雪華
2020-11-07 21:12:12
8780文字
Public テリサイ
 

【テリサイ】愛の証明4【女体化】

※サイラスが後天性女体化。大昔に書いた、水をかぶると女になっちゃう先生1/2ネタのお話です。宿のお嬢さんに水をぶっかけられてしまい、さあ元に戻ろうかと思ったら指輪がない!話の続きです。

どくどくと逸る鼓動を抑えようと深呼吸する。ベッドの上に広げた荷物を鞄の中に仕舞いながら、今日の行動を頭の中でなぞった。失くしたとすると、恐らく街の中――するとサイラスの思考を読んだかのように、テリオンが口を開いた。

「いつ失くした? 街に着いた時はあっただろう」
……確かにそうだが、何故それをキミが知っているんだい?」
「あんたが街の入り口で、懐に手を入れて確かめているのを見た。……癖になっているなら直したほうがいいぜ。あんなの貴重品の場所を教えるようなもので、俺たち盗賊にとっては格好の――

説教じみた言い回しをしかけた彼が、言葉を切る。同時にサイラスの脳裏に宿までの道程であったことや、女将の言葉が過ぎった。

「そうだ。女将は最近、街にがらの悪い人物が居着き治安が悪いと言っていたな……まさかあの時……
……おい、まさかスられたんじゃないだろうな」
「その可能性は高いね。実はここに来る道程で、男とぶつかったんだ。財布は無事だから大丈夫だと思っていたのだが……
「ああ。あんたの仕草を見て、貴重品だと思い込み狙ったんだろう。……ったく」

テリオンは大きくため息をつき、自身の柔らかい髪をガシガシと乱暴に掻いた。どこぞの砂漠で失くすよりは、持ち去った人物が分かるだけ良い方だろうか。しかし、楽観視するのもよくないと軽く頭を振る。さほど換金性の高いものではないはずだが、見ようによっては宝石のついた指輪だ。人から人へと流れてしまうと、どんどん足取りが追えなくなってしまう。

……一応聞いておくが、指輪がない場合はどうやって元に戻るんだ」
「試したことはないが……恐らく聖火の前で祈りを捧げれば、同様の効果は得られるはずだ。しかし、ここから一番近いフレイムグレースでも辿り着くのに数日はかかるだろうね。それまで仲間に隠し通すことも、事情を伏せて単独行動を取ることも不可能だろう」
「お人好しばかりの集団だからな……

そのお人好しにはテリオン自身も含まれていると思うのだが、指摘すると機嫌を損ねてしまうだろうか。少なくともこの危機的状況で口に出すほど、サイラスは考えなしではなかった。

……とにかく、すぐに指輪を盗んだ人物を探しに行くよ。キミはみんなのところに戻って、私は部屋で読書をしているとでも言ってくれないか?」
「いや、探しに行くのは俺一人で十分だ。盗んだやつの特徴を覚えてる限り教えろ」
「そういう訳にはいかない。盗まれたのは私のミスだし、指輪がなくて困るのも私だけだ。キミを態々危険な目に遭わせる必要はないよ。それどころかたった一人で行かせるなんて、そんなおかしな話があるかい?」
「おかしいのはあんただ。鏡を見ろ。……そんな格好の『女』は、連れている方が目立つ」

テリオンが握った拳の親指で示したのは、部屋の姿鏡だ。鏡の中にいるのは困惑したように眉を下げた女で、全くサイズの合わない男物の衣服を纏っている。――確かにこれでは人目を引くことは間違いない。テリオンの言うことは尤もで、ぐうの音も出なかった。

「分かったなら、大人しくここで待ってろ」
……いや、要は衣服さえ整えればいいのだろう? それなら私に考えがある。それより、キミは指輪探しについて来る前提で話を進めているが……力を貸してくれるのかい?」
……まぁな」
「そうか……ありがとう! キミが一緒なら心強いよ。巻き込んでしまってすまないが、よろしく頼む」

サイラスの背が縮んでしまったせいで、軽く叩いた肩はいつもより高い位置にある。やっと街に着いて休めることになったのに、落ち着く間も彼に与えてやれないとは年上として面目次第もないところだ。しかし落ち込んでばかりもいられない。反省や埋め合わせは後で考えるとして、まずは指輪の早期奪還だけを考えなければ。
テリオンはいつも以上に憮然とした顔で、じっとサイラスを見る。話の続きを促されるままに口を開いた。

