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supli12
2024-12-16 22:20:21
10985文字
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「宇宙が始まって以来様々な構造が⽣まれ、それらが時間進化し天の川銀河の数多の恒星のひとつである太陽ができ、我らが地球を含む太陽系を形成した」
落ち着いた声がマイク越しに響く。柔らかいが良く通る声がスタンリーの耳に落ちた。
地を灼くような太陽が窓の外を揺らめかせている。前線から最も近い基地、最大の作戦は終了したが救出した要人が持病の発作を起こし手当を受けている。落ち着くまで動けず待機の命令が出ていた。
幸い基地は通信環境は整っている。スタンリーは数日前にシンポジウムで講演した幼馴染の動画を再生した。
幼い頃から聞き馴染んだ幼馴染の話し方。変声期を経て声質は変わったが話し方は変わらない。ディスプレイの向こうのゼノがカメラに視線を向けてきた。この幼馴染は幼い頃からこんな機会が多く、特にこんな時に自分がどう映るか心得ていた。他の研究者が背中を丸めて文書を読む中、背筋を伸ばし顔を上げ、聴衆を見渡し、時折カメラを見る。世俗には興味がないような顔をしておいてエンタメの効果も理解している、そんなところも気に入っていた。
再生が終わって、スタンリーはソファに背を預け目を閉じた。久しぶりに声を聴いた。早く自分の名を呼ぶ彼の声を聴きたいと思う。
本国に戻ったら休暇だ。もうすぐ会える。今回は日にちが分からないので空港に着いてからの連絡になるだろう。それすら出来ないような時間帯だったら家に直行だ。在宅している時間ならいいが。
普段はこんなことは思わない。ゼノという存在はスタンリーの中に深く浸透していて、自分がそこにあるということが彼と共にある事だった。戦場の風で、砂漠の夜の煌々とした月で、スタンリーはゼノを感じる。
だが今回は会わない期間が長かった。長期の任務なのは覚悟していたが、訓練を含めて八か月だ。隊員には休暇を取らせたが、隊長になったばかりのスタンリーは引き継ぎと新たな作戦の管理で纏まった休みは取れなかった。海兵隊の組織理論はミドルアップ型だ。理論の主軸は中間管理職である各隊長達である。抜擢されての新参であるスタンリーは粛々と仕事に取り組む以外無かったこともある。
しかしひとつの作戦を終え、これで休暇が取ることが出来る。ゼノに会える。
スタンリーの幼馴染。一番先に帰る場所。普段は基地内に居を構えているので、基地外で帰る登録先は実家だったが、ゼノと共にでなければ帰ったことがない。とうとう母が家の改装で邪魔になったスタンリーの荷物をゼノの家に輸送したのは前回の休暇に合わせての事だった。帰ったゼノの家のスタンリーの部屋で、14の誕生日に買い与えられたベッドと対面したスタンリーは絶句した。
因みにこれはスタンリーの休暇の帰宅の前日に行われた事で、帰宅時にはなんとゼノの家には母がいた。ゼノの母も一緒に。しかも昨夜は泊まったという。
「あんたがあんまり顔出さないから来たわよ。昨日はゼノにヒューストンの観光案内してもらったの」
「おかえり、久しぶりね、スタンリー、今日の夜はホテルに泊まって明日帰る予定よ」
2人の母に出迎えられてスタンリーはゼノにハグするために広げた腕で母親たちを抱きしめた。
