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雪華
2020-03-06 23:33:48
4584文字
Public
テリサイ
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【テリサイ】誰のもの
デキてるテリサイのテリが先生の持ち物勝手に使う話です。テリサイと言いつつほぼトレサちゃん視点でお送りしています。
はじめに感じたのは、小さな違和感だった。
とある町でトレサはテリオンと二人で買い出しに出ていて、貴金属を扱う店の前でふと足を止めた。トレサが目を留めたのは、大きくカットされた赤い石が石座に嵌った指輪だった。これだけの宝石を掲げた指輪は珍しく腕を組んで唸る。
「うーん
……
綺麗だけど、本物の宝石かしら」
「本物だよ。気になるなら手にとって見てみな、お嬢さん」
「そうさせてもらおうかしら。えっと
……
」
本物の宝石だった場合を考えると素手で触るのは憚られる。使っていないハンカチを取り出そうと鞄に手を入れかけたトレサの前に、隣から紺色のそれが差し出された。思わず視線を上げるが、テリオンはそっぽを向いたままだった。
「
……
貸してやる」
「あ、ありがとうテリオンさん。じゃあおじさん、ちょっと見せてもらうわね」
「おうよ!」
手触りの良いシルクのハンカチは、普段遣いするものと言うより贈答品にも選ばれそうな上等なものだ。そういうものをテリオンが持っていることを意外に思いながら借り、指輪を手に取る。少しずつ角度を変えながら太陽の光を当て、時には自身の影で光を遮って確かめた。
――
急拵えの鑑定だったが恐らくあれは本物の宝石だった。どこで手に入れたのかと話を膨らませている内に時間は過ぎ、テリオンに急かされる形で宿へと戻る道すがら、ふと借りたハンカチをそのままポケットに入れていたことを思い出す。
「テリオンさん、ハンカチありがとう! 返しておくわね」
「ああ」
「でも少し意外だったわ。ハンカチ持ち歩くようなタイプじゃないと思ってたから」
「
……
ま、たまにはいいだろ」
しかしどこかで見たようなハンカチだと既視感を覚えたが、シンプルなものだったからどこかで似たものを見たことがあっても不思議ではない。その時トレサは深く考えずに、そうねと返してその会話はそこで終わった。
***
そんな小さな違和感が降り積もり、ある時トレサは気が付いてしまった。
――
テリオンは宿のロビーで机につき何やら書き物をしている。傍らに広げている本も、書き付けている紙もペンもトレサにとっては見覚えのあるもので、彼の持ち物ではない。態と視界に入るように向かい側に座り頬杖をついても視線が交わることはない。
「テリオンさん、それサイラス先生のでしょ?」
「ああ」
「借りてるの?」
「まぁな」
本に記された文字をなぞりながら、テリオンは淀みなく手を動かしている。何を書いているのかと思えば本をそのまま写しているらしい。普段短剣を握る手とは反対の手でよく綺麗に書けるものだと感心したが、今気にするのはそこではないと頭を振った。
「あのねぇ、借りるっていうのは持ち主の許可があって初めて成立するのよ。無断で使うのは借りるって言わないわ」
「別にいいだろ、あいつが何も言わないんだから」
「気付いてないだけかもしれないでしょ! 仲間内だからってそういうのルーズにするの良くないと思
……
」
――
あれ?
自分で口にした言葉に首を傾げる。確かにテリオンはよくサイラスの持ち物を無断で借用している。けれど『仲間内』ではどうだろうか。
少なくともトレサはテリオンに勝手に持ち物を使用されたことはない。トレサが女性だからかもしれないが、同じ男性であるアーフェンにもきちんと声を掛けて必要なものを受け取っているようだった。では、テリオンが勝手に持ち物を使うのはサイラス相手だけ?
