ、かつてホルンブルグ王国で双璧の騎士として名を挙げた男はすぐに室内に中に向かって声を掛ける。するとサイラスが小走りでやって来て、オデットの姿を認めるとぱぁとその顔を輝かせた。

「オデット先輩! 久しいね、本当に来てくれたのか」
「なんだい、手紙は送っただろう? わたしが嘘でもつくと思ったのかい」
「思わなかったよ。けれどここはクオリークレストからかなり距離があって、そう易易と足を運べる訳ではないからね。だが、会えて本当に嬉し……

ふと、腕に抱えたものが揺れサイラスが視線を落とす。彼の両腕にしっかりと抱えられた赤子は、腕を振って小さく声を上げた。

……本当だったんだね、子供を産んだっていうのは。顔を見てもいいかい?」
「勿論だよ。見てやってくれ」

改めてサイラスと正面から向き合い、腕の中を覗き込む。まだ生後半年にも満たない赤子の褐色の瞳がじいとオデットを見つめ、紅葉のように小さな手を伸ばす。柔らかなその手を指先でつんと軽くつくと、緩く握り込まれた。赤子が触れたものを握り込むのは反射の一種に過ぎないと知っていながらも、なんとも愛らしく見えてしまう。

「女の子と言っていたね。……あぁ、可愛らしいじゃないか」
「ふふ、そうだろう? 立ち話もなんだ、上がってくれ。あなたとは話したいことが山ほどあるよ」
「おやおや、長話になりそうだね。では、お言葉に甘えて邪魔させてもらうよ」

弾むように歩くサイラスの後に続き、室内に入る。背後から見たサイラスの体はなんだか妙に腰がくびれて、なめらかなカーブを描いているように見えた。顔や手に脂肪がついている様子はないから、太ったわけではなく出産を経て骨格が変化したのだろう。こうして見ていると、改めて彼がオメガなのだと思い知る。

「紅茶を淹れてくる。座って待っていてくれ」
「手伝おうか?」
「いや、大丈夫だ。積もる話もあるだろう、ゆっくり話をするといい」
「ありがとう」

番同士は短く会話し、オルベリクの指が一度サイラスの髪を撫でて離れる。そのほんの僅かな瞬間ではあったが、赤子と同じ色味をした瞳が愛おしげに細められたのを見てしまった。

「オデット先輩、座ってくれ。……先輩? どうしたんだい」
「いや……当てられたと思っていたのさ」
「何にだい?」
「そういう鈍さは相変わらずだね」

不思議そうに首を捻る様に苦笑いを浮かべ、勧められるまま木製の椅子に腰を座る。そしてやっと重たい荷物を床に下ろし、息を吐いた。サイラスはオデットに似合わぬ大荷物に興味があるのか、好奇心を隠しもせずにそれを見つめている。リクエストに応えるため、徐に袋の口を開いてみせた。

「ま、流石にわたしも手ぶらじゃ来ないよ。……出産祝いと言いたいところだが、あいにく子供向けのものなんぞは分からなくてね。これで勘弁してもらおうか」
「これは……クリフランド地方のワインか! 色味も綺麗だし、ラベルや栓の状態も良いね」
「ああ、でも飲み頃はまだ半年から一年は先だ。授乳が終わってからのお楽しみってところだね」
「ありがとう! 断酒はあまり辛くないが、こういう楽しみが待っていると思うと飲めるようになるのが待ち遠しいよ」

土産のワインボトルを机の上に置くと、サイラスはしげしげとボトルを眺めて笑ってみせる。オメガでありながらもあくまで男の身であるサイラスに授乳という言葉が果たして適当かどうかは分からなかったが、否定しないならそうなのだろう。よく知っているはずの男が、まるで知らない人間のようにも見えた。

「そう言えば、彼は酒は飲むのかい?」
「オルベリクかい? 勿論だよ。今は私に合わせて、殆ど飲まないようにしてくれているけどね」
「そりゃあまた、大事にされているねぇ。あんたが男のアルファと結婚したと手紙を送ってきた時は驚いたが……いざこうして目の当たりにすると、案外悪くないのかもしれないと思ったよ」
「そうかい? 先輩の目にそう映っているのなら嬉しいよ。ね……

