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雪華
2020-08-29 18:06:03
4284文字
Public
テリサイ
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【テリサイ】××からはじまる
しゃっくりが止まらないサ先生に、したたかに酔ったテリが……なお話。両片思いでお付き合い直前のテリサイです。
「ひっく、」
――
間抜けな音が酒場に響く。尤も、それはすぐに喧騒に掻き消されるのだが。
音を立てた張本人であるサイラスは咄嗟に口元を手で覆うが、なおも体の震えは止まらない。
「あら、しゃっくり?」
「大丈夫ですか?」
「ああ。なんだか久々だな
……
っく、」
「水を飲むと止まるって言うわよね。はい、どうぞ」
トレサが空いたグラスに水を注ぎ、礼を言ってそれを受け取る。グラスをぐっと呷り水を一気に飲み干したが、一拍間を置いてまたひくりと肩が震えた。残念、とトレサが眉を下げる。
「あたしはこれでだいたい治るんだけど
……
みんなは普段どうしてる?」
「両耳に指を入れるのはどうだ? 師匠はよくそうやって止めていたぞ」
「なるほど。
……
っぅ、止まらないな
……
」
「思いっきり息を吸って、深呼吸してみたらどうかしら」
卓を囲む仲間たちからは、次から次に様々な方法が提案された。それを一つずつ試してみるがサイラスのしゃっくりは止まらない。ちょうどいいからしゃっくりの仕組みについて説こうと試みたが、結局途中で言葉が奇妙に途切れて話しながら笑ってしまった。
「はは
……
これはだめ、っ、だなぁ
……
」
「そう言えば百回すると死ぬ、という話もあるな」
「そうなんですか?!」
「迷信だよ、オフィーリア君。っ、そもそも、横隔膜の痙攣程度で人は死ななっ
……
」
「ねえ、アーフェン。サイラス先生のしゃっくりが止まらなくなっちゃったのよ、なにか治す方法知らない? ねえったら」
机に突っ伏して眠っているアーフェンの肩をトレサが揺さぶるが、小さく呻くだけで目を覚ます様子はない。
――
旅人たちは現在クリフランド地方の町にいる。ここ暫く野営が続いたこともあり、町でゆっくり休めるのは久し振りだ。当然食事も盛り上がり、たまにはいいだろうと酒を飲みながら談笑していた。その中で、アーフェンとテリオンは随分盛り上がったのか飲み比べのようなことをし、今は二人仲良く酔い潰れ机に突っ伏している。
「いいよ、トレサ君。寝かせて、っく、
……
いてあげよう」
「もう、肝心な時に役に立たないんだから
……
」
歳の近い二人だからこそ、何か分かり合えるものがあるのだろう。はじめの頃は同じ部屋で眠ることにすら気を張っていたテリオンが、今は無防備に寝息を立てている。そうなるほどに警戒を解いたのはアーフェンだ。そう思うと、なんとも言い難い重たい気持ちが胸に広がってゆく。
――
少しだけ、ほんの少しだけ二人の関係性が羨ましかった。テリオンがサイラスにそこまで気を許すことは、きっとないだろうから。
「しかし、ジョッキを持ったまま眠ってしまうとはな
……
」
「倒してしまう前に、っひ、
……
回収、しようか」
「止まらないわね、サイラス」
「まぁ、いずれ収まるさ」
ジョッキに中身が残っているのなら倒してしまったらいけないし、そうでなくとも机の上のものまで一緒に落として食器を割ってしまったら事だ。プリムロゼがアーフェンの手からジョッキを取り上げるように、サイラスも隣に座るテリオンの指先に触れる。
すると突然がばりとテリオンが身を起こした。思わず引いたサイラスの手を、今度はテリオンが掴み机上に縫い止める。
「テリオン
……
気分はどうだい?」
「止めてやろうか」
「ん? ああ、しゃっくりをかい? っ
……
まだ試していない方法だと、良いのだけど」
「もちろんだ」
一度でも聞いたことのある方法なら粗方試したはずだが、まだ何かあるだろうか。そう思いながら続きを促すようにじっとテリオンを見つめる。らしくもなくしたたかに酔っているせいかテリオンの顔はりんごのように赤く、薄く開いた唇からは濃い酒の香りが漂っている。エメラルドグリーンの瞳がゆっくりとサイラスに近づく。
サイラス自身も仲間達も、この酔っ払いがどんな方法を試すのかと興味津々で見詰めていた。鼻先が触れ合いそうなほど近付いて、漸くなんだかおかしいと身を引いたがテリオンはそれを許さず、サイラスの手を強く握った。
「テリオ
――
」
唇に柔らかいものが触れ、息が止まる。
一気に熱が集まったサイラスの額をテリオンの髪の毛が擽る。彼の微かな息遣いを感じながら、夢でも見ているのではないかとサイラスは硬直していた。指一本すら動かせずにいたサイラスの体が飛び跳ねたのは、触れていた唇がサイラスのそれを軽く食んだからだ。
「っ
……
! なっ、なに、何を
……
!」
自分でも驚くほどの力で咄嗟に手を振り解き、飛び退くように立ち上がるとテリオンはぼんやりとサイラスの姿を視線で追い
――
ふつりと、糸が切れたように再び机に突っ伏した。
「ちょっ
……
テリオン? テリオン?」
ゆさゆさと幾らか乱暴に肩を揺すっても、静かな寝息が返ってくるだけ。するだけしておいて夢の中に逃げるなんて、幾らなんでもあんまりだ。泥酔しているとは言え、冗談では済まされない行為だ。サイラスにとって初めてのキスを、それも公衆の面前でするなんて。
「
……
」
