※サイラスが後天性女体化。大昔に書いた、水をかぶると女になっちゃう先生1/2ネタのお話です。ハンイット3章をネタバレしています。某氏が呪いについて教えてくれたり、テリオンが頑張ったりする話。
旅人たちが次に訪れた街は、フロストランド地方に位置するスティルスノウだった。そこにはハンイットの師匠、ザンターを救う手掛かりになる人物がいるらしい。
屋敷前に仁王立ちする用心棒を少々乱暴な方法で退けると、ようやくスサンナという占い師と対面できた。テリオンは腕輪の下に巻いてある包帯の様子を見ながら、ハンイットたちの会話に耳をそばだてていた。
「……言っておくが、難しいぞ」
「覚悟の上だ」
ハンイットを試すような問答のあと、スサンナはザンターを救うための唯一の方法とその対抗手段について語り始めた。そしてまずはヘンルーダ薬を作るため、薬草の採取に向かうことになった。
ここまで皆がハンイットに助けられてきたように、危険な場所だと言われても躊躇する者などいない。ハンイットはオルベリクとオフィーリア、プリムロゼを連れ森へと向かった。それを見送り、残された四人は暖炉の火で温められた室内で各々の身の振り方を話し合う。
「ヘンルーダ薬か、気になるな……。スサンナさんさえ良ければ、調合するところを見せてもらえねぇか?」
「そりゃ、構わないよ。隠すようなことでもないからねぇ」
「ありがとな! よしっ、じゃぁ俺はハンイットたちが帰ってきたら合流すっかな。トレサたちはどうする?」
嬉しそうに拳を握ったアーフェンに問いかけられ、ちらりと窓の外に視線を遣るトレサと、外など興味もないように室内の書架に目を向ける男は対照的だ。
「そうねぇ……あたしは少し外で体を動かしてこようかしら。こんなに雪が積もってるなんて、早々ないもの!」
「私は少し、スサンナさんと話がしてみたいな。実に興味深い話が聞けそうだ」
「やれやれ……学者先生に話すようなことなんざないけどねぇ」
「よしっ、じゃぁトレサ! せっかくだから雪合戦でもするか! な、テリオン!」
弾んだ声のアーフェンに腕を掴まれたかと思うと、軽い足取りで屋敷を出ていくトレサの後を追うように引きずられる。まだ良いとも悪いとも言っていないのに、勝手に遊びの頭数に数えられているらしい。
「おい薬屋、俺は――」
「いいからいいから! 人数が多いほうが楽しいだろ!」
「そうね、雪合戦って一度してみたかったのよ。ほら、リプルタイドは港町でしょう? だから殆ど積もらないの」
「風邪を引かないように、程々に楽しむんだよ」
にこやかな笑顔に見送られ、暖かな室内から極寒の外へと放り出される。まさに天国と地獄だ。雪なんて冷たい上に足跡を残す厄介な代物で、ありがたみなど微塵もないというのに何故。
するとトレサとアーフェンは早速はしゃぎながら雪玉を作り、投げて遊び始めた。一体何が楽しいのか分からない遊戯を、時折放られるそれを避けながら眺め上衣の中の腕を擦る。二人の笑い声はよく響くようで、いつしか笑い声を聞いた子どもたちが集まってきた。
「おねーさんなにしてるのー?」
「ふふっ、雪合戦よ!」
「そんなにぎりかたじゃだめだめ、ぼくがお手本みせてあげるよ!」
「そうなの? ふむふむ……」
「隙だらけだぜ、テリオン!」
適当なところで切り上げてこっそり屋敷の中に戻ろう。そう決意したテリオン目掛け、再びアーフェンが雪玉を放る。首を傾けてそれを避けると、今度は子供が投げる。一歩右に跳んでまたも避けてみせると、かえって彼らの闘争心に火がついてしまったらしい。
「おにいさんよけるのじょうず!」
「まだまだっ、負けねぇぞ……!」
「言っておくが、俺は参加してないからな」
「いるってことは参加してるってことだろ……っと!」
