珠穂
2024-12-18 22:20:31
3778文字
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悪魔と賢者の贈り物

エセ童話風の語り口のアラチャクリスマス小話。



「アラスター! おかえりなさい! はい、これ」
 ホテルに帰ってくるなり、アラスターの胸元に虹色の包みが差し出されました。ラウンジで待ち構えていたらしいチャーリーが、目の前でにっこりと笑っています。一抱えほどもあるその包みを思わず受け取って、アラスターは首をひねりました。大きさの割に、それはずいぶんと軽かったのです。目の前で飛び跳ねんばかりにはしゃいでいるお姫様を見下ろして、アラスターは尋ねました。
……これは?」
「クリスマスプレゼントよ! 開けてみて!」
 そういえばそんな季節だったな、とアラスターは目をぱちぱちさせて考えます。アラスターがいつもお昼に放送しているラジオ番組でも、ホリデーシーズンに合わせた話題はいくつも取り上げていたのに、さて、それが自分に関係のあることだとは、このがちゃがちゃした色合いの包み紙を見るまでちっとも考えていなかったのでした。
 さあさあ、と促されて、アラスターはその包みを開きます。とたんに溢れ出たものの色合いといったら! 淡い桃色・水色・黄色のパステルカラーがまだらになったそれは、まるで天使の見る夢のようでした。引っ張り出してみると細長いそれは手触りも柔らかで、天国の綿雲のようにふわふわとしています。
 少しの間、アラスターはびっくりして声も出せませんでした。自分では決してこの色合いは選ばないだろう、と考えるにつけても、何と言ったらよいのか分からなかったのです。仕方なしに、アラスターはさっきと同じ言葉を繰り返しました。
…………これは?」
「マフラーよ! 最近とっても寒いもの。どうせプレゼントするなら実用的なものの方が嬉しいんじゃないかと思って……
 元気よく話していたチャーリーは、そこではっと何かに気がついたように言いさしました。困ったように眉を下げて、そっとアラスターの顔を覗きこみます。
「もしかして、アラスターってマフラーが苦手だったりする? つけてるところ、一回も見たことないわ」
「そうですね……今まで特に必要性を感じたことはありませんが」
 そう言いながら、なんとはなしに首元に手をやって、そうではないな、とアラスターは気がつきました。おそらく、自分でもそれと意識しないうちに避けていたのです。地獄に堕ちてから、いいえ、あの忌々しい契約によってこの首が繋がれてから。
 自由を手放し、代わりにと寄こされたのが、あの不格好な首輪でした。それ以来、どうも首に何かを付けることに抵抗を感じていたようだ、と思い当たって、アラスターは小さな苛立ちを感じました。
 それを紛らわせるように、つらつらと言い訳を並べます。
「生前は暖かいところに暮らしていましたので、慣れていなくて。それに何となくちくちくするでしょう、マフラーって」
「それなら、きっと大丈夫だと思うわ。天国ヒツジの毛糸を取り寄せて編んでみたの。軽いし、あったかいし、それにとろけるくらいふわふわだし」
 ね、と期待に輝く瞳が向けられます。どうやらチャーリーは、この場でアラスターにマフラーをつけてもらいたがっているようでした。ううむ、と心の中だけでアラスターはうなりました。どう考えても、自分にはこのマフラーは似合わないように思ったからです。ですが、きらきらと目を輝かせているお姫様は、アラスターがマフラーを身につけるまで、いつまでもこのまま待っていそうです。
 やれやれ、と小さく肩をすくめて、アラスターはそのふわふわしたパステルカラーのマフラーを首に巻いてみました。身につけてみれば、さすが天国ヒツジの毛糸を編んだものだけあって、チャーリーの言う通り柔らかくどこにも引っかかることなく、しかも羽根のように軽いのです。
 暖かいです、とアラスターが呟くと、ぱっと花が開くように笑顔がこぼれました。
「ありがとうございます、チャーリー。何かお返しをしなくてはいけませんね」
 マフラーに口元をうずめながらアラスターがそう言うと、チャーリーは飛び上がって大げさに手を振りました。
「そんな! 気にしないで、わたしが一人で勝手に、みんなにプレゼントしたくて作っただけなんだから」
 その言葉を聞いて、アラスターの目元がひくりと動きました。「みんな」という言葉が、どうにも気に入らなかったのです。ですがチャーリーはそんなことにはちっとも気がつかない様子で、やっぱりその色にして正解だったわ、顔色が明るく見えるもの、とにこにこして頷いています。
