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のから
2022-10-12 09:15:32
829文字
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月影の鎖 - text
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醜女(樹めぐ)
ノリと勢いの樹独白。
「冬浦さんほど良い女、そうはいない」
それは単なるうわさ話だ。俺がいないところでの。冬浦めぐみと共に本土に戻ってきて、それなりの時が経った。彼女の賄いの仕事もずいぶん社に馴染み、もはや名物といっても過言ではない。彼女の手料理を楽しみに仕事に勤しむ男たちも少なくないと聞く。これも単なるうわさ話だ。
(あれが、良い女に見えるのか)
樹は胸のうちで独りごちる。脳裏で彼女のことを思い浮かべる。
気は利くし、よく働く。応対自体も、控えめながら決して無愛想ではない。
何より料理は、味にうるさい兄を唸らせるほどの逸品。その手練に込められた心に、裏表なきことも、樹は知っている。
スミレの色をした長い髪、湖面のような瞳。世間一般的に、「美しい」と評しうる程度には整っている。着物に隠された胸元も、人並みより豊かなことも知っている。
(そう、見目は良いほうがいい)
外見は美しいことに越したことはないはずだ。
――
だのに。
(本当に莫迦げている)
その罵詈は誰に向けたものであろう。恋人が聞き耳を立てていることも知らず、下世話に興じる男たちにに向けたものか。
――
おのれに向けたものであるか。
かの島の一夜。月の光差す縁側。重ねられた手。
――
冬浦めぐみがいかに醜女であろうとも、あれはあの夜、俺のそばにいたのだろう。
ひとが聞けば、容姿を問わぬ愛だ、純愛だのと高踏ぶるかもしれないが、如何せんそう甘やかな類のものではない。
(我ながら、この情念《おもい》は狂っている)
藤堂樹には確信があった。
貌がいびつに歪んでいようと、髪が白茶けていようと、瘦せ衰えた老婆であろうとも。この身に抱えた虚ろを無様なほどに暴くのは、間違いなく、冬浦めぐみ一人であっただろう
――
と。
樹は薄い唇に引き攣らせ、自嘲する。
心臓のあたりを手で触れれば、衣服の裡に忍ばせた小瓶の硬い感触がした。空には、あの日と似た月が白く浮かんでいる。
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