高梨 來
2024-12-20 13:27:30
4517文字
Public ときメモGS2/小説
 

Wish

三年目のクリスマス間近にショッピングモールで氷上くんとデートするお話。デイジー:海野あかり
2024年12月15日に他ジャンルでイベント参加した際、同日開催のGSオンリー「バッチリ好印象!」へのエア参加のつもりで作った無配本からの再録です。本をもらってくださった皆さん、ありがとうございました。

 街中が光の洪水と彩りに溢れ、日に日に突き刺すような冷たさを増していく空気とは裏腹に温かな喜びがあたり一体を埋め尽くしていくこの季節が、幼い頃から一年の中でも一番好きだ。
 見慣れたはずの光景を色鮮やかに塗り替え、皆が嬉しそうに一年に一度のその日の過ごし方を口々に相談しあう――とっておきの煌めきと喜びに満ちたこんな時間のすべてが、神様からの特別な贈り物なんじゃないだろうか? だなんて心が弾むような思いは、年を追うごとに深まるばかりだ。
 
「もうすぐなんだね、クリスマス。もうじき終わっちゃうんだなぁって思うとなんだかすごく寂しいな」
 毎年恒例となったショッピングモールの大広間に飾られた煌びやかなツリーを見上げながらそう呟けば、傍らからは同意の思いを潜めた静かな会釈がそっとこぼされる。
「まぁ確かに、これだけ街全体が煌びやかになるのはこの季節だけだからね。でも、こんな光景が当たり前じゃないからこそより一層眩しく見えるだなんてことはあるだろう?」
「ああ、その通りかも」
 吹き抜けになったフロアを悠々と貫くかのようなうんと大きなクリスマスツリーは赤と金を基調としたオーナメントで賑やかに彩られ、根元には金のリボンのかけられた沢山のプレゼントボックス――幼い頃に読んだ外国の絵本からそのまま飛び出してきたかのような光景は、どんなに繰り返し目にしたって特別な喜びや高揚感をこちらへと伝えてくれる。
「そういえば、氷上くんのおうちではクリスマスは何かするの?」
 クリスマスイブの当日には、学校主催のパーティーで共に過ごせることが確定しているけれど。
 ぱちぱち、とゆっくりのまばたきをこぼしながらそう尋ねてみれば、すっかりおなじみになった優しい口ぶりでの答えが返される。
「ああうちでは毎年、クリスマスの週末には近くの教会のミサに行くんだ」
 少しだけ照れくさそうな口ぶりで告げられる言葉には、かすかな誇らしさのようなものが穏やかに滲む。
「そうなんだ、氷上くんのおうちはキリスト教徒なの?」
「いや」
 やわらかに頭を振ったのち、穏やかなささやき声がそっと落とされる。
「特にそういったわけではないんだ。ただ、母は僕が生まれる前から小児病棟や子供のいる施設でピアノの演奏をするボランティアを行っていてね。その関係もあって、ずいぶん昔から教会の人たちとも関わりが深いらしくってね。クリスマスは身近な人たちだけじゃなくって、世界中の人たちがあたたかで優しい気持ちに包まれるように神様にお祈りする日なんだってことを幼い頃から聞かされていて――クリスマスの教会のおごそかな雰囲気は僕も好きだしね、なんだか神聖な気持ちになれるような気がして」
「へえ、そうなんだ」
 おおよそ絵本の中でしか目にしたことのない世界が身近にあるのだと聞かせてもらったことに、心の内には静かで温かな波のような思いが押し寄せる。
「オルガンの演奏に合わせて聖歌を歌って、聖書の朗読を聞いた後は居合わせた人たちと平和の挨拶を交わし合い、神父様のお言葉を聞かせてもらって……そうやってこの世が愛に包まれたものであるようにと皆で祈りあうんだ」
 どこか誇らしげな口ぶりで語られる言葉にうっとりと耳を傾けていれば、途端に、こちらを気遣うようなすこし慌てた口ぶりでの言葉をかけられる。
「あぁ、すまない。つい夢中になってしまって。退屈だろう? こんなこと聞かされたって」
 少し慌てたようすの言葉はきっと、出会ったばかりの頃になら聞けなかったはずのもので――こんなささやかな瞬間にふいに感じる心の距離が近づいた証に、胸の内では、こらえようもない鮮やかな色がたちまちに弾ける。
「ううんいいよ、そんなこと。ぜんぜん」
 たちまちにそっとやわらかに頭を振り、きっぱりと私は答える。
「素敵なことだなあって思うもん、私には知らなかった世界だからっていうのはあるのかな、余計に」
……それならいいんだけれど」
「そうだよ」
 にっこりと笑いかけながら答えれば、少し照れくさそうなようすの笑顔がふわりとたおやかに浮かぶ。
「ねえ、ひか
「おとうさあん! おかあさん! ねえみて!」
 そっと呼びかける声をかき消すかのように、一際高く澄んだ明るい声が響きわたる。真っ赤なコートにリボン結びにした白いマフラー、リボンで結わえた三つ編みの髪年の頃はおそらく、四つか五つくらいだろうか。
「見てほら、すごおい! 絵本でみたツリーにそっくりだよ!」
 無邪気にはしゃぐ姿に、じわりと心の内から温かな思いがこみ上げてくるのを抑えきれなくなる。
「行こうか、そろそろ。君、寄りたいところがあるってさっき言ってただろう?」
「あぁ、うん。お母さんへのクリスマスプレゼントなんけれど、ちょっと気になったお店があって」
「じゃあ僕も相談させてもらっていいかい? まだ決めかねていたんだ」
「勿論」
 きっぱりと答えながら、名残を惜しむような心地で〝いまだけ〟の魔法をそっと見送る。
 
