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何某
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花国
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相縒れ
花国だってちゃんと喧嘩するよねって話
これ?姉ちゃんのお下がり。小3のときに貰ったんだよ。
漫画雑誌の付録っぽいんだけど、結構かわいいっしょ?
……
うん。まあ高3男子が持つような柄じゃねえよなあ。わかる。でもわりと便利なんだぜ、このポーチ。
妹が生まれた時にさ、ちょうど女の子だしあげよっかなーって思ったんだけど、姉ちゃんに「それは貴大にあげたの!」ってすげえ怒られてさあ。それから何となく持ち歩いてんだよね。
中身?
……
中身なあ
……
うーん。笑わねえ?
……
ほんとに?
じゃあ国見にだけな。他の奴らに言うなよ?特に3年な。あいつら絶対ぇ集りにくるから。
じゃーん。中身はお菓子でした。うはは。
なに、意外だった?俺だってなあ、日々たくさん頭つかって生きてるわけですよ。適度な糖分ってのは必要なわけ。お前もそう思うべ?
……
おい、俺のおつむが心配ですみたいな顔すんな。これでも成績は真ん中キープしてますう。いやいや、青城で真ん中キープってのも結構大変なもんだぞ?学年が上がってくと周りも本気出してくるからさあ。ま、俺らん中で松川がいちばん成績いいのは間違いねえけど。
え、おまえ学年20位以内なの?まじで?毎回?すっげえじゃん!
…
………
………………
そんな話からどうしてケンカに発展したんだっけ、と意識が飛んでいく。売り言葉に買い言葉だったことは覚えているが、果たしてそれが1週間、最低限以上の会話も接触もない時間を生み出すとは思っていなかった。
その相手は今、俺に抱きついて胸元から顔を上げずにじっと固まっている。どちらが年下かわかったもんじゃないくらい、花巻さんは小さな子どものように縋っていた。
「あの、花巻さん」
「
………
」
「俺、怒ってないです」
「
………
」
さてどうしたものかと頭を捻る。かれこれ15分以上こうして、花巻さんは閉口を貫いたままでいる。
「花巻さん」
「
………
」
「ねえ」
ちゃんと抱きしめられる方がいいんですけど、とはなんとなく云えなかった。背中を両手でがっちり捕まえられて、力はこもっているが怒っているような力加減じゃない。何を言えば解放してくれるのか、飛び回っている感情のどれを伝えればこの人が抱きしめてくれるのか、そればかりをどうにかしようとして、広い背を撫でたりあやすように叩いたりしていた。
呼吸とともに上下する背中に合わせて呼吸をしてみる。ぎゅぅ、と音がしそうなほど強くシャツを握られた感覚がした。花巻さんが動く。体温がずれる。触れ合っていたせいで暖かくなっていた場所がゆっくりと冷えていくのが分かる。これ以上離れるのはやだな。そんな風に思った。
「
………
った、
……
」
「え?」
「こわかった
……
」
「
………
花巻さん?」
「お前と全然喋れねえの、すっげえ怖かった」
「
………
なんで?」
どうして。そう思うのは本心だった。たった1週間、されど1週間。まるで健全な先輩と後輩で過ごしていた。言うなれば恋人同士になる前の、俺が初めて青葉城西高校の門をくぐった頃の、あの距離に戻っていた。
この1週間、俺だって不安にならなかったわけじゃない。2日目までは面倒なことになったなあと思うだけだった。3日も過ぎればいよいよマズいのではと思いもした。4日目になれば彼が卒業するまでこのままなのだろうかという恐怖が過ぎった。5日目は初めて足が竦んだ。6日目にはもう、諦めさえその裾端をみせかけていた。7日目、月曜休の今日。表向きは部活休みだが、自主練を禁止されているわけではない。自宅に戻ってもどうせボールには触っているのだろうからと、入部して初めて自主練でもして行こうと金田一の後ろに着いて部室棟を目指し校舎横を歩いていた時だった。
───わりぃ金田一、国見借りてく。
そう言って後ろから俺の腕を引いた花巻さんは、一度もこちらを振り返ることなく街中を抜け、いくつもの角を曲がり、住宅街を進んで、その中の一軒家に俺を押し込んだ。ここが花巻さんの家だと分かったのは、玄関で「上がって」とどこか揺らぎ続けた目つきに靴を脱ぐことを指示されたからだ。
2階に上がって3部屋あるうちの、一番奥。花巻さんの自室はそこだった。部屋に引き入れられても借りてきた猫のように立ち尽くすばかりだった俺に、花巻さんは「荷物おろしな」と単調に言った。まあ寛いでけよ、なんて意味じゃないことは俺にもわかっていた。
言われた通り部屋の隅に荷物を降ろさせてもらうと、花巻さんは何も言わないまま俺の右手を掴んだ。抵抗する理由もなかったし、何を言えばいいのかも分からなくて、ずっとされるがままになっていた。詰められまくって怒鳴られるか殴られるか、はたまた手酷く抱かれて捨てられるか、何にしろ明日からの練習に響くほど痛いのは勘弁してほしいなと思ったけれど、花巻さんはやっぱり何も言わなかった。薄く痺れはじめた小指を少しだけ動かしたとき、花巻さんは口を閉ざして、でも沈痛な面持ちのまま、ほとんどタックルするみたいに俺に縋り付いてきた。
身長差がそれほど無いとはいえ、あまりに練習量の違う体をずっと支えているのもしんどくなって、とうとう俺のほうが先に床へ座り込んだ。花巻さんも俺にしがみついたまま同じ動きをした。そうして15分。恐る恐る名前を呼んでみたり、怒っているわけではないと諭してみたり、何を試しても貝より頑なに閉ざされていた口がやっと開いて出てきた言葉が「怖かった」なのだから「なんで?」は妥当だと思う。
「ごめん」
「
……
」
「俺、めちゃくちゃ意地張ってた」
「
……
」
「情けねえよなあ
……
」
会話にはなっていなかったけれど、別に今はそれでもいいと思った。なんで怖かったのかはたぶん「喋れなかったから」という、本当にただそれだけなんだろうと分かったからだ。そしてそれは俺も同じだった。
「
……
俺も」
「
………
」
「俺も、嫌な気持ちにさせてごめんなさい」
レンガみたいな錘が詰め込まれたみたいに重かった心が、急に軽くなったような気がした。ごめんなさいと素直に言えたこともそうだったが、花巻さんがようやく顔を上げて、やっと笑ってくれたのが大きかったと思う。
「
………
へへ、」
「
……
なんすか」
「国見、ちゃんと謝れんじゃん」
「馬鹿にしてます?」
「してない」
花巻さんは頬ずりしそうな勢いでまた抱き着いてきて、ああー、とおっさんみたいな息を漏らした。
「緊張した
……
」
「え、」
「え?」
「緊張してたんですか?」
「してたわ!お前に手ぇ振りほどかれねえかずっとヒヤヒヤしてたんだぞ俺は!」
「ええー
……
」
有無も言わさぬ力で腕を引いていたくせに。振りほどくなんて、そんなことある訳もないのに。ばかみたいなこと言ってるなあと口には出さず、代わりにピンクブラウンの頭を撫でる。
「なあ国見」
「はい?」
「仲直りしよ」
「今したじゃないですか」
「足りなーい」
仲直りに足りる足りないがあるのだろうか。そんな呆れ言が俺の口から飛び出してくる前に、花巻さんは俺を先にベッドへ上がらせた。
「まず1日目の分な」とやけに懐かしく感じられるような手つきで背中に回った手のひらの力を、ただひたすら愛おしく思った。
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