雪華
2020-01-31 22:51:15
4336文字
Public テリサイ
 

【テリサイ】理解と同意の差異について

ずっと前に診断メーカーで出たネタで書きかけのがあったので仕上げました。テリサイって気を抜くとすぐこういうすれ違いする……と勝手に思っています。プリ・アフェ・トレは仲間思いのいい子です。

……あんたを、愛してる」

二人きりの静かな部屋、小さくテリオンが零した言葉は存外よく響いた。予兆も何もない唐突な言葉だったが学者の脳は冷静に彼の言葉を理解し、その唇を緩ませる。

「分かっているよ」
……いいや、あんたは分かってない」

むっとしたような言葉にサイラスは片眉を上げる。予想していた反応とはだいぶ違うものが返ってきた事は、驚きを通り越して不可解だった。それでもサイラスは冷静にもう一度言葉を重ねる。

「分かっているよ、テリオン」

次に返ってきたのは舌打ちだった。苛立ちを堪え切れないと言わんばかりにテリオンは自身の柔らかな髪をぐしゃぐしゃと掻き乱し、部屋の扉を乱暴に開ける。あ、と手を伸ばしたが数歩分の距離は簡単には埋まらず、彼の襟巻きにすら触れることは出来なかった。大きな音を立てて閉まった扉に反射で目を瞑る。

……分かっているのだがね」

膝に乗せていた本を閉じ溜息をつく。どうしてサイラスには分からないと断じられてしまったのか、腑に落ちないものを感じながら顎に手を遣った。先程の短いやり取りを脳内で反芻したがはっきりとした原因のようなものには思い至らない。

「ふむ……これは調査が必要だな」

今新たな謎が一つ生まれた。何故、テリオンがサイラスの言葉を分かってくれないのか――その理由を見つけ出す必要がある。唇をぎゅっと結び姿勢を正す。

……謎は、解き明かさなければならないからね」

いきなり本人に探りを入れても今は難しいだろう。まずは身近な事柄、人物から調べていくのが定石だ。心当たりはあるが、テリオンの居ないところで話を聞き出す必要があるだろう。明日からの調査に備え、その晩は常より早く床についた。

***

意見を聞きたいんだ、テリオンには内緒で協力してくれないか――翌日サイラスは仲間達にそう声を掛けて回った。怪訝そうな顔をする者、純粋に不思議そうな顔をする者と反応は様々だったが、皆サイラスからの変わった申し出に何かを感じ取ったのか頷いてくれた。
その晩テリオンはオルベリク達と酒場へ向かい、サイラスは宿へと残った。相談役として同じく宿に残ったプリムロゼ、アーフェン、トレサの三人と紅茶を片手に議論を始める。

……と言うことが昨晩あったんだ。第三者として、キミたちの意見を聞かせてくれないかい?」
「ちょ……っと待ってくれ先生。俺には何がなんだか……
「おや、どこか疑問点があったかい? キミが分かるまで説明するよ。遠慮なく質問をしてくれ」
「私から一つ良いかしら、サイラス」
「勿論だよ、プリムロゼ君」

紅茶の入ったカップを静かにソーサーに置き、プリムロゼは切り出した。呆然としているアーフェンやトレサとは違い、エメラルドグリーンの瞳は欠片の迷いもなくサイラスを貫く。

「先に結論を言ってしまうわね。あなたもテリオンも、あまりにも言葉が足りていないわ」
「具体的にどの辺りがだい?」
「全てを通してよ。まずサイラス、あなたは重大なことを彼に告げていないことに気がついているかしら」
「ほう、それは気が付かなかったな。是非教えてもらえないだろうか」

向かい側に座る彼女に詰め寄るように、机に手をつく。プリムロゼは態とらしく大きなため息を付きながら身を引き、こんなのトレサでも分かるわとトレサにバトンを渡した。

「え、あたし?!」
「そうなのかい、トレサ君」
「え、えーっと……その、テリオンさんが……あ、あい……
「愛してると彼は言ったんだ」
「あ、うん……それでね、先生は分かってるって答えたんでしょう? でもそれって、告白の返事にはなってないと思うの」

少し頬を赤らめながらトレサはそう言う。告白の返事になっていない、彼女の言葉を復唱すると大きく頷いた。

「それは妙だな。ならば何故、彼は『分かっていない』と言ったのだろう? 全く的外れの回答なら、もっと異なる反応をすると思うのだが……
「あーっと、まずさ、先生はなんで分かってるって答えたんだ? 先生なりに、テリオンに返事をしたつもりだったんだよな?」
「ああ。彼が私に特別な好意を抱いていることには薄々気がついていたからね。アーフェン君とも親しくしているが、私に対してはやはり別種の感情を持っていると思っていた。だから愛してると言われた時、予想外のタイミングではあったがその言葉自体に意外性はなかったかな」

思い出しながら語り、一度紅茶で喉を潤す。何故プリムロゼがそんなに冷めた目で己を見ているのか不思議に思ったが、それを言い出すと話が横道にそれてしまいそうだったからやめた。まずはテリオンとの一件をきちんと解決しなければならない。

……彼がそういった感情を私に向けはじめる前からか、後からかは分からない。けれど私は以前よりテリオンと親しくなれて嬉しかったし、もっと深い関係になることも望んでいた。だからこそ、分かっていると答えたんだ」
「そこだ、そこがおかしいんだ先生。落ち着いて考えてくれ」
「私はいつでも冷静だが……
「あのね……たぶんっていうか絶対、『分かってる』って言葉だけじゃテリオンさんには伝わらないわ」
「どうしてだい?」

