ざくざくと砂を踏みしめながら歩を進める。砂漠を歩くことには幾らか慣れたが、じりじりと照り付ける容赦ない陽射しには参ってしまう。額に滲んだ汗が頬を伝いぽたりと砂に落ち、一瞬だけ染みを作る。すると、日差しを遮るようにオルベリクが隣に並び立った。
「大丈夫か、サイラス」
「ああ……まったく、学者のローブは砂漠には向かないな。重たい上にこの色が問題なんだよ。黒は反射率が低く、熱を吸収し……」
「講義は後でゆっくり聞いてやるから、今は喋るな。体力を消耗するだけだ」
「あの橋を渡ったらリバーランド地方だ。木陰で少し休まないか? サイラスだけじゃなく、皆疲れている」
ハンイットの提案に異を唱えるものはいなかった。サイラスもただでさえ重たい足をなんとか動かし、目的地へと向かう。
橋を渡りきり、予定通り旅人たちは川の畔で休息を取ることになった。サイラスは木陰に座り込み、未だに熱を持っているようなローブを肩から外しタイを引き抜き胸元を寛げる。それだけでもだいぶ体温が下がったような気がしほうと息を吐いた。
「はい、先生。濡れタオルどうぞ」
「ありがとう、トレサ君。すまないね」
「あたしの分のついでだから、気にしないで。……あらっ?」
「ん? どうかしたかい」
濡らして固く絞った冷たいタオルを受け取り広げると、トレサが不思議そうな声を上げじっと丸い瞳でサイラスの首筋を見詰める。
「首筋、赤くなってるわ。虫刺されかしら。痒くないの?」
「おや……特に痒みなどはないがね。どこだい?」
「自分じゃ見えないと思うわ。ぽつぽつって赤くなってる……あ、もっと左。うん、その辺よ」
「腫れてる訳でもないようだね。昨晩の宿にダニでもいたかな……」
トレサに言われた辺りを擦ってみるが特に指先に引っ掛かるものはない。虫刺されだとしたら腫れや痒みがあるはずだが、サイラスに自覚症状はない。はてと首を傾げながら目視で確かめようと川を覗き込む。穏やかな水流のなかに映し出された自分の姿には、確かに見慣れぬ痕が付いている。後ろを通りがかったテリオンが鼻で笑った。
「随分でかいダニもいたもんだな」
「どういうことだい?」
「さぁな」
まるでテリオンにはこの赤い痕の原因が分かっているような口振りだ。となると全く未知の事に起因している訳ではないと見ていいだろう。
川辺に座り込み思考を巡らせていると水面に鮮やかな青色が映り、オルベリクがサイラスの隣に跪いた。
「オルベリク、あなたは平気だったかい?」
「……サイラス、その痕は虫刺されではない。鬱血だ」
「鬱血? しかしこのような場所をぶつけた覚え、は…………」
はたとある事に気付いて言葉が途切れる。辿り着いた答えを言葉にする前に顔に熱が昇っていく。オルベリクから無言で先程解いたタイを差し出され、慌てて開いた胸元を隠すように結んだ。
――オルベリクの言葉で昨晩の行為が脳裏に蘇る。一つの寝台のなかで恋人である彼と肌を重ね合い貪りあった。そしてサイラスの意識が飛びかけていた終わり頃に、熱心に首筋を舐められていたことを思い出す。この鬱血はその際に付けられたものだろう。
「……すまん、お前に恥をかかせた」
「い、いや……私も軽率だった。あんなにはっきりと、残るものなのだね……」
自分の体にオルベリクが情事の痕跡を残したと思うと、余計に体温が上がってしまっていけない。火照った顔を冷まそうと手で扇ぎながらオルベリクの顔を伺い見ると、彼の耳もほんのり赤く染まっていた。
「オルベリク」
「悪い、怒っているか?」
「いいや。ただ……次はもう少し、見えにくいところに付けて欲しいと思っているよ」
痕を付けられること自体は嫌ではないが、仲間達に性事情を明け透けにしたい訳ではない。そう言った意味合いでのお願いだったがオルベリクは大きなため息をついた。
「……全く、お前というやつは……」
「? 私はそんなに変なことを言ったかい」
「変ではないが……いや、また夜にでも教えてやろう」
「ああ、よろしく頼むよ」
色恋事に疎いサイラスはいつもオルベリクに教えられてばかりだ。経験不足を恥じることもあるが、それでもいいと言ってくれる彼が好きだ。――その晩、昼間の軽率な発言を撤回したくなるまで教え込まれるのはまた別の話であった。
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