「ああ、服は宿の娘から借りようと思っているんだ。客に水をかけてしまった負い目を利用するのは心苦しいがね」
「どうやって説明するんだ?」
「全てを説明する必要もないだろう。適当にはぐらかすさ」
……分かった。俺はその間に、アーフェンたちに話をつけてくる」
「頼むよ、言い訳はキミに任せるから」

テリオンは小さく頷くと、サイラスから残りの部屋の鍵を受け取り足早に部屋を出ていった。
今のこの状態で危惧すべきは主に二点。一点は指輪の行方が分からなくなること。もう一点は、サイラスが女性化した状態で仲間と鉢合わせてしまうことだ。そうならないためにも、仲間たちに探されないよう先手を打っておくのは欠かせないだろう。

……さて、私も行くか」

濡れて重たくなった衣服を着たまま、テリオンを追うようにサイラスも部屋を出た。

***

軽い二度のノックに、開いているよと答えると静かに扉が開く。盗賊を生業とするテリオンの所作は常に静かで隙がないが、扉を閉める時に珍しく音が立った。

「おかえり。キミが物音を立てるとは珍しいね、もしかして疲れているのかい?」
……いや。宿の娘をなんと言い包めたんだ?」
「ああ……私は本当は女だが、男のふりをして旅していた。ところが姿を男に見せる魔法の効果が切れてしまったから、暫し衣服を貸して欲しいと頼んだんだよ。こうなれば嘘も方便だろう?」

テリオンはサイラスの頭の先から爪先まで、じろじろと無遠慮に視線を遣る。寝台の上に広げた荷物を鞄に仕舞い直しながら、サイラスは軽く首を傾げた。

「私としてはそれらしくなったと思っているのだが、おかしいだろうか」
……別に」
「それなら良かった。しかし、まさか女装することになるとは……。女性ものの衣服はなんだか窮屈だし、スカートも裾が気になって落ち着かないよ。トレサ君たちはよく平気で旅ができるね……

サイラスが纏っているのは麻素材のカットソーに、腰の部分が編み上げになった丈の長い紺色のスカートだ。靴もサイズが合わなくなってしまったのでショートブーツを借りてきた。女物の服を着ることにいささか抵抗を感じたが、いざ袖を通してしまえばなんてことはない。所詮衣服は衣服であって、普段とは少々形が違うだけだ。
テリオンは相変わらず鈍い反応のままサイラスに歩み寄る。かと思えば、ぺたりとサイラスの背中に手の平を置いた。はっと顔を上げると、丸く見開かれた翠眼と視線がかち合う。

「着けているのか。……女物の」
「ま、待ってくれ、私だって好きで着けているわけではないんだよ。だがそうしないと、形が浮き出てしまうし……下だって男の時に身に着けていたものは腰囲が合わないものだから……
……へえ」

揶揄うでもなく、ただ相槌を打たれる方が余計に居た堪れない。――サイラスだって身に着けるつもりはなかったが、致し方なかったのだ。宿の娘から『下着は新品ですので差し上げます』と言われて、流石に幾らかは払ったのだがそれが幾らだったのかも覚えていないほど、サイラス自身も狼狽していた。

「つまり、これは仕方のないことなんだ。いいかい? このことは誰にも言ってはいけないよ。約束しただろう?」

女物の下着を身に着けていることをこうも簡単に看破されるとは思わず、いつもより早口でそう念を押すと、テリオンは軽く肩を竦めて手を下ろした。

「わかったわかった。準備が出来たのなら、行くぞ」
「ああ。まずは男とぶつかった場所に行き、足取りを辿ろうか」
「いや……一度仕事をした現場には近付かないだろう。それよりどこを根城にしているか探ったほうが早い」
「ふむ、確かにそうだね。では、情報が集まりそうな酒場へ……ということかな?」
「ああ」

同業者として、テリオンなりに行動を分析しているのだろう。彼の言葉に迷いはなく、サイラスを先導するように歩き始めた。
歩きながら男の特徴を問われ、服装などを説明する内に街の奥まった場所にある酒場に着いた。水垢が残ったままの窓ガラスは決して清潔とは言い難く、どこか人を寄せ付けない雰囲気だが室内からは明かりが漏れている。

「キミは迷わずここに来たが……よく酒場があると知っていたね。表通りからでは分からないだろう?」
「だいたいどこの街でも、こういう店は似たようなところにあるからな。あんたはここで待ってろ」
「えっ、どうしてだい? ちゃんと服も着替えたし、おかしくないだろう?」

