雪華
2020-05-24 00:03:44
2489文字
Public テリサイ
 

【テリサイ】甘い甘い

※4章後、しれっとテリがアトラスダムで先生と同棲してます。キスの日遅刻SSです!!勝手にテリと先生は甘党だと思いこんで書きました。

長く旅をする中で様々な町を訪れたが、ここは一等賑やかで平和な街だ。
昼過ぎになっても市場は活気づき、丸腰の市民が金の入った袋を見えるところに提げて無防備に会話に熱中している。テリオンは片手に食材の入った紙袋を抱えながら、器用に人波を縫って歩いた。
後は家に帰るだけ――そう思っていたが、ふと気まぐれに遠回りをしてみる。

『生徒たちが噂をしているんだ。もうすぐオープンするらしいから、私も気になっていてね……

テリオンの過去を憐れむのではなく、寄り添い理解しようとした男がそう呟いていた。大通りから一本中に入ると、真新しいシェルピンクの看板が架かった店を見つける。扉を開けると中からふわりと甘い香りが漂った。

***

物心ついたときから各地を流浪していたテリオンにとって、帰る場所などないはずだった。けれど今は何故か――というのもおかしいが、テリオンには帰る家がある。歩き慣れた道を行き、鍵を開け中に入る。室内はテリオンが出ていった時のまま変わりはない。
家主は今も書斎で仕事を続けているのだろう。集中すると周囲も時間も見えなくなるほど没頭してしまうのははっきり言って短所だが、こればかりは何を言っても治らないから仕方ながない。何しろ本人も治す気がないのだから。

食材を調理台に置き、やかんに水を入れて沸かす。勝手知ったもので、台所に立つ機会は近頃テリオンのほうが多いから家主より手際が良いかもしれない。
紅茶を淹れている間に、食材の入った紙袋とは別の白い箱を開ける。カットされた部分が違うからか焼き目は少し異なるが、殆ど同じ見た目のアップルパイを皿に出しフォークを添えた。
後はカップに紅茶を注ぎ入れるだけというところで、一旦台所を離れ二階の書斎へ向かう。返事がないことは分かっていながらもノックをし、重厚な扉を開けると見慣れた背中が目に入った。

「サイラス。……おい」

後ろから軽く肩を叩くと、びくりと細い肩が跳ねた。振り返った彼――サイラスはペンを置き、青空と同じ色の瞳を細めた。

「ああ、テリオン。おかえり」
……ただいま」

未だに少し、この挨拶は気恥ずかしい。けれどそう返すとサイラスが嬉しそうに破顔する事もわかっているからはぐらかせなかった。

……仕事は忙しいのか?」
「少しね。けれど、思っていたよりは順調に進んでいるよ」
「それなら少し休んだらどうだ。どうせ禄に休憩も取ってないだろ」
「んー……そうだね、キミが誘いに来てくれたのだからそうしようかな」

軽く腕を振り上げるように伸びをすると、弾みを付けて立ち上がった。トレードマークである学者のローブをばさりと翻し、軽い足取りでテリオンの隣を歩く。サイラスはだいたいいつもこんな調子だが、それでも今日はより機嫌が良く見えた。余程仕事の進捗が良いのだろうか。

「おや、もう紅茶も淹れてくれたのかい?」
「ああ」
「ありがとう。キミが淹れてくれるといつもより美味く感じるんだ」
……あんたのやり方を真似てるんだから、変わらんだろう」

茶葉の香りに気付いてそう言うサイラスに素っ気なく返す。そんなことはないと反論しかけた唇が、あっと小さく声を上げた。ぱっとその顔が綻ぶのを見上げているだけで、心臓の辺りが温かくなる。

「アップルパイじゃないか! でも、いつも行く店のものとは違うようだが……どうしたんだい?」
「たまたま前を通ったんだ。ほら、あんたが前に言ってた新しい店の……
「ああ、例の! 態々買ってきてくれたのかい?」
「人が多かったから、回り道をしただけだ」
「ふふ……ありがとう、テリオン」

いそいそと椅子に座りアップルパイを眺めるサイラスを横目に、紅茶をカップに注ぐ。
八人で旅をしていた最中には嗜好品まで口にすることは少なく気づかなかったが、サイラスは甘味が好きだ。女や子供が好みそうな甘ったるいキャンディを口に含んで、自宅で仕事をしていることもある。糖分は脳の疲労に良いからと尤もらしい理由をいつか話していたが、それを抜きにしたって好きなのだろう。
テリオンが対のカップに紅茶を注ぎ、向かい側に座るのを待ってサイラスはフォークを取った。好奇心に輝く瞳がじっとパイの焼き目を眺め、ざくりとフォークを突き立てる。パイ生地の下に隠れたリンゴとカスタードクリームを視認し、一口大に切ったそれを口に運ぶと――頬を紅潮させ子供のように無邪気に微笑んだ。

……うん! 美味い! パイ生地は香ばしく、リンゴは香り高く爽やかだ。特にこのカスタードクリームが滑らかかつ重厚で、もったりとした舌触りが堪らないね」
「そうか」
「ああ! そもそもアップルパイの起源とは一説によると……

上機嫌で語りだすのを聞きながら、自分もようやく目の前のそれにフォークを差し込む。口に運んでみると確かにサイラスの言う通り美味い。特にリンゴの、柔らかくも食感の残った煮込み具合が絶妙だ。甘さも紅茶と合わせるのに丁度いい。

……ああ、美味いな」
「そうだろう? 他のケーキはどうなんだろうか、私も今度足を運んでみようかな」
「なら、次は一緒に行くか」
「そうだね」

甘いものを前に喜んで、美味しいと顔を綻ばせる恋人はなんとも愛らしい。時々サイラスが見せる年不相応な子供らしさや素直さは、好きなところの一つだ。
彼が紅茶のカップをソーサーに置いたタイミングで、緩みっぱなしの頬に手を伸ばす。おやと小さく呟きはしたものの、意味が分からないほどもう初心でもない。従順に瞼を閉ざした恋人に、身を乗り出すようにして触れるだけのキスをした。

……急にどうしたんだい? もしかして、口に付いていたかな」
「いや、ケーキよりあんたが美味そうに見えただけだ」
……私はケーキのように甘くないよ」
「そうだったか? そりゃ、今夜確かめ直さないとな」

軽口を叩いてみせるとサイラスは誤魔化すように再び紅茶を口に含む。こくりとそれを飲み下して、『キミも結構好きだよね』と呟いた言葉の意味は問わなかった。




***

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