輸送されるトラックと並走してハイウェイを一日中飛ばして来た母親達に、あまり顔を出さなかったことを反省した。こんな面倒なことになる前に顔を出せばよかったのだ。母親たちにスタンリーの帰宅を告げたのはゼノで、ベッドを送るって言ってたから答えたんだけど僕の母まで来てごめん、と義理の母と嫁を取り持つ夫のように謝られて笑ってしまった。
そう言われてもゼノの母は無遠慮な自分の母よりも話しやすい相手だった、ただ一つを除いては。まあ、好きな相手の母への後ろめたさというものは仕方ない問題である。そう、あなたの息子さんを性的な意味でも好きですとは言い難いものだ。
スタンリーはそんな遠慮のない自分の母に、夕食を終えてホテルへ行く前に煙草タイムを捕まえられて問い正された。
「ベッドをゼノの部屋に入れようとしたらあんたの部屋へって言われたんだけど、どういう事?」
「
……
は?」
自分と同じ金の髪の母親は腰に手を当ててスタンリーを見やる。
「こっちの方が良くない?って聞いたら、スタンの部屋はこっちだよ?って帰ってきたんだけど。
…………
あんたたちステディなのよね?」
「
……
ちげぇよ」
「
……
えぇ
…
?えー
…
、あんた何やってんのよ
……
」
「なんでマムん中でそんな事になってんだよ。ゼノんマムに悪ぃだろ」
「向こうもそう思ってるわよ。ねえスタン、あんたが家を出る前は親友なんだって思ってたけど、今は少なくともあんたは違うわよね?ゼノと一緒じゃなきゃ実家にも顔出さないで、特殊部隊に入った後も休暇連絡もゼノ経由で。極め付けは安否連絡先が私とゼノ。あんたが怪我した時に、軍の病院で青い顔してるのに私の背中を撫でてくれたゼノの手が冷えきってた時にそうなんだって思ったのよ」
母親は呆れたように目を眇める。
「それがまさか
……
。あ!あんたまさかちゃんとI love youって言ってないの⁈そんな子に育てた覚えないわよ⁉︎」
「
………
何言ってんだ。ともかく、俺たちはそんな関係じゃねえから」
自分とよく似た母親は、上から下までスタンリーを眺めて、溜息を付いた。
「
……
OK、分かったわ。引き下がってあげる。ただ、不甲斐なさ過ぎて本気で心配だから報告できるようになったら報告しなさいよ、バカ息子」
吸わないままじりじりと燃えている煙草を漸く口に運ぶ。吸った煙草は味がしなかった。
スタンリーは前回の休暇時の彼是を思い出して溜息を付いた。
そう思っていたのなら、息子の恋人が良く知る同性の幼馴染だったことを母親達がどう受け入れたのかと思うと、それでも笑顔で会いにきてくれることを有難いと思いはする。
だが恐らく同じような事を彼の母親と話したらしいゼノと、母親たちを見送った後ほんの少しぎこちなくなってしまった事は問題だった。眉を下げて困ったように笑った顔が可愛くて目が離せなくて、暫く見つめ合ってしまった方が原因かもしれないけれど。それもすぐ元通りになって、スタンリーが休暇を終える頃にはいつもの自分たちだった。
母曰く不甲斐ない息子であるスタンリーだが、彼女たちの行動で一つ心底有難かったのがベッドだった。ゼノの家に自分のベッドがあるということは実感を伴えば嬉しい事だった。ゼノがベッドの入った部屋を見まわして懐かしいベッドだと呟いて、これで名実ともに君の部屋だね、と笑ったからでもある。
スタンリーはゼノに思いを告げるつもりは無かったが、離れるつもりもなかった。ゼノは今までスタンリー以外の人間を親密にプライベートに入れることはなかったので、安定して気心のしれた信頼と親愛に溢れた関係に一石を投じたくはなかったのだ。
それでも前回の休暇のゼノの困ったような笑顔が脳裏から離れない。スタンリーが何か言うのを待っているような、何を言っていいのか分からないというような、珍しい表情だった。可愛いと、目が離せなかったから見つめ合ってしまったけれど、その時の自分がどんな顔をしてたのか分からない。
