※サイラスが先天性女体化です!先天性女体化のサイラスが男装して旅立って、オルベリクがうっかりラッキースケベした話の続き。まだデキていない6話目。オル3章をネタバレします。烈剣氏は別に意地悪してるわけじゃなくて、未満な二人の雰囲気を察してからかってるだけです。
ヴィクターホロウで烈剣の騎士エアハルトの行方を知ったサイラスたちは、来た道を戻るように南下しウェルスプリングへ向かっていた。砂漠を歩く時は日の下に肌を晒さないようにしろとオルベリクに勧められるままフードを被り、周囲への警戒は彼に任せきりになってしまった。
そして辿り着いたウェルスプリングで早速聞き込みを始めると、欲しかった情報はすぐに手に入った。貴重な水源であるオアシスを巡り町は度々リザードマンの群れと衝突しているらしく、それを撃退してくれる恩人としてエアハルトの存在は知られていた。この様子ではいずれ直接会うこともできるだろう――そう思っていると、怪しい者たちだと自警団の詰め所に連行されてしまった。オルベリクの説明により誤解が解けたのも束の間、突如リザードマン急襲の報せが入った。
「――俺も手伝おう」
これまでにない規模での交戦となる、そう聞いた上でオルベリクは躊躇いもなくそう言った。その声に驕りの色はなく、ただ剣の腕に裏打ちされた静かな自信が満ちていた。
衛兵隊長のベイルはオルベリクの申し出に喜び、隊員たちをまとめて慌ただしく詰め所を出ていった。
「……すまん、お前を巻き込んでしまった」
「構わないよ。さぁ、行こう!」
「ああ」
全てを知るのは、事態が収まってからでいいだろう。視線を交わして頷き、二人は西ウェルスプリング砂道へ向かった。
そして数度の交戦の後、エアハルトがたった一人でリザードマンの巣窟にいると聞きオルベリクは応援へ向かうと申し出た。自警団に見送られるままサイラスも進もうとすると、オルベリクに肩を掴んで押し止められた。
「オルベリク?」
「……サイラス、お前はここに残れ」
「だが、ここは衛兵が守るのだろう? 一旦の脅威は退け、負傷者も少ない。勿論根本を絶つことは重要だが、今暫くは彼らだけでも持ち堪えられるはず……」
「そうではない。危険だから、ここに残れと言っているんだ」
オルベリクの言葉を脳内で三度繰り返し、サイラスは肩を掴む手を引き剥がした。目を瞠る彼に向かって一歩進み、不自然に空いた距離を詰める。
「それは、私が足手まといだから置いていくという意味かい?」
「違う。……これから行くのは魔物の巣だ。敵の数もはっきりしない以上、お前を守りきれるかどうか分からない。それよりはここに残ったほうが安全だろう」
「オルベリク」
衛兵たちは、緊張感の伴う二人の遣り取りを固唾を飲み見守っている。更に一歩、ずいと詰め寄り深呼吸をする。――久し振りだった、このように燃えるような激情を抱いたのは。ともすればこみ上げてきそうな涙を押し殺し、震えを悟られないように声を張る。
「あなたが危険だと判断するのなら、尚更私を連れて行くべきだ。一人で行くより、二人で行くほうが攻撃手段は増えリスクが下がるだろう?」
「……それは勿論、承知している。俺だけならどんな傷を負っても身一つで帰ってこよう。だがお前は耐えられないだろうし、そのような危険に晒したくない。嫁入り前の体に消えない傷でも残ったらどうする?」
「あなたが貰ってくれるのだろう? それとも、傷物の女は嫁に出来ないとでも言うつもりかい?」
「そうではないが……」
言い淀むオルベリクの胸元に手を置き、そっと撫ぜる。体の作りも鍛え方も異なる二人だが、肌の下で脈打つ心臓は同じこと。もしもサイラスが男だったら、彼は迷いなく付いて来いと言ってくれただろうか。たらればを言えばきりがないが、女だからという理由で遠ざけようとされたのが悔しくてたまらなかった。
「……あなたが私を守ってくれるように、私だってあなたを守りたい。連れて行ってくれ、オルベリク。覚悟ならとうに出来ているよ」
「……分かった。お前の魔法や機転で切り抜けられる場面もきっとあるだろう、頼りにさせてもらう」