はぁ、と吐いたため息が白い。軽い雪玉が屋敷の窓に当たると粉のようにほどけて地面に落ちた。
避けたついでに室内を見やると、サイラスと視線が交わった。たまたまこちらを向いたのか、それとも外を眺めていたのか分からないが――ロイヤルブルーの瞳は何か言いたげにテリオンを見つめ、紅もさしていないのに色付いた唇が薄く開く。
「あっやべ、」
次の瞬間、アーフェンの間抜けな声とともに後頭部に冷たい雪玉が命中した。
雪を払いながら無言で振り向くと、ばつの悪そうな顔したアーフェンが立ち尽くしていた。
「い、いや、避けると思ってたんだよ! 悪いな……」
「……いい」
「そ、そうか? 無抵抗のテリオンにぶつけるなんて、さすがに悪いなとは思って……」
「これでチャラだ」
軽くアーフェンの肩を掴み、足を払う。完全に油断していたアーフェンは、悲鳴を上げる間もなくどしゃりと雪の上に倒れ伏した。二人の遣り取りを見守っていたトレサに視線を遣ると、頷いて荷物からタオルを出し駆け寄ってくる。
後始末はトレサに任せ、屋敷の扉を叩くとスサンナに代わりサイラスが扉を開けた。
「おかえり、寒かっただろう?」
「少しな。話とやらは捗ったか?」
「ああ……ちょうどいい、良かったらキミにも聞いて欲しいと思っていたんだ」
「俺に?」
「私の、呪いについてのことだ」
息を呑んだ気配がサイラスにも伝わったらしい。彼はゆっくり瞬きをし、スサンナに向き直る。彼女はサイラスとテリオンの顔を交互に眺め、椅子に腰掛けた。
「彼には話しても良いのかい? あんたの『愛の呪い』のことを」
「ああ。仲間内で彼だけだよ、知っているのは。……今スサンナさんに呪いのことを説明して、何か知らないかと聞いていたところなんだ」
「……俺が一緒に聞いていいのか?」
「うん。キミが知っていてくれるなら心強いだろうから」
さらりと口にした何気ない言葉に、全幅の信頼を感じた。それはテリオンが仲間の一人であり、ここまで彼の旅に手を貸し続けたからというだけで、特別な理由などないと分かっていながらも胸が温かくなった。それを悟られないように軽く唇を噛み、頷く。
「古い呪いだからどこまで参考になるか分からないが、わたしの知っていることは教えておくよ」
「ありがとう。解呪の方法はやはり、真実の愛による性交渉だろうか?」
「そうさねぇ……半分正解で半分間違い、と言ったところだね。元々この呪いは脅迫のために用いられるものだから、いちいち真実の愛なんて探していられないだろう?」
「ふむ、ということは……?」
不意に外で強風が吹いたのか、窓がカタカタと揺れる。アーフェンたちの声がしなくなったが、そろそろ寒さに音を上げて宿にでも向かったのだろうか。そんな取り留めもないことを考えていなければ、都合の良い言葉が出るのを望んでしまいそうだった。
しかし、徐にスサンナが言い放った言葉は――テリオンにとって、夢のように都合のいいものだった。
「――あんたが好意を持つ相手か、もしくは相手があんたに好意を持っていればいいのさ。それが真実の愛であろうがなかろうが、通じ合っていようがいまいが関係ない」
「つまり、一方的な感情でいいということかい?」
「そうだよ。惚れた相手にこの呪いをかけて、解呪のために関係を迫るってのがこの呪いの使い方だからね。ちなみにあんた、女になっちまったときはどうやって戻っているんだい?」
「ああ……この指輪に祈っているんだよ。フレイムグレースの傍にある、原初の洞窟で採掘された石を用いた指輪なんだ」
ごく、と唾を飲み下す。どきどきと逸る鼓動を抑えようと深く息を吐く間も、彼らは気にせず話を続けた。サイラスが懐から取り出した指輪を見せると、スサンナは暖炉の火に石を透かせるようにじっと眺めた。
「……悪くないけど、もっと手っ取り早い方法があるのは知っているかい?」
