雪華
2018-12-24 11:41:36
2909文字
Public オルサイ
 

【オルサイ】出来心

先生が美人すぎてついキスしちゃうオルサイ100万回読みたい

パチ、と一際大きく弾けた焚き火の音に瞼を開ける。
今日は男四人旅で、遺跡の中で迷い込んだまま夜を迎えたためやむを得ず野宿をすることとなった。そう言った場合は順繰りで見張りをするのが決まりで、今宵のオルベリクの見張りは二番目の予定である。
一番目は、今焚き火の前に座り本を読んでいる男――サイラス・オルブライトだ。

……相変わらずだな)

オルベリクが目を開けていることにも気づかずに、その視線は真っ直ぐ本に向けられている。本人は全くもっての無自覚だがその整った横顔は幾人もの女性を虜にし、時には男性からも熱い視線を注がれている。随分長い時間一緒に旅をしているオルベリクですら時折目を奪われてしまうのだから、それも仕方のないことだろう。
本を読むために伏せられた長いまつ毛が作る影すら美しく、普段であればよく動く形の整った唇は今は閉ざされている。真剣な顔は一際秀麗で、作り物のようなそれは正に神の御業によるものだろうか。

……あれ。すまない、起こしたかな」

暫く眺めていると、ようやく彼は注がれている視線に気がついたらしい。眠っているテリオンやアーフェンを起こさないように小さな声でそう言った。
いや、と首を横に振りながら体を起こし、サイラスの隣に座り直す。彼の手元で静かに本が閉じられ、代わりに懐から銀細工の懐中時計を出し開いた。

「まだ交代には早いんじゃないかな」
「とは言ってももう目が覚めてしまったからな、代わろう」
「そういう訳にはいかないよ。幾ら私に体力ないと言えども見張りくらいは出来るさ」
「あの様子だと、本に集中して敵襲に気づかないのではないか?」
「そんなことはないよ。あなたが起きたのにもちゃんと気づいたのだから」

ふっくらとした柔らかそうな唇が緩み、サイラスは得意げに微笑む。随分時間はかかったがな、という言葉を飲み込んだのは彼をからかうことをやめたからではなく、自分の邪な思いを悟らせたくなかったからだ。
小さな声で喋っているから、互いの声を聞き漏らさないように自然と距離が近づく。サイラスからはいつも僅かに、古書のような不思議でどこか懐かしい香りがする。自分には馴染みのないと思っていたそれが、好ましいと思うようになったのはいつからか。

「今日はすまないね。野宿になったのは私のせいみたいなものだから……どうしてもついね、こういうところは気になってしまうんだよ。隅々まで調べないと気が済まないんだ」
「構わん。それにお前だけではなく、アーフェンは珍しい苔が生えているとはしゃいでいたし、テリオンも宝箱を探すのに夢中だった」
「そうだったのかい。じゃああなただけ置いてけぼりだったね」
「そうでもない。俺もなかなかに楽しんでいたさ」

そうなのかい、と小さく首を傾げると艶のある黒髪が揺れた。彼は一応立派な成人男性なのだが純朴で擦れてなく、子供っぽい仕草や挙動をすることがある。今日だって遺跡に入った途端壁を眺めたり、舗装された道の欠片を拾ってみたりと探究心の赴くまま目を輝かせていた。

……ああ、そうだとも」

オルベリクはそうやって何かに夢中になっているサイラスが好きだ。だから別に今日は退屈していた訳ではなく、楽しそうなサイラスを眺めたり、アーフェンたちが離れないように見ていたりとそれなりに忙しく楽しんでいた。

……そう。あなたが退屈していなかったのならよかった」
「ああ。まあ面倒を見るのも年長者の役目だからな」
「ふふ、オルベリクには世話になりっぱなしだね」

くすりと無邪気に笑った顔は、焚き火に照らされて赤く染まっているように見えた。

――嗚呼)

真剣な顔はそれはそれは美しい。しかし一番はやはりその笑顔だ。いっそ無防備なその笑みにいつだって惹かれている。

「オル、――

早朝の澄んだ空を思わせる透明な青い瞳がいつもよりずっとずっと間近にある。それは目を逸らすことなく、自分の唇を奪う男をみていた。
柔らかいそれに触れていたのはどれくらいか。一瞬のようにも永遠のようにも感じられた時間が動き出したのは、夜風に吹かれた焚き火の火が揺らめいたときだった。

――……

我に返ってゆっくりと身体を離す。自分が今、何をしていたのか。頭が理解し始めるより先に心臓が飛び出るのかと言うほどどくどくと鳴り響く。
サイラスは珍しく呆けているようで、先程まで触れていた唇が薄く開かれていた。

(俺は一体何を……!)

日中の戦闘の疲れのせいだろうか。なんて言って誤魔化す?いや、言葉では起きてしまった出来事を変えられない。ぐるぐると頭の中を思考が巡っては形にならずに霧散する。
長い沈黙を破ったのは、慌てるオルベリクではなくサイラスの方であった。

……オルベリク」
「あ、ああ、その……
「あなたの故郷には、友人とキスをする習慣があるのかい?」
「は」

その口調は普段と変わらず、淡々と自分の疑問に思ったことをぶつける学者のものであった。怒ることも焦ることもなく、滑らかな線を描く顎に手をやって考え込む仕草は平時と何も変わらない。

「ふむ、文化の違いとは難しいね。あなたの習慣なら受け入れて返すべきなのだろうが、アトラスダムで育った私にはそのような習慣はないし……

一瞬、このままそう言う文化だと押し通せばこの気持ちを隠し通せるだろうかと考えた。しかしサイラスがいつ矛盾に気付くとも限らず、後になればなるほど取り返しがつかないだろう。
それは違う、と言いかけた言葉を呑み込んだのは、突然の仲間の起床だった。

「ん〜〜……そろそろ交代かぁ?」
「まだだよ、アーフェン君。キミは三番目、今はまだ私の時間だ」

がばりと突然身を起こしたアーフェンにサイラスがそう伝える。一瞬ギクリと身を強ばらせたオルベリクとは違い彼は至って自然体に見えた。

……しかしサイラス、そろそろ時間だろう。見張りを替わる。アーフェンももう一眠りするといい」
「そうせてもらうか。旦那が見張っててくれるなら安心だな」
「む、それではまるで私が頼りないみたいだね。オルベリクと比べると仕方がないことだけども」

いつものように微笑みながらサイラスが立ち上がる。触れ合っていたわけでもないのに、離れていくのを寂しいと思うのは何故なのだろう。結局彼の言葉を否定も肯定もしないまま、二人の纏う空気が普段のそれへと変わってしまう。

「それではお言葉に甘えようかな。おやすみ、オルベリク、アーフェン君」
「おやすみ。あれ? 先生なんか顔赤いか?」
「ん――そうかな、焚き火に当たりすぎたかもしれない。キミは寒くないかい」
「おう、もし調子悪くなったらいつでも言ってくれよ!」
「助かるよ」

焚き火を挟んだ向かい側で横になる二人を横目で見ながら剣の手入れを始める。いつも通りにはじめたそれは、自分の気持ちを落ち着かせるためのルーティンだ。あの一瞬の出来事はもしかしたら幻だったのかもしれない、しかし唇に残った柔らかな感触がはっきりと現実のことだと主張するのであった――




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