※サ3章ネタバレあり。お題箱より寝かしつける話ということで書きました。テリサイっていうよりテリ→サイな話。例のあれのせいで暗いところで眠れなくなった先生をテリが寝かしつけます。
向かい側の寝台に足を組んで座り、男は頁を捲り続ける。二つの寝台の間にはサイドテーブルがあり、その上に置かれた蝋燭と窓から差し込む月明かりだけが室内の光源であった。
「……いつまで読んでいる気だ?」
自分の寝台に寝転がったままテリオンがそう問うと、意外にもサイラスはすぐに顔を上げた。物事に没頭すると周囲のことなど耳に入らないサイラスに、この言葉が届くとは。――例えばそれが、彼が自分の行いを顧みて改善しようと心掛けた結果なら良い。ただ残念ながらそうではないのだろう。
「すまない、もうそんな遅い時間だったかな」
「そうじゃないが、放っておけばいつまでも読んでいそうだからな」
「そうだね、もう少しきりの良いところまで読み進めたいが……キミの睡眠を妨げたいわけではない。そろそろ眠ろうか」
今晩のサイラスは奇妙なほど聞き分けが良い。栞も挟まずテーブルに本を置き、灯りを消すため細い指を伸ばす。その指先に僅かな震えを見つけたら堪らず、身を乗り出して彼の手首を握った。
「テリオン君?」
「消さなくていい。……眠れないんだろ、あんた」
「……一体、何を……」
「暗闇が怖いか、サイラス」
答えずとも、小さく息を呑む音が肯定を示していた。本も読むというよりは、ただ手慰みのために持っていただけに過ぎないのだろう。テリオンの手の中で力を失ったそれを、緩く握って支えてやる。
「……いつから気づいていたんだい?」
「確証を得たのは今だ。……気になることは幾つかあったが、決定打がなかったからな」
「そうか……誤魔化せると思っていたのだがね」
ため息をつき力なく笑う姿がらしくない。逃げないように彼の手を掴んだまま隣に腰掛けた。
近頃様子がおかしいとは思っていたのだ。きちんと眠れていないようだったし、夜間の単独行動を避けるようになった。――それらは全てストーンガードを発って以降見られる兆候だった。一筋の光も届かない地下に孤独に閉じ込められたことが、彼の心に傷を残した。
「必要以上に恐れる理由はないと、頭では分かっているんだ。……けれどどうしても、暗所にいると動悸が激しくなり、言いようのない不安に襲われてしまう」
「……それは、つらいな」
「いや、一時的なものだよ。いずれ記憶が薄れてゆけば、今の私が抱えているような過剰な恐怖はなくなる。それまでの辛抱さ」
「そうかもしれないが、今この瞬間、あんたが苦しんでることは事実だろう」
一度瞬きをし、逸らされていた青い瞳がテリオンを映し出す。テリオンが次に何を言おうとしているのか探ろうとしているようだが、きっと彼が答えにたどり着くことはない。この言葉は、恐らくサイラスの予想範囲を超えている。
「だから、俺の前で強がるな」
「……え?」
「苦しいなら苦しいと言え。そしたら、俺に出来る範囲で手を貸せる。あんたが黙っていたら、助けるものも助けてやれない」
「驚いたな、キミがそんなことを言うなんて……」
「……誰にでも言うわけじゃない」
不思議そうに首を傾げる様を見て、やっと掴んでいた手を解放する。些細な変化に気づくのも、それをどうにかしてやりたいと勝手に思うのも、全て相手がサイラスだからだ。特別な相手の肩を掴んで、優しく寝台に押し倒した。
それでもサイラスはやはりテリオンの意図を理解しかねて、目を瞬かせている。
「……今日はもうこのまま寝ろ。灯りはあんたが寝たら、俺が消して眠る」
「しかしそれだと、キミの睡眠時間が短くなってしまう」
「俺はあんたより寝付きはいいし、朝の支度も早いから大丈夫だ」
「だが、キミに迷惑を……」
尚もぶつぶつと漏らすサイラスの顔の横に手をつく。ぐっと近付いた距離に彼は戸惑ったように瞳を揺らした。ごちゃごちゃうるさいその口を塞いでやろうかと一瞬頭をもたげた悪戯心も、そんな反応をされると大人しくなる。結局柔らかい唇を指先で押すだけにとどめた。
「もう喋るな。……いいから、後は俺に任せろ」
「……ふふ、キミにそこまで言われたら仕方ないな。そうさせてもらうよ」
「ああ」
降参だと言わんばかりの苦笑いに頷き、寝台から降りる。じっと見られていても眠れないだろうと、サイラスが先程まで読んでいた本を手に取る。勝手に開いても咎められることはなかった。
「おやすみ、それから……ありがとう。私一人の問題だと思っていたけれど、キミに聞いてもらって少し気分が楽になったよ」
「そうか」
言っておいて照れくさくなったのか、彼は口元まで布団を引き上げ瞼を閉じる。そのまま暫し本の文字をなぞっていると規則的にその肩が上下し、小さな寝息が聞こえるようになった。寝入りが早いということは、それだけ眠れない夜が続いていたということだろう。
「……サイラス」
小さく唇を震わせても返事はない。本を置き、足音を立てず彼が眠る寝台に近づく。頼りない灯りに照らされた寝顔は無防備で、美しい顔をどこか幼く見せた。
「おやすみ」
夢の中で彼が苦しむことがないように。今度こそ自分が守ってやれるように。らしくもない祈りと決意を掲げて、こめかみに唇を落とす。
蝋燭の炎を吹き消してもサイラスは身動ぎ一つすることはなかった。それを確かめ、テリオンもまた眠りについた。
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