「ほう、それは是非ご教授願いたいところだ。水を被る機会はそう多くはないが、大抵突発的だからね」
「一時的な解呪なら性交までする必要はない。まぁ、接吻くらいで充分だろうね」
「うーん……瞬間的だと言えば祈りを捧げるよりは短時間かもしれないが、それも私が好意を寄せる相手か、反対に好いてくれる相手とでないと成立しないのだろう? とても手軽に試せる方法ではないと思うのだが……」
困惑し腕組みをするサイラスに、スサンナは声を上げて笑った。その瞳がちらとテリオンを見やるものだから、ギクリと身を強張らせる。秘匿している心を見透かすような眼差しは、学者に探られるより余程たちが悪い。
「はははは! まぁ、お前さんぐらいの美形だったら、町中で適当な男に声をかけりゃ条件は満たせるだろうよ」
「何故だい? 声を掛けただけで好意を寄せられるなんて、おかしいだろう?」
「いや……」
スサンナの言う好意とは恐らく、恋に育つ前の好感のようなものでもいいのだろう。女物の服を着たサイラスの姿を思い出し、あんたならあり得ると言いかけた言葉を飲み込む。突然口を噤んだテリオンをサイラスは不思議そうに見下ろし、切れ長の目を伏せた。
「にっちもさっちもいかなくなったときには試してみるといい。指輪は返すよ、珍しいもんを見せてくれてありがとう」
「ああ、ありがとう。こちらこそ興味深い話が聞けたよ」
「ま、呪いを解くために一番手っ取り早いのはあんたが恋をすることかもね。頑張りな」
「頑張ってどうにかなるものではないと思うが……努力はしてみるよ。行こうか、テリオン。アーフェン君たちも宿に戻っているかもしれない」
「……ああ」
サイラスが指輪を懐にしまい直すのを見届け、スサンナの屋敷から出る。外は相変わらずちらほらと雪が降っており、凍りついてしまいそうなほど寒い。無言のまま白い道を歩き出すと、慌ててサイラスがのたのたと後を追ってくる。フラットランド地方出身のサイラスの履く靴は踵があり、滑り止めも不十分だから歩き辛いのだろう。
「待ってくれ、テリオン。足元が滑って上手く歩けないんだ……」
「……ったく……鈍くさいな、あんたは。ほら、引いてやるから手を貸せ」
「すまない」
振り向きもせず左手を差し出すと、ひやりと冷たい指先が触れる。テリオンの手も似たようなものだろうが、少しでも温もれと念を込めて握り締めた。
歩き始めてもスサンナの声が頭から離れない。彼女の話が正しいのなら、一方的な好意でいいのだとしたら――その呪い、俺が解いてやれる。もしそう言ったらサイラスはテリオンに体を許すのだろうか。
(だが……それじゃ、他のやつと変わらない)
自分本位の感情をぶつけ、サイラスをいたずらに傷つけた人間と同じだ。彼の呪いを解く手助けはしてやりたいが、肉体だけがほしいわけではない。
「テリオン、黙りこくってどうしたんだい?」
「……いや」
あんたのその努力が俺に向いたらいいと思っているなどとは、口が裂けても言えない。
するとサイラスは何を思ったのか、両手でテリオンの手を包み込みさすりだす。滑らかな肌の手触りにどきりと心臓が跳ねた。
「分かった、寒いんだろう? 口を開くのが億劫になるのも理解できるよ。早く宿に戻って温まろう」
「……ああ」
「私の手がもっと温かければよかったのだが……これでは気休めにしかならないな」
「……俺も、同じことを考えていた」
思わず振り返るとサイラスは鼻を赤くして柔らかく微笑んでいた。きゅうと甘く胸が締め付けられるまま、衝動に任せて今すぐにでも強く抱き締めたい――しかし邪念を振り払うように正面に向き直り、再び雪道を歩き始めた。
***
サイラスの細い指が自分の首筋に伸び、学者の象徴である黒いローブの留め具を外す。軽く畳んで脱衣籠に入れ、しゅるりとタイを解くと透けるように白い首筋が露わになった。視線に気づいたサイラスは、いつもと同じように人懐こく微笑む。
