一行の旅路は順調そのものだ。旅人たちの足より幾らか遅いが、しかし季節は確実に移ろい秋色を濃くしてゆく。そんなある日の夕方、オルベリク達はフラットランド地方の小さな町を訪れた。門をくぐると子供たちのはしゃぎ声が聞こえ、どこからか甘い香りが漂ってくる。
何かの祭か――そう思ったとき、子供たちがきゃあきゃあと笑いながら籠を持って走り寄ってきた。白いシーツをすっぽりと頭から被った者、黒いマントを身に着けている者、獣の耳のような飾りがついたヘアバンドを着けた者と装いは様々だ。その姿を見て漸くオルベリクは合点がいった。
「旅人さん! トリック・オア・トリート!」
「トリック・オア・トリート!」
「そうか、今日はハロウィンだったな」
「ああ、そのようだ。旅をしているとどうも日にちの感覚があやふやになっていけないね。しかしお菓子などは生憎持ち合わせが……」
「ちっちっち、安心して先生! こういうこともあろうかと準備しておきました! さー、そこに並びなさい!」
さっと前に躍り出たトレサがキャンディーの包みを見せると、わっと子供たちから歓声が上がる。トレサが菓子を配る間に町を見渡すと、華美ではないものの素朴なカボチャの飾りが幾つか民家や店の前にあることが分かった。隣に並び同じように街の様子を見ているサイラスに何気なく問う。
「フラットランドではハロウィンは大きな祭なのか?」
「そうだね、アトラスダムでもなかなか賑わっていたよ。交易の多い街では特に、商人たちが商機と捉えて盛り上がっていることが多いようだ。そもそもハロウィンとは一種の悪霊祓いの儀式のようなものが始まりで……」
「はいはいサイラス、それくらいにしましょ。トレサもお菓子を配り終えたみたいよ」
つらつらと話しだしたサイラスの話をプリムロゼが遮ると同時に、トレサが戻ってきた。オルベリクとしてはサイラスの長話を聞くのは悪くはないと思っているのだが、それでも時と場合は選ぶ必要がある。今日はまだ宿を取ったりとやることが残っているから仕方がない。
「お待たせ!」
「トレサ君、ありがとう。いつの間にお菓子を準備していたんだい?」
「前の町で結構調味料とかまとめて買ったでしょ? その時にたくさんおまけしてもらったのよ。せっかくだからみんなにも少し分けておくわね。はい、手を出して」
「おー、ありがとな! 声掛けられて菓子を持ってないなんて、子供をがっかりさせちまうからな」
トレサががさがさと袋から菓子を掴んでは仲間達に配ってゆき、オルベリクにも例に漏れず配布された。子供の悪戯など可愛いものだろうが、やはり菓子をやったほうが喜ぶだろうと思い有り難く受け取っておく。
それからはいつもどおりに宿へと向かい部屋を確保してから、酒場で夕飯を摂った。トレサたち女性陣がカボチャのパイに舌鼓を打つ中、オルベリクたち男性陣は酒を楽しんだ。寒い時期の酒というのもまた良いもので、体の内からぽかぽかと温まり気分も良くなった。
そして食後は宿へと戻り、宛行われた部屋へと入る。小さなチェストと寝台が二つあるだけの狭い部屋だが、それでも野宿に比べたらずっといい。オルベリクより一歩先に入室した恋人が先に寝台に腰掛けた。
「アトラスダムにいた頃は論文の締切や授業のカリキュラムの関係で、いつも日にちに追われていたが……旅に出てからおおらかになったような気がするよ」
「そうだな。今日のところはトレサに救われた」
「ああ、そうだね。私達にとってはもう何度も訪れたありふれた日だが、子供たちにとっては特別なものだ。いつか彼らが、あの時は旅人にお菓子をもらった……なんて思い出す日が来るかもしれないね」
柔らかく微笑む恋人にふと悪戯心が湧いたのは、酒のせいもあったかもしれない。いいや、もしかしたら町中に漂う甘い菓子の匂いにあてられたせいか。この際どちらでもいいと思いながら、オルベリクは軽い気持ちで口を開いた。
「……ではサイラス、トリック・オア・トリート?」
「おや」
ひょいと片眉を上げ、サイラスはぽんと自分の懐を軽く叩く。彼らしくない沈黙が数秒あったかと思うと、降参するように両手を上げてみせた。
「うん。残念ながらお菓子は配り終えてしまったので、トリックでお願いしようかな。お手柔らかに頼むよ」
「……良いのか?」
「ああ。痛みのある悪戯はできれば止めて欲しいところだがね」