あれから八か月、水に落ちた果実が発酵して酒になるような、そんなとろりとした。いつか飲んだ強く甘い果実の酒のように、胸の奥になにかが満ちるのをスタンリーは感じている。それをゼノに見せるつもりはないけれど。
久しぶりのヒューストンにスタンリーは乾いた空気を吸い込んだ。空港に降りてまっすぐにゼノの家に行く。合鍵で中に入り、不在を確認する。荷物を置いて着ていた軍服から私服に着替える。それからすぐに家を出た。
来週のどこかで帰ると連絡してあるから、待っていれば帰ってくるのは分かっていた。帰ったとメールを送ればいい。もっと早く連絡をくれと怒りながら、返信の電話をくれるだろう。そして定時で帰ってきてくれる。分かってはいたけれども。以前であったら、食材を買いゼノの好きなチーズバーガーでも作って待っている事も出来たけれど。
一秒でも早く会いたかった。顔を見たかった。この衝動のような希求が胸に満ちた何からくるのかスタンリーには分からない。それでも。
最寄りの駅からタクシーでNASAに着く。シャトルが並ぶ広場の芝生の中庭で携帯を取り出す。ゼノに短いメッセージを打つ。悪戯心でシャトルが入る様に自撮りして、添付して送信した。
メッセージは直ぐに既読になり、軽い音を立てて返信を知らせる。
『動くな』
ゼノらしからぬ短いメッセージに慌てているのを感じてスタンリーは笑った。この悪役みたいな返信うけんね。
そうはいってもNASAは広い。ゼノの研究室からここまでさてどれだけかかるかね。屋外なのに禁煙ゾーンで、それでもスタンリーは構わなかった。乾いた風が吹き抜けて、空は高く青かった。刈られたばかりの芝生からは緑の匂いがする。戦場から離れて、ここはゼノがいる場所だ。
「スタン!」
少し離れた正面の自動ドアからゼノが飛び出してきた。そのままスタンリーの元に走ってくるのに驚いた。笑いながら、君ときたら急だねとでも言いながら鷹揚にやってくると思っていたのに。
ゼノが走る。白いラボコートがはためかせて、スタンリーだけを見て。
どんな時も瞬時に動ける男が、立ったまま動けなかった。はためく白を、陽に透けるプラチナみたいな髪を、見つめていた。
広場を、芝生を、ゼノが走る。すれ違った職員が驚いた顔で振り向く。観光客が怪訝そうにこちらを見ている。
少し離れていても、スタンリーの目にはゼノの表情が分かる。口元が動いて、自分の名を呼んだのが分かった。走っているから殆ど声には出ていないけれど。宇宙みたいな色の目がスタンリーだけを見ている。きらきらと星が煌めく様だった。
数メートル先まできたゼノに手を伸ばすように腕を広げる。抱き締めたかった。俺のゼノ。
飛び込んでいた身体を抱きしめた。強く抱き合う。
「スタン
……
ッ」
小さな声が聞こえて縋り付く様な腕に力が込められた。細い身体を抱き込んで、スタンリーは漸くゼノの名を呼んだ。
「会いたかった、ゼノ
……
」
青い空に飛ぶ様に置かれている巨大なシャトルのオブジェの下で抱き合う。白いラボコートの科学者は、幼馴染を抱きしめたまま「僕も会いたかった」と囁くように答えた。
八か月ぶりの互いの存在にそのまま暫く、腕を解くことができなかった。
そのままゼノの車で帰路に着いた。
勿論ゼノは一旦デスクに戻り早退の手続きを踏んできた。珍しく極素直に「戦地帰りの幼馴染が来たので」と言ったのだが、周囲は皆生温かい笑顔で頷きながら部屋を送り出されたそうだ。広場での一部始終を見ていた何人かによって何がしかの情報伝達があったと見える。
