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あさかわ
2024-12-16 18:08:40
4735文字
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一夜攫い
連れ合ってる鬼水が妖怪キャンプファイヤーに参加する話。
スサさんとお話して水木が朱色の長襦袢着ていたらいいな~なんて話を元に書いたやつです。
朱色じゃなくて緋色になったりしましたが、まあ……
「やっぱり出掛けなくても良いんじゃ
……
」
鬼太郎の口から未練がましい声が出てしまう。そんな鬼太郎を水木が目を細めて眺めていた。水木はいつもの雪駄履きに紺の足袋。藍色のマフラーを巻いて黒のトンビコートで防寒し、その下は着慣れた和装姿だ。一方鬼太郎は普段と変わらぬ半ズボンの服装だ。素足に下駄で申し訳程度に水木と揃いのマフラーを巻いている。
「こら、出不精はダメだぞ」
水木の言葉に反応して、髪の毛から目玉も顔を出して鬼太郎をたしなめる。
「そうじゃ、鬼太郎。せっかく烏天狗に篝火に招かれたというのに、反故にするのはよくないぞ」
「はい
……
分かりました」
これは何を言っても不平不満としか捉えられないだろう。鬼太郎は諦めて二人と一緒に烏天狗の山に向かった。
先月烏天狗から篝火に誘われた。師走の新月の日、夜通し火を焚いて、周りで甘酒やら汁粉をすすって銘々穏やかに過ごす。無病息災や商売繫盛は妖怪には関係ないので、人間の行事を真似してただ楽しむための催しだ。
毎年日本酒を仕込む烏天狗から甘酒をふるまうからこないかと誘われ、鬼太郎が返答するより先に目玉が諾といった。水木も烏天狗の酒を愛飲しており、当然のように同行することになった。
芯まで冷える日にわざわざ野外で過ごすことはない。妖怪に囲まれて何かあったらと鬼太郎は苦言を呈した。しかし、烏天狗に日頃の礼をしないでどうすると頭上の父と眼前の伴侶は頑として譲らない。水木と目玉は百貨店で菓子を買いに行き、出かける準備を整えた。こうなると止められないのは分かっているので鬼太郎は水木にそばを離れぬよう言って同行した。
「水木さん、マフラーもう少しきちんと巻いた方がいいんじゃないですか。コートも襟もとまで合わせて、何か温かいものを」
「大丈夫だ。甘酒で十分温まったから」
一反もめんに山まで送って貰ったのが日が沈む直前だ。真冬は昼は短く夜は長い。山の広場に薪が組まれ、五徳猫が慣れた様子で火をつけた。ぱちぱちと爆ぜる音と揺らめく紅蓮の周りで妖怪たちが楽し気にしている。
「日が落ちると冷えるでしょう。人の体には染みる寒さですから
……
風邪をひいて欲しくない」
鬼太郎の言葉に偽りはないが本心だけでもない。冬の山に連れ出して体調を崩さぬか不安だし、他の妖怪が水木に余計なちょっかいを掛けないかはもっと心配だ。鬼太郎は他人の目に水木を晒したくないのだ。水木は話かけられれば愛想よく応じ、聞き上手だ。それで気をよくした妖怪が水木の周りでたむろすのを何度も見てきた。
「大丈夫だって。きちんと着込んできただろう。篝火のそばにいれば温かいしな」
目玉は烏天狗のところで話し込んでいる。今年の酒の仕込みがどうこうと、水木も加わりたそうにしていたが、鬼太郎がどうにか引き離したのだ。自分の狭量を恥じる気持ちはあるが、他の妖怪と楽しそうにする水木を見るのは嫌だ。
鬼太郎は水木の横にピタリと張り付いて周囲を警戒する。その姿に生暖かい目を向ける者がちらほらといる。けらけら女は声を上げず、無言でニヤリと笑って甘酒をすすっていた。
「おお、鬼太郎。水木さんも来ていたのか」
小豆洗いが湯気の立つ椀を乗せた盆を持って近づいてきた。
「こんばんは、良い夜ですね」
水木が営業で鍛えた人好きのする
……
この場合は妖怪好きのする笑みで応対する。小豆洗いは溌剌とこちらに盆を差し出した。