「噂に聞くとここの大浴場は温泉を引いていて、芯まで温まれるように少し高めの温度に調整されているそうだよ。楽しみだね」
「……へえ」
「少し中途半端な時間だからかな、客はまだ私達だけのようだね」
「そうだな」
――何故、自分は想い人と二人きりで風呂に入ることになっているのだろうか。
テリオンは内心頭を抱えていたが、ここまで来てしまえば取り止めるほうが却って不自然だ。ついつい引き寄せられそうになる視線を意図して明後日の方に向けながら、自分も上衣を脱ぐ。
あの後無事に宿に着き、ロビーでトレサ達と合流したまでは問題なかった。ハンイットたちが戻るまでは部屋で休むかと話している四人に、人の好さそうな宿の店主が大浴場で温まったらどうかと話しかけてきたのが最悪だった。
「はぁ……」
それは丁度いいとサイラスに手を引かれ、上手い断り文句が浮かぶ前にこうして連れてこられてしまった。てっきりアーフェンも来るかと思ったが、彼は調合をしてから向かうと軽く手を挙げただけだった。勿論、旅の中でサイラスの肌を見たことは何度もあるが、二人きりとなると妙な気持ちになってしまいそうでいけない。
「テリオン、なんだか浮かない顔をしているね。具合が悪いのかい?」
「……何でもない。俺は先に行くぞ」
「あっ、いつの間に脱いだんだい? キミはいつも支度が速いな……」
「あんたが遅いだけだ」
着るのも脱ぐのも時間がかかるサイラスを置いて、タオルを腰に巻くと引き戸の向こう側へ足を踏み入れる。浴室には浴槽が二つ並んでおり、清掃の直後なのか床のタイルは濡れて冷えていた。
(こうなったらさっさと温まって、先に出るか……)
体が冷え切っていることは確かで、浴槽に指先をつけてみるがあまりの熱さに咄嗟に手を握り込む。そう言えば先程サイラスが、湯の温度が高いと言っていたか。仕方なく一度木桶で湯を汲み、指先や足先に掛けて体に慣らす。
そしてようやく熱い湯船に浸かった頃、軽い音を立てて引き戸が開いた。
「湯加減はどうだい?」
「熱い」
「やはり少し熱めなんだね。では私も――」
濡れたタイルを踏みしめていた足が、不意にずるりと滑った。思わずテリオンも立ち上がったが、目の前でサイラスの体は前傾に倒れな隣の浴槽に顔から突っ込んだ。清掃後で石鹸でも残っていたか、はたまた寒さで足先の感覚が麻痺し踏ん張れなかったのかは分からないがあまりにも酷い。
「またあんたは……」
「ぶはっ……! ああ、酷い目に遭った……こちらは水風呂じゃないか」
「……!」
鼻をさすりながら、サイラスは顔を上げ徐に立ち上がる。髪から滴る雫が丸い輪郭を伝い、露わになった胸元の膨らみをなぞりぽたりと床に落ちた。突如目の前に半裸の女が現れ硬直するテリオンを尻目に、サイラスはいつもと変わらない調子で話しかけてきた。
「健康法の一種として、高温の湯と水に交互に浸かるという方法があるらしいからそのための水風呂だろうね。キミは間違えて入らなかったかい?」
「……ああ……」
「それは良かった。温まりに来たはずがこんな目に遭うとは……他の客がいない時間で幸いしたな」
「……」
羞恥心はないのか――いや、なくて当然か。元々サイラスは男で、一緒に風呂に入るつもりなのだから裸を見せることに抵抗はないだろう。そう言えば先日の指輪騒動で助け出した時も、せっかく掛けてやったテリオンの上衣がはだけていても何も感じていないようだった。
「……おい、サイラス。忘れたとは言わせないぞ。あんたはもっと危機感を持て」
「ん……ああ、私は今裸だったな! これはみっともないところを見せてしまった……すぐに指輪を持ってくるよ」