「
――
おや? トレサ君、難しい顔をしてどうしたんだい」
「あっ先生、おかえりなさい。アーフェンも」
「おう! 目当ての薬草はバッチリ手に入ったぜ!」
扉が開いた音にも気が付かないほど熟考してしまっていたらしい。振り返ると力強く親指を立てたアーフェンと、まさに噂をしていた人物であるサイラスが微笑んでいた。彼らは朝早くから、この辺りにしか自生していない薬草を求めて探索に出ていた。と言っても薬草に用事があるのはアーフェンで、サイラスは『それは興味深い』とついて行っただけなのだが。
普段から周囲をよく観察しているサイラスは当然机の上にも視線を遣る。広げられた自分の本、他者の手元にあるペンに片眉を上げた。
(
……
さすがの先生も怒るかしら)
怒るサイラスというものがあまり想像できず、彼とテリオンの顔を交互に見遣る。テリオンはようやく手を止め、開いていた本を静かに閉じた。
「テリオン
――
」
固唾を呑んでサイラスの次の行動を待つ。一人だけ状況を理解しきれていないアーフェンは、ただならぬ雰囲気に戸惑いトレサに必死に視線で語りかけてくるが、人差し指を立ててその言葉を制した。
コツコツと踵を鳴らし、トレサの横を通り過ぎたサイラスはテリオンの座る椅子の背もたれに手を置く。そしてすっと目を細めたかと思うと柔らかく唇を綻ばせた。
「そのペン、書き味が良くていいだろう? 気に入っているものなんだ。もし良かったら、アトラスダムに寄った時に店を案内するよ」
「え」
「別にいい。ものを書く機会はそうないからな」
「そうか、それは残念だ。ふむ
……
相変わらず利き手ではない手で書いたとは思えない文字だね。文字の癖がないのはやはり、普遍的な文字を書くように心がけているのかな?」
「
……
まぁな。借りていたものは返す」
テリオンの習作を指先でなぞり問うサイラスに短く答え、彼は部屋へと戻っていってしまった。サイラスは特にそれを追うことも咎めることもなく、机に置かれたペンやインクを仕舞いながら頷く。
「慣れれば筆跡を元に誰が、どんな精神状態で文字を書いたか分かるものだが
……
それを極限まで薄めているのだろう。職業柄必要に駆られ身につけた技術だろうが、やはりすごいな」
「
……
ってサイラス先生、怒らなくっていいの?」
「ん? 何をだい?」
「だって、ペンも本もテリオンさんが勝手に借りてたんでしょ?」
首を傾げながら、先程までテリオンが座っていた椅子にそのままサイラスがかける。アーフェンは薬草を乾燥させないと、と言いながら部屋へと戻っていったのでロビーにはトレサとサイラスの二人だけが残された。
「確かに無断だが、怒るほどのものではないよ。本は読み終わったものだし、ペンももう一本代えがあるから出先で何かを書きつけるには事足りていたからね」
「でも、これが初めてじゃないでしょう?」
「よく気が付いたねトレサ君。まぁ別に減るものじゃないし、必ず返してくれるから問題ないよ」
「それならいいんだけど
……
って待って、インクや紙はタダじゃないのよ?!」
一瞬納得しかけたが、減るものじゃないという言葉だけはきっちり否定しておく。サイラスは自分の所有物にあまり執着していないようだが、商人として消耗品をただで使わせていることは見過ごせない。語気を荒げたトレサに彼は苦笑いを浮かべ、自分の鞄を探る。
「
……
うん、やはり入っていたか。大丈夫だよトレサ君、彼からきちんとこうしてお礼は貰っているからね」
そう言って取り出したものは一粒のプラムだった。艶もあり、形もきれいで大粒なことから、通常売られているものの中でも特に良い物だと分かる。
「私の持ち物を使う代わりに、時折こうしてプラムやナッツなどを鞄に入れておいてくれるんだ。だから別にただ貸しているわけではないんだよ」
「そうなの? まぁただで貸してるんじゃなくて、先生も納得してるならそれでいいんだけど