「俺がお前に手を上げるとでも?」
「いいや……思っていないよ、言ってみただけさ」
これから悪戯をされるというのに、サイラスの楽しそうな口調も微笑みも変わらない。強く握っただけで折れてしまいそうな肩を優しく掴み、寝台に押し倒す。そしてふうと形の良い耳に息を吹きかけるとひゃっと悲鳴を上げた。
「あまり暴れるなよ」
「一体何をするつもりだい? っ、ふ……ふふ、ちょっと……」
「ほらほら、大人しくしていろ」
「いやっ、これは……むり、はは、ふふふっ……」
耳に息を吹きかけながらシャツの裾から手を入れて脇腹を指先で擽ると、サイラスは身を捩らせて笑い出す。骨をなぞるように脇腹を指先でつつ……となぞればビクンと体を跳ねさせた。ベストを脱がせシャツを胸元までたくし上げ、今度は無防備な脇に手を伸ばす。
「ひぃ、待っ、はは……!」
抵抗しようとオルベリクの体を押し返す腕を掴んで難なくシーツに縫い止め、もう片手で容赦なく脇を擽るとびくびくと薄い腹を痙攣させる。はふはふと呼吸を乱し、目に涙を浮かべながらも笑っている様はなんとも倒錯的だ。すっと手を引くと目に見えてサイラスはほっとしたが、オルベリクの手はまだ止まらず、彼の左脚のソックスガーターを外し靴下を引き抜く。
「あ……待ってくれ、オルベリク……!」
「トリックを選んだのはお前だろう? 甘んじて受け入れろ」
「いや、しかし……ひっ! ふは、っふ、ふぅ……」
ぷくりと膨らんだ踝を撫で、足の裏をかかと側からこちょこちょと擽る。暴れだす足をしっかりと膝の裏から掴むとろくな抵抗も出来ないのか、ばたばたとシーツを手で叩く程度に留まった。
足の裏全体をゆっくりと親指一本でなぞり、つま先側でくるくると円を描くように指を動かす。サイラスはその度に悲鳴のような笑い声を上げ体を震わせた。
「っはあ、はひっ、ひぃ、オル、ベリク……ッもうっ……!」
「もう限界か? ん?」
「は、あふっ、ははっ……ふ、はははっ……!」
五本の指をバラバラに動かして土踏まずを擽ってやれば結った髪が乱れるのも構わず、振り払おうと頭を振る。なんとか逃れようと身を捩らせていた抵抗が次第に弱くなり、笑い声が引き攣れはじめてやっとオルベリクは手を引いた。
「はーっ、はーっ……お、わり……?」
サイラスはぼうっと濡れた瞳で虚空を見上げ、口元はだらしなく開いている。学者の証であるローブはそのままに、シャツは捲くりあげられぴくぴくと震える薄い腹が露わになっており、片足はソックスを履いているがもう片足は白い足がシーツに投げ出されている――中途半端に脱がせたのはオルベリク自身だが、それでもかなり扇情的な格好だと言わざるを得ない。ごくりと生唾を飲んだ。
「ああ……終わりだ。ほら、着せてやろう」
「ん……」
これ以上妙な気になる前にさっさと着せてやろうと、シャツを下ろしてベストの前を留めてやる。その拍子にころりと彼の服のポケットからこぼれ落ちたのは、水色の包みだった。それは見間違うはずもない、昼間トレサが配っていたキャンディーだった。
「……サイラス?」
「あ……」
「菓子、持っているじゃないか」
「……しまったな。見付かってしまったか……」
まさかサイラスが持っているのを忘れていたなんてことはないだろう。では何故とキャンディーとサイラスの顔を交互に見ると、彼はばつが悪そうにさっと顔をそらした。非常に珍しいことにもごもごと言いづらそうに言葉を濁す。
「……その、嘘をついたのはすまなかったと思っているよ」
「いや、俺はいい思いをさせてもらったから構わんが……何故だ?」
「興味があったんだ。……あなたが私に、どんな悪戯をするか」
羞恥に赤く頬を染め、ちらりと視線だけで見上げられる。そんな顔をされて、誘うような言葉を口にされれば抑えようとしていた欲望がむくむくと膨らんでくる。この男は一体どれだけオルベリクを煽れば気が済むのだろうか。
「……分かった。先の言葉は撤回する」
「つまり、悪戯続行……ということかな?」
「ああ。そうして欲しかったんだろう?」
「ふふ……優しくしておくれよ」
「さあ、どうだろうな」
柔らかく弧を描く唇に自分のそれを重ねる。もっと、と請われるままに肌を重ね合わせ、甘い甘い一夜を過ごした。
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