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雪華
2020-05-09 21:51:05
2977文字
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テリサイ
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【テリサイ】夢の続き
※4章ネタバレ含みます。本編終了後のサにテリが会いに来る話。デキてるテリサイです。
エアブーのエア無配でした。
カタリとペンを置き、椅子に座ったまま大きく伸びをする。ぱき、と肩の辺りから軽い音が鳴った。
「今日はここまでにしておこうか
……
」
旅を終え、アトラスダムへ戻ったサイラスは多忙な日々を送っていた。学者としてダスクバロウの遺跡で見つかった本の翻訳や内容を確かめながら、教師として教鞭を執る。やりがいがあり充実しているが、それでも疲労は溜まる。ここ暫くは翻訳が捗っている分睡眠時間が短くなっていた。
せめて今日は早く寝ようと寝支度を整え、寝室の窓に鍵をかける。二階だから開けていても防犯上の問題はないが、まだ夜は涼しいから閉めておいたほうが良いだろう。机の上に置かれた蝋燭の芯をつまみ灯りを消した。
「
……
おやすみ」
呟いた声が暗闇に融けてゆく。旅をしていた頃は、声を掛けたら誰かが応えてくれていたのに。一人で生きるのには慣れていたつもりだったが、どうしてだかほんの僅かに寂しくなった。それを誤魔化すように寝台に潜り込み、口元まで布団を引き上げ瞼を閉じた。
――
その晩、サイラスは夢を見た。
いつかの旅の風景をなぞるような夢だった。ウッドランド地方の木々が生い茂る森の中を八人と一匹で歩いている。森を歩くのははじめは慣れなかったが、仲間達からのアドバイスを受ける内にだいぶ要領が良くなった。コツは足元をよく見ること。張り出している木の根がないか、滑りやすそうな木の葉がないか、泥濘んでいないか、魔物の足跡がないか。
そうして歩いている内に、ふと生えている植物が気になってしまうことも多々あった。アーフェンに声を掛けることもあれば、そうする前にふらりと隊列を離れてしまうこともある。
そんなサイラスを目敏く見つけて引き戻すのは、いつの間にかテリオンの役目になっていた。
『サイラス』
どこへ行くんだ、こっちに来い、傍から離れるな。たった一言に彼は複数の意味を込めた。浅黒い手がサイラスの手首を掴んで引っ張る
――
。
次に瞬きをするとサイラスは雪原に立っていた。
いつも間にか寝間着で、裸足で真っ白な雪の上に立っている。体の先まで冷風に晒され、自分の体を強く抱いた。ああでも、こんなものではフロストランド地方の寒さに耐えられるわけもない。体が重たくて、もう一歩も踏み出せない。
(
……
ああ、私
……
死ぬのか
……
)
ぼんやりと考えながら倒れ込みそうになった身を、テリオンに抱き止められた。触り慣れた紫色のストールは滑らかで、いつも不思議なほど匂いがしない。鍛え上げられ引き締まった体は温かく、縋るように抱きつくと同じように抱き返された。
「
…………
」
名前を呼びたいのに何故か声が出なくてもどかしい。テリオンはそんなサイラスを一笑して、上手く動かない唇に自分のそれを重ねた。触れたところから体がぽかぽかと温かくなり、更に深い眠りに落ちてゆく
――
。
「はっ」
唐突に意識が覚醒した。
――
はずだが、サイラスはまだ夢でも見ているのかと思わず自分の頬をつねった。何故なら一人で眠ったはずの寝台に、もう一人別の男が横になっていたからだ。
「
……
テリオン
……
?」
恐る恐る手を伸ばし、柔らかい白髪を指で梳くが目を覚ます気配はない。目線を上げて部屋の中を見渡すと、ぱたぱたと揺れるカーテンが目についた。眠る前に確かに窓に鍵をかけたはずだが、開けて入ってきたらしい。もしや雪原に放り出された夢を見たのは、窓が開いていたせいか。