純粋な疑問を持ってそう問うたが、アーフェンは文字通り頭を抱えながら唸り、トレサは項垂れて両手でカップを包み込んだ。そんな二人の反応に肩を竦めながら、プリムロゼが続きを語る。

「サイラス。あなたはテリオンから告白をされて、同意を示したつもりかもしれないけど違うわ。テリオンにとってそれはただ理解を示されただけよ」
「彼が私を愛していることを、私が理解していると示しただけ……か。言われてみれば確かにそうかも知れないが、逆を取れば拒絶しなかったということは同意にはならないのかい?」
「なるわけないじゃない。更に言うとね、テリオンは渾身の愛の言葉をあっさりと友愛だとか親愛だとかっていう意味合いだと取られたと思って苛立っていたのよ」
……ああ、なるほどね。漸く合点がいった」

サイラスにとっては理解と同意の言葉であったが、テリオンには理解の意にしか聞こえなかった。その上、複数ある愛の中で別種のものだとサイラスが理解したのだと誤解した。だから『分かっていない』と言ったのだろう。

「つまり大きな問題は二つだ。一つは、テリオンは自分の言葉が正しく伝わっていないと勘違いをした。もう一つは、私の気持ちがちゃんと彼に伝わらなかった……ということかな?」
「そういうことよ。言葉にしなくとも分かるはず……なんていうのは幻想よ」
「うむ、よく理解できたよ。それにしても言葉というのは難しいものだね」
「そうね。あたしたち商人にとっても、言葉ってすごく大切よ。商品の適切な価値を分かってもらうには、やっぱり言葉を重ねることになるから」

商談中のトレサの姿を思い出し頷く。勿論商品自体の良し悪しはあるが、付加価値を高める情報を如何に正確に伝え、そして信頼してもらえるかが重要だ。そう言った意味では薬師であるアーフェンも同じだろう。自分がどんな薬を処方されているのか、本当に信じて良いのか、そんな不安を取り除くものの一つが言葉だ。

「うん、やはりキミたちに話を聞いてもらえて良かった。とても参考になったよ、ありがとう」
「ありがとうはいいけど、先生これからどうするの?」
「当然、テリオンと話をするよ。謎解きは終わったのだから、彼にもきちんと説明しなければね。さてアーフェン君、キミに一つお願いがあるのだが……
「ああ、こういうことだろ? 頑張れよ!」

アーフェンが懐から取り出した鍵と、自分の持つ鍵を交換する。先に席を立ったサイラスの背中を見送り、残された三人は肩を竦めて苦笑いをした。

***

「やあ、おかえり、テリオン」
……何故あんたがここにいる?」

部屋の扉が開いた瞬間、テリオンは眉をしかめ明らかに不満を示してみせた。彼が帰ってくるまでの手慰みに読んでいた本を閉じる。

「アーフェン君に部屋を変わってもらったんだ。キミと話がしたくてね」
……一体何を企んでいる?」
「昨晩はすまなかったね。私としたことが、随分言葉足らずだったようで」
…………

ぱたりと静かに扉が閉まり、テリオンが後ろ手に鍵をかける。警戒するようにサイラスを睨みながら、自分の寝台に足を組んで座った。

……あの話はもういい」
「良くないよ。もう一度、改めてきちんと返事をさせてくれないかな」
「要らない」
「私が伝えたいんだ。テリオン、私もキミを愛しているよ」

数拍、間を空けるように沈黙がおりた。そしてようやくテリオンの薄い唇が開いたかと思うと、出てきたのは大きなため息だった。もしかしてまた上手く伝えられていないのだろうかとの不安が的中したことを、次の言葉で悟った。

……あんたのそれは、違うだろう」
「どう違うというんだい?」
「俺があの時言ったのは、こういう意味だ」

突然テリオンが立ち上がったかと思うと、肩を掴んで寝台に押し倒される。柔らかいマットレスだから痛みはなく、彼の澄んだ翠眼を見上げる。テリオンはサイラスを真っ直ぐに見据えているが、その瞳はどこか不安げに揺れているように見えた。
だからこそ、サイラスは柔らかく微笑んでみせた。慎重に言葉を選びながら、ゆっくりと恋しい人に語りかける。

「分かっているよ、テリオン。キミの好意が、友愛などではないことを。……私も同じだから」
「本気で言っているのか?」
「ああ。私は、キミの恋人になりたい。友人では許されないところまで、キミと触れ合ってみたいんだ」
……後悔するなよ」
「しないよ。テリオン……キミが嫌でなければ、してくれ」

徐々に近づく翠眼を認め、ゆっくりと瞼を下ろす。唇に柔らかいものが触れたのはほんの僅かな時間で、瞼を開けた先にあったテリオンの顔が赤くなければ夢だと思っていたかもしれない。

「ふふ……りんごみたいな顔をしているよ」
「あんたよりはマシだ」
「これくらいは大目に見てほしいな。……ねえ、もう一度聞かせてくれないかい」

そっと柔らかい頬に手を添えてねだると、こつりと軽く額同士が重ね合わされる。サイラスより少し温度は低いけれど、心臓の鼓動を速めるには十分な温もりだった。

……愛してる、サイラス」
「ああ……私も愛しているよ、テリオン」

仲間たちから言わせれば、きっと随分遠回りをしてしまったのだろう。それでもサイラスたちはその晩、漸く結ばれた幸福から何度も愛を囁き合った。




***

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