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片桐
2024-12-19 23:31:45
7143文字
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【あんスタ・紅敬】風邪ひきさんに愛を込めて
ES2年目。体調が悪いときのご飯の話。
――
珍しい頼み事だと、思ってはいたんだ。
午前中の仕事が終わって、蓮巳が寮に戻ろうと移動していると、鬼龍からメッセージが来た。鬼龍は今日と明日がオフで、蓮巳は今日の仕事は午前だけだったから、特に約束をしたわけではないが午後からは一緒に過ごすかと思っていたのだ。
『旦那、今日は仕事終わったら寮に戻って来るんだろ? 買い物頼んでもいいか』
『ああ。何が欲しいんだ』
そうして指定されたのが、最寄り駅から寮までの間にある店舗の牛丼、大盛り。その買い物に、蓮巳は首を傾げた。別に、鬼龍がそういうのを食べるのは珍しいことでもないし、蓮巳だって鬼龍ほどではないけれど利用することはある。けれど、いつもなら途中まで迎えに来て一緒に買って帰るだとか、店で食べて行く、ということが多いのだ。
鬼龍は寮にいるのだろうが、何か手が離せない用事でもあるのだろうか。疑問を抱きながらも、店に入り指定通りのものを買う。一緒に食べるとも言ってなかったが、ついでに自分の昼食も買ってしまおうと、同じものを並のサイズで買った。
蓮巳はサイズの違う二つの容器が入った袋を持って、寮へと戻る。それからまっすぐ、三階の鬼龍たちの部屋へと向かった。
「鬼龍、買ってきたぞ」
チャイムを押して声を掛けると、すぐにドアが開けられた。そして、中から現れた姿に、蓮巳は顔を顰めることとなる。
「おう、悪いな、旦那。おつかい頼んじまってよ」
「貴様
……
」
袋を持ったまま、蓮巳は声を荒らげた。
「体調が悪いのなら先に言え!」
鬼龍の顔は赤く、額には熱冷ましの冷却シートが貼られている。セットされていない髪はぼさぼさで、寝間着代わりの練習着もきっちりと前が閉じられている。明らかに熱があって今まで寝ていました、という様子だ。
鬼龍は曖昧な笑みを浮かべた。持ってきた袋を受け取ろうとして、鬼龍は手を止めた。
「ん? ああ、自分のも買ってきたのか。旦那も昼飯これからだよな」
ひとまず、廊下で騒いでいるわけにもいかないのでいったん中に入ることにする。
テーブルの上に大盛りの方の容器を置いて、もう片方は袋に入れて蓮巳に返してくる。
あまり奥まで入ってくるな、と止められたので、蓮巳は袋を片手に入り口の方で立っていた。
「一緒に食いたかったけどさ、うつしたらまずいからよ。今日は部屋で食ってくれや」
「俺のことはいい。貴様、何故黙っていた」
眉間に深い皺を刻んだ蓮巳を見て、鬼龍は気まずそうに目を反らした。
「旦那は朝から仕事なのに、心配かけたら悪いだろ。このくらいなら食って寝りゃ治るって」
「とてもそんな風には見えないがな。というか、体調が悪いのに牛丼とか重くないのか」
「腹壊してるわけじゃねぇから、普通に食えるぜ。むしろ、調子悪い時はがっつり食って寝るのが一番だろ」
蓮巳はどちらかというと、体調が悪いと食欲がなくなる方なので、熱があるのにこんな風に脂の入った肉を食べるのは信じられない。逆に具合が悪くなりそうだ、と思ってしまう。
鬼龍は冷蔵庫から卵を取りだしてきて、肉の上に割り入れた。
「卵、旦那もいるか?」
「いや、いい」
卵くらい部屋の冷蔵庫にあるし、自分はそのまま食べる方が好きだ。
「あ、待て、金払ってねぇ。財布
……
」
一度座ったのに、食べ始める前にまた立ち上がろうとしたので、蓮巳はそれを手で制した。
「そんなのいつでも構わん。いいから座っていろ」
鬼龍は蓮巳の言うとおりに、大人しく座った。ふらついていたし、歩くのもしんどいのだろう。
「悪いな。必ず返すからよ」
別にそんなことは心配していない。というかこれくらいの支払いを持ってやったところで困ったりもしない。鬼龍は律儀な男だからきっちり返しに来るのだろうが。
「そもそも、いつから熱があるんだ」
「んー、いや、昨日からなんかおかしいなとは思ってたんだがよぅ
……
この前の『大運動会』で同じチームだった奴ら、昨日今日で体調崩してるの何人かいるみたいでさ
……
アレだよなぁ絶対」
