雪華
2020-12-21 21:55:22
4619文字
Public テリサイ
 

【テリサイ】愛の証明6【女体化】

※サイラスが後天性女体化。大昔に書いた、水をかぶると女になっちゃう先生1/2ネタのお話です。キスしてしまったふたりだがその後……?いつものいやそうはならんやろなテリサイです。次はR18で最後になると思われます。

すっきりと晴れ渡った空とは対照的に、サイラスの気持ちは曇っていた。個室の窓から差し込む眩い朝日から目を背けるように瞼を閉じ、記憶の海に潜る。
――頬に触れた掌の温度、重なり合った体から伝わる鼓動、そして唇に触れた柔らかい感触。あの日の出来事はまだ鮮明に脳裏に蘇る。

(テリオンと……キスしてしまった)

あの時は風呂場で水を被って女体になってしまい、身を隠すことも指輪を取りに行くことも出来ない状況だった。そして苦し紛れにテリオンからキスされて、無事サイラスは男の体に戻った。
そう、戻ってしまったのだ。スサンナはサイラスが好意を持つ相手、もしくは相手から好意を寄せられている状態で接吻すれば一時的に呪いが解けると言っていた。そしてサイラスの体が男に戻ったということは。

(私はテリオンのことが好き……なんだろうな)

同性と肌を合わせて接吻したことへの不快感はなく、寧ろ思い出す度サイラスの頬を熱くさせた。友愛と恋愛を区分するものは独占欲や肉欲の有無だと思うが、サイラスはテリオンの体温や皮膚の触感を快く思った。
これが恋だというのなら、正しくそうなのだろう。誰かにこんな思いを抱くのは生まれて初めてだった。だがそうだとしても一つ問題が残っている。

「サイラス先生、おはよう! もう起きてるか?」

トントンと軽いノックの音に、はっと顔を上げる。アーフェンは扉の向こうで、もうみんな準備が出来ている旨を告げた。昨晩椅子に放ったままだったローブを肩にかけ、廊下にいるアーフェンを驚かせないようにゆっくりと扉を開ける。するとそこには思いもよらぬ人物が立っていて、咄嗟に視線を逸らしてしまった。

「よっ、おはよう」
「おはよう。アーフェン君、テリオンも……待たせてしまったかな?」
「大丈夫だぜ。どうも今日は天気が不安定だから、早く飯食って出ようって話になったんだ」
「なるほどね。では行こうか」

足早にその傍らを通り、階段を下りる。まさかテリオンも一緒にいるとは想定していなかったから、ついそっけない態度を取ってしまった。――そう、あの日からサイラスはテリオンとの距離感を計り兼ねているのだ。

(私がテリオンのことを好いていると……きっと、知られているのだろうな)

彼はあの時、半ば確信を持ってサイラスの唇を奪ったのだからそうに違いない。恋だと自覚する前から、好意を寄せていると気づかれるほどにあからさまな態度をとっていた自分が恥ずかしくて仕方がない。
コツコツと忙しない靴音に気づき、待っていたトレサたちが振り返る。誤魔化すように態とらしく明るい挨拶をした。

***

曇天の空の下、フラットランド地方の平原を八人と一匹は歩き続ける。湿った土のにおいがじっとりと纏わり付き不快だ。小雨くらいならすぐにフードを被れば大丈夫だろうが、土砂降りになってしまったら逃げ場がない。緊張からか手の平にはじっとりと汗が滲み、鼓動が速まる。

「うーん、今にも降りそうな天気ね……
「そうだね、今日は早めに近くの町で休まないかい? 無理して進み、雨に打たれ体調を崩すよりはいいと思うのだが」
「ああ、賛成だ。本降りになるまではまだ時間がかかるだろうが、直に小雨くらいは降るかもしれない。急いだほうが良い」

空を見上げ鼻を鳴らしたハンイットに同意するように、リンデが一つ鳴いてみせる。狩人である彼女は屋外活動のスペシャリストで、天候の移り変わりを察するのも早い。培ってきた経験と知識、そして彼女の相棒であるリンデの優れた嗅覚の為せる技だそうだ。
するとオルベリクが地図を取り出し、手早く現在地と周辺を確かめる。西に町があるということなので、一行は進路を変えて進み始めた。

