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青海かなえ
2024-12-17 00:16:00
1381文字
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その他
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くちなしの種五つ
的場さんと夏目の話
「封筒に入っていたのは、小さな紙切れ一枚でした」
まるで推理小説のワンシーンのようだ、と夏目は思った。夏目が的場に肩を叩かれたのは、下校中のことだった。予定を聞かれ、馬鹿正直にないと答えてしまい、いかにもな車に連れ込まれた。明らかに誘拐だ。名取にしろ、的場にしろ、どうしてこうも強引なのだろうか。人の理が通じないものを相手にしていると自然とそうなるかもしれない。的場家に連れていかれると思ったが、実際に車をつけたのは町外れの喫茶店だった。的場に促され頼んだチーズケーキを待つ間、実は封筒が届いたんです、と的場が口を開いた。動揺する夏目を傍目に、的場は懐から小さな白い封筒をテーブルの上に置いた。
「小さな紙切れ?」
「あとよくわからない種が五つ入ってました」
的場はジップロックを取り出し、テーブルに置いた。大きさは違うが、おそらく同じ種類の種が五つ入っていた。
「洒落がきいてて嫌いではないんですが、不穏ですよね」
「洒落?」
「あれ? 知りませんか? オレンジの種を五つ送られて殺された男の小説があるんですよ」
「それは
……
洒落なんですか?」
「愉快ではあるでしょう?」
「
……
その紙切れには、なんと?」
「何にも」
「白紙、ということですか?」
「はい」
夏目は封筒を手に取り、中に入った小さな紙を取り出した。
「何か見えますか?」
「申し訳ないですが
……
」
夏目は、表裏ひっくり返してみたが、紙には文字どころかシミひとつなかった。的場が、夏目の様子を観察している。髪を数度ひっくり返したいると、濃く甘い香りが夏目の鼻腔をくすぐった。
「におい」
「
……
ほう?」
「薔薇? いや、くちなし
……
? お香のような甘い花の香りがします」
夏目は、ほら、と的場に紙切れを差し出した。的場は紙切れに鼻を近づけた。
「いや
……
しませんね」
「
……
気のせいでしょうか」
「いや
……
いや
……
なるほど」
君はやっぱり使えるなあ。的場がぼそりと独り言のように呟いた。え?と夏目が問う前に、的場が目を閉じてなにか唱え始める。ああ、祓い屋が使う術だ、と夏目が気づいたと同時に甲高い女性のつんざくような悲鳴が、警報のように喫茶店に響き渡った。夏目は反射的に耳を塞いだ。視界の端で、的場の口角が上がっているのが、どうしようもなく恐ろしかった。最後にはノイズがぶつぶつと切れるように悲鳴が止み、夏目がおそるおそる顔を上げると、店員がテーブルの横に立っていた。
「お待たせいたしました。チーズケーキと紅茶をお持ちしました」
「ああ、ありがとうございます」
的場は平然と礼を言った。店員は夏目の目の前に、チーズケーキと紅茶を置き、キッチンに下がった。先ほど響き渡った悲鳴は、自分だけが聞いた幻聴ではないかと思えるほど、何事もなかったような店内に眩暈がした。
「今回のお礼です」
先ほどの紙は、もうどこにも見当たらなかった。種も、忽然と姿を消していた。初めからすべて何もなかったようだった。悲鳴の主は誰なのだろうか。問おうにも、的場の微笑みはおそろしい。目の前の物をさっさと平らげ、一刻も早くあたたかな家に帰りたかった。夏目は、紅茶がなみなみと注がれた陶磁器のカップに口をつけたと同時に、心臓が波打った。アールグレイの茶葉の香気に混ざって、微かにくちなしの香りがした。
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