雪華
2020-08-09 16:52:07
6650文字
Public オルサイ
 

【オルサイ】purity of heart【女体化】

※サイラスが先天性女体化です!先天性女体化のサイラスが男装して旅立って、オルベリクがうっかりラッキースケベした話の続き。まだデキてないです。今回はオデット先輩が登場するゲスト回です。

サイラスがアトラスダムを旅立ってから、一月近くの月日が経とうとしていた。
はじめは女の一人旅は危険だからと、少しばかり髪を切り、胸元の膨らみを布で潰し、そして普段履かないズボンを履き男装していた。効果はあったのか旅先で変な因縁をつけられることもなく、旅路は実に順調だった。

……もうすぐクオリークレストか。オデット先輩は元気にしているだろうか」

宿で宛てがわれた部屋に備え付けられていた鏡台を覗き込み、呟く。サイラスの装い自体は旅立った時とほぼ変わっていないが、最近は胸を潰すことは止めた。何しろ準備にも時間がかかる上に窮屈だ。それにもう、一人の旅路ではないのだから男装は必要ないだろう。
トントン、と軽いノックの音に顔を上げる。すぐに行くと応えて鞄を掴み、もう一度鏡を覗き込んで妙な格好になっていないか確かめ扉の鍵を開けた。

「おはよう、オルベリク」
「ああ、おはよう。身支度にはまだ時間がかかりそうか?」

廊下に立っていたのは、サイラスの旅の同行者であるオルベリク・アイゼンバーグその人だ。かつてホルンブルグ王国の剛剣の騎士として名を轟かせていた男と、サイラスが出会ったのは全くの偶然だったと言えよう。たまたまサイラスが立ち寄った村に彼がいて、滞在中に起きたトラブルに手を貸したのが始まりだった。

「いいや、もうすぐにでも発てるさ。あなたは?」
「俺もだ。では、行くか」
「うん」

頷き、並び立って歩き始める。サイラスも女性としては背が高い方だが、見上げるほどの巨躯を持つオルベリクとは比べ物にならない。彼の歩調はサイラスを気遣っているのか、いつも少しゆっくりだ。
当初オルベリクはサイラスを男性だと信じ込んでいたようで、あくまでも同性相手に旅の道連れを提案した。――なんと答えるか悩まなかったと言えば嘘になる。オルベリクの騎士としての実力は疑いようもなかったが、あの短時間で男性としての性まで信頼することは出来なかった。確実に危険を避けたければ断るべき場面だったが、サイラスの好奇心がそれを許さなかった。ホルンブルグ滅亡の秘密を知るであろう数少ない生き証人と、ここで別れれば二度と出会える保証はない。結局、二つ返事で彼の手を取ってしまった。

(まぁ、結果としては良かったのだがね……オデット先輩に話したらなんと言われるか)

まさか旅先で出会った男と結婚の約束、言わば婚約をしてしまうなんて。オデットが大笑いする顔が目に浮かぶようだ。内心苦笑いを浮かべるサイラスに、オルベリクはいつもと変わらぬ調子で声を掛けた。

「もう直クオリークレストだ。暫く天候も安定しているようだから、早ければ今日か明日にでも辿り着けるだろう」
「そうだね。辺獄の書について、彼女が何か知っているといいのだが……
「お前の先輩に当たると言っていたな。どんな人物なんだ?」
「ああ、オデット先輩は特に魔導書に詳しくてね。魔導書と一口に言っても実に様々な種類のものがあるのだが、彼女が研究している分野は――

王立図書館でオデットと共に魔導書を読み耽った記憶がふと蘇り、自然と言葉が弾む。つい熱が入って長話をしてしまうのはサイラスの悪癖だが、オルベリクは話の腰を折らず聞いてくれる。次第に話の内容はオデットという人物より魔導書についてへとスライドしていったが、彼は口の端に僅かに微笑みを浮かべながら相槌を打った。

***

二人がクオリークレストに足を踏み入れたのは、その日の夕暮れ前のことだった。当初の予定より早まったのは、道中魔物に出会う数が少なかったからだろう。すぐにオデットが送ってくれた手紙を元に彼女の自宅を訪ねたが――