 
「ところでね。少し思い出したことがあったんだ、クリスマスのことで」
 賑やかに彩られたショーウインドウを横目にぼうっと見送るようにしながら、傍らの氷上くんから、ぽつりと柔らかな言葉がこぼされる。
「僕が小学校にあがってすぐの頃だった。クリスマスの近づいたある週末に、母が子供のための施設のクリスマスパーティーでピアノの演奏をしにいくらしいと聞いてね。僕はすぐに言ったんだ、『僕も連れていって』って。年の近い子供たちが集まるパーティーだっていうんだから、僕だって混ぜてもられるだろうと思った。それに、『あの人が僕のお母さんなんだよ、すごいでしょう?』だなんて周りの子たちに自慢したい気持ちも、正直に言えばすこしあったんだと思う。……そうしたら、いつも優しい母はすぐさま険しい顔をして『だめよ』って僕に言うんだ。僕はすごく驚いて、おなじくらいにすごく悲しくて……
 次第に弱まっていく言葉尻に、こちらまでぎゅっと淡く胸を締め付けられるような心地にさせられてしまう。
「ねえ、どうしてだったの?」
 はやる気持ちを抑えつけるようにしながら尋ねるこちらを前に、にこり、と控え目な笑顔を浮かべながら、氷上くんは答えてくれる。
「母は僕に目線を合わせるようにすると、いつになく神妙な面もちで教えてくれたんだ。自分が訪れる施設はどこも、あらゆる事情からご両親と離れてくらす子供たちばっかりなんだって。僕のように家族と一つ屋根の下で暮らしている子供たちは当たり前じゃないんだから、もしそういう子たちがお母さんに甘えてみせる僕の姿を見てどんなふうに思うのかが、あなたには想像出来る? って。正直に言えばさ、すこしショックだったよ自分がどれだけ甘ったれているのかなんてことを突きつけられたみたいだろ、そんなの? それでも、同じだけ思ったんだ。〝子供だから〟だなんて理由でうやむやにしないできちんと話してくれたことに、どれだけ大きな意味があったのかだなんてこともね」
 淡く滲むような言葉には、誇らしげな優しい色がありありと浮かんで見える。
……すごいね、なんだか」
 思わずぽつりと感嘆の意味合いを込めてこぼす返答を前に、やわらかにほころんだ答えが返される。
「ああ、そうだろう。母のことは昔から本当に」
 すぐさまそっと頭を振って見せると、かぶせるように私は答える。
「それもそうだけれどお母さんだけじゃなくって、氷上くんもね」
……そんな」
 照れくさそうにぎこちなく洩らされる笑みに、胸の内はざわりと音も立てずに揺らめく。
 