大運動会というのは、鬼龍が個人で引き受けていた仕事だ。体力や運動能力、というか筋肉に自信のある若手の男性芸能人による、チーム対抗戦。アイドル、ボーイズグループ、俳優、モデル、お笑い芸人等々、多方面からの混成チームで、ESからは鬼龍と三毛縞が出演だった。
プロデューサーが、筋肉の祭典ですよ! などと興奮していたのを思い出し、蓮巳は苦い顔をする。まあ、そのような催しだ。当日は競技場での観戦があったが、編集してテレビ放送されるのは今週末なので、蓮巳は内容自体は知らない。けれど、それだけ多くの人が集まる場所で、競技者は距離も近くなるだろうし、筋肉自慢というくらいならば多少脱いだり薄着だったりとか、そうしたことは容易に想像つく。
「三毛縞はチームが違ったから大丈夫だったっぽいんだけど。はぁー、参ったよな」
「原因がわかったところでどうにもならんしな。医務室には行ったか?」
「ああ。熱があるから検査もしてもらったけど、ただの風邪っぽいし。これ食ったら薬飲んで大人しく寝るからよ」
「どれくらいあるんだ、熱は」
「さ、さんじゅうはち
……
」
言い淀む鬼龍を、蓮巳はじっと見据える。
「嘘はついていないだろうな」
「
……
てん、はち
……
」
「それはほぼ三十九だろうが!!」
動くのもしんどそうなわけだ。料理をする気力もなかったのだろう。
「はあ。俺はこのあとは寮内にいるから、何かあったらすぐに呼べ。後で様子を見にくるからな」
悪化して隠したら分かっているだろうな、と脅しを込めて軽く睨み付ける。
「わかったよ、何かあったら頼らせてもらうって。
……
でも、ほんと、食って寝てたら大丈夫だよ、俺は」
「だといいがな」
これ以上長居すべきでもないだろう。心配は心配だが、鬼龍は多少の体調不良くらいなら自分でどうにかしてしまう。母親を亡くしてからそうするしかなかった、というのもあるのだろうが、あまり弱っているところを見せたがらないし。たとえ買い物一つでも呼んでくれるようになっただけ、心を開いてくれているのだろうか、と考える。
……
そうかもしれない。以前の鬼龍なら、無理矢理にでも自分で用意するか、あるいは食べもせずに寝ていたのだろう。
本当は、こんな時くらいもっと頼って欲しい、とは思う。母親を亡くしてからの苦労は、蓮巳には想像の及ばない部分も多いけれど。誰も頼れず、一人でどうにかしてきた鬼龍のことを考えると、胸は痛む。だからといって、自分がその、代わりになれると思うほど、傲慢でもない。蓮巳がしてやれることなんて、そうそうないのだ。なにより、強引に看病をして蓮巳にうつったりしたら、その方が鬼龍は後悔するだろうから。
小さくため息をつき、蓮巳は自分の寮室へと戻った。
鬼龍の部屋にも誰もいなかったが、蓮巳の部屋も一人だけだ。紫之は学校で、氷鷹はTrickStarの泊まりの仕事で不在だ。なので衣更も不在、海外組は帰っていないし鬼龍は部屋に一人になるから、誰かにうつす心配もなく落ち着いて寝ていられるだろう。
静かな部屋で買ってきた牛丼を食べる。鬼龍と話している間に少し冷めていたけれど、温め直すのも億劫だった。
それにしても、美味しくないわけではないが、こんなに味気ないものだったか。
蓮巳が一人で食事をするならば他の店を選ぶことが多いし、こうしたものを食べる時は他の誰かと、大体は鬼龍と一緒だった。鬼龍はわりとこうしたものが好きなようで、たまに付き合ってやれば嬉しそうにしていた。
いくら大丈夫だと言われたって、心配なのはどうにもならない。何ができるわけではないのだけれど、それでも。鬼龍は言った通り、食べてまた寝るのだろうが。
昼飯は買ってきたが、晩飯はどうするのか。何か用意してやった方がいいのか。考えてみるが、蓮巳はどうにも料理は苦手だ。それでも、蓮巳が作れば鬼龍は食べてはくれるのだろうが、体調が悪いのに不出来な料理を食べさせるのは気が引ける。
……
ここは素直に、できる相手を頼るべきだろう。
そう考え、蓮巳はメッセージを送信した。
備品の補充や伝票の整理、ついでに寮監室の掃除などをしていると、既に陽も傾いていた。この時期は暗くなるのが早い。そろそろ仕事や学校から戻ってくるアイドルたちが増える時間だ。
蓮巳は共有ルームで本を読みながら時間を潰していた。昼にメッセージを送信したあとしばらくして、仕事終わりの神崎と連絡が取れたのでここで待っていたのだ。