「あははははは! まったく、あんたは本当に面白いよサイラス!」
……やはり笑われたか……

机を挟んで向かい側で大笑いするオデットに、やれやれとため息をつく。予想通り、サイラスが旅に出た経緯を話すやいなやオデットは腹を抱えて笑ってしまった。その様子にオルベリクは少し困惑気味に、オデットとサイラスの顔を交互に眺める。

「いや、あんたが失敗するならそういうところだと思ったが……まさか王女様とはね! やっぱりあんたは面白いよ!」
「その部分なのだが、少しいいか。以前から気になっていたが、お前はアトラスダムでは女性として通っていたのだろう? 何故王女とその……色恋沙汰の噂が立つんだ?」
「ああ……実は学院では少なからず、女性同士で恋愛に発展することがあってね。それ自体はもちろん咎めるようなことではないが、今回の件は私が教師という立場だったこと、それから王女が同性愛者だとされると今後の縁談にも関わるということで……
「ちょいと待ちな、あんたが女性として通っていたかってどういうことだい?」

右から左から質問攻めに遭い、とりあえずオデットが淹れてくれた紅茶で喉を潤す。オルベリクに向けていた顔を今度はオデットに向け、再び口を開く。

「女の一人旅は何かと危険だろう? だから男装して旅立ったところで、彼と出会ったんだ」
「なるほどね。あんたにしちゃ珍しくズボンなんて履いてると思ったら、そういうことかい。で、もう男装はやめちまったのかい?」
「ああ。二人以上で旅をするのならリスクはぐっと低くなるし、何分身支度に時間がかかるからね。オルベリクには旅の中で女であると知られてしまった訳だから……
「知られてしまった? あんたから打ち明けたわけじゃないってのかい」

揚げ足を取られ、思わず言葉に詰まる。流石オデットと言うべきか、ほんの僅かなニュアンスの違いも敏感に感じ取ったらしい。

……実は先輩の言う通り、本意ではないタイミングで明るみに出てしまったんだ。事故のようなものだしオルベリクは悪くないのだが、彼は真面目だから責任を取ってくれると言って……

ちらりとオルベリクを見上げると、彼は小さく頷いた。それをオデットに事情を説明しても良いという許可だと受け取り、軽く息を吐いて話し始める。
――今でもあの時のことは忘れられない。オルベリクの手の温もりも、低く優しい声が紡ぐ一言一句も、瞼を閉じれば鮮明に脳裏に思い描ける。

「その……旅の中で私が好きになる人が現れなければ、結婚するという約束をしたんだ」
「それって……婚約したってのかい?! あんたがとこの男が?!」
「まぁ、そうなるのかな」
……あくまでもサイラスにその気があれば、という話だ」

へえ、と感嘆の声を漏らし、オデットの翠眼が交互に二人を映す。なんだか少し居た堪れなさを感じながら、手持ち無沙汰にカップの持ち手を指先でなぞった。

「しかし、あのサイラスが婚約とはねぇ……見合い話も断ってばかりじゃなかったか」
「私としては知識を深めることに時間を使いたかった上に、結婚自体にあまり興味を持てなかったからね。そもそも私はあまり異性に好かれる方ではないだろう? そのうち両親も匙を投げたよ」
「だから、そういうところで失敗するんだよあんたは。……お前さんも肝に銘じておきな、こいつは賢いのに妙に鈍い女だ。目を離さないことだね」
……承知している」
「で? わざわざわたしを笑わせにきたのかい? だとしたら、殊勝だって褒めてやるよ」

やっと本題に入れそうだと苦笑いを浮かべ、首を横に振る。彼女を訪ねた目的である『辺獄の書』――その名を出すと、翠眼がすっと細められた。



結局、オデットが辺獄の書について調べてくれる間に、サイラスが町で多発している行方不明事件について探るということで話がまとまった。三人で軽く酒場で食事を取り、オデットを家に送り届け宿へと向かおうとした時、彼女が意外な提案をした。

「サイラス、宿はまだ取っていないんだろう? 良かったらあんただけでもうちに泊まっていかないかい? ベッドぐらいは貸してやるさ」
「良いのかい? しかし……
「俺のことは気にするな。積もる話もあるだろうから、ゆっくり語らうと良い。明日の調査には付き合うから、また朝合流しよう」
「ありがとう、ではお言葉に甘えてそうさせてもらおうかな。おやすみ、オルベリク」

