ortensia
2024-11-06 03:09:03
3176文字
Public その他
 

めじゃなくてみみ

しほさんの深海少女とAZKiさんの海の幽霊が好きだなって思いました。

神出鬼没の一人称を漢字表記にしてしまったが、今のほうが文に合ってると、今は思う。

 本人曰く、思いっきり歌っていても誰にもそれに気付かれることなく、一曲丸々どころか何曲でも歌っていられるらしい。
 確かに透明感のある歌声だとは思う。けれどそれは目に映らないかのように耳に入らないのではなく、褒め言葉として使われる言葉に違いない。
 彼だってそうだ。当然。
 何故ならば、誰がどんな声を発したって、それは視覚的なものでは一切無いのだから、全て等しく無色透明に他ならない。
 にもかかわらず、その歌声は、音は、そうではない。
 その歌声は、誰の耳障りにもならない程自然と馴染む、まるで波音そのものかのような声だ。聴く側に何か異常がるのではなく、確かに聴覚に聞こえてはいるのに、誰かが歌う声としては認識されない、誰にとっても、まるでそこに歌声など存在しないかのように、自然と耳馴染む、そんなの、ある種の才能に他ならない。

 だからこそ、その人魚はこれまで誰にも見付かることなく、僕が見付けたのだ。

 恵まれた環境に生まれた。荒波など知らぬかのような、常に洗礼された音だけを耳に聴かされ、耳障りの良いものとして選別されたものだけを与えられて来た。
 代わりにこちらも騒音雑音を立てることは許されず、自分の発する音や言葉に選択肢は無い。
 心地の良い音を自ら選り分けて得ることは叶わず、常に知ったお決まりの音ばかりが溢れて、自分にとっては嵐でしかなかった。陸地にいるのに、常に息に喘いでいるようだった。
 だから、どういうわけか気まぐれのように潮風に運ばれて耳に聴こえて来たその音を、その歌声だけはどうしても手放し難かった。どうしても手繰り寄せたかった。いつでも手の届く、耳に届くようにしておきたかった。離れていても届いた歌声だったからこそ。
 いつもわざわざ耳障り良く加工処理された音ばかり聞かされて来たからその歌声を拾えたのかも知れない。
 生まれた環境だけでは騒音雑音とでしか扱われない、波音のような、そこに混入した不協和音のような、ただの環境音。だけど生まれた環境で散々聞かされて来たそれらこそを不協和音に感じてしまっていた自分には、まるで耳を癒すかのような音だった。求めていたのはこれだと思った、知ってしまった。それを、自分を慰めるために潮風が届けてくれた歌であるかのように錯覚すらした。そんなことすら気にしない歌声であったのに。
 だから初めにあの音を耳に入れた感動を忘れはしない、人になんの印象も残さない自然な歌声であるにもかかわらず、だからこそ自分の耳に入ることなど何も気にもしていないかのようなあの音を、忘れることなど出来やしない。わざわざご機嫌窺いなどする気の一切ない、いっそ無作法な迄の歌が、人の気なんて知らない声が。それにようやっと巡り会えた心地だった。
 寧ろ無意識に必要とするあまり、自分はそう誘い込まれたのかも知れない。けれどそれでも今更それなしでは息が出来なくて溺れてしまいそう、泡となって溶け消えることすら許されていない身なのに。
 なのに本人曰く、自分の歌声なんて波音と潮風に溶け消える程度のものだと言う。
 苛立ちと安堵。だからこそ自分だけはこの声を見付けられたのだという、安堵。
 奇跡的な歌でもなんでもない、花を散らすことすら出来るのか怪しい囁きのような幽かな声。しかしそれがきちんと風を香らせる歌声として、こちらの耳に潮風の匂いを染み付かせる。
「お前がどんなにその、わざとらしく耳障りを気にした言葉を尽くしても、俺は今迄だって好きに歌って、それを誰にも文句付けられずにやって来たんだ。これからも勝手にさせて貰う。つーかなんだお前、立ち退きの要請かと思えばそうじゃねえし、ほっとけよ。」