言うが早いかさっさと酒場に入ろうとするテリオンの手を、咄嗟に握って引き止める。少し温度の低い手はひやりと冷たく、普段だったらさほど大きさは変わらないはずなのに今は形も大きさも随分違う。節くれ立った男の指は一瞬強張ったが、やがてだらりと力を抜く。
数秒黙した後に、テリオンはため息をついて振り向いた。しかし視線が交わることはない。

……あんたみたいな美人を連れていると、やりづらい」
……美人?」
「だからここで大人しくしてろ、何かあれば大声で呼べ」

彼の口から飛び出た言葉はあまりにも意外で、理解するのに数秒の時間を要した。完全に虚を突かれたサイラスの手を振り払うと、テリオンは今度こそ上衣の裾を翻し扉をくぐる。バタンと閉まった扉を見て、自分の頬を両手で挟んだ。

……なんだろう、なんだか……

顔が熱い気がする。――だって、サイラスを美人だと言ったときのテリオンは、視線を逸らし唇を尖らせていてまるで照れているようだった。その気恥ずかしさがサイラスにまで伝播してしまったに違いない。

……こういうタイプが、テリオンの好みなのだろうか)

汚れたガラスに映る女をまじまじと見つめる。元が自分故か、サイラスには美人だとは思えないし特別な好感も抱かない。仮初の姿はどちらかというと疎ましいとすら感じた。
単純に自分の好みの見た目を美人だと称したのならそれでいいが、もしこの呪いがテリオンの心を歪めて、好意的だと思わせているのなら唾棄すべき出来事だ。誰のものにもならず、自分の意志で歩き続ける彼の感情をサイラスが捻じ曲げているのだとしたら――想像だけでも肌が粟立ち、背筋が冷たく震える。

(もしも、テリオンに組み敷かれたら……

万が一にもあってはいけないことだが、サイラスの思考は止まらない。
男のときでさえ筋力は彼のほうが上なのだから、力では敵わない。魔法で対抗することは出来るが、その手段を取ることが出来るだろうか。ゆるく握り込んだ手には、まだ彼の肌の感触が残っている。それが不快でないから、サイラスは戸惑い懊悩していた。

……ん?」

その時、映り込んだ人影に振り向く。後ろ姿しか見えなかったが、ぶつかった男に似ている。テリオンを呼ぶか――しかしその間に見失ってしまうかもしれない。一瞬の逡巡の後、サイラスはスカートの裾を蹴るように駆け出した。
男は細い裏道を通り、一度も振り返ることなくあばら家に入る。自宅か、それとも悪漢たちが集まるねぐらか。少人数の場合は力技で奪い取ることも不可能ではないが、既に指輪を売却している場合は売却先を聞き出さなければならない。

(いずれにしろ、行くしかないか……

そう思い踏み出した瞬間、背後から口元を覆うように抱きすくめられた。生温い他人の体温にぞわりと背筋が寒くなり、そこで初めて自分が後をつけられていたことに気が付いた。

「ッ……?!」
「さっきから兄貴の後をつけてるようだが……あんた、何者だぁ?」
「こんな美人につけられるなんて、全く兄貴はモテるから困るな。そんなに会いたいなら、連れて行ってやるよ」
……!」

振りほどこうと身動いでも、力強い男の腕はびくともしない。二人組の男はサイラスの体を拘束したまま、半ば引き摺るようにあばら家に連れ入る。家の中は外側から受ける印象と同じく古くかび臭いにおいがし、金品や酒瓶が床に雑然と転がっている。
入口の扉に鍵がかけられると、背中を突き飛ばされるように解放され床に倒れ込んだ。

「っ……何をするんだい」
「そりゃこっちの台詞だ! お前こそ、何のつもりで兄貴をつけていた?!」
「おい、騒々しいぞ! 戻ってきて早々に何なんだお前らは……んっ? こりゃ、随分な美人連れてきたなぁ」
「お褒めに与りどうも。私は返してもらいたいものがあって、ここに来たんだ」

奥の部屋から現れたのは、サイラスが後を追ってきた男であった。立ち上がり、スカートの皺を伸ばすようにを軽く払う。男はサイラスの顔や体を値踏みするように眺め、ソファーに腰掛け足を組んだ。

「へえ……しかし、見たことのねえ面だな。あんたみたいな女から何かを奪ったなら、忘れそうにないんだが」
「とぼけないでくれ、学者の男から指輪を盗んだだろう? あれは大切な品なんだ、返してくれないか」
「ああ! そういや姉ちゃん、あの男に顔立ちが似てるな……姉、いや……妹ってとこかね?」
「私と彼との関係性はどうでもいいことだ。指輪はまだキミの手元にあるのかね?」
「これのことだろ?」