「蓮巳殿!」
神崎と、それから乙狩がこちらに近づいてくる。神崎の手には鬼龍お手製のエコバッグ、乙狩の方はスーパーかどこかの商店の袋を持っている。
「ああ、おかえり二人とも。すまないな、用事を頼んでしまって」
「鬼龍殿の大事とあれば我も他人事ではない。むしろ、頼ってもらえて嬉しいのだ。我にできることならなんでも申しつけてほしい!」
神崎と乙狩は二人で一緒に撮影の仕事だった。その後はあいていたはずだったので、蓮巳が呼び出さなければ二人で遊びに行くなりできたのだろうが。
料理ができる人は他にもいるし、買ってくることもできるのに呼び出すのは申し訳なさもあったが、鬼龍のことで神崎に話を通さずに他を頼るのは違うと思ったのだ。もちろん、都合がつかないのなら次の手段を考えたけれど。
「鬼龍殿の容態はいかがであろうか」
「かなり熱があるようだったから、今はまだ寝ているんじゃないか」
少し前にメッセージを送ってみたが、既読もつかなかった。夕飯の支度をしているうちに起きるだろうかとそれ以上の連絡はやめておいた。
話が途切れたところで、乙狩が持っていた袋を差し出してきた。
「風邪を引いた時には肉がいい。鬼龍先輩にはいつも世話になっているからな。いい肉を用意した」
「肉
……
」
予想通りといえば予想通りなのだが、取りだしてみれば、綺麗に脂ののった牛肉だった。美味しそうではあるが、病人が食べるものなのか。いや、牛丼を希望して食べていた鬼龍ならばいいのだろうか。
蓮巳が考え込んでいると、乙狩が不安そうに顔を曇らせた。
「違う肉の方がよかっただろうか?」
「いや、昼は牛丼を食べていたし、鬼龍は喜ぶんじゃないか。ありがとう、乙狩」
なんであれ、鬼龍は後輩の気持ちを無碍にしたりはしない。よほど調子が悪化しているようなことがなければ、食べてくれるだろう。
「しかし俺は体調が悪い時にはあまり重いものは食べたくないのだが、俺が少数派なのか?」
「我も、あっさりしたものの方がと思うが
……
人それぞれ、であるな」
蓮巳が熱を出した時にはお粥やゼリーなどを食べていたのだが。
それはさておき、買ってきたものを共有キッチンへ持って行く。
冷蔵庫にしまうものはしまって、使うものを並べていると、何やら野菜の入った籠を抱えた椎名が来た。
「こんちゃ~っす! これからみんなで料理っすか?」
「いや、作るのは神崎だ。俺たちは邪魔にならない所にいよう」
蓮巳と乙狩は、調理場から少し離れた所に移動する。
「椎名殿、隣を借りるのである」
「神崎くんは何を作るんっすか?」
「鬼龍殿が高熱を出して寝込んでおられるというので、肉うどんでも作ろうかと」
話しながらも神崎と椎名の二人は手を動かしている。
「それは大変っすね~。でも、美味しいもの食べて寝れば風邪なんてすぐ治るっすよ! 生姜を効かせて甘辛く煮た肉に、卵とねぎも入れて~、麺を食べたらご飯を入れてもいいっすね」
「さては椎名も食べて治す派か」
「食欲がない人向けの料理もちゃんと作れるっすよ。でも鬼龍くんは僕と同じで食べて治す派だって、この前のお泊まりレジャー隊の時に言ってたんで」
それから椎名が持ってきた籠を指差して、満面の笑みを見せた。
「いっぱいもらった旬の野菜を天ぷらにするんで、おすそ分けするっす!」
「おお、かたじけない。ではこちらは、椎名殿の分も肉うどんを用意しよう。せっかくだから我らも夕餉に頂こうかと。病人のためだけの料理ではないしな」
雑談しながら料理をしている様子を、蓮巳は時折会話に混ざりながらも邪魔にならないように見ていた。乙狩も興味深そうに二人のことを見ている。普段から料理をしている二人は手際がいい、迷いなく作業を進めている。
自分には決して真似できない。二人が今までに時間を費やしてきた成果だ。見様見真似でできるほど甘くはないだろう。役に立てないのが悔しくもあるが、食器を用意する程度の手伝いはできる。手伝える範囲で乙狩と一緒に手伝い、夕食の支度をした。
用意してもらった食事を、トレイに載せて慎重に運ぶ。できあがる直前にメッセージを送ったら、起きていたようだったからそのまま持って行くことにしたのだ。
一人用の小さな鍋の中には、神崎が出汁をとって作った卵入りのうどん。甘辛く煮た牛肉は別の皿に盛り付けてある。椎名作の天ぷらは、れんこん、春菊、かぼちゃの冬野菜と、海老だ。それから塩おにぎりと、カットしたりんごの皿もある。結構な量だし重さもあるので、運ぶのに気を抜けない。