テリオンの指摘に思い出したかのように体の前で腕を交差させ、彼女は踵を返す。背中の形も男のときよりしなやかで、腰も丸みを帯びているように見えた。ぼんやりとそれを見送りかけたが、ハッとして湯船から上がりその二の腕を掴んだ。
「待てっ、外に誰か……」
「えっ、あ……っ!」
突然進行方向とは反対側から腕を引かれ、サイラスの体はまたもバランスを崩す。倒れてきた体を抱き止めたまでは良かったが、二人分の体重は支えきれずにテリオンごと床に転倒した。したたかに背中を打ち息を詰めたが、それよりも伸し掛かってきた体の柔らかさに強い衝撃を受けた。
「っ……」
「すまないテリオン、キミまで巻き込んでしまった……! 頭を打っていないかい?」
「大丈夫だ……」
そう応えながら薄く瞼を開け目の前の状況を視認すると、別の意味で大丈夫ではないかもしれないと思い直す。綺麗なロイヤルブルーの瞳は心配げにテリオンの顔を覗き込み、胸元には温かくて柔らかなそれが彼女の自重のままに押し当てられていた。こんな状況でなければ夢のような光景だが、浮かれてはいられない。
「それより、問題は外だ。話し声がする……別の客が来たんだろう」
「! ど、どうしよう……こんな格好見られてしまったら、頭のおかしな女がいると思われてしまうな……」
「…………そうだな」
絶対に問題はそこではないのだが、今は問答している時間すら惜しい。言いたいことをぐっと飲み込み周囲を見渡す。大浴場はだだっ広く遮蔽物になりそうなものはなく、身を隠すことは不可能だ。かといって他人にサイラスの肌を見せたくはない――となると、最早残された方法は一つしかない。
「……サイラス」
桃色の頬に触れると僅かに体を強張らせたが、程なくして弛緩した。テリオンは決して嫌われてはいない、見知らぬ者の前で裸を晒すよりはましだろう。
本当はこんな形で告げたくはなかった。それでも、テリオンのちっぽけなプライドや拘りよりサイラスを守りたかった。
「目を閉じろ」
「何を……するつもりだい?」
「すぐに終わる。早くしろ」
「……」
サイラスは戸惑いながらもゆっくりと瞼を閉じる。伏せられた長い睫毛に魅入りながら息を止め、ふっくらとした唇に自分のそれを重ねる――覆い被さった体が重たくなったかと思うと、サイラスは飛び退くように立ち上がった。
「ッテリオン、今……!」
喉仏を震わせ、発される声は低い。胸元は薄く、脂肪や筋肉が少なく華奢ではあるが決して小さくはない男の身に戻ったサイラスは、顔を林檎のように真っ赤にしてわなわなと手を握りしめていた。
「ああするしかなかった。それだけだろ」
「だが……! 効果があるということは、キミは私の――」
「よっ、お疲れ~! ……って、二人して湯船の外でなにやってんだ?」
その時浴場と脱衣所を隔てる戸が開き、アーフェンや他の客がなだれ込んできた。
やはり、あと少しでも躊躇っていたら鉢合わせていたところだった。自分は間違っていなかった、そう言い聞かせるように胸中で呟く。
「別に。俺は先に出る」
「そうか? いやに早いな。ちゃんと温まったのか?」
「ああ」
生返事して脱衣所へ向かう。手早く体を拭いて服を着ながら戸を見遣るが、サイラスが追いかけてくることはなかった。
「……はぁ」
――深く吐いたため息は、湯気に混じって消えてゆく。
墓場まで持っていくつもりはなかったが、こんな風にやけくそで告げたい想いでもなかった。しかし悔やんだところで仕方がない、後はサイラスの好きにさせよう。テリオンを厭うならそれでもいい。解呪のためだけにこの気持ちを利用したいと、他ならぬサイラスが言うのなら構わない。
衣服を整え浴場を後にする。素肌に触れたサイラスの体の温度が、どうにも頭から離れなかった。
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