そう言って自然と視線を手元に落とし、まだ言葉にもならない声を出す赤子を見つめる眼差しは柔らかい。出会った時はまだ少年だったサイラスがいつしか大人の男になり、今や母親になったのだと思うと感慨深いものがある。
そうしているとオルベリクが紅茶を運んで来た。彼がサイラスの隣に腰を下ろすのとほぼ同時に、子供がぐずり始めた。

「おっと……お腹が空いたかな。ちょっとお乳をあげてくるよ」
「それなら、わたしが席を外そうか?」
「大丈夫だよ。長旅で疲れているんだから、座っていてくれ。ああ、よしよし……

サイラスは立ち上がると、子供をあやしながら扉の奥へと消えてゆく。あの先は寝室だろうかと野暮なことを考えながら、淹れたての紅茶を口に運ぶ。甘みの少ないすっきりとした紅茶は渇いた喉を潤すのに丁度いい。オルベリクも同じように紅茶をすすり、無骨な手には似合わぬ丁寧さで音も立てずにカップを置いた。

「急に邪魔してすまなかったね」
「いや、あなたが来ると便りがあったとはサイラスから聞いていた。こちらこそすまない、碌なもてなしも出来なくて」
「元気そうな顔が見れたんだから充分さ。しかし未だに夢でも見ているんじゃないかと思うよ、あいつがオメガだとは知っていたが……まさか番を持ち、出産までするなんてね」
「ああ……そうだな。俺も時折、都合のいい夢でも見ているのかと思う」

そう言って自嘲するように笑みを浮かべるオルベリクは、きっとオデットの想像も及ばないような苦悩の日々を送っていたのだろう。眉上にくっきりと残った傷跡はきっとその一端に過ぎない。サイラスは彼のその煩悶に触れ、癒やしたのだろうか。それとも癒えない苦痛を共に分かち合うと決めたのか。それはオデットが知るべきことではない。

「だが、わたしは安心したよ。……サイラスに母親は不向きだと思っていたが、あいつは楽しそうだし上手くやっているようじゃないか」
「まぁな……俺も親になるのは初めてだ。二人で試行錯誤しながらなんとかやれている」
「はは、賑やかそうでいいね。それにしても、母乳も出るのかい?」
……ああ、まぁ」

少々気まずそうに答える様子に声を上げて笑うと、オルベリクはばつが悪そうに紅茶を呷った。この無骨な男があの朴念仁のサイラスにどうやって恋とはなんたるものかを教え、身も心も作り変えたのかは非常に気になるところだ。それは学者としてというよりは、オデットの個人的な興味であった。

……ちなみに、どっちが先に惚れたんだい?」
「っな……!」
「その顔を見ると、あんたのほうかな。熱烈にアプローチするタイプとは思えないが、一体どうやってサイラスを……
……オデット先輩、あまり彼をいじめないでくれるかい?」
「おや残念、もう少しで探り出せそうだったんだがね」

柔和な微笑みを浮かべながら戻ってきたサイラスに、肩を竦めてみせる。その眼差しが僅かに剣呑さを孕んでいるのを見て胸中で仰天した。どれだけ色恋沙汰や成績で妬みを買っても素知らぬ顔をしていたサイラスが、オデット相手に焼き餅を焼くとは。

「しっかり飲んでいたか?」
「ああ。ほら、飲んで満足したのか今はよく寝ているよ」
「そうか。そろそろ腕が辛いだろう、替わろう」
「助かるよ」

いつの間にか瞼を閉じてくうくうと寝始めた赤子を、今度はオルベリクがそっと抱きかかえる。きっとこれもいつもの光景なのだろう。そう思うくらい彼の手付きは慣れていて、またサイラスも極々自然にオルベリクに任せていた。
空になった紅茶のカップを眺め、オデットは息を吐く。――丁度良かった。まだ赤子は言葉を理解できないだろうが、聞かせたくない話をするつもりだった。

「サイラス、一つ聞きたかったことがある。……なんでまた、アトラスダムを離れたんだい? あんたがあの環境を捨ててまで、ここに住まうメリットがあるとは思えないんだがね」

