雪華
2019-12-05 23:10:55
2652文字
Public テリサイ
 

【テリサイ】私の知らない

なんとなくフェン+テリ+プリの酒場チャットの後のような話。診断メーカーのお題で「目尻にキス」「名前を呼んで」をチョイスしました。先生がちょっとヤキモチ焼き。酔っぱらいテリ可愛いよね。

――その晩は久方ぶりに町で宿を取り、旅人たちは酒場で一時の休息を味わっていた。
静かに夜は更け、気が付けば狭い店にひしめいていた人影もまばらになり、泥酔し机に突っ伏して寝る者と静かに酒を呷り続ける者に分かれる。サイラスはハンイットとオルベリクと旅程の打ち合わせをしていた。とはいっても打ち合わせは直ぐに終わり、後は魔物の生態について意見を交わし合っていたのだが。

――ふふ、よく眠っているね」
「ええ。二人共、今日はペースが速かったわよ」
「そのようだね。まぁ、たまには羽目を外してもいいだろう」

そんなサイラスがプリムロゼの座るテーブルに移ったことに彼女は驚かず、いつものように微笑みを浮かべた。小さな丸いテーブルには、既に掛けていたものが三人。けれどそのうち二人は机に突っ伏して小さな寝息を立てている。
テリオンの隣に座り無防備な寝顔を眺める。以前男性だけで行った飲み比べ大会ではきちんと量をセーブしていたのに、今日はそれが出来なかったらしい。

……余程、キミ達と飲む酒が美味しかったのだろうね。話も随分盛り上がっていたようだった」
「あら、なんだか浮かない顔ね。……学者先生も嫉妬なんかするのかしら?」
……そんな顔をしていたかい?」
「ええ」

咄嗟に口元を手で覆うとプリムロゼはくすくすと笑った。一度美しいエメラルドグリーンの瞳に映し出されると、心の奥底まで見透かされてしまうようで恐ろしい。眠る二人の手元から空のグラスを取り、失態を誤魔化すように軽く咳払いをする。

……誤解されないように前置きをしておくけれど、悪いとは思っていないんだ。テリオンが無防備な姿を曝け出すほど二人を信頼しているのは、とても喜ばしいことだと思う」

人を信じることを止めてしまった彼が、また誰かを信じられるようになったのは素晴らしいことだ。当然アーフェンやプリムロゼの努力もあるが、それ以上にテリオン自身が変わり始めている。
年長者として、そして教師としてのサイラスからすれば年下の仲間の成長は素晴らしいことだ。――けれどただのサイラスとしては、否、恋人としてのサイラスとしてはほんの少しだけ妬心を抱いてしまった。

「ただ、キミの言う通り少しだけ……キミたちが羨ましくなってしまった」
「あなたは意外と欲張りなのね。恋人の座だけじゃ満足できないの?」
「していると思っていたんだがね。やれやれ、いい大人が恥ずかしいな」
「私はいいと思うわよ。恋をしてからのあなたは、出会った頃よりいい顔をするようになったもの」
「そうだといいのだが……彼といると、今まで知らなかった自分が次々に顔を出すものだから堪らないよ」

新しい知識を得られるのは喜ばしいことだが、自分の感情ともなると素直に喜んでばかりもいられない。嬉しくなったり、反対に落ち込んだりと振り回され続けているような気がする。誰かにここまで感情を掻き乱されることは初めてで、嫌ではないが未だにそんな自分に戸惑ってしまう。
プリムロゼは赤い唇を緩めて、内緒話をするように声量を落とす。

「恋とは得てしてそういうものよ。心が揺れ動く内に、たくさん振り回されておきなさい」
……それは経験談かい?」
「さぁ、どうかしら? ……さて、少し飲みすぎたわね。そろそろ宿に戻りましょうか」
「そうだね。テリオン、宿に戻るよ。歩けるかい?」

ゆさゆさと肩を揺さぶるとテリオンは低く唸って、薄っすらと瞼から翠眼を覗かせた。よろめきながらも立ち上がった彼の腕を自分の肩に回すと大人しくもたれ掛かってくる。いつもより浅い呼気は濃い酒の匂いを纏っていた。

同じように眠り込んだアーフェンはオルベリクに任せ、プリムロゼも彼らと一緒に戻ると言うので、そのままテリオンを半ば引きずるようにしながら宿へと連れて戻った。

……テリオン、部屋に着いたよ」

部屋の扉を開けそう呼び掛けても返事はない。なんとか二人部屋の扉側の寝台にテリオンの体を横たえてやり、ふうと息をつく。
寝ている間に引っかからないようにとなんとかマフラーだけは取り去ったものの、後はサイラスの腕力では難しいところだ。せめて風邪を引かないようにと肩までしっかり掛け布団を被せ寝顔を覗き込む。滅多に見られない寝顔を暫し見つめ、静かに目尻に唇を落とした。

「おやすみ、テリオン」

愛おしいあなたが、夢の中でも幸福でありますように――。小さな祈りの後身を離そうととしたサイラスの首に突如腕が回された。驚いて固まると、眼下でゆっくり翠眼が姿を現す。

「えっ……
…………
「テリオン、起きていたのか……っん、」

腕に力を入れ引き寄せられるままに唇を合わせる。勢いがありすぎて歯がぶつかったが、そんなことは気にならないと言わんばかりに二度、三度と唇を重ねられた。唇に感じるテリオンの体温は酔っているからかいつもより高く感じる。だから余計に、サイラスの体は蕩けるように力を失っていった。
体を引いて形だけの抵抗を示したのは初めの数回だけで、あとはされるがままに彼のキスを受け入れた。小さくリップ音を立てながら唇を軽く吸われ、ついつい色めいた吐息が漏れる。

「ん……テリ、オン……
…………
「テリオン……な、まえ……名前、呼んで……私の……

そんなことはありはしないと思いながらも、どこか不安が拭えない。寝惚けて誰かと間違えていないことをきちんと教えて欲しかった。するとキスの嵐が止み、両頬を包むように手が添えられる。熱を孕んで色を濃くした翠眼に見つめられている時間は、一瞬にも永遠にも感じられた。

……サイラス」
……うん」
「サイラス、好きだ」

ねだらずとも囁かれた言葉に自然と頬が緩む。彼のたった一言が、心の中の薄暗い闇をいとも容易く晴らしてしまった。我ながら現金だと内心苦笑いを浮かべる。

……私もだよ、テリオン」
「ん……

今度はサイラスの方からキスを落とすと、テリオンは薄らと微笑みまた瞼を閉じた。再び静かに寝息を立てだした彼から今度こそ身を離す。ふうと再び息をついたのは、頬に昇った熱を冷まそうと無意識に取った行動だった。

……全く、仕掛けておいて先に寝てしまうなんてキミは勝手だな」

そういうところも好きだけど、と今度こそ届かないだろう言葉を呟いて乱れた掛け布団を直してやる。――唇に灯った熱が冷めない内に、サイラスも隣の寝台に入り眠った。




***

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