※現パロというか高校野球パロです。野球部オル×マネージャーサです。1年の冬くらいでまだデキてない。サ君と幼馴染で同じクラスのラッセル君の話です。オルサイって言いつつオルがあんまり出てこないから、オルサイ(概念)だしラッセル君も概念って感じです。
放課後の図書室は静かでいい。本を読むにも勉強をするにも、一番集中できる環境だ。けれどラッセルはもう三十分近く、窓際の空席を睨みつけながら頬杖をついていた。
新年度が始まり早一ヶ月で、その席はとある新入生の特等席になっていたはずだった。人目を引く容姿の男が、つい一週間前までは毎日放課後そこに座って、机に大量に本を積んで読み耽っていたのに。それが突然ぱったりと来なくなったのだ。
(……オレには関係ない)
サイラスが放課後図書室に来ないから、なんだって言うんだ。そう思うのに、開いたままの本の内容は一文字も頭に入ってこない。
――彼とは小学校からの付き合いで所謂腐れ縁というやつだ。神童ともてはやされた二人に明確な差がついたのは、中学校に上がってすぐだった。勉強など何もしなくとも勝手に結果がついてくるもの。そう思っていたラッセルに、学年順位二桁の通知表は衝撃を与えた。そしてこっそり覗き見たサイラスの通知表は、当然のように1の数字が刻まれていたことがまたラッセル消沈させた。
それから必死に勉強してどれだけ追いかけても、サイラスはラッセルの前を歩き続ける。こちらは疲労困憊で今にも倒れそうなのに、あいつは涼しい顔をしているのだろう。隣に並び立つことも出来なければ、サイラスが後ろを振り向くこともないのでどんな表情をしているか知ることはないが。
さて、そんなラッセルにとって永遠のライバルであるサイラスが、突然図書室に姿を現さなくなった。本の虫のような男がどうしたのだろうか。
自分には全く関係のないことだと思いながらも、疑問が晴れずに集中できない。今日はもう帰ろうと、無言で本を閉じ立ち上がる。『謎は解き明かさなくてはならない』――あいつの口癖が頭の中をこだましていた。
「――はぁ?! なんだって?!」
バン、と机を叩く乾いた音が響く。ホームルーム前のざわつく教室内では、その音もあっという間に喋り声に掻き消されてしまったが。机を挟んで思わず前のめりになったラッセルから軽く身を引き、サイラスは同じ言葉を繰り返した。
「だから、野球部のマネージャーをはじめたのだよ。キミには言ってなかったかな?」
「聞いてないぞ! っていうかお前野球なんかに興味あったのか?! 初耳だぞ?!」
「ん……まぁそこには色々あってね。興味を惹かれていたところに、マネージャー募集の貼り紙を見かけたからね」
「だからって簡単に始めるやつがいるか……! よくお前の親御さんも許したな……」
野球部と言えば学校内で一番多忙で過酷な部活と言えるだろう。それに付き合うマネージャーともなれば、当然勉強時間は大幅に減る。よくそんな話に親が頷いたものだ。けれどサイラスはいつもどおり涼し気な微笑みを浮かべて言った。
「私が一度言い出したら聞かない性格だというのを、あの人たちもよく分かっているからね。成績を落とさないことを条件に許してもらったよ」
「は…………はぁ?! お前、意味を分かって言ってんのか?!」
成績を落とさない――それはつまり、中学時代と同様に学年一位を維持しろということではないのか。そしてそれを理解しているはずなのに何故こうも、サイラスは余裕綽々という態度なのか。もう一度問い詰めようと口を開く前に、突然彼が立ち上がった。
「すまない、話はまた後でいいかな」
「あ……? お、おい! オレの話はまだ――」
「オルベリク! どうしたんだい、あなたから来てくれるなんて珍しいね……」
弾んだ声で呼びかけながら、教室の入口に走ってゆく背中を呆然と見遣る。あのサイラスが、未知の物や本以外に向かってそんな声を出す日が来るとは思わなかった。好奇心に顔を輝かせるサイラスと真っ直ぐに向き合って、野球部員と思わしき男子生徒は話をしている。ラッセルがどれだけ奮闘しても手に入らない、サイラスとの対等な立場を彼はいとも簡単に手にしている――そう思うと、ふつふつと腹の底から怒りが湧き上がってきた。
「くそっ……! ふざけやがって……」
そもそもサイラスもサイラスだ。学年首位を維持することなんてマネージャー業の傍らでも出来ると言いたげな態度ではないか。いつ寝首をかいてやろうと機会を窺うラッセルの前で、よくもそんな発言ができたものだ。
ガシガシと自分の髪を掻き乱し、大きく息を吐く――。落ち着け、これはある意味チャンスではないか。あのサイラスを首位の座から引き下ろし、自分と同じだけの屈辱を味合わせる最大の好機だ。立場が逆転したとき、彼がどんな顔をするのか観物じゃないか。
「見てろよサイラス……」
なんの得にもならないだろう野球部のマネージャーなんて、オレがさっさと辞めさせてやる。そう思い不敵な笑みを浮かべた。
***
しかしラッセルの奮闘虚しく、季節は瞬く間に過ぎていった。特に二学期の中間試験などは自己ベストの点数を叩き出したが、サイラスはやはりそれを上回っていた。結局サイラスは今も野球部のマネージャーを続けており、ラッセルは目前に迫った期末試験対策のため図書室に通い詰めていた。