「それ勘違いされてんぜ」
「別にいいよ」
運転するゼノの横顔を見ると真顔で、意に介していないことが分かった。
車内に沈黙が落ちる。柔らかい、心地良い沈黙だった。
ゼノ・ヒューストン・ウィングフィールドの中では彼の人生を左右する作戦が進行中であった。優秀な頭脳を持ってして立案した作戦である。
その目的は「スタンリー・スナイダーと強制力のある関係性になるために必要な既成事実を起こし約束を締結する」である。そう、彼に責任を取らなくてはならないと思わせる事実を発生させ、自発的かつ強制力を持つ約束をさせるのだ。
事の起こりは八か月前の母たちの襲来からだった。スタンリーのベッドを運んだ母達は、呆れたような顔をしてゼノを見た。母と話しその顔の意味を理解した時、ゼノは漸く自分の持っていた感情が独占欲だと気付いたのだ。幼馴染を離したくない。当たり前のように自分の元に帰ってくる彼をいつまでもそうであって欲しいと思っている、何の疑問も抱かずに。彼が例えば結婚などの人生の次のステージに進むことを認めることが出来ない。そんな自分にゼノは衝撃を受けた。
大好きな幼馴染。誰よりも大切な親友。二人で過ごす事が楽しかった。お互い違う事をしていても、近くにいるだけで満たされた。その場所を、誰かに譲り渡すことなどできない。そう強く思う自分の利己的な狭量さに変わらなければと焦りを伴い熟考した。そして行きついた結論にこれほどまでに絶望したことはない。
ゼノはスタンリーを、誰かと共有することはできない。スタンリーの大切な相手という場所を誰にも譲り渡すことはできない。当たり前だ、幼い頃からの一番の理解者。僕のスタン。
スタンリーを未来に渡って占有したい、その為なら何でもしよう。ゼノは幼馴染とステディな関係になる方向に人生の舵をきることを決意した。
ステディな恋人関係というのは便利なものだ。互い以外へ目を向けないという約束と、浮気を問いただせるというボーナスまでつく。素晴らしい。だがその関係を手に入れるにはお互いに向ける恋愛感情と信頼がなければならない。信頼はともかくスタンリーはゼノに恋愛感情は持っていないだろう。それを覆すのが責任の所在だ。
さて、責任問題だが、やはりここで必要なのは既成事実である。目指すがステディなのでここで示すのは肉体関係だろう。しかもスタンリー主導だと思わせなかればならないので、僕がボトムの立場として事を成さねばならない。そしてきっかけは僕が作らなければ始まらないのは今までの自分たちの関係でよく分かっている。
つまり僕は、一時的にスタンリーの記憶を曖昧にさせセックスという既成事実をつくり、僕がスタンリーの望み通りに行為を受け入れたと思わせなければならないのだ。
……
無理じゃないか?
……
否、OK、僕も天才と呼ばれた男だ、不可能を可能とすべく手を尽くそう。ゼノはそう考えながらパソコンを開いた。
結局、ゼノが思い至ったのは酒の力を借りる事であった。古今東西数多の人間がやってきたことに行きついた訳だ。浅はかな手段ではあるが意識障害を起こさせる薬品などスタンリーに摂取させたくはないので、まず酒で試みることにした。この手がダメだったら次に行こうと敷いたロードマップを脳内で反芻する。
携帯をちらりと見る。スタンリーのからの連絡はなく、今回は長いなとゼノは溜息をついた。もう半年以上スタンリーの顔を見ていない。これほど長い不在は初めてだった。
メールは来ているが頻度は高くない。いつもそうだった。たまの互いの安否確認、休暇に入る一週間ほど前に近いうち帰ると連絡が入る。タイミングがよければ数日前に帰る日を指定されたりするが、大抵は明日帰ると言われるので、ゼノは最初の連絡から仕事はなるべく持ち越さないように調節している。そして共に過ごすのだ。それが、当たり前だと思ってきた。
