溶けかけ。
2024-12-18 00:13:36
826文字
Public ほぼ日刊
 

鏡花水月

鏡の破片で髪の毛を切るフリーナのお話。


「フリーナ!」
 ヌヴィレットがフリーナに駆け寄り、腕を掴む。その手には彼女の血で赤く染まった鏡の破片を握っている。
「何をしている……!」
「やあ、ヌヴィレット……何って、髪を切るんだよ?」
「何故……
「神様じゃなくなったからね!」
 割れた破片を小さな手からもぎ取り、投げ捨てる。カシャンと軽い音がして、破片はばらばらに砕け散った。
「ああ! まだ切り途中だったのに!」
 フリーナの髪は疎らに切られ、長いところも短いところもあった。ヌヴィレットの足が何かを踏んだ。──それは青みを帯びた銀の髪だった。
…………!」
 思わず一歩後退れば、ぐちゃり、と足の下から湿った音がした。足下に視線を移す。青いカーペットはフリーナを中心に赤黒く染まっていた。ひくっとヌヴィレットの喉から引き攣った音がする。赤い花の中心で花のように笑うフリーナ。ヌヴィレットの鼻を突く、吐き気を催すほどの鉄の匂い。
「ヌヴィレット? どうかした……
 反射的にフリーナの手を振り払う。ぬるりとした感触がした。
「ヌヴィ……
 フリーナの体が傾き、伸ばした手はそのままに赤の中へと倒れ込む。
「フリーナ……!」
 ヌヴィレットがフリーナを抱きかかえる。服が血を吸って重くなっていくのも気にならず、血の海の中で何度も名前を呼んだ。シグウィンが到着し、リオセスリに押さえつけられるまで、彼はフリーナを手放さなかった。

「おはよう、フリーナ殿」
 カーテンを束ね、窓を少しだけ開ける。薄っすらと舞った埃を見て、少し掃除をしようか、と考えながらベッドに眠るフリーナに近づく。辛うじて一命を取り留めた彼女は、しかし、処置が遅れたせいか、こうして眠り続けている。
 五百年間踊り続けたのだ。彼女にも休息が必要だ。
「おやすみ、フリーナ殿。良い夢を」
 すっかり痩せ細ってしまった手を取り、指先にキスを落とす。どうか、彼女の眠りが穏やかなものであるようにと願いを込めて。