和やかな空気を破壊する言葉だと理解していても、言わざるを得なかった。
知的好奇心の塊のようなサイラスにとって、アトラスダムは住居として申し分ない街であるはずだった。王立学院には常に新しい情報が入ってくる上に、保管されている本の数も膨大だ。それだけでは得られない知識があるからと旅をするのならまだ分かるが、こんな田舎の村に定住する理由はないだろう。

――オデットが危惧していたのは、サイラスが一時の恋情に溺れ、もしくは流されて学者であることを捨てたのではないかということだ。そうだとしたら引っ叩いてでも目を覚まさせてやるのが自分の役目ではないかと、密かに使命感を抱いていた。
サイラスはぬるくなった紅茶を一息に飲み干すと、カップを置いて指を組む。ちらりと隣の男を見上げる瞳はただ穏やかだった。

「いずれはアトラスダムに戻るつもりだよ。オデット先輩の言う通り、学者にとってアトラスダムはとても恵まれた環境だ。だがあの街にいる限り、私は学者でしかいられない。一時的に職を退いたとしても、あの街で学者であるサイラスを知る人間は多いし――何より、私自身が学び、探求することを辞められないからね」
……だから、生まれ育った街を離れたのかい?」
「ああ。せめてこの子が物心つくまでは、学者ではなく一人の親であろうと決めたんだ」
「この子のために? それとも、彼のために?」

すると、サイラスは首を横に振る。畏れも怯えもなくオデットを射抜く瞳の輝きは、昔からちっとも変わらない。優しげでいながら自分の主張は頑として曲げない強い意思が、その瞳には宿っている。

「誰のためでもない、私自身のためだ。学者という生き方を選んだことは後悔していないが、少しだけ違う生き方もしてみたくなったのさ。私が欲張りなのは、あなたもよく分かっているだろう?」
……ああ、全くあんたは我儘で欲深いね。さて、それなら困ったねえ……
「おや、どうかしたかい?」
「どうやらわたしは、余計な手土産を持ってきてしまったようだ」

荷物から本を取り出し、次から次へと机の上に積み上げていく。道中あれこれと追加したせいで予定の冊数を大幅に上回ったそれらを見て、サイラスは感嘆の声を上げた。

「これは……! 戦火で破損して修復不可能と言われていた歴史書に、こちらは――どれも私がアトラスダムを発ったときにはなかった本だ! おや、この本は……
「光栄に思いな、サイン入りだよ」
「そうか、とうとうあなたの本が出版されることになったのだね! いつかこの日が来るのではないかと待ち望んでいたが、嬉しいよ」
「研究の一端を記したに過ぎないがね。まだまだ、確かめたいことは山のようにある」

爛々と目を輝かせ本の背表紙を撫でるサイラスは、すっかり学者の顔に戻ってしまっていた。自分のパートナーがそんな顔になればさぞ面白くないだろうと思ったが、予想に反してオルベリクは口の端に笑みを浮かべていた。言葉にはしないものの、その横顔を見詰める瞳はあまりにも雄弁でオデットのほうが面映ゆくなる。

……どうやら余計なものじゃなかったようだね。安心したよ、これでも苦労して持ってきてやったんだ」
「ありがとう、オデット先輩。時間はかかるだろうが、ゆっくり読ませてもらうよ。しかし、これだけの冊数をただでもらうわけにはいかないよ。あなたの著書もあるわけだし、幾らか払わせてくれないかい?」
「要らない要らない、祝いの品なんだから。……そう言えば、まだちゃんと言えていなかったね」

あたたかく、仄かに甘いミルクのような香りがする空気を、胸いっぱいに吸い込む。
勝手な心配は全て杞憂に終わった。オデットの記憶の中のサイラスはいつまでも危うげな少年のままだが、現実の彼は心身共に成長して頼もしくなっていた。

「おめでとう。あんたたちの人生の新たな門出を祝福するよ」

確かにサイラスは変わった。しかしその芯の部分は、オデットのよく知るサイラスのままだ。
月並みではあるが、この目で確かめて初めて口にできた言祝ぎに、二人は視線を交わして微笑み合った。




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