「ああ!」
「だが一つ約束をしてくれ。俺が『逃げろ』と言ったら、お前は俺に構わず戦線を離脱しろ。この約束を守ってくれるのなら連れて行く。守れないのなら、縛ってでもお前をここに置いていく」
頼りにされたことに表情を明るくしたサイラスに、オルベリクは一つ釘を差した。そういう自分のことを二の次にするような自滅的な態度は気になるが、彼にとってそこが譲れないラインなのだろう。約束することで少しでも彼が安心するのなら、致し方がない。
「……分かった。聖火神エルフリックに誓い、あなたとの約束を守ろう。ただ、そうなる前に私が戦況を引っ繰り返してみせるがね」
「そうなることを期待している。では、行くぞ」
「うん」
目指すはリザードマンの巣窟――ベイルをはじめとした衛兵たちが、痴話喧嘩に当てられて呆然としているのも知らぬまま、二人は砂塵吹き荒れる砂漠を歩き始めた。
***
リザードマンの巣窟は洞窟の中にあった。元は人の手で敷き詰められたのであろう石壁も、今はところどころ無残に崩れ朽ちている。冷たい風が頬を撫で、生臭い臭気が鼻を突く。それでも二人が歩みを止めることはなかった。
そして洞窟の奥で、双璧の騎士たちは邂逅を果たした。復讐を果たした者と守れなかった者が何を思いながら剣を交えたのか――サイラスはただ見守ることしか出来なかった。
エアハルトから傭兵団の団長の名を聞き、オルベリクはまた新たな目的地を見据えた。ヴェルナーという男が何故ホルンブルグを標的にしたのかは、サイラスにも興味がある。たまたまだったのか、それともホルンブルグでなければいけなかったのか。それを知ることもまた、未来の悲劇を食い止めることに繋がるだろう。
「……一旦ここを出るか。衛兵たちもお前の身を案じていたぞ」
「そうか。ベイルにはまた心労を掛けてしまったようだな」
「行こう、サイラス。疲れていないか?」
「大丈夫だよ」
二人と共に歩き始めると、エアハルトから観察するような視線を感じた。視線に応えるように目を合わせて微笑むと、彼はオルベリクを軽く肘で小突いた。
「オルベリク、お前も隅に置けないな。いつの間に嫁をもらったんだ?」
「なっ……! いや、話せば長くなるのだが彼女はそうではなく……」
「そうなのか? 確かに好みのタイプではないと思ったが……。ほらお前が好きなのは以前付き合っていたようなブロンドの……」
「えっ……」
「おい、適当なことを言うな!」
「ははは」
好みのタイプではない。エアハルトの口から何気なく語られた一言が、ぐさりと胸に突き刺さった。
確かにサイラスは男性に好かれるような整った容姿をしているわけではない。女性の中では背も高いほうだし、髪だって烏の羽のように真っ黒だ。揶揄うように笑うエアハルトのような華やかなブロンドとは程遠い。
(それに……以前付き合っていたような、か……)
――オルベリクに女性経験があることは分かっていた。彼は女性の扱いに手慣れており、危険な場所ではすぐに手を貸してくれたり、衛生面でもいつも気を遣ってくれていた。月経中だと見抜かれたこともあった。そういう事も全て、輝かしいブロンドを持つ女性が教えてくれたのだろうか。
女の気持ち、女体の形、仕組み、扱い方。手を重ねて、唇を合わせて、裸になって……。
「っ……!」
想像すると胸や胃の中が燃えるように熱くなり、強く奥歯を噛む。悔しいのか、悲しいのか、どちらともつかない。お前は残れと言われた時とはまた別の強い感情が、サイラスの全身を支配していた。
「今すぐ先程の発言を撤回しろ」
「冗談に決まっているだろう? お前は昔から面食いだが、今回もとびきりの美人じゃないか」
「だから、そういうことを彼女の前で言うなっ」
何やら言い争っている二人の声も、右から左に抜けていく。
たった一瞬裸を見ただけで、好きでもない女と結婚させられるなんて――オルベリクが可哀想だ。初めてそう思い至ったのは、サイラスの中でオルベリクへの気持ちが膨らんできたからだろうか。誰だって、好きな人には世界で一番幸福であってほしいはずだ。