「雨か、なるべく荷物を濡らさねぇようにしないとな……
「そうそう、湿気でだめになる商品もあるしね。薬の材料も、乾燥してないと使えないものがあるんでしょ?」
「まぁな。無駄な水分が抜けて少量で効果が出るし、持ち運びもしやすくなるからな」
「乾燥させることで薬としての効果と、利便性のどちらも両立させることが出来るんですね」

何気ない会話に耳をそばだてていると、音もなくその人物がサイラスの隣に立った。ぎこちなく目線を遣ると、テリオンは口を噤んだまま灰色の雲を見上げる。――不測の事態に備えて傍に来てくれたのだろうか。

(どうして、キミは……

そんなにも優しくしてくれるのだろうか。サイラスの秘密を知りながらも、気のいい仲間として振る舞ってくれるテリオンにずっと救われてきた。それに対して自分は彼に何も返せないどころか、下心まで抱いてしまっている。
このままではいけないと思いながらも、どうすればいいのか分からなくなっていた。既にサイラスの気持ちを悟られているとしても、改めて口にすることで関係性が壊れるのが怖い。しかし、サイラスの呪いを解けるのはきっとテリオンだけであることもまた事実。思案するサイラスの頬に、不意にぽたりと雫が降ってきた。

「あ……!」
「あちゃー、降ってきちゃったわね」
「嫌ね、小雨の間に町に着けるといいのだけど……
「難しいかもしれないな。雨脚が強くなったら雨宿りして様子を見よう」

そう話している間にも雨粒はぽたぽたと地面に染みを作ってゆき、気づけば激しい音を立てて降り注いでいた。まずい、と思う間もなく体が一回り縮み、慌ててフードを被る。するとテリオンはサイラスの傍に近づき、耳元で囁いた。

「そのまま俯いて体を縮込めてろ、背丈を誤魔化せる。あと喋るな」
……っ」

小さく頷くと温度の低い手が手首に触れる。節くれ立った男の指は、存外優しくサイラスの手首を握り込んだ。ドキリと跳ねた心音は地面や木々を叩く雨音に掻き消され、テリオンに届くことはない。狼狽える一行の中でもハンイットは冷静で、すぐに周囲を見渡し叫んだ。

「一旦雨宿りをするぞ! 走れ!」

彼女が指差す方向は木々が密集しており、確かにみんなで雨宿りをするにはちょうど良さそうだ。勿論屋根と違って雨粒全てから身を守れるわけではないが、それでも雨に打たれ続けるよりはずっといい。
みんなの後を追うようにサイラスも走り出したが、不意にぐいとテリオンに腕を引かれ方向転換を余儀なくされた。え、と漏らした小さな呟きが拾われることはなく、二人の足音だけ皆から離れた方へ向かう。

「テリオンッ、どこに……!」
「このまま一緒にいるのはまずいだろ。……今ここで、あんたを男に戻す」

二人が身を寄せ合ってやっと雨宿りが出来るような僅かな木陰、それを作る木の幹に背を押し付けられた。互いに頭からずぶ濡れで、テリオンの柔らかな髪も今は水分を含み頬に張り付いている。その隙間から覗く翠眼と見つめ合うのは随分久し振りのように思えた。

「ま、待ってくれ、指輪を出すから……
「待てない。こうしている時間が長ければ長いほどあいつらに勘付かれる……あんたも分かってるだろ?」
「そうだけど……
「いいから、あんたは楽にしてろ。すぐ終わる」

有無を言わさぬ口振りとは反対に、サイラスの頬には僅かに指先が触れただけだった。複雑な色味を帯びた瞳と小さく震える指先から読み取れるのは、遠慮や躊躇い、それから僅かな――怯えだろうか。
純美な瞳に映る女は、さぞ醜い顔をしているのだろう。呪いに侵され、それを盾に好きな人に望まぬ行為を強いている者が綺麗なわけなんてない。

