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雪華
2019-11-02 23:05:54
3888文字
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オルサイ
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【オルサイ】「月が綺麗だね」
たまには意識して好きな人を口説こうとしている先生を書きたかった。先生ってそういうロマンチックな愛の言葉を知識としては知ってるはず。たぶん。作中に出てくる本のタイトルは適当です。
静かな夜だった。天候は良く夜空には星が輝き、時折小さな風が吹いては焚き火の炎を揺らす。
――
旅をする中では当然野営をすることもあり、その場合は順に見張りをする決まりになっている。
「
……
サイラス、寝なくていいのか?」
「ああ
……
どうも目が冴えてしまっていてね。もう少しだけ起きていてもいいかな」
「明日に響かん程度にしておけよ」
「分かっているよ」
今夜のオルベリクの順はサイラスの後で、交代しようと起きてきたところだった。隣に座るサイラスは先程まで開いていた本を閉じ、微笑みを浮かべる。体力のないサイラスのことを思えば早く眠るように進言すべきだがそうはしなかった。
陽の光の下で見るサイラスは眩いばかりに美しいが、こうして夜空の下にいる彼もまた綺麗だ。朧気な明かりの中に浮かび上がる白い肌や、星を閉じ込めたように煌めく瞳は鮮麗で見ていて飽きない。
「オルベリク? 私の顔に何か付いているかい?」
「い、いや
……
少しぼんやりしていた」
「おや、あなたでも寝惚けることがあるんだね」
見過ぎていたことを指摘され、さっと顔をそらす。不自然な挙動に疑問を持つこともなく納得されたことに内心安堵した。
眠る仲間達を起こさないように声量を抑えて喋れば、聞き漏らさないように互いに身を寄せ距離を縮める。好いた相手が手を伸ばせば触れられそうなほど近くにいることに、心臓がどくどくと煩いほど脈打つ。聞こえてしまうのではないかという危惧など知らない彼は、ぴたりとその肩をオルベリクの腕に付けた。
「
……
もし具合が悪いなら、今夜は休んではどうかな。私はまだ本も途中だし、起きていられるよ」
「いや、問題ない。こうして話しているとしっかりと目が覚めてきた」
「そうか。それなら良かった」
そっとサイラスの顔を窺い見ると視線が交錯する。吸い込まれそうなほど純美な瞳に捕らわれてしまったように目が離せない。サイラスもまた、目を逸らすことなくじっとオルベリクを見詰めている。
――
暫く互いに無言で見つめ合っていたが、ぱちん、と薪が弾けた音と同時に視線が途切れた。
ふぅと思わず息を吐いたのは、安堵したからか、それとも何事もなかったことに落胆したからだろうか。懸想している相手とこれだけ至近距離で見つめ合えば、期待してしまうのも無理はないだろうと、自分を正当化するための言い訳を内心呟く。
「
……
ねぇ、オルベリク」
「なんだ?」
「上を見てご覧、今夜は雲ひとつない良い天気だ」
すっとサイラスが指を振り上げる。白い指先につられるようにオルベリクも視線を上げると、先程一瞥した空と変わりがないものがそこにはあった。散らばる星、細く弧を描く三日月。各地を旅して回っているが、空だけはどこからでも同じ色をしている。
「
……
月が」
「ん?」
「月が、綺麗だね」
「? ああ
……
そうだな。遮るものがないからな」
不意にサイラスが呟いた言葉にオルベリクは引っ掛かりを感じた。随分唐突な言葉だった。サイラスが突拍子もない事を言うことはよくあるが、こちらが分かっていないような反応を返せば説明をしてくれるはずだがそれもない。続く言葉を待っていたが返ってくるのは沈黙ばかりで、再び視線を下ろしてオルベリクは言葉に詰まった。焚き火に照らされているからという理由だけではなく、サイラスの頬が真っ赤に染まっていたからだ。
「サイラス
……
?」
「
……
そろそろ眠ろうかな。付き合ってくれてありがとう、おやすみ、オルベリク」
「あ、ああ
……
おやすみ」
逃げるように立ち上がる彼に何と言葉をかければよいか分からず、結局就寝の挨拶を返して行き場のない手を力なく下ろした。
――
それにしても一体何だったのだろうか? 一人首を捻るものの、結局答えは出なかった。
***
その晩の不思議な出来事についてオルベリクは数日考え込んでいたが、いつしか記憶の中に埋もれてしまっていた。紆余曲折を経てサイラスとの交際が始まり、共に過ごす夜が増え、密度を増していったから尚更。
――
しかし、オルベリクの疑問はある日唐突に解消されることとなる。
「ん? 珍しいな、トレサが読書だなんて」
旅路の途中、少し休憩しようと川辺に腰を下ろしている時のことだった。木にもたれ掛かって本を開くトレサにアーフェンが声をかけると、彼女は本の背表紙を見せるように持ち上げてみせた。