男はあっさりと懐から指輪を取り出し、白い石が嵌ったそれを目の高さに掲げてみせる。市場に流れる前に見つけられて良かったと内心胸を撫で下ろしながら、しかし毅然とした態度で声を張った。

「それはキミが盗んだものだろう。今ここで、返してもらおうか」
「だが、タダで返すわけにはいかねえなぁ。……俺たちはこうやって日銭を稼いで、飯を食ってんだからさ」

盗品を元に更に強請るとは見上げた神経だ。元はサイラスの持ち物なのだから、魔法で男たちを気絶させ奪い取っても罪に問われることはないだろうが、問題はこのあばら家だ。どう見ても老朽化しており、三人まとめて倒せるほど高威力の魔法を使えば家ごと倒壊しかねない。
サイラスの返答を待つ間、男はナイフを取り出したかと思うと布で磨き始めた。銀の刃が蝋燭の炎に照らされ鈍く光る。少々の出費は致し方ないかとため息をついた。

「では、代わりに何を求めるつもりだい? とは言っても、私が施してやれる金銭はたかが知れているが……
「服を脱ぎな」

ダン、と鈍い音を立て、指輪を縫い止めるように机上にナイフが突き立てられる。舌舐めずりをする男の視線の先にいるのは、サイラス――今は女となった、自分。視線で振り向くが、扉を守るように弟分の男達が立っていて逃げ出せる状態ではない。

……そんなものでいいのかい? 一リーフにもならないだろうに」
「今日の飯はあてがあるからな。俺たちがほしいのは、明日の飯より目先の娯楽だよ。出来ないってんなら、脱がせてやってもいいんだぜ?」
「結構、自分で脱ぐよ。本当にそれだけだろうね?」
「もちろん。酒の肴にするだけさ、なぁ兄弟!」

抑えきれないと言わんばかりに、くつくつと下卑た笑いを漏らし笑う。目眩がしそうになったのは、恐怖からではなく嫌悪感からだ。男として生を受けたはずの自分が、女として性的に消費されようとしている状況は胃がむかむかするような不快感がある。
どうせ自分の体ではないし、窮屈な女物の衣服から解放されるのならそれもいいか。半ば自暴自棄になりカットソーを捲くるように脱ぐと、目の前の男が口笛を吹いた。

「いいねえ、いい脱ぎっぷりだ! そう来なくちゃ!」
……

もはや言葉を交わす必要もない。埃の積もった床にカットソーを脱ぎ捨て、スカートの腰紐を緩める。一呼吸分だけ間を置いて、音もなくスカートを床に落とした。
レースの装飾が施された純白の下着を纏った女が佇む様子を、男達は鼻息荒く凝視している。早くしろと急かすような熱視線に晒され、背中に冷や汗が滲む。意を決して背中に手を回した時、ふと室内が薄暗くなった。

「なんだっ? おいおい、いいところなんだから蝋燭消すなよ」
「えっ? いや、俺じゃねえよ。お前か?」
「まさか!」

男達が話している内にまた、今度は鋭い物音とともに灯りが消える。壁掛けの蝋燭目掛けて宙を飛んだものは、きらりと光る投げナイフだった。

「誰だ?! どこにいやがるっ……!」
「な、何だっ?! ぎゃあっ!」

怒声を最後に灯りは全て消え、室内が暗黒に包まれる。閉ざされた視界の中で、何かを殴打するような音に悲鳴や呻き声が続く。今のうちだと慌ててしゃがみ込み、手探りでスカートを履き慣れない紐を結び直すや否や、背中に何かが掛けられた。手繰り寄せた布地の感触には覚えがある。

「テリオ――わっ!」
「黙ってろ」

暗くて拾えなかったカットソーを持たされたかと思うと、膝裏に手を入れ持ち上げられた。そのまま入り口とは反対側に駆け出し、恐らく裏口から外に出るとようやく月明かりのもとにその横顔を窺い見た。
――白い月明かりに照らされ、柔らかな髪はきらきらと光っているようだった。真っ直ぐに前だけを見ている横顔は、いつもよりやや不機嫌そうではあるが怪我はない。あの物音の被害者が彼ではなかったことを確かめ安堵したが、はっとして彼のシャツを握る。

