雪華
2020-06-08 22:56:37
3565文字
Public オルサイ
 

【オルサイ】青色の瞳を覆い隠し【学パロ】

※現パロというか高校野球パロです。野球部オル×マネージャーサです。1年生のホワイトデーの話です。バレンタインの話(https://privatter.net/p/5964719)の続きです。

「オルベリク、今日は話があるのだが」

学年末試験を乗り越え、半月後には春休みを控えたある日のこと。
部室の扉を施錠した野球部のマネージャー兼己の恋人は、神妙な顔でそう切り出した。改まって一体何を言われるのかと身構えるが、サイラスは歩きながら話そうと勿体つける。手を引いて促されると逆らう理由はなく、二人は薄暗い通学路を歩き始めた。

……話とは何だ?」
「あなたは一体、いつ私にキスしてくれるんだい?」
「はっ?」
「クラスメイト曰く、早ければ付き合ったその日にでもしてしまうと言うじゃないか。だと言うのにあなたは……

小さな唇を尖らせて不満げに言われるが、サイラスの口から出た言葉の衝撃が強すぎて頭に入ってこない。思わず目を逸らすと、まるで怒っていることをアピールするかのように、握った手にぎゅうと力が籠められた。

「あなたの考えを聞かせてくれないか。……もしかして、私とキスしたいとは思わないのかい?」
「そんなことはない。……その、したいとは思っている」
「では何故?」
……
「私になにか足りないところがあるのなら改善するよ。はっきり言ってくれないか」

真摯な訴えがぐさぐさとオルベリクの胸を刺す。サイラスとしてはいつまでも次のステップに進もうとしないオルベリクに焦れたのだろう。オルベリク自身も一応、色恋沙汰にとことん鈍い彼をリードしてやらなければならないとは思っている。だが、こうして手を出しあぐねているのには理由があった。

……言いたくない」
「どうしてだい! 何を言われても、私は真剣に向き合うつもりだよ」
「本当にか?」
「あなたに嘘はつかないよ」

ロイヤルブルーの純粋な瞳に見つめられるからこそ、やはり言葉にするのは憚られる。何しろその理由というものがとてつもなく邪なものだからだ。けれどその眉尻がへにょりと悲しげに下がるとどうにも弱い。一度大きくため息をついて切り出した。

「お前は悪くない、俺のせいだ。……その、俺はお前で抜くような男だから……キスだけで終われるか分からないんだ」
「抜く、とは……?」
「あー……耳貸してくれ」

繋いだ手を引き寄せるようにし、真っ白な耳に顔を近づける。その言葉が自慰行為の比喩であると囁けば、新雪のような肌は火がついたように赤くなった。サイラスは勢いよくオルベリクを見上げたが、続く言葉が出て来ずはくはくと唇を開閉させる。

……だから言いづらかったんだ」
「そ、それって、その……私に…………欲情している、ということかな……
「そうなるな」
「キスより先も……したいということかい……?」

黙って頷くと、サイラスは繋いだ手とは反対の手を自分の頬に添え、恥じらうように俯いた。
男だけの野球部では当然猥談などもよく持ち上がるが、皆サイラスが来るとピタリと止めてしまう。それは偏にサイラスにそういった性的なイメージが無いからだ。女扱いというか、子供扱いと言うか。そんな彼に幾ら何でも直球過ぎたかと、軽率な発言を悔やんだ。
すっかり言葉を失くしてしまったサイラスに、空気を変えようと努めて明るく話しかける。

「それより、もうすぐホワイトデーだろう? 何か欲しいものはあるか?」
……あなたとキスがしたい」
「なっ……だ、だからそれは……
「分かっているよ。キスより先のことも考えるから……その、勿論そちらは今すぐにという訳ではないけれど……

縋るようにオルベリクを見上げる瞳には、薄っすら透明な膜が張っている。そこまで思い詰めさせたのかという自己嫌悪と、それでも自分と先に進みたいと望んでくれることへの喜びが入り混じり、ごくりと生唾を飲んだ。

……それでもだめかい?」
「だ……だめ、ではない……
「本当かい?! じゃあ、ホワイトデーの日……楽しみにしているからね」

頬を薔薇色に染め、花が開くように柔らかく微笑みかけられるとただ頷くことしかできなかった。なんだか最後の最後に押し負けたような気がするが――機嫌を直し、繋いだ手を振るサイラスがとにかく可愛かったので仕方ないことにした。