とりあえず窓を閉めようと起きかけ、失敗する。眠っているはずのテリオンに腰を強く抱かれたからだ。態とらしくため息をついてみせた。
「
……
テリオン、起きているんだろう?」
「まぁな」
「狸寝入りだなんて感心しないな。私が目を覚ました時点でキミも起きていた、違うかい?」
「さすが、名推理だな。
……
もう一寝入りさせろ」
寝起きとは思えないほどはっきりとした口調で受け答えをしながらも、小さく欠伸をしてサイラスの体を抱き寄せる。まるで猫みたいに自由で、我儘だ。けれどこの年下の恋人にそう振る舞われるのは、実を言うと嫌いではなかった。
「窓を閉めないと風邪を引いてしまうよ」
「あんたがいてくれたらいいだろ」
「もう
……
それにどうしていつも玄関から入らないんだい? 鍵は渡してあるだろう?」
テリオンがサイラスを訪ねるのはいつも唐突だ。手紙などで事前に来訪を知らせてくれたことは一度もない。サイラスが調査でアトラスダムを不在にしていたり、夜中まで帰ってこないときは待たせてしまうこともあった。だから前回訪ねてきてくれたときに屋敷の合鍵を渡したのだが、この様子だと使ってはいないらしい。
「張り合いがないだろ」
「そういうものかね。渡した意味がないじゃないか」
「意味ならある。いつでも来ていいっていう許可が形になったようなもんだ」
「
……
なるほど、そういう見方もあるのか」
確かに口約束というものは曖昧だ。一言一句間違いなく覚えていられれば良いが、現実にはそうはいかない。記憶というのは得てして不安定で脚色されやすいものだ。しかし目に見える証拠があれば、あのやり取りは自分の淡い願望だったかと不安になることもないだろう。
彼がそうしてくれているように、テリオンの背に腕を回しながらサイラスは頷く。
「やはりキミの視点は面白いな! 私にはなかった視点だよ。まさか鍵として使うのではなく、記憶の担保として使われるとはね」
「ご不満なら取り上げるか?」
「まさか。キミがキミなりの使い方をしてくれるのなら、それで充分だよ」
朧気な夢とは違う確かな温度と、体の厚みが心地良い。彼の心臓の鼓動を感じながら瞼を閉じると、額に柔らかいものが触れた。テリオンの唇から温度が移ったように、じんわりと顔が熱くなってゆき頬が緩む。
「そう言えば、夢を見たよ。みんなで森を歩いていたと思ったら、突然雪原に放り出される夢だった。キミが夜中に窓を開けたせいではないかね?」
「そりゃ悪かったな。確かに寒そうにしがみついてきた」
「
……
夢の話だよ?」
「寝惚けながら俺の名前を呼んでいた」
無意識に自分の唇を指でなぞる。縋るように抱きついて、確か名前を呼びたかったのに夢の中では声が出なかった。だが現実で声は出ていて
――
宥めるようにキスをしてくれたのもまた、現実だったのだろうか。輪郭のない夢を必死に思い出そうとするサイラスをテリオンは小さく笑った。
「起こされてぐずってたくせに、キスしてやったらすぐに寝落ちたぞ」
「う
……
それは、仕方ないじゃないか
……
キミに触れられていると安心するからね」
「へぇ」
先ほど額に触れた唇が、鼻先に触れる。思わず瞼を閉じると唇同士が重ね合わされた。夢では感じ取れなかった柔らかい感触に、とくとくと鼓動が速まってしまう。未だ吐息が顔にかかるほど間近で、彗眼を覗き見る。
「
……
テリオン、キミはそうじゃないのかい?」
「そうだな
……
俺も、あんたと一緒だとよく眠れる」
「
……
ふふ、それはよかった」
寝やすい姿勢を探るように、お互いの体を抱きながら少し身動ぎをして瞼を閉じる。もう少しだけ、この幸福な時間に浸っていたい。今度はサイラスの方から彼の額に口付け、おやすみと囁くと同じ言葉が返された。
***
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