軽く手を振ってオルベリクと別れ、再びオデットの家に上がらせてもらう。食事中も学者二人で喋り続けているようなものだったから、彼には少し退屈をさせてしまったかもしれない。

「サイラス、あんたまだ飲めるだろう? もう少し、女二人で飲まないかい」
「ああ、いいね。何分喋っていると喉が渇くものだから」
「ははっ、あんたが意外と飲める口で嬉しいよ。丁度良く、貰い物のいいワインがあるんだ」
「ご同伴に預かっても良いのかい?」

頷きながら、オデットがワインの栓を抜きグラスに注ぐ。軽く持ち上げて乾杯し、まずは鼻先を近付け芳醇な香りを楽しむ。次いで、たっぷりと注がれた赤ワインを少し口に含んだ。

……なるほど、ウッドランド地方のワインか。香りがいいね」
「ご名答! あんたも一人前に酒が分かるようになったようだね」
「見様見真似だよ。それより、私に話したいことがあるのだろう?」

オデットがただ雑談のためだけにサイラスを引き止める訳がない。彼女にとって何か大切な話があり、それを第三者の前では話せないと判断したのだろう。オデットは小さく笑うと、ぐっとグラスを呷る。

……まぁね。あんた、あの男のことをどう思っているんだい?」
「オルベリクのことをかい?」
「そうだよ。成り行きとは言え、婚約することになったんだろう。……本当にそれで良かったのかい?」
……

静かに机の上にグラスを置く。オデットはあえてサイラスから目を背けるように、揺れる赤ワインを見詰めていた。

「後悔はしていないよ。オルベリクは私にその気があればと言ったが……結婚するとしたら、彼以外はいないと思っている」
「あの男を愛しているのかい?」
「どうだろうか。この思いが恋なのか……それはもう少しゆっくり見極めたい。けれどこのような気持ちは今まで一度も抱いたことがないし、きっと彼以外に向けることはない。そういう確信があるんだ」

オルベリクは剣を握れば苛烈で勇ましく、しかし平時は冷静で穏やかなひと。女性としてではなく仲間としてサイラスを助け、反対にサイラスの力が必要だとも言ってくれる。彼と過ごす毎日は心が躍り、感じたことのない高揚感をサイラスにもたらした。
しかしこの感情に安易に名前をつけてしまうより、もう少し心地良い浮遊感に身を任せていたかった。

……はぁ、まったくあんたってやつは。それはつまり……いや、野暮なことは言うのは止めとくか」
「心配してくれてありがとう、オデット先輩。少なくとも私は彼のことをとても信頼しているし、一緒にいて楽しいと思っているよ」
「あんたがそれならいいんだけどね」

オデットなりに、サイラスのことを案じてくれていたのだろう。だがそれは杞憂だと微笑んで見せると、大きく息を吐いてやっとサイラスと視線を交わした。にかりと笑う笑顔にもう憂いの色は微塵もない。

「それにしても、あんたいつまでその中途半端な形でいるつもりだい? 男装を止めたのなら、もう少しちゃんとした格好にしないと却って目を引くよ」
「ああ……私も本来なら履き慣れたスカートを履きたいのだが、生憎一着も持ってきていなくてね。アトラスダムに取りに戻るわけにも行かないし、仕立てる時間もないだろう?」
「なるほどねぇ。……まぁとにかく飲みな飲みな! 今夜中にこの瓶は空にしちまうからね」
「ありがとう。しかし、この量を二人で飲みきれるかな……

注がれるままワインを呷り、オデットもまた自分のグラスに並々と注ぐ。その後はオデットが現在進めている研究についての話に花が咲き、あっという間に夜は更けていった。

***

学者同士の話は一度火がつくと止まらず、酒が空になっても遅くまで語り尽くし糸が切れるように眠った。
そのせいですっかり寝過ごしてしまい、慌てて身支度を整えてオデットの家を出ようとすると、聞き慣れたノックの音がした。扉を開けて出迎えると、オルベリクは軽く目を見張った。