「テリオン……
「目を瞑れ」
「キミは見ているのに? キミが瞑らないのなら、私もそうするよ」
……勝手にしろ」

ざあざあと降りしきる雨が、二人を世界から切り取ったようだった。雨音も鼓動も今は遠く、灰色の世界の中で徐に近づくテリオンのかんばせと僅かな息遣いだけが鮮明だ。サイラスもテリオンも目を背けることはなく、その瞳に互いを映しながらゆっくりと唇を合わせた。

「っ……ん、」

不意に唇を割って、生温かいものが侵入してきた。歯列をなぞられる奇妙な感覚に身を震わせること数秒、それが舌だと気が付きカッと頬が熱くなった。

「テリオ――

一応、止めようとしたのだと思う。我ながら随分曖昧な気持ちで彼の名前を呼んでしまったことは否めない。けれどテリオンはそれを好機と捉えたのか、開いた口の更に奥へと舌先を伸ばす。柔らかな舌同士が触れ合った瞬間走った痺れに、ビクリと背が跳ねた。

「ん、ッん…………

脳の奥がじんと痺れる感覚に、浅い吐息が漏れる。肌は濡れて冷えているはずなのに、体の内側から燃えるように熱い。舌を絡め取られて擦り合わされるとぞくぞくと甘い感覚が背筋を駆け上がり、瞳に生理的な涙が浮かんだ。

「あ……っふ、ぅ……

唇を塞ぎ合っているから、サイラスから行為の意図を問うことも、彼が説明することもなかった。やり場のない手をテリオンの逞しい胸板の上に置くと軽く舌を吸われ、また体が跳ねた。
本当は突き飛ばしてでも止めさせなければいけないのに、男の身に戻った今ならそれだけの力があるのに出来なかった。寧ろ、もっと彼の体温を近くで感じたいと思ってしまった。それもまた、サイラスに初めて芽生えた感情だった。探究心のように純粋で、恋よりも醜いそれは肉欲と呼ばれるものだ。

「はっ……テリ、オン……
……これでいいな」

離れてしまった唇を名残惜しく見つめていると、そっと前髪を撫でつけられた。優しいその手付きや細められた目元に、胸が締め付けられる。

(ああ、やっぱり……テリオンのことが好きだ)

そんな柔らかな眼差しで見つめられ、唇を重ねてしまったら自分でなくても好きになるだろう。そこでふとサイラスは気が付いてしまった。――もしかしてテリオンは、女のサイラスのことは憎からず思っているのではないか?
確かにあの姿を美人だと言っていたし、照れるような素振りも見せた。だから抵抗なくキスが出来たのかもしれない。それならと期待して喉を鳴らす。

……テリオン」
「なんだ」

震える手をきつく握りしめる。今から告げようとしていることは、彼との心地よい関係を壊すようなことかもしれない。そうまでして呪いを解きたいのか――いや、たった一夜でも夢を見たいだけだ。深く息を吸って、またゆっくりと吐く。

「私の呪いを……解いてくれないか」
……俺でいいのか」
「キミさえ……よければ」
「分かった」

拍子抜けするほど短い返事だった。本当にいいのかと念押ししそうになったが、テリオンが制止するように手を掲げたので口を噤む。ばしゃばしゃと雨や泥を跳ねさせながら走ってきたのはアーフェンだった。

「テリオン、先生! こんなところにいたのか!」
「悪い、途中でおたくらを見失った」
「いいんだけどよ。もうちょっとしたら小雨になりそうだから、その間に急いで移動しようって打ち合わせしたんだ。二人ともそれでいいか?」
「ああ、もちろんだよ。態々知らせに来てくれてありがとう」
「いいってことよ! あー、早く止まねえかなぁ」

まだ心臓はどきどきと早鐘を打っている。本当は先程の会話は夢で、地面に落ちて消えてなくなる雨粒と同じではないのかと疑っていた。けれど唇に触れた温度だけは確かに残っていた。




***

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