 そういう訳にもいきません、とアラスターは一つ首を振って、「そういえば」と何かを思い出したように身を乗り出しました。
「チャーリー。貴女、『賢者の贈り物』という話を知っていますか?」
 突然の問いかけに、チャーリーは首を傾げました。パステルカラーのマフラーに半ば隠された悪魔の顔を見上げて、聞き返します。
「いいえ、知らないわ。どんなお話なの?」
「人間の貧しい夫婦が、お互いにクリスマスプレゼントを用意するために、自分の大切にしているものを手放す話です。夫は父親から受け継いだ懐中時計を売って妻にべっこうの櫛を買い、妻は自分の美しい長い髪を売って夫の懐中時計につける鎖を買いました。二人の贈り物はどちらも無駄になってしまったけれど、二人の振る舞いこそが賢者のありようなのだ、という教訓話なのですよ」
 ラジオ・スターのつやつやした声が、歌うように物語を紡ぎます。それに真剣に耳を傾けていたチャーリーは、聞き終えるなり目をうるませて声を上げました。
「なんて素敵なの! お互いを思いやる気持ちが一番のプレゼントだったってことなのね。それってすっごく美しいお話だわ」
 チャーリーが噛み締めるようにそう言うと、アラスターも大きくうなずいて、ふわふわのマフラーの向こうでいつも通りの貼り付けたような笑みを浮かべます。
「貴女も共感するようですね、自分の最も大切なものを手放して、相手のために贈り物を用意する献身に」
「ええ、もちろんよ」
 でしたら、とアラスターが被せるように言いました。アラスターの声は普段からざらざらしたノイズが乗っているのですが、この時の声は、普段よりもずっと大きなノイズが響いたのです。それにびっくりして目を見開いたチャーリーに、アラスターはぐっと顔を近づけます。
「私も、貴女の“献身”にぴったりな贈り物を用意してあげられるのですが、いかがでしょう?」
 きゅう、と口元を引き上げて、ますます笑みを深くしながら、アラスターはチャーリーの喉元に長い指先を向けました。
……そう、貴女のここに、よく似合うものを、ね」
 白い肌に触れそうで触れないぎりぎりのところを、鋭い爪がなぞるように動きます。知らず知らずのうちに、チャーリーは身体をかたく強張らせていました。緊張のあまり、こくりと喉が動きます。
「あー……アラスター? わたし、わかっちゃったかも。その、あなたが贈ろうとしているもの……
「ほう? それで? 貴女はそれを受け取ってくれますか、マイディア?」
 チャーリーが何か返事をする前に、悪魔の真っ赤な爪の先がついにチャーリーの首筋に押し当てられました。チャーリーは思わずぎゅっと目をつむります。
 その瞬間、チャーリーはふわりと肩にかかる重みと暖かさを感じました。それと一緒に、コーヒーの香ばしい香りと、干し草のような野生の生き物の香りが立ちのぼります。
 おそるおそる目を開けてみると、チャーリーの肩には暖かそうな真っ赤なストールが巻き付いていました。見上げると、アラスターは少し意地の悪いような笑みを浮かべて、チャーリーの顔を覗き込んでいます。
「どうしたんです、不思議そうな顔をして。慣れない編み物などして、血の巡りが悪くなっているようでしたから。首回りを温めれば少しは楽になるでしょう。貴女のことだ、どうせ作業に没頭して、ろくに寝てもいないんでしょう? ……これは貴女のその献身にふさわしい贈り物だと思うのですが、いかがですか?」
「アラスター!」
 チャーリーは飛び上がって叫びました。その瞳はもとの通り、明けの明星のようにきらきらと輝いています。
「ごめんなさい、わたし、勘違いしてたみたい。あなたからこんな素敵なプレゼントを貰えるなんて、すっごく嬉しいわ! ううん、プレゼントよりももっと、あなたのその思いやりが嬉しいの……!」
 アラスターは頷いて、ずれてしまったストールをうやうやしい手つきでかきよせ、チャーリーの喉元を優しく包みました。感極まったように目をうるませるチャーリーを見下ろして、アラスターは笑みを浮かべます。それはいつもの貼り付けたような笑みよりも、もっとずっと恐ろしい、悪魔の笑顔でした。心根が誰よりも真っ直ぐなお姫様を見つめながら、この地獄いち恐ろしい悪魔はこんなふうに考えていたのです。
 私を警戒するのは結構。けれど、私と貴女は既に契約を済ませているのです。しかるべき時が来れば、貴女の献身と、私にとって最も価値のある贈り物とを、きっと頂きますからね。
 ラジオデーモンの浮かべた恐ろしい笑みは、しかし綿雲のようなマフラーにすっかりうずもれていたために、チャーリーの目には少しも入らなかったのでした。