「すまない、オルベリク! 寝坊してしまって、今向かおうとしていたんだ!」
「いや、俺も朝の鍛錬を長めに出来たから丁度良かった。それより、その格好は……
「ああ、オデット先輩がもう着ないものだからと譲ってくれたんだ。やはり、旅には適さないだろうか?」

ふくらはぎの真ん中まで丈があるスカートを、指先で掴んで広げてみせる。学者のローブと同じ黒色のそれはサイラスにとって履き慣れたものだが、旅に向かないと言われたら素直に止めるつもりだった。オルベリクは少し言葉を選ぶように沈黙し、やがて口を開く。

……いや、そんなことはない。慣れた格好の方が動きやすいだろう」
「そうか、それなら良かった。オデット先輩も中途半端な格好より良いと言ってくれたんだ」
「そうだな。……よく似合っている」
「ふふ、ありがとう。先輩、私は調査に向かうからよろしく頼むよ」
「ああ……いってらっしゃい」

お世辞かもしれないが褒めてもらえたのは素直に嬉しく、つい頬が緩んだ。
話し声を聞いて奥から出てきたオデットが、大欠伸をしながら手を振る。まだ眠いとありありと書いてある顔が、ふと面白そうに笑った。

「そういや……あんたが旅先で出会った男と婚前交渉の挙げ句、婚約したなんて知ったらあんたの親父さん、泡吹いてぶっ倒れるんじゃないかい?」
「婚前交渉?! なっ、何を言い出すんだ急に!」
「はあ? 酔った勢いだかなんだかは知らないけど、あんたこの男に抱かれたんだろ? だから女だとばれて、彼もまさか生娘だとは思わなかったから責任を取ると……

怪訝そうな顔をするオデットにぶるぶると首を横に振ってみせる。確かにはっきりとした経緯は言わなかったが、オデットがまさかそんな風に受け取るとは思わなかった。突然オルベリクと体の関係があるようなことを言われたせいか顔に熱が灯り、半ば叫ぶように否定した。

「へ、変なことを言わないでくれ! オルベリクには裸を見られただけで、そのような事実はないよ!」
「はあああ?! 裸を見ただけで、責任取って結婚するって話になったのかい?」
「そうだよ、オルベリクは責任を取ると言ってくれたんだ。何か問題があるかい?」
……あはははは!! いやいや、問題ないよ! ああうん、そうだねえサイラス。ははっ、あんたたちお似合いだよ!」

けらけらと笑いながらサイラスの肩とオルベリクの背を軽く叩き、オデットは軽い足取りで台所へ向かう。何がそんなに面白かったのかは分からないが、とりあえず誤解は解けたようだからいいとして外へ出た。

……はぁ、すまないオルベリク。オデット先輩が急に変なことを言い出して」
「それは構わんが、いいのか? 随分大笑いしていたようだが……
「いいんだ、放っておけば落ち着くさ。まったく……とにかく調査へ向かおう。まずは聞き取りをしたいから、大通りに行ってみようか」
「ああ」

熱を持った顔を軽く仰ぎながら歩き出す。妙なことを言わないでくれと内心ごちたところで、はたと気付いた。――婚約ということは、結婚ということは。ゆくゆくは裸を見られる以上のことを、それこそ秘め事をするということになる。

(オルベリクと、私が……?)

ほんの一瞬だが抱き合ったことがあるとは言え、あの時は互いに服を着ていた。しかし房事ということは当然素肌を合わせて、あの太い指がサイラスの体をなぞって。朧気に想像するだけで、ぶわりと体中の体温が上がった。

……サイラス? 顔が真っ赤だが、大丈夫か?」
「えっ、あ、ああ、少し酒が残っているのかな。昨晩は先輩と話し込んで、深酒をしてしまったから……
「体調が悪いのなら無理はするなよ。事件の影に何があるか分からんからな」
「そうだね! 用心していこう」

軽く咳払いをし、不埒な妄想を掻き消そうと必死に頭を働かせる。まずは行方不明者が如何にして消えたのか、そしてそこにどのような共通点があるか探し出す必要がある。つかつかといつもより早足で歩くのに合わせ、スカートの裾が揺れた。




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