呆れたようにゼノを見た母の言葉を思い出す。
「関係の持続に対して当事者の合意くらいは確認するべきよ。スタンリーは素敵な子ね。彼が何の約束もなくいつまでもあなたの元へ帰ってくるとは思わない方がいいんじゃないかしら」
「
……
僕たちは互いの自由意思によって共に過ごしているし、諾成契約が必要な関係性でもないよ」
「そうね、スタンリーが別の誰かを選ぶのも自由意思ね。まさかあなたその時がきてもスタンリーがここへ帰ってくると思ってる?」
「
………
なんて意地が悪いんだ。僕の母はどうしてしまったのかな?」
「だってあんまりなんだもの。私の可愛い子がまさか大人になってまでもベイビーのままだなんて思わないじゃない?ギフテッドの情緒面の成長を気を配っていたのに実を結んでいなかっただなんて」
「ひどい言われようだね」
「もうステディでも距離感のおかしい幼馴染でもいいわ。当事者間の合意だけはとりなさい、自分の為に。そこから話が進むかもしれないし」
「お疲れなんだね。今日は早く休んだ方がいい」
「そんな可愛くないところも愛してるわ」
「僕もだよ、マム。僕たちは問題ないから心配しないで」
「
……
ゼノ、替えのきかない存在は離しちゃダメよ。得意でしょ?Don't choose the means(手段を選ぶな)」
「
……
人聞きが悪い
…
」
そんな話をしていたから母達が去った後スタンリーと顔を見合わせた時、彼が余り見たことが無い困ったような顔をしていて、目が離せなくなって暫く見つめ合った。凝っと顔を見つめて、スタンリーの顔が幼い頃よりも精悍で完成された美しさになっている事にゼノは気付いた。
優しくて強くて美しい男。多くの人間にとって魅力的だろう。誰もが放っておかない、そうだ、子供の頃からそうだった。スタンリーはいつも誰かの目を引いて、声を掛けられていた。その度に彼はそれらに背を向けてゼノの元へ駆け寄ってきた。色んなことを一緒にやった。僕の実験だけではなく、スタンリーの考案した高度な仕掛けの悪戯も。お互い誰といるよりも楽しかったから、だから自分の元に彼は来てくれるんだと思っていた。
けれど、互いにあの頃より世界が広くなった。彼にとって気の置けない幼馴染との時間よりも魅力的に映る誰かとの出会いがあっても不思議ではない。勿論それで全く僕に会わないという事もないのは分かっている。だが今のように彼が帰り、休暇の殆どを過ごす場所が僕のもとではなくなるのだ。
母に言われて漸くゼノはそこに思い至った。それは耐えられそうにないと思った自分にも。僕は僕の為に、彼に僕を選び続けて欲しい。
成る程、これが。マム、あなたの息子の情緒は発達しているから心配しなくていい。僕はスタンリー・スナイダーに僕を選んで欲しい。どんな手を使っても、当事者間の合意を取り付けよう。
そう決意してからスタンリーを待つ間に計画を立て、やるべきことを進めていった。そうはいっても記憶を飛ばすなどの悪酔いしやすい酒の組み合わせの調査と、その時に失敗しない為の自らの準備くらいだ。何しろ既成事実を作らなかれば意味がない。こちらの都合で出来なかったという訳にはいかない。ゼノは自らの身体を男を受け入れられる身体にするための玩具を購入した。
届いた数種類のサイズのそれを見て、最も小さいプラグを手に取り立ち竦む。これを体内に?安全に拡張できるという謳い文句に脳内で罵声を浴びせながら、次に洗浄用器具を取り上げて、ゼノはバスルームに足を運んだ。さあ、トライアンドエラーだ。
