Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
のから
2022-10-12 09:00:09
1468文字
Public
月影の鎖 - text
Clear cache
チョコレート掌編(理めぐ)
だいぶ昔のバレンタインに書きました。
「あの、冬浦さん」
呼びかけると、華奢な肩がびくりと震えた。
「いま、何を隠したんですか?」
女将をしているときなら、あんなにソツないのに。こころの動揺そのままに、碧い瞳をしきりに瞬かせている。もじもじしながら言い渋るさまは、正直、可愛らしかった。口の端が上がりそうになるのを堪えながら、俺は些か意地のわるいことを言った。
「気になって、俺、夜も眠れなくなる、かも」
麗しい眉をハの字に下げ、すっかり困り果てている。
……
好きな女性を困らせている。何がとは言わないが、ぐっと来るものがあった。
「そんな大層なものでは
……
」
「どうしても、駄目なんです?」
「そ、そんな顔、しないでください
……
」
(どんな顔をしていたんだ、俺) 思わずすみませんと謝りつつ、一歩分ほど上体を引っ込める。すると、彼女は少し慌てて、その薄い唇を微かに震わせた。
「ちょ
……
」
「ちょこ?」
「チョコレートを
……
作ってみたのですよ」
「チョコレート
……
、」
作れるものなんですか、という野暮な問いは呑み込んだ。本土ではそれなりに流通していると聞くが、残月島では未だ高級な嗜好品といって過言ではない。
冬浦さんいわく、紅市で珍しい豆『カカオ』がそう高くはない値段で売っていたので、つい手が伸びたのだという。節約家の彼女が、物珍しさで買い物をするとは。俺は内懐で感心した。
「それで、その、チョコレートが?」
「それで
……
作ってはみたのですが、思ったようには行かず
……
」
「貴女にも、作れない料理ってあるんですね」
「当たり前です」
むくれてみせる彼女の、うすく膨れた頬の愛らしさに、俺は一瞬息を詰める。
「お菓子作りって、ふだん作っている料理とは、やはり違うものですね」
そうごちる冬浦さんの声は小さく、この小ささよろしく消沈しているらしかった。
「それでも、一応、形にはなったんですよね?」
「形には
……
。ただ、味が
……
」
背中に回したきりの両手が、ようやく彼女の体の前に現れた。朱色の鮮やかな帯の前で、白い手が重なる。その手の内に包み紙がはみ出して見える。
「そんな大事に手に持ってたら、溶けちゃうでしょう」
苦笑をまじえつつ、差し出した手のひらの上に、ややくしゃっと丸まった包み紙が載せられる。これ以上意地を張るのは無理だと観念したようだった。依然、眉は下がったままだったけれど。
「
……
先日、兄の本土土産に、森長のチョコレートを貰ったのです。それが美味しくて、嬉しかったものですから」
――
不相応なのは承知ですが、私も貴方に、贈りたくなってしまったのです。
白い頬を薄く初め、淡くはにかみながら彼女が言う。鈴を転がすような美しい声で語られた彼女の心に、どきりと心音が高鳴った。
「
……
今ここで、いただいても?」
「
……
砂糖が足りてなかったみたいなんです」
「構いませんよ。十二分なくらいです。きっと」
指で慎重に包み紙を開き、現れたのは三つのチョコレートだった。大小ばらばらだが、いずれも金魚の形をしている。これもまた、冬浦さんの心遣いだろう。そっと口の中へと運ぶ。舌で転がすと、ほろ苦い芳香が口腔から鼻腔へと広がった。
胸の前でぎゅっと結ばれた白くて細い指。湖緑の瞳が俺だけを映し
――
不安げにじっと見詰めてくるさまを見るだけで、舌が甘くなってしまいそうだった。「美味しいですよ」と伝えると、彼女の表情がふわりと綻ぶ。チョコレートはいよいよ甘さを増し、のどの奥へと溶けていった。
Reaction
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.
Custom color
Reset color
広告非表示プランのご案内