***

そして迎えた三月十四日。数日前に交わした約束を意識しないようにいつも通り授業を受け、いつも通り部活をして、いつも通りに過ごしていた。何しろ当のサイラスが普段と変わらず過ごしているのだから、自分だけ意識しすぎるのは格好がつかない。
既に今日の練習は終わり、部室に残っているのはサイラスとオルベリクの二人だけだ。ベンチに並んで座り、すっかり慣れた様子で日誌を書き付ける恋人の姿を横目で眺める。やがてペンが止まり、一度視線で文章をなぞった後徐ろにノートを閉じた。

……よし、これでいいだろう。随分待たせてしまったね」
「構わない。サイラス、まずはその……バレンタインのお返しだ」
「わ、ありがとう。これは……チョコレートかな? 嬉しいな、好物だ」
「それは良かった」

軽く咳払いをして、鞄からそれを取り出し渡す。真っ赤な箱にブラウンのリボンが掛けられただけのシンプルな贈り物を両手で受け取り、サイラスは嬉しそうに微笑んだ。
サイラスの笑顔は好きだが、どうしても今日はついつい弧を描く唇に目が行ってしまう。オルベリクの視線に気づいたのか、彼の頬にじわりと朱が差した。

……えっと……しようか」
「そうだな。ここでいいか?」
「うん……大丈夫だよ」

サイラスがチョコレートの箱を鞄にしまう間に立ち上がり、部室の扉に鍵をかける。これで万が一部員が戻ってきても問題はないだろう。前回は邪魔が入ってしまったから、慎重になるに越したことはない。
改めてベンチに座り向き合う。サイラスは膝の上に拳を置き、震えるほど強く握り込んでいた。

……緊張しているのか?」
……しているよ。本当は今日、ずっとドキドキしていたんだ……あなたはそうじゃなかったみたいだけど」
「いや、俺も、朝からずっとお前のことばかり考えていた」
「本当?」

少し弱気に掠れた声がなんとも愛おしい。震える拳に手を被せ優しく握ると、次第に強張っていた指先が解けてゆく。自分ばかりと思っていたが、サイラスも同じ気持ちだったことが分かって嬉しかった。いよいよだと思うとドキドキと心臓が跳ね、額に汗が滲む。

……あなたも緊張しているのかい?」
「ああ……正直、フルカウントの時以上に緊張している」
「それは……
「悪い、分かりにくいな……変な喩えをしてしまった」
「分かるよ。もう一年近くあなたを見てきたのだから……

晴れ渡る空と同じ色の瞳には、ただオルベリクだけが映っている。そして数秒間無言で視線を交差させると、ゆっくりと瞼が下り瞳が覆い隠された。ごくりと唾を飲み込み、秀麗な顔を食い入るように見つめながら顔を近付けてゆく。
見れば見るほど、サイラスは綺麗だ。伏せられた長い睫毛も、手入れなどしていないだろうに仄かにピンク色に色づいた唇も、赤く染まった頬も全て――オルベリクに差し出されていると思うと堪らない。軽く息を詰め、唇を重ね合わせる。サイラスのそれは、想像していたよりずっと柔らかかった。

……サイラス、好きだ」
「ん……ありがとう、私も……

顔を離してそう囁くと、彼は嬉しそうに破顔した。重ね合わせていた手を引き、汗で濡れた手の平をさりげなく学ランの裾で拭う。二人の間にはなんだか甘酸っぱい空気が漂っており、嫌なわけではないが気恥ずかしい。兎に角もう遅い時間だから帰ろう、そう思って腰を浮かせると、くんと軽く袖口を引かれた。
サイラスの白い指先がオルベリクの袖を掴んでいる。俯いていて表情は分からないが、その耳の赤みは引いていないどころか――先程よりも色濃くなっているような。

「サイラス?」
「オルベリク……再来週の週末、両親が旅行に出かけるんだ。だから、うちに泊まりに来ないかい?」
……それは……
「その時に、キスより先のことを……しよう」

一瞬夢でも見ているのかと、自分の頬を抓りたくなった。確かに彼は考えると言ってくれたものの、まさかそうも具体的かつ近日中に機会が巡ってくるとは。サイラスの頭のつむじを見下ろしながら、ぐるぐると回る思考は月並みな言葉しか弾き出せなかった。

……分かった、よろしく頼む」
「こ、こちらこそ……それじゃぁ、帰ろうか」
「そうだな」

今度こそ立ち上がり、興奮して茹だった頭を冷まそうと軽く頭を振る。部室を出て改めて外から鍵をかけ、当たり前のように手を繋いだ。温かい手の平の感触が今日は妙に生々しく、先程のキスを思い出してしまう。無意識に唇を舐めると、繋いだ指先に力が籠もった。




***

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