ゼノは失敗した。
スタンリーが目の前で胡坐をかいて見つめてくる、パンツ一枚で。眉間に皺寄せて、怒っているのかもしれない、それはそうだ。
向かい合ったベッドの上で、半裸でゼノは正座をしていた。
「洗いざらい吐きな」
呆れたような声に涙が出そうになる。急いては事を仕損じるとはよく言ったものだ。下調べも不足した、スタンリーのアルコール分解速度とペニスの膨張率への理解が足りなかった。
飲ませて酩酊したスタンリーを優しくベッドに誘導した。うとうとと寝入っているのを確認して服を脱がせた。こんなに酔わせて勃つかと心配しつつも、恐る恐る彼に触れてみる。素肌の肩に触れてその温度にほっとして、常夜灯と手元灯のみの仄暗い寝室でそっとスタンリーの頬に口付けた。それから、首筋にも。そっと抱き締めるとスタンリーの匂いがして、じんと甘く胸の奥が熱くなる。んん、とスタンリーが呻いてゼノに手をまわして、ゼノの背を優しくとんとんと叩いた。半分寝落ちたままのそれは、ハグの度にいつもするスタンリーの仕草だった。また胸の奥が熱を帯びて痺れる。切なさを内包したそれを彼に会ってハグする度にゼノは味わってきた。ここに至って漸く、それが何を意味するのかゼノは気付いた。こんなことをしようとしていて、漸く。僕は君が好きなんだ。先日気付いたあの独占欲はこの気持ちに基づくものだったのかと納得する。ゼノは動揺した。なるほど、これは母が嘆くはずである。独占欲に気付くと同時に気付くべきだった、僕は君が、好きなのだと。
そこで我に返ってしまったのも失敗の要因のひとつだ。しかし考えてみて欲しい、恋を自覚した時にその相手が目の前に(自分が脱がせた)下着姿で横たわっている。しかも自分がその相手にしようとしている事とは。
いやでも、このチャンスは逃せない。なし崩し的に事を成すのが目的だったはずだ。彼に触れてその気にさせる。スタンリーがぼんやり意識を取り戻したところで雰囲気と性的満足を味わってもらって既成事実を作る、そうだ遂行しなくては。
ゼノは己に言い聞かせながらスタンリーに触れた。スタン、と呼びながら触れる。自分も下着とシャツ一枚になって、スタンリーの上に乗り上げる。そのままスタンリーの下半身に手を滑らせた。それに触れると、スタンリーが小さくゼノと呟いた。名を呼ばれた事に甘いぞくりとした感覚を感じながら下着越しに撫で上げる。大きくなってるとほっとした。スタンリーがうっすらと目を開く。起きてしまったかとぎくりとしてゼノは手を止めてスタンリーを見下ろすと、スタンリーはぼんやりした目で「
……
触ってくんねえの?」と掠れた声で呟いた。「
…
さわる」それだけ応えてゼノは下着をずらして直接ペニスを握り込んだ。芯を持っていたそれはぐっと重量を増す。手を上下に動かして刺激を与える。
くく、とスタンリーが笑う。
「
…
夢にしちゃリアルじゃん
……
」
「うん、夢だよ
……
」
これはいい流れかもしれない。夢だと思っていて、しかも夢だからかゼノに触れられるのに拒絶がない。身体をずらして、手にしたものを見る。これを、入れなければ。そしてゼノは衝撃を受けた。
――
これは無理だろう。この膨張率はなんだ?!手で触れていた時にも予感はあったが、視認してその大きさに慄いた。流石スタン、こんなところまで立派だね!しかしここまでだと僕が事を成すのは無理じゃないか?いや練習を思い出せ、一番太いプラグも入るようになったじゃないか。
…
あのプラグよりも大きいような気がする。だが今ここで引く訳にはいかない、分かっているだろうゼノ・ヒューストン・ウィングフィールド!