「ああ、雨など降ったら興ざめだ。今夜は楽しんでいってくれ。俺の特製の汁粉だ。一ついかがかね」
「おっ、汁粉ですか。寒い夜にはうってつけだ」
小豆洗いが、まあるい白玉の三つ浮かんだ椀を差し出してくる。
「待ってください。僕が確認しますから。小豆洗い、一つ貰っていいか」
受け取ろうとする水木を制して、鬼太郎は汁粉を手に取った。多少の妖力は感じるが許容範囲だろう。一口すすると丁寧に漉した小豆とくどくない甘さが舌に染みた。
鬼太郎が思わず、ほうと息を吐くと小豆洗いが鼻の穴を大きくしてにじり寄ってきた。
「どうだ、うまいか? うまいだろう?」
「あ
……
ああ」
小豆洗いは小豆食品の普及に心血を注いでいるのだ。今日も妖怪たちに小豆の良さを広めるため奮闘している。
「今年はザルの網目と砂糖の配合を変えたんだ。変なものは入っちゃいないが俺の情熱は注ぎ込んであるぞ! 人間でも飲めるはずだ」
水木がじっと汁粉を見ている。鬼太郎が頷くと小豆洗いから湯気を立てる汁粉を受け取った。箸で白玉を口に放りこみ続いて汁粉をすする。小豆洗いが食い入るように見ているが、この妖怪は汁粉を飲む全員に同じ調子なので、鬼太郎も咎めることはしなかった。
水木は目を瞬かせ、口元を綻ばせた。
「これは
……
今まで食べた中で一番だ。口当たりがまろやかで甘さがくどくない。この味にたどり着くまで苦労されたでしょう」
「なぁに、小豆普及のためなら軽い軽い。それじゃあ、二人とも楽しんでいってくれ。椀と箸はそこの切り株に置いてくれれば回収するから」
「ありがとうございます。ごちそうになります」
小豆洗いはふわふわと宙に浮かぶように帰っていく。
「温まるなあ」
水木は両手で椀を包み込んで鬼太郎に優しい眼差しを向けてくる。篝火の揺らめきに合わせて、鼻筋の陰影も踊るように変わって鬼太郎がこの世で一番愛おしい人を照らし出していた。
「おいしいですね」
「ああ、白玉もうまいな」
現金なもので、二人で並んでぽつりぽつり言葉を交わせば来てよかったと思う。他の妖怪たちにちょっかいをかけられるのは嫌だが、烏天狗の山は鬼太郎と水木が当たり前に連れ合いとして過ごせる場所だ。これが町中の喫茶店なら仲の良い親子としか見られない。
「水木さん?」
水木がマフラーを解いて、トンビコートの一番上のボタンをはずした。うっすら汗をかいたようで首元を仰いでいる。
「なんだか胃の腑の方から熱くなってきた」
水木の様子に鬼太郎は小豆洗いの言葉を思い出す。
「小豆洗いが情熱を注ぎこんだと言っていましたね。調理の時にその気持ちが僅かな妖力に混じってしまったのかもしれません」
意識を集中してようやく分かる程度でも忠告すべきだった。唇を噛みそうになるのを堪える鬼太郎の隣で水木がコートのボタンを外し始める。
「なに、軽い酒精のようなものだろう。芯まで冷える夜にはありがたいじゃないか」
水木がトンビコートを脱いで軽く畳むと横に置いた。コートの下はいつもと同じ羽織に着物姿だ。
鬼太郎がまだ彼の息子であった頃、水木はスーツや開襟シャツをよく着ていた。寝る時は浴衣だったが、日中は会社に行くためスーツにきちんと磨いた革靴で出ていく姿を何度も見送った。
鬼太郎と連れ合うことを選んで妖怪側と深く関わるようになってから、和装は境界を跨ぐ時の合図になった。危ないからこちら側に来てほしくない思いと、自分を選んで隣にいる覚悟を示してくれた喜び。水木の和装姿を見る度に鬼太郎の胸中は揺れ動くのだ。水木は椀を置いて座った足を少し開く。
「あ
……
」
意識するより先に鬼太郎の口から声が出ていた。裾からちらりと覗いた色は見間違いだろうか。篝火に照らされて、そう見えただけかもしれぬと思ったが、ぱたぱた仰ぐ手首が出ている袖口に同じ色が見えた。
「どうした、お前も熱くなったか?」
「いえ、その
……
今日の襦袢の色が見慣れないと思って」
「ああ、これか?」
水木が袷の裾を指で捲る。隠されていた緋色が露になって、鬼太郎の眼前を艶やかに彩る。硬質な冬の夜に溶け込む紺青色の袷。落ち着いた深みのある布の下に赤があり、更に奥には汗ばんだ皮膚が隠れている。