それにしても胃に重くないだろうか。うどん以外には軽くラップをかけているので、食べなければ冷蔵庫にしまえる。すぐに悪くなるようなものでもないし、食べられそうな物を選んで食べればいい、という形にしたけれど。
「鬼龍、食事を持ってきた」
蓮巳が呼び出すと、鬼龍はドアを開けてくれた。
「調子はどうだ」
「ん、薬が効いたのかさっきよりは熱も下がったよ」
それでもまだ顔は赤い。ただ、先ほどよりは動くのも辛くなさそうだった。
テーブルに、持ってきたものを置く。並べられたものを見て、鬼龍は目を瞬かせた。
「おお
……
なんかすげぇ豪華だな。どうしたんだよこれ」
「神崎が作ってくれたうどんと、肉を煮たやつ、あとは椎名が作っていた天ぷらだ。肉は、乙狩が差し入れてくれた」
「そうかよ、ありがてぇな」
りんごは寮の冷蔵庫に入っていたものを、神崎がカットした。
鬼龍はふと塩おにぎりに視線を向け、それから蓮巳の顔を見上げた。
「このおにぎり、旦那が作ってくれたんだろ?」
その言葉に、蓮巳の方が驚く。
「何故わかった。不格好だったか?」
自分では普通だと思っていたが、料理上手な二人の作ったものと並べられては、見劣りするレベルだったのかもしれない。鬼龍も料理をする側だから、わかるのだろうか。
「んなことねぇよ。でも、さっき言わなかったから」
確かに、自分が作ったと主張するほどでもないが、神崎か椎名が作っていたものなら、きちんと話していただろう。そんなことで気づかれると思わなかったけれど。
「一応、おまえが何をどれだけ食べられるか、わからなかったからな。どうとでもできるように小分けにしたんだ。本当は肉うどんだったんだが、肉が重ければうどんだけで食べてもいいし、米と食べてもいいだろうし。だから、もし食べられそうになければ冷蔵庫に入れておけ」
「そうか。みんなで色々気を回してくれたんだな。大丈夫、これくらいなら食えると思うぜ」
すげぇ美味そうだし。と、嬉しそうな鬼龍の顔を見て、蓮巳は目を細めた。食べるのを傍で見ていたい気持ちはあるが、長居するわけにもいかない。
「俺は下で食事をとるから、もう戻るぞ。食器は後で下げに来る。寝るのだったら、ドアの前に置いていてくれてもかまわない。洗うのも俺がやるから気にせず置いておけ」
「ん、ありがとうな、なにからなにまで」
「大したことはしていない。この料理も俺は運んだだけだしな」
「そうやって気にしてくれるのが一番嬉しいんだよ。寝てても誰かが飯を用意してくれるなんて、そうそうねぇからな」
「みんな、おまえが心配なんだろう。治ったら礼を言っておけ」
「そうする」
どうにも離れがたいが、下ではみんなが待っているのだ、そろそろ戻らなければ。
そう伝えようとしたところで、不意に名前を呼ばれた。
「蓮巳」
鬼龍はじっと、こちらを見つめている。
「なんだ? まだ何かあるのか」
「いやー、抱きしめてキスしたかったなーって」
「なぜそうなる」
蓮巳が眉を顰めると、鬼龍は笑った。
「しねぇよ、しねぇけど。風邪うつしたら困るしな。これ食ったら、薬飲んでシャワー浴びてまた寝るよ。
……
流石に汗かいてるからべたべたする」
蓮巳は、笑いながらそんなことを言う鬼龍に近づくと、額にかかっていた前髪を撫で上げた。それから、今は何も貼られていない額に、唇を寄せる。確かに汗ばんでいて、いつもより熱かった。
「な、
……
いや、汗かいてるって言ったろ」
「それくらいなんだ。今更気にするか」
大体、汗どころじゃなく、もっと色々と触れているのに今更だ。
……
流石にそれは言葉にはせず飲み込んだけれど。
「
……
元気になったら、いくらでもしてかまわないから」
「そりゃ、早く治すしかねぇな」
少しぼさぼさの髪を撫でるように軽く梳いて、それから手を離す。
「ん。また、な」
小さく手を振ってくるのを背に、今度こそ部屋を出た。
……
これ以上ここに居たら、風邪じゃなくても顔が熱くなってしまいそうだったから。一階に戻るまでには、廊下の冷えた温度が冷ましてくれるだろうけれど。
気恥ずかしさとほんの少しの寂しさを覚えながら、蓮巳はキッチンへと急いだ。
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