歩いているうちに出口が見え、目を焼きそうなほど眩しい光が飛び込んでくる。目元を隠すように手の平で覆い、滲みかけたものを乱暴に拭い取った。
***
リザードマンの長を倒したことで群れの統率は失われ、リザードマンたちはいずれ町にとっての脅威ではなくなるだろう。皆安堵したのか、衛兵を始め町民たちもどこか浮ついていた。
けれどサイラスの気持ちは沈み込んだままだった。エアハルトの言葉が頭から離れず、どこかぼうっとオルベリクとベイルたちのやり取りを眺めていた。
「――サイラス」
「……」
「サイラス、大丈夫か?」
「あ、ああ……」
声を掛けられ、はっと顔を上げる。顔色を窺うような視線から逃げるように目を逸らした。
「……疲れただろう? 宿に戻ろう」
「そうだね……」
「日暮れまではまだ時間がある。食事の前に仮眠でも取るといい」
「そうさせてもらうよ。……あなたは私に気にせず、好きに過ごすといい。宿までも一人で戻れるから」
衛兵たちの様子を見るに、今夜は祝杯を上げて町の平和を祝おうとしているようだ。きっとオルベリクやエアハルトも誘われているのだろう。その中にサイラスがいては場が白けてしまうかもしれない――というのは建前だ。本当は少し一人の時間が欲しかった。
歩き出すと、オルベリクの足音も後ろからついてくる。
「一緒に戻ろう、サイラス」
「……子供じゃないんだ。気遣ってもらわなくても結構」
「俺がそうしたいんだ」
棘のある言葉に苛立つ様子もなくそう返されると、二の句が継げなくなる。いつもより少し早足で宿へと向かい、個室を二部屋用意してもらう。互いに一つずつ鍵を受け取り、長い廊下を歩く。自分の部屋の前で足を止め、鍵を差し込んで回した。
「それじゃぁ、ここで……」
「サイラス」
「……!」
背後に立っていたオルベリクが、サイラスに覆い被さるように扉に両手を付ける。体は触れていないものの、二人の距離がぐっと近付いた気配に項の毛が逆立った。どきどきと逸る鼓動の音を悟られないように自分の体を掻き抱き、身を縮める。
「……エアハルトの言っていたことを気にしているのか?」
「それは……」
「あいつは適当なことを言って、俺たちをからかって楽しんでいるんだ。この際だからはっきり言っておくが……俺がいま愛しているのは、サイラス……お前だけだ」
耳に吹き込まれるように低い声で囁かれると、ぞくぞくと背筋が震え急激に体温が上がった。すると扉についていた手が離れ、優しくサイラスの髪を撫でた。
「あっ……」
「お前の髪は、黒曜石のように艶があって美しい。勿論、美しいの髪だけではないが……何よりも俺が好いているのは、お前の真っ直ぐな内面だ」
「……」
「好奇心旺盛で、子供みたいに素直で可愛らしい。……それなのに、今日のように威勢よく啖呵を切るところを見るとたまらない。俺はお前のそういうところに惚れ込んだのだと改めて思った」
髪を梳く指先が耳を掠め、びくりと肩が跳ねる。聞き慣れた声から紡がれる甘い口説き文句にサイラスの頭は完全に茹だってしまい、ぐらぐらと煮え立つ脳は彼の言葉を反芻するだけで精一杯で、気の利いた言葉など何一つ思いつかなかった。
すっかり硬直してしまったサイラスの代わりにオルベリクが背後から部屋の扉を開け、とんと軽く肩を叩く。ぎこちなく部屋の中に歩を進めやっと振り返ると、オルベリクは僅かに緊張したような面持ちをしていた。
「……返事はいつまでも待つ。今はゆっくり休んでくれ」
静かに扉が閉まるのを見届けると、へなへなと脱力しその場にへたり込んだ。
赤くなった頬を両手で包み込み、深く息を吐く。今のは、今のは――オルベリクに告白されたのだろうか。
「……あぁ……」
触られたところがまだ熱を持っていて、吐息を吹き込まれた耳まで疼いているようだった。
返事をしなければいけない。なんと答えるかなんて、もう決まっている。高揚感に包まれるこの胸中を打ち明けたら、オルベリクはどんな顔をするだろうか。その想像に浸りながら、静かに瞼を閉じた。
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