その日の放課後もいつものように図書室へ向かおうとしていた。階段を下りる足がピタリと止まったのは、踊り場に人影があったからだ。
(つまらんものを見たな……)
そこにいたのは本を抱えたサイラスと、隣のクラスの女子生徒だった。話をしている、などという和やかな場面ではなく、顔を真っ赤にした女子生徒が彼に思いを告げているところだった。何もこんなところで告白なんかするなよと内心悪態をつきながら、それでも邪魔をしないように静かに屈み身を隠す。
昔からサイラスという男は本当によくモテた。人目を引く秀麗な顔立ち、柔らかい物腰、聡明な頭脳等々モテる要素を挙げていったらきりがない。腐れ縁であるゆえに彼が告白される場面を見るのは初めてではなく、断り文句も知っている。嘘をつかない彼の返答はワンパターンだ。
(来るぞ……いつもの『今は知識を得ることに集中したいから』だ)
しかし、サイラスの柔らかい声はラッセルの予想を裏切った。
「キミの気持ちは嬉しいよ。……だがすまない、好きな人がいるんだ」
ぎく、と体が強張る。ラッセルの脳裏に過ぎったのは同じクラスの学級委員である女子生徒でも、二つ歳上の軽快に笑う先輩でもなく――とある野球部員の顔だった。
いくらなんでもそんなわけない、と頭を振るがでは他にサイラスが好意を寄せる相手など思い当たらない。悶々としている間に話を終えたのか、サイラスが階段を上ってきた。
「おや、ラッセル? どうしたんだい、そんなところで蹲って。腹でも傷むのかい?」
「……違う。邪魔しないように隠れてやってたんだ」
「話を聞いていたのかい?!」
「悪いか?」
聞きたくない話ならもっと人通りのない場所ですべきで、そうしなかった彼らの方に非はあるはずだ。悪びれずそう言うと、サイラスは珍しく言葉を選ぶように視線を彷徨かせた。
「いや……」
「なんだ、文句があるのなら言いたまえよ」
「文句など言うつもりはないよ。ただ……聞かれてしまったと、思ってね」
「お前に好きな人がいるという話か」
「!」
はっと彼の視線がラッセルの顔に向く。母親譲りの白い肌が耳まで赤くなっていた。あのサイラスが照れているということが、ものすごい違和感をもたらす。
「……まぁ、聞かれたのがキミで良かったよ」
「は?」
「面白おかしく言いふらされたくない話だからね。友人であるキミならそんなこともしないだろうし――」
「待て、今なんと言った?」
サイラスは不思議そうに首を傾げる。はてと全く同じ言葉を唇に乗せてみても、ラッセルが何を気にしたのかわからないようだ。ああ、昔からこういうやつだ。勘が鋭いようで、どこか鈍い。特にどろどろとした暗い感情とは無縁だと言わんばかりのおきれいな顔をしている。
(友人、だと……)
言葉を失ったラッセルを心配するように、ひらひらと白い手が顔の前で振られる。サイラスが先に進んでいると思っていたのは自分だけで、彼ははじめから隣に並び立っているつもりだったのだろうか。そうやって、ラッセルを認めていたのだろうか。
自分の中に燻っていた気持ちがすっと晴れてゆく。そうか、オレたちは。
「サイラ――」
「あっ、オルベリク!」
伸ばした手が宙を掻く。サイラスの視線はラッセルの更に奥、上階を見ていた。
弾んだ声に返事をするように男が軽く手を振る。いかにも体育会系といったがっしりとした体つきは同じ年とは思えないほど逞しい。
「すまない、図書室に行ったらすぐに部室に向かうつもりだったのだが……」
「いや、いい。俺も掃除当番で遅くなってしまったからな」
「そうだったんだね。私も急いで向かうから先に行っていてくれるか?」
「時間がかかりそうなのか? そうでなければ待つが」
別に特別なことを言われているわけではないのに、サイラスは殊更嬉しそうに微笑んだ。耳まで赤くして子供のように何度も首を縦に振る様を見ていれば、理屈じゃなく理解する。彼の好きな人というのは。
「あ、ではラッセル、私はもう行くよ。また明日」
「ああ……」
永遠のライバルで、いつの間にか友人になっていた男が、同級生の男に恋をしている。
ラッセルの優秀な脳は麻痺し呆然と二人を見送ったが、サイラスの結わえた髪が見えなくなる前に正気に戻った。
「おい、サイラス!」
「なんだい? まだ何か――」
「次の期末試験こそ、お前を負かしてやるからな!」
自分のすることは変わらない。サイラスがマネージャーを始めようが恋にうつつを抜かそうが、目標はたったひとつなのだ。叫び声が届いたのか、曲がり角の陰に消えかけたサイラスはひょこりと顔を覗かせ破顔した。
「ああ、お互い頑張ろうね!」
脳天気な言葉に思わずその場で転けそうになった。負かすということは、彼にマネージャーを辞めさせるという宣言なのだが。それともやはり、ラッセルにはそれは出来ないと思っているのか。その自信に満ち足りた態度は相変わらず癪に障る。
自分も図書館へ向かいかけ、踵を返す。今行ってもサイラスと鉢合わせるだけだから、一度教室へ戻ることにした。ため息をついたものの、ラッセルの足取りは軽やかだった。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.