ゼノが自らを鼓舞している間にスタンリーがゆっくりと身体を起こした。乱れた髪の奥の目は隠れて見えない。手を伸ばすとスタンリーに圧し掛かられた。見下ろされる体制に求めらてるようで触れたその手でスタンリーの肩を撫でた。何も言わないスタンリーにまだ酩酊してるのだと思う。このまま、彼に動いて貰えたら。ゼノはスタンリーを引き寄せた。手を伸ばしてスタンリーのペニスに触れる。このペニスにゼリーを塗れなかったのは誤算だが、先ほどゼノのなかにゼリーを注入しておいた。何とかなるだろう。撫でて、自分の穴に導いた。
「
……
は
…
っ」
にゅ、とペニスの先端がとろとろに濡れたそこに擦れる。小さく息をのんで、ゼノは身体を竦ませた。入り込んでくる圧迫感に息が乱れる。
「んん
……
」
大きい、苦しい、でも。
「
…………
ゼノ?」
突然圧迫感が消えて身体が離される。先ほどは見えなかったスタンリーの目が乱れた髪の奥からゼノを見つめていた。はっきりと焦点があって、驚愕した色を湛えて。
「
………
!!ゼノ、悪い、俺
…
?!」
スタンリーが言い終わる前にゼノも叫んでいた。
「
…
入れてから正気に返れ!!もう少しだったのに!!」
そしてベッドの上で正座をしている今に至る。
「いや、酔ったうえの事故みたいなものだよ」
「洗いざらい吐けって言ってんだろ」
目線を逸らすと顎を掴んで戻される。乱暴ではないが、くそ、もう少し優しくしてくれ。
「ゼーノー?」
声は何故か柔らかかった。怒ってないのかとおずおずと顔を見る。眉間に皺は寄っているけれど、目の前にある顔に怒りの色は見えない。
ゆっくりと、スタンリーは口を開いた。
「あんたを好きな男の前で、ベッドの上でそんな恰好してるってどういうこと?」
何を言っているんだ、君は。酔って幼馴染に組み敷かれそうになったのでそんなに混乱しているのか。その混乱に乗じて何とか丸め込まなければ。警戒されては次のトライに移れない。そう、僕は諦める気はないのだから。
「ん
…
?」
あんたを好きな男の前とスタンリーは言った。OK、大丈夫僕の頭脳も健在だ、意味は分かる。分かりはするけれど。
「スタン、君、僕のことが
……
?」
「好きだ。こんな格好で、こんな風に言うなんて自分でも信じられねえけどな。でもここで言っとかないとなんねえだろ」
「なんで」
「勘」
「そんな気配なかったじゃないか。かわいそうに、この事態に混乱しているんだね」
「いい加減にしろよ、このままおっぱじめてやろうか。
……
ずっと前から、あんたが好きだった。ずっと一緒にいれんなら、どんな関係でも良かったけどな。本当はずっと触りたかった。ゼノが好きだ」
スタンリーが正気に返って電気をつけた煌々とライトが照らす寝室のベッドの上で、ゼノは目を見開いた。
驚きすぎて、声も出ない。
「ゼノ」
「君が、僕を好き?」
「好きだ。で、ゼノ。何でこんなことになってんだ?」
柔らかい声だった。ゼノを見る目はいつも通り優しかった。
ゼノが黙ってその目を見つめると、囁くような優しい声で、スタンリーが言った。
「ゼノ、逃がさねえよ?」
「
………
僕は君に、ずっと僕のところに帰ってきて欲しかった。僕以外の誰かのところは行くのは耐えられないと思ったんだ」
「うん」
「だから、約束が欲しかった。必ず僕のところは帰るという強制力が伴う関係になりたかったんだ」
「だから身体も使うって、あんたロックすぎんだろ。言葉にしろよ、イエスって言うから」
「でも、君に触れて分かったんだ、この独占欲は君を好きだからなんだって。僕は君が好きなんだ。だから誰にも渡したくないし僕のスタンでいて欲しい」
利己的で狭量だと思った事を口に出すのは羞恥が伴った。でもそれが、今のゼノの全てだった。みっともなく格好悪い。
こんな僕でも、君はいいのだろうか。
ゼノが恐る恐るスタンリーの顔を見ようとすると、伸びてきた手がゼノを捉え強く抱きしめられた。
「
……
あんたのスタンだ」
縋り付くように抱き返す。
「
……
うん。嬉しいよ、僕のスタン
……
」
スタンリーはゼノの頬を撫でる。見つめ合って、そのまま唇に触れた。初めてのキスだった。
「とりあえず服着ようぜ、あんたのそのかっこ勃つから仕舞っといてよ」
「えっ、しないのかい?!せっかく拡張したのに!」
「は?」
「スタンの僕には、してくれないのかい?」
スタンリー・スナイダーの受難は終わらない。何よりも大切な、大切にしたい相手は小さく首を傾げて見つめてくる。挑発するのでは無く、心配そうに。
ヒューストンの夜に星が流れる。
休暇は始まったばかりだ。
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