「その歌声をもっと大勢の人に聴かせて気に掛けて欲しいとは思わないのか。お前のその、誰の耳も煩わせない声には価値がある。宝を持ち腐れさせるな、僕なら最も効果的にお前を有効活用出来る。」
 こちらの声など本当に意に介していない様子で、また気まぐれに好き勝手歌い出す人魚。本人ばかりが持つ希少な声を、本人ばかりがそれを意に介さず勿体無くも無闇矢鱈に垂れ流している。
「だいたい、お前みたいなお坊っちゃんが俺の歌ってた、アニソンを聞いて、釣られて来るなんて。ウケる。」
「歌う歌は選ばせて遣る。歌う場所を、僕の指定の場所にしろ。僕と共に来い。」
「自分が釣られた腹いせに、俺を釣ろうってのか。お前が自分でオペラでも歌えば良い。どうせお前歌えるんだろう。それこそ、アニソンでもなんでも。」
「腹いせじゃない。お前のその幻の声が貴重なんだ。」
「俺は自分ではそうは思わない。」
 思うように行かない。しかしそれを面白く感じる。打てば響くように返る言葉の応酬に乗る、この声のせいだろうか。いつ迄聞いていても飽きない。例え内容が釣れないものであっても。いつ迄聞いていても飽きない。
「お前が俺の所に通うのなんて、海の目が黒いうちは、きっと地上のヤツらが許さないだろ。お前はラノベに出て来るような屋上とか、そのもっと上の宇宙とか、……兎に角海を出た所で、空高く飛んでるのがお似合いなんじゃねえの。」
 皮肉げでいて、目を開けるのも億劫そうに笑っているのに、その反面、海に差し込んだ一筋の光を、酷くあどけなく不思議がっているようだった。ただの反射光かも知れないが、その目は思いがけず自然光を放ちながら歌う。そのどことなくやる気のない瞼が、例えきちんと開け放たれても、きっとこちらが道標に置いた椅子に、思い通りに大人しく座っていてくれることはないのだろう。ねじれた道でもなんでも、好きな潮風に乗って、さっさと泳いで行ってしまう。
 にもかかわらず、自分がいたい場所には、こうして居座る。だからここに来れば、この人魚に会える。この晴れた空の下、屋上ではないけれど、砂浜で。
「お前は人魚の身分でどうやってアニソンを知った。」
……海の家とか。ラジオとか。」
 人魚は珍しいことに少し間を置いて答えた。
 それに対してこちらも考えて言葉を選ぶ。初めてだ、こんなふうに言葉を選ぶことを厭わないなんて。
……お前は自分が歌う歌を、他にももっと知りたいんじゃないのか?他の歌を、もっと知りたいんじゃないのか?」
 人魚がこちらをじっと見た。透明な歌声に反してその目は雄弁で、露骨な不快感をこちらに届けて来る。益々面白い。
「ならば。お前が望む歌を、お前が望むだけ与えて遣る。僕と共に来い。」
 自分が歌うことより、歌を聞くことを望むか。面白い。
 人魚はこちらを睨み付けた視線を、まるでその儘音にしたかような声を、こちらに向けて発した。
……アニソンだけじゃなく、アニメそのものも見たいんだが。」
「良いだろう。」
……劇場版のアニメ映画も見てみたいんだが?」
「良いだろう。」
「原作マンガとか!ラノベとかも読みたいんだが!?」
「良いだろう。」
 身を捩って逃げようとする相手は、尚も言い募る。
「お前、俺が嘘ついて歌わないとか、考えないのかよ。」
「嘘なら看破して、その僕の勝利に、お前に歌って貰おうか。」
 忌々しげな目を吊り上げた儘、しかし口は皮肉げな笑みを浮かべ、人魚は尾鰭で海面を打った。
「良いぜ。」
 自分にとって勝利とは、必ず手に入れなければならないもの、得て当然。
 しかしその筈の勝利に、どうしてだか思わずこちらも笑みが浮かぶ。
……もし俺が歌ってたのが深海だったら、お前は俺を見付けずに済んだのかもな。」
「その可能性は断じて無い。例えお前がわざわざ沈んで行ったとしても、僕の目からは逃れられないよ。」
 僕は全てに勝利する存在。だからこの幻の人魚も、自分だけの戦利品だ。

 めでたし、めでたし。


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いつもリアクション絵文字等ありがとうございます。