「テリオン……! 待ってくれ、指輪がまだ中に……あっ?」

つい間の抜けた声が出てしまうのも当然だろう。盗られないようにと輪の中央にナイフを突き立てられていたはずの指輪は――まるではじめからそうだったかのように、サイラスの右手の中指に嵌っていた。

「い、いつの間に……?」
「さてな。後で説明してやるから、静かにしてろ」

サイラスの肌を隠すため掛けられた上衣ごと、逞しい腕にしっかりと抱えられているとなんだかまた顔が熱くなってきた。ちらりと寄越された視線から逃げるように彼の肩口に顔を埋めても、テリオンがそれを咎めることはない。
ひと一人抱えているとは思えない軽い足取りでテリオンは路地を駆け抜け、宿の裏手へと回る。自分たちが荷物を置いた部屋の窓の前で、ようやく地面に下ろされた。

「テリオン、どうするつもりだい?」
……宿の入口から入って、あいつらと鉢合わせたら事だろ。窓を開けて入る」
「なるほどね。では、お手並み拝見させてもらおうかな」
「あんたが観察するほどの時間はかからんさ」

そう言うと懐から針金のような道具を出し、軽く曲げると窓に差し込む。すると言葉通り、簡単に錠は外れ開いてしまった。

「さすがだね。先程も暗闇の中で動き回っていたようだが、キミは夜目が利くのかい?」
「宿の窓くらいなら、そう難しい作りじゃない。……暗闇で動けたのは、片目を瞑って闇に慣らしておいたからだ。ほら、あんたから入れ」
「では、お言葉に甘えて……よっと」

先に手に持っていたカットソーを放り込み、次いで腕から体を滑り込ませ、床に手を付き這うように中に入る。サイラスが立ち上がる間に、テリオンはするりと足から室内に身を滑らせた。この身のこなしの違いは性差ではなく、生来生まれ持ったものや、過ごしてきた環境の差だろう。
指先に炎をともし、蝋燭を燃やす。柔らかな灯りを見ているとほっと緊張が緩んだ。

「テリオン、世話を掛けてしまったね。ありが……
「待て。礼より先に、俺に言うことがあるだろ」
「ん? ……ああ」

不満げにじとりと睨みつけられ、彼と別れる直前にしたやり取りを思い出す。今となっては結果論でしかないが、サイラスが単独で後を追ったのは明らかな悪手だった。テリオンの言うことを聞いて待っているか、もしくは彼を呼びに行っていればもっとスムーズに指輪を取り戻せた可能性は高い。

……キミの言いつけを破ってしまって、すまなかった。はじめから二人で行動していれば、キミを危険に晒すこともなかっただろうに」
……及第点だな。俺の身より、自分のことを心配したらどうだ」
「私の身などは構わないさ。元々これは自分の体ではないのだから」
……

するとテリオンは眉間の皺を深くし、無言で歩み寄って来る。その手はサイラスの肩に羽織らせた上衣を握り、開いていた前を合わせた。

……だとしても、見られて不快な思いをするのはあんた自身だろ」
「テリオン……
「それに、見られる以上のことをされる寸前だったんだぞ。もっと危機感を持て、男の前で肌を晒すな」
「はは……なんだか奇妙だな、女としてキミに説教されるとは」

八つも歳下の青年に説教されていること、しかも貞操を守れと言われている状況がなんだかおかしくてつい笑ってしまった。テリオンは大きくため息をつき、サイラスに背を向ける。普段は上衣を纏い隠しているが、薄いシャツに包まれた背中は意外に筋肉質だ。その背中に指先で軽く触れると、彼の動きが止まった。

……でも、キミの言うことは尤もだ。腕力もなく、魔法も使えない状況に追い込まれたら今の私はただの女でしかない。キミが来てくれて助かったよ、ありがとう」
……口先だけの謝辞は要らん。今後の行動に繋げてくれ」
「そうさせてもらうよ。……お腹が空いただろう? 着替えたら酒場に行こう、勘定は私が持つよ」
「ああ。……待ってるから、早くしろよ」

そう言うと、振り返らずにテリオンは部屋を出た。
途端に静寂に包まれた部屋で、肩から紫色の上衣を落とす。指輪の嵌った手を蝋燭の明かりにかざし、長く息を吐いた。――今も未だ、テリオンの体温が体に残っているような気がする。

……先に着替えよう」

歪な体に感情まで引っ張られているのだろうか。軽くかぶりを振って指輪を外し、女物の服を脱いだ。




***

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