……
でもそれならあたし、余計なことしちゃったかしら
……
テリオンさんに少しきつく言いすぎたかもしれない」
「気にかけてくれてありがとう。だが彼も分かっていると思うよ。私を心配しているだけではなく、テリオンが仲間内で関係を悪化させないか危惧していたのだろう?」
「
……
先生は何でもお見通しね」
隠し事など出来そうにないと少し恐ろしくなるくらい、澄んだロイヤルブルーの瞳は正確にトレサの心を汲み取った。けれどその洞察力がもう少し自分へと向けばいいのにとは思う。窓の外からじっとサイラスの横顔を見詰める女性の視線には全く気が付かないのだから。
「キミは気配り上手だからね。
……
だが実は、私は少しこの状態を楽しんでいるんだ」
「テリオンさんが先生の物を借りる状態を?」
「ああ。以前は他者に協力を求めなかった彼が、私の所有しているものを必要とし素直に使ってくれることが嬉しくてね。
……
無言で借りているのも、私ならそれを許可するという甘えも感じられるものだから」
「ふぅん
……
さすが『先生』ね! そうやって生徒を上手に甘やかすのも仕事なのね」
ただ勉強を教えるだけではなく、人との関わり方も教えてゆく
――
教師とは実に奥の深い職業だと商人一筋で生きてきた少女は思う。あたしには無理ねと肩をすくめるトレサが、サイラスの笑みの奥に隠された、甘く柔らかい恋の色に気付くことはなかった。
「
――
で、あれからトレサと何を話したんだ?」
夜の帳が下りれば、辺りは静寂に包まれ恋人同士の時間となる。寝台に仰向けに押し倒され、戯れのように脇腹をなぞられてサイラスは身を捩った。
「ん
……
キミが私の持ち物を使うことは問題ないと伝えたよ。礼も貰っているし、私自身容認しているからね」
「それであいつは納得したのか?」
「していたよ。
……
私が甘やかしていると言うと、流石先生ね、と」
「へぇ」
くつくつと面白そうに笑ってテリオンの顔が近づく。思わず目を閉じたが、彼の唇は鼻先に触れるだけで離れてしまった。少し肩透かしを食らったような気分になり、抗議するように首に腕を回す。唇が触れそうで触れない、互いの吐息がかかる距離で囁かれた。
「
……
で、あんたは教師だから俺を甘やかしてるのか?」
「仮にここで私が教師だからとか、年長者としてなどと答えたらキミは怒るくせに
……
質問の体をとった誘導尋問は止めてくれないかい?」
「別に怒りはしない。ただ再教育が必要だと思うだけだ」
「怖いことを言わないでおくれ。
……
私はちゃんと、キミの恋人として甘やかしているつもりだよ」
そう言って自分から唇を重ねると、薄暗い中でもその翠眼に熱がこもるのが分かった。こうして抱き合うことも、彼の甘えを受け止めるのも恋人である自分の特権だと思うと胸の内が熱いもので満たされてゆく。それが純粋な愛と呼べるものなのか、もしくは歪な独占欲なのかはサイラスにも判断が付かない。
「
……
ま、あんたはもう少し警戒心があってもいいと思うがな。手応えがなさすぎる」
「それは仕方がないよ。キミに何をされたっていいと思っているから、警戒心を持つほうが無理な話だ」
「言ったな。
……
自分の発言には責任を持てよ」
「勿論だとも」
学者として教師として発言には責任が伴うことは理解している。愛おしい恋人の前ならなおさら、口にするのは真実のみである。
――
尤もテリオンはそれを理解しながら念押しし、かつサイラス自身にその言葉を撤回させようとするのだから始末が悪い。
舌舐めずりをしながらサイラスを見下ろすテリオンが何を考えているのか。一体『何を』されるのか。想像しじわりと上がりだした体温を少しでも下げようと、深く息を吐いた。
***
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