「ええ、ちょっと前の町で面白い本を見つけたのよ。前に読んだことがある『空の下で待ち合わせ』って小説の続編なの」
「あら、懐かしいわね。続編があったの?」
「どうも最近発行されたらしいわ。今度はヒロインの子供たちが主役なの!」
「『空の下で待ち合わせ』なら、わたしも読んだことあります。フレイムグレースでも憧れる女の子が続出しましたよ」
「リプルタイドでも同じよ! 遠く離れた町でも同じ本が流行るなんて不思議ね」
どうやらトレサが読んでいるのは小説らしい。それも少女が好むような、恐らくは恋愛ものか。本好きの恋人は分厚い本に熱中しているのか顔を上げもしない。
「おー、その本なら俺も読んだことあるぜ。流行ってるって言うから借りて、軽い気持ちで読んだけど最後の方で号泣しちまってゼフに心配されたっけな」
「わたしもです。初めて読んだ時は、リアナと一緒に泣いてしまいました
……
」
「
……
その本、ヒロインの男が歯の浮くような台詞ばっかり喋るやつか?」
「そうそう! なんだ、テリオンさんも読んだことあるの?」
「盗んだ荷物に入っていたことがあった。
……
読んだと言うよりは大まかな筋書きを確認した程度だが」
少女が読む本かと思いきや、アーフェンやテリオンも読んだことがあるものらしい。出身地がばらばらの旅人たちの内半分以上が読んだ本というのは、かなり流行した部類に入るのではなかろうか。腕を組んで話を聞いていると、ふとトレサがオルベリクに問いかけた。
「オルベリクさんは読んだことある?」
「いや、ない。どんな本なんだ?」
「お屋敷に仕えるヒロインが、貴族の男性に恋をするお話なんです。様々な障害が二人を待ち受けていますが、最後には二人で街を飛び出して
……
」
「オフィーリア君、それくらいにしておかないかい? まだ読んだことがない人に本の結末を話すのは少々無粋ではないかな」
それまでは別の本を開いていたサイラスが突然話に割り込んできて、オフィーリアは慌てて自分の口元を手で覆った。読書中は声を掛けても気が付かないことが多いサイラスが、こちらの話に耳を傾けているなど珍しい。
「す、すみません
……
サイラスさんは読んだことがないんですか?」
「
……
いや、私はあるがね」
「あら、意外ね。学者先生は小説も嗜むの?」
「洞察力を磨く一環として多少はね。しかし、ハンイット君は読んだことがないだろう? いずれ読む機会があるかもしれないし
……
」
「いや、わたしは読んだことあるぞ。エリザさんに進められてな」
つまり八人中七人が読んだことがある本のようだ。普段恋愛小説を読むイメージがない面々まで読んだことがあるとなると、オルベリクも内容が気になってくる。どうせ読む機会はないだろうから、そんなに面白いものならあらすじくらいは聞いておきたいものだ。
「それなら結末は話しても良いんじゃないか? 俺は今更読まんだろうしな」
「しかし、ほら
……
そう! テリオン君もきちんと読んだわけではないなら、結末は知らないだろう? だったら、」
「俺も今更読む気はない」
「そんなに意外性のある結末なのか?」
サイラスが止めに入るほど、衝撃的でどんでん返しのような結末なのだろうか。しかしトレサやオフィーリアは首を傾げて顔を見合わせてしまう。
「うーん
……
意外性、っていうよりは感動よね。特に告白シーンは印象的なフレーズよ」
「ほう、どんな台詞なんだ?」
「待った、オルベリク。読んだことがないのなら聞かないほうが
……
その、もしかしたら、気が変わってきちんと読みたいと思うかも知れないだろう?」
随分歯切れの悪い言い方に、今度はオルベリクも首を傾げる。何故そこまで必死に止める必要があるのだろうか。妙に慌てているサイラスと不思議がるオルベリクの顔を交互に眺め、プリムロゼは笑みをこぼした。
「ふふ
……
教えてあげましょうか、オルベリク。ラストシーンでヒロインはね、夜空を見上げながら愛の告白の代わりにこう言われるの」
「プリムロゼ君!」
「『月が綺麗だね』と。ヒロインは『そうね』と答えて、二人はキスをして終わるのよ」
「
――
……
」
ふと、サイラスが不思議な事を言った夜が思い起こされる。
――
つまりあれは、サイラスなりの愛の告白だったのではないか。満点の空の下、寸前まで見つめ合っていた二人は確かに良い雰囲気だった。それこそ愛の言葉を囁いてもおかしくないくらいに。
「ロマンチックよね~! あたしもそんなふうに口説かれてみたいわ」
「でもねトレサ、そんな気取った台詞をさらっと言うような男はろくでもないと思うわよ。あれは物語だからいいの
……
あらサイラス? どうしたの、すごい汗よ」
「うう、放っておいてくれ
……
」
くすくすとからかうように笑うプリムロゼから逃げるように、サイラスは真っ赤になった顔を持っていた本で隠す。その反応こそが確たる証拠であり、オルベリクまでつられて顔を赤くしてしまった。
その晩、夜空の下で恋人同士が何を語らったのかは彼女らが知る由もないことだった。
***
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