「妖怪だらけの場所に行くんだ。魔よけになるから着て行けと目玉がうるさくてな。鬼太郎のそばを離れないから大丈夫だと思ったが、専門家の意見は聞いておくべきだろう」
「そうですね」
心がどこかに浮かんだまま、ぼんやりと答えた。なぜ、父は鬼太郎に水木に緋色の襦袢を勧めたと教えてくれなかったのだろうか。すっかり忘れていたのか、言うこともないと思ったのか。それとも、あえて黙って驚かせたかったのか。鬼太郎はつい都合の良いことばかり考えてしまう。
「水木さん」
鬼太郎は椀を置いて水木の左手に自分の右手を重ねた。手の甲の形を確かめるように優しく触れてから手首を握る。
素肌に触れる布の色一つにこれほど気持ちが揺さぶられるとは知らなかった。和装は水木が鬼太郎の伴侶であると示し、こちらに足を踏み入れる合図と覚悟である。自分の隣に立つための装いに気持ちが高ぶらないはずがない。
更にきっちり着込んだ服の一番下は鬼太郎しか知らない。帯を解いて衣を落とし、最後の一枚に手をかける時、押し隠した独占欲が満たされる。
「どこか、二人で休める場所に行きませんか」
鬼太郎は親指を水木の手のひらに滑りこませる。親指の付け根を甘えるように擽って五本の指を水木の指と絡め、ぴったりと手のひらを合わせた。あからさまで使い古された台詞に水木が片眉を上げた。
「
……
珍しいこともあるものだ」
「そうでしょうか」
「お前があからさまに誘うのは貴重だぞ。しかも人目が多い場所なんて」
「それは、あなたに堪え性がないとか、狭量だと思われたくなくて。いつだって背伸びしているんですよ。でも自分を御しきれなくて、こうして触れてしまう」
篝火に照らされて、しばらく無言で見つめあった。火から上がる煙が冬の風にあおられ絶えず形を変え、二人の体は焚火の匂いが染みついている。
ぱちりと枝が爆ぜる音を合図に水木が立ち上がった。
「いいぜ、夜風に当たりたい気分なんだ」
鬼太郎は水木の横に置かれたコートを奪うように取って広場から離れていく。神経を研ぎ澄まし、妖力が感じない場所まで水木を導く。篝火を離れると途端に夜の闇が森を包み込み、人の目には何も見えないのだろう。足を止めて目をこらす水木の手を引いた。
「その襦袢の色、魔よけどころか鬼を招きますよ」
水木は驚いたのだろう。うっすら口を開けたのを逃さず捉えて、唇を触れ合わせる。舌を差し込んで、高ぶった気持ちをそのままぶつけた。遠くから聞こえる篝火の音に、密やかな水音が重なった。
「っ
……
きたろ」
呼吸が乱れた水木の頤を指でとらえた。ごくりと唾を飲む喉を辿って、手遅れの忠告をする。
「気を付けた方がいい」
鬼太郎が襟元に手を忍ばせて袷を引っ張ると、真白の半襟を縫い付けた緋の長襦袢が眼前に広がる。闇の下でも鬼太郎には鮮やかな色彩がよく見えた。魔をよける願いを込めた色が、人の血潮によく似た色が鬼太郎の内側から高揚を招き寄せる。
「水木さん
……
」
鬼太郎は緋色の布の上から左の胸、心臓の上に手を置いた。水木の両手が鬼太郎の頬を包み込んだ。見えない顔の形を確かめるように触ると、鼻先に口付けが降ってくる。
「襦袢一つで随分得をした」
水木の指が鬼太郎の髪に触れ耳元から首筋へと降りていく。
「昏夜に招く鬼は、お前がいい」
低く響く優しい声の奥に確かな熱があった。鬼太郎は水木にコートをかけて二人分のマフラーを巻くと、連れ合いの体を抱えあげる。山の中に下駄の音を響かせ、矢のように走りだした。二人分のマフラーが、鬼太郎の起こす鋭い風に吹かれてピンと尾を引くように強くたなびく。
我慢の限界だ。鬼を招くのを是とした人を、一刻も早く自分の縄張りに引き込まねばならない。鬼に攫われた人はくつくつ喉で笑って、額を鬼太郎の肩口に押し付けた。
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