 あたたかな光と笑顔に包まれ、家族とともにごちそうを囲み、サンタクロースの訪れを待ちわびながら眠りに就くもっとも望まれるべき理想的なクリスマスの夜を迎えられる子どもたちは、その実、当たり前のことではない。
 自分たちがその〝恵まれた境遇〟にいることを殊更に恥じる必要などはないのだけれど、それでも。
 
「神父様は僕たちに語りかけてくれるんだ。こうして隣り合って同じ時をともに生きる人たちはみな家族なのだから、神様が僕たちにそうしてくださったように、慈しみと愛を、お互いを敬う心を忘れずにいましょう。そうして、いまこの時にも世界中のどこかで、ありとあらゆる苦しみの中にいる人たちを思い、平和への祈りを捧げましょうって。もちろん、そういったことは常日頃から考えるべきなのだろうけれどなんというか、自分自身を見つめ直させてくれる時間をくれるようで、僕はとても好きなんだ」
……素敵だね、すごく」
「あぁ、そうだね」
 あたたかな吐息混じりにもたらされる言葉に、胸の奥底からじわりと染み入るような、やわらかに膨らんだ想いがこみ上げてくるのを感じる。
 ねえ、きっと氷上くんは気づいていないよね? いまの言葉はね、牧師様の伝えてくださったお言葉はもちろんだけれど、そのことを大切に心の中に持ち帰ってこうして私に伝えてくれた氷上くんに向けた言葉でもあるんだよ? 心の内でだけそっとそう呟きながら、レンズ越しの澄んだまなざしをじいっとのぞき見る。
「ところで海野くん、君の目当てのお店っていうのは」
「ああ、うん。こっちの奥にあるんだけれどね」
 にこり、と穏やかに笑いかけながらダウンコート越しの腕をそっと引いてみれば、見つめ合うまなざしにはどこかぎこちなく揺らぐ戸惑いと隠しようのない高揚――その両方がうんと綺麗なマーブル模様を描いたかのような、ほのかな熱を帯びた色に染まる。
……そう焦らせないでくれよ、お店は逃げないだろう?」
「ごめんなさい。でもちょっとだけ、ね?」
 上目遣いにそう笑いかけながら、しっかと腕を組んだお似合いの恋人同士が通り過ぎていくのを横目にぼうっと眺める。
 クリスマスの起源は、イエス・キリストの生誕を祝福し、神に祈りを捧げる日。
 やがて信徒以外にも広く知れ渡ることになったそれは、一年の締めくくりを控えた頃、身近な人たちとともに、日頃の感謝と愛を伝えあう風習となった。
「楽しみだなぁ、クリスマスパーティー。今年はスキー合宿の年だもん、特別だよね。私ね、千代美ちゃんと同じ部屋になったんだよ」
「へえ、それはいいことだな。小野田くんも君がいるんなら安心だろうしな」
「みんなに氷上くんのこと教えてあげようかな? 私たちしか知らないような素敵なことがたくさんあるし」
「き、君たちはいったいなんの話をするつもりなんだい? それはその、聞き捨てならない!」
 とたんにひどく慌てた口ぶりでの返答がかぶせられると、思わず笑い出しそうになってしまうのを必死にこらえる。
 
 ねえ氷上くん、この三年間で、私は少しでも氷上くんにとっての〝大切な人〟になれたのかな?
 口には出すことの出来ない疑問をそうっと心の奥でだけ優しく唱えながら、やわらかく澄んだ光を宿した瞳をじいっと見つめる。
 私たちの高校生活最後のクリスマスまでは、あともうすこしだ。