起きないテリオンの肩に手を置いたまま視線を上げると、さっと仲間達が顔ごと目を逸らす。誰も何も言わないけれど、その態度を見ていれば明白だ。彼女らは当然目撃したのだろう。サイラスとテリオンが唇を重ねた瞬間も、真っ赤になっているサイラスの顔も。そう思うとどっと体中から汗が吹き出し、あまりの羞恥心に目眩がしそうだった。
「
……
わ、私は先に宿に戻るよ
……
みんなはゆっくりしていてくれ」
返事を聞くことも出来ないまま踵を返し、小走りで宿へと向かう。寝台に潜り込んでも彼の唇の感触が忘れられず、体温が下がることもなく。しゃっくりが止まったことにすら気づかないほど、サイラスの頭の中はテリオンでいっぱいだった。
***
「
……
記憶にない」
宿のロビーで三人がけのソファーに腰を下ろし、テリオンは頭を抱えた。
テリオンの隣にはプリムロゼが座り、机を挟んで向かい側のソファーにはトレサとオフィーリアが座っている。テリオンは彼女たちが姦しく喋っている横を通過しようとしたが、プリムロゼに呼び止められ昨晩の己の失態を聞いた。
「えー!! あんなことしておいて?!」
「
……
うるさい。頭に響くから、もう少し静かにしてくれ
……
」
「もう! テリオンさんったら飲みすぎよ!」
「テリオンさん、本当に
……
昨晩のことは覚えていらっしゃらないのですか?」
キンキンと響くトレサの声とは違い、オフィーリアの声は柔らかくすっとテリオンの耳に入ってくる。小さく頷くと、彼女は困ったように自分の頬に手を置いた。
――
にわかには信じ難い話だ。確かに昨夜はアーフェンと飲み比べをし、羽目を外しすぎた自覚はある。したたかに酔った後遺症は今もテリオンの脳を揺さぶり、胃の中に不快感を残している。しかし、だとしても、自分がそんな行動をするとは到底思えない。
「あたしは覚えてるわよ。テリオンさん、先生のしゃっくりを止めてやろうかって言って
……
キスしちゃったのよ。ね、オフィーリアさん」
「ええ
……
見ていたわたしたちも、とても驚きました」
「奪うのがあなたの仕事かもしれないけれど、人目のあるところでなんて盗賊らしくはないわね」
「
……
」
もしも昨晩の自分が目の前にいたら、無言で殴っていただろう。失態をはっきりと指摘されたこともだが、何より歳下の少女たちに見られたという事実がテリオンの頭痛に拍車をかけた。思い出そうにも頭はズキズキと痛むばかりで、記憶は朧気なままだ。
「
……
それで、あいつはどんな反応だったんだ」
「サイラスさんですか? そう言えば、あの後しゃっくりは止まったのでしょうか
……
」
「
……
知りたいのなら、直接聞けばいいじゃない。ね、サイラス」
「!」
プリムロゼの視線を追うように振り返ると、青空のような澄んだ瞳と視線が交差した。その白い頬が滲むようにじわりと赤くなると同時に、サイラスは逃げるように目を伏せる。
「私たちはそろそろ部屋に戻ろうかしら。ね、トレサ、オフィーリア」
「そっ、そうね! 少し荷物も整頓したかったし
……
」
「ええ
……
わたしも、朝のお祈りがまだですから」
言うが早いか、三人はそそくさとその場を去ってゆく。残ったのはテリオンとサイラス、その間の気まずい沈黙だけだった。
「
……
」
「
……
」
口うるさく喋り好きなサイラスが黙ってしまうと、テリオンには会話の糸口を見失ってしまう。朝の挨拶でもするか、それとも開口一番に謝ってしまうか? 謝るとしてもなんと言うべきか。突然したのは悪かったと思っているが、したいと思った気持ち自体は嘘ではないのだ。
サイラスは
――
テリオンが恋い焦がれる男は、たっぷりと間を置いて視線を逸らしたままようやく口を開いた。
「
……
テリオン」
「
……
ああ」
「アーフェン君がキミを探していたよ。キミも二日酔いが酷いだろうから、薬を渡したいらしい」
「そうか」
それきりまた、サイラスは口を噤む。この場ではこれ以上のやり取りはしないほうがいいと、つい思考は逃げの方向へ傾いた。アーフェンから薬をもらい、この頭痛が収まれば少しは昨夜のことを思い出すかもしれないし、考え事も出来るだろう。
「
……
そうさせてもらう」
立ち上がりサイラスの脇を通り過ぎようとすると、くんと外套を引かれ軽くつんのめる。振り返っても視線が交わることはなかった。
「
……
サイラス?」
「テリオン。その
……
寝癖がついているよ」
「は?」
「直してあげるから、じっとしててご覧」
やっと顔を上げたかと思ったが、出てきた言葉に拍子抜けしたような気になった。テリオンを咎めることも責めることもせず、細い指が優しく髪を撫でる。絡み合った髪を解くように梳く手付きが心地よく、つい瞼を閉じた。
――
唇に、それが触れたのはほんの一瞬のこと。はっと瞼を開くと、赤い顔の男は恥ずかしそうに顔を背けた。
「
……
昨日のお返し、だよ」
「な
……
」
「キミが自分がしたことを、ようく思い出したら話の続きをしよう。では」
サイラスはローブの裾を翻し、逃げるように歩き去る。呆然とそれを見送りながら、無意識に口元を手で覆う。覚えのある柔らかい感触、あの時握った手の温度がまざまざと蘇った。
「ッサイラス
……
!」
考えるより先に走り出していた。手首を掴んで引き止め、背中から華奢な体を抱き締める。赤くなった耳に、吐息を吹き込むように囁いた
――
。
***
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