雪華
2020-04-28 23:09:31
1657文字
Public オルサイ
 

【オルサイ】ふたりきりで話をしよう

オルサイ合作企画で、Greysさんの漫画につけさせてもらったお話です。じんわり自覚があるような~ないような~という感じのオルサイ未満話。

食器がぶつかる音、笑い声――旅の途中で立ち寄った町の酒場は賑わっており、多少の物音なら喧騒に掻き消されてしまうだろう。けれど彼の落ち着いた声は何物にも遮られることなく、真っ直ぐにオルベリクの耳に届いた。

「オルベリク」

いつものように楽しそうな笑みを浮かべたサイラスは、慣れた様子でオルベリクの隣に腰掛ける。その手中にあるのは酒の注がれたジョッキではなく、愛読している本だった。

「今日も話を聞かせてくれるかい?」
……構わんが」

何の話だと問い返す必要はなかった。サイラスが態々オルベリクに聞くことと言ったらたった一つ――失われた祖国、ホルンブルグのことだ。期待に満ちた眼差しにため息をつく。

「しかし、もう粗方話しただろう? 他になにか」

こうして彼に話をしてやるのはもう何度目だろうか。サイラスは喋り好きだが聞き上手でもあり、話の合間に質問を投げかけオルベリクから上手くホルンブルグの話を聞き出した。祭りや風習、果ては軍の慣習まで様々なことを話し、もう聞かせる話などないように思えた。

「そうではなくて……オルベリク、あなたの事を教えて欲しい」
――……

何故、と問おうとしたのに喉が詰まった。オルベリクを見上げるロイヤルブルーの瞳はきらきらと煌めいていて、見慣れたはずのそれが今夜はやけに綺麗に見えた。子供っぽい好奇心は鳴りを潜め、ただ真剣にオルベリクを見詰める眼差しになにか、言いようのない気持ちが胸中に広がってゆく。深呼吸を三度してようやく声を絞り出した。

……何故、急にそんな事を?」
「ホルンブルグの話はこれまでたくさん聞かせてくれただろう? 今度はもっと、あなた自身のことを知りたいんだ」
「それは、学者としてか」

学者としての興味が、ホルンブルグ王国からその生き残りであるオルベリクに移ったのだろうか。けれどサイラスは言い淀む様子もなく、はっきりと答えた。

「いいや。旅の仲間として……友人として、もっとあなたのことを知りたいんだ」
……友人として」
「ああ。……迷惑、だろうか」
「いや」

沈んだような声色に慌てて首を横に振る。サイラスの申し出は意外だったが、決して迷惑だとは思っていない。

「そんなことはない。だが、面白い話は出来んぞ?」
「構わないよ、何でもいいんだ。あなたの好きな食べ物、好きな酒の銘柄、苦手なもの、子供の頃に好きだった遊び……まだまだ、知らないことばかりで興味深いよ」

聞きたいことの候補を指折り数えながら挙げられ、頭の中で色々思い浮かべたところではたと気付く。今隣に座っているこの男の好きな食べ物を、自分は知っているだろうか。食わず嫌いをしないたちであることは分かっているが、特別好きなものがあるのかどうかは知らない。
そう言えば、サイラスは話好きだが自分のことを殆ど語らない。学者である彼と話すのならそれでもいいが、友人という対等な立場ならオルベリクだけ語るのもおかしな話だ。

……それなら、俺にも聞かせてくれないか」
「ん?」
「俺も、友人であるお前のことをもっと知りたい」
…………

ぱちぱちと長いまつ毛を瞬かせ、サイラスは珍しく一瞬呆けたような表情を浮かべた。それほどオルベリクの言葉が彼の虚を突いたのか。数拍間を置いて我に返ると、一転して花が綻ぶように柔らかく微笑む。――その瞬間、何故かドキリと心臓が飛び跳ねた。

「うん……そうだね、私があなたのことを知るのなら、あなたも私のことを知らないとフェアじゃないか」
……ああ」
「ふふ、まだまだあなたと話すことがたくさんありそうだね」

指先まで傷のない滑らかな手が、静かに剣士の無骨な手に重ねられる。温かい手を握り締めたいという衝動を、ぐっと奥歯を噛んで堪える。どうして突然こんな感情が湧いてきたのか、酔い過ぎたのだろうか。

「これからもよろしく頼むよ、オルベリク」

囁くような甘い声色に、くらくらする。オルベリクは一つ頷くことが精一杯だった。




***

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