ニイナ
2024-12-16 02:19:02
5492文字
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君を暴くための作法 2

弱視若様の鰐ドフの続き。メインはマリアンヌと若様。好き勝手捏造してるので何でも許せる方向けです。


君を暴くための作法 2

 ドフラミンゴとの顔合わせが上々に終わったクロコダイルは、すぐにマリアンヌの予定を押さえることにした。今は制作が立て込んでいるというわけではないので、そう問題なく予定が組め、早々にドフラミンゴとマリアンヌが会う機会ができていた。マリアンヌに話を通しても特に興味があるようでもなかったのだが、拒むほどのことではないらしく、会ってほしい人間がいる、とクロコダイルが伝えるのに、わかったわ、とだけマリアンヌは答えていた。
 そしてその場に居合わせることになったのはクロコダイル側からはクロコダイルと秘書のロビンと、件のマリアンヌで、ドフラミンゴ側は先日と変わらず、ドフラミンゴとヴェルゴの二人だった。クロコダイルとロビンに付き添われるようにして部屋に入ったマリアンヌに、ヴェルゴがかすかに空気を揺らした気配がする。さすがに新進気鋭の画家が、成人もしていない子どもだとは思わなかったのだろう、とクロコダイルはひとり勝手に納得していた。マリアンヌは本名だったものの、クロコダイルはその他一切を非公開にさせている。それは幼い彼女に様々な面倒ごとが起きないようにという予防策としてだった。この日のマリアンヌはいつもと変わらずラフな格好をしていて、水色のシャツと赤いジャンパースカートを合わせて黒いスニーカーを履いていた。ゆるく二つに束ねられたおさげが、マリアンヌという少女の幼さをよく表している。
「はじめまして、マリアンヌよ。貴方は?」
「あァ、ドフラミンゴだ。フフッ、これは驚いたな。こんなにちいさいお嬢さんだとは思ってなかった」
 ドフラミンゴの背丈よりも大幅に小柄なマリアンヌが、臆すことなくドフラミンゴと向き合いその顔を見上げた。物怖じもせずにドフラミンゴの前に立って名乗るマリアンヌに、ドフラミンゴの方も意外だと思っているらしく、笑みをこぼして目線をマリアンヌまで合わせて言葉を返した。あまりに自然に身を屈めてマリアンヌへ膝を折るドフラミンゴにかすかな衝撃を受け、クロコダイルは目を細めた。
「所詮、歳なんて数字の羅列よ。芸術にも、それ以外にも、年齢は関係ないわ」
……そうだったな。失礼なことを言った」
 ドフラミンゴの言葉を受けたマリアンヌが表情を変えずに淡々と言い放つ。不機嫌や苛立ちを見せるわけではなく、本当に年齢には意味がないと言うマリアンヌに、ドフラミンゴがちいさく息を呑んで吐き出すのがわかった。
「わかってくれればいいの。ドフラミンゴって、長いわね。ドフラでいい?」
「フッフッフッ!あァ、構わない」
「ドフィ」
 不躾だ、と非難でもするようにじとりとした眼差しを投げるヴェルゴにも、マリアンヌがたじろぐことはない。ヴェルゴとてマリアンヌに何か言うわけではなく、おおらかに請け負うドフラミンゴを窘める方向にしたらしかった。そんなヴェルゴの様子にドフラミンゴが笑って気にするな、と伝えていた。その二人のやりとりには頓着せず、クロコダイルはマリアンヌに話を向ける。
「マリアンヌ、どうだね、この部屋は」
「そうね、とても良いと思うわ。ホワイトからスノーホワイトにグラデーションになってる壁も良いし、棚のブラックにランプブラックが混ざってるのも良い配色ね」
「あら、素敵」
「でしょう?」
…………
「なるほど、そういうことか……
 マリアンヌの答えを受けたロビンがかろやかに返す中、ヴェルゴが口を閉じてドフラミンゴは納得したふうに頷いてみせた。この部屋にある色は、ほとんど黒と白だけだ。マリアンヌ以外の目には、そうとしか映ってない。他の色があるなど、考えられもしないほど、壁と家具は統一された色をしている。けれどもマリアンヌの目にだけ、壁はグラデーションに見え、棚はいくつかの色が折り重なって見えていた。そのことをマリアンヌ以外が伝えても、理解などできるはずがない。
「わかっていただけたかね」
「あァ……マリアンヌの世界は、誰より鮮やかなんだな」
 そこにはほんのすこしだけ、羨望のような憧れのようなものがあり、同時に諦めも確かに見え隠れしていた。どこか眩いものを見つめる視線をマリアンヌに注ぐドフラミンゴを、クロコダイルは興味深げに見遣り、笑みをこぼした。そんなクロコダイルとは裏腹に、ヴェルゴが気遣わしげにドフラミンゴを見つめるのでクロコダイルは声を上げて笑い出しそうになってしまった。
「ボス」
「なんだね、ニコ・ロビン」
「いえ、おわかりなら、それで」
 くつりと喉を鳴らしそうな気配を感じ取ったロビンに声をかけられ、クロコダイルは口元を引き締める。それを見たロビンがやや呆れた顔をして、もういい、と暗に示してみせた。つくづく人の気配に聡い人間だなと思いつつ、クロコダイルは腕を組んでドフラミンゴとマリアンヌを眺めた。
「ねえ、ドフラを描いてもいい?」
「俺を?どうしてだ?」
 マリアンヌの突拍子もない問いかけに、ドフラミンゴが驚きを見せる。それにはさすがにクロコダイルも意外な思いで目を開きつつ、好都合かも知れないと成り行きを見守ることにした。隣に立つロビンも驚きは同じようで、ぱちりと長い睫毛が瞬いていた。
「描きたいから」
「画家相手に野暮な質問だったな。もちろん構わない」
 マリアンヌの答えは実にシンプルなものだった。マリアンヌにとってドフラミンゴがどう琴線に触れたのかは定かではないものの、興味が湧いたのだろうことは明らかだ。そしてマリアンヌの答えに、ドフラミンゴが納得して頷いてみせた。
「ドフィ、それはさすがに」
「そこの貴方は出て行って。うるさくて集中出来ない」
「なっ、人が黙っていれば勝手なことを……!」
「色だけじゃなくて声までうるさいのね。邪魔よ」
「ヴェルゴ、俺なら大丈夫だ」
 大人しくしていたヴェルゴが苛立ちを露わにするのに、マリアンヌがはっきりと眉をしかめた。窘めるようにドフラミンゴが声をかけ、ヴェルゴが舌打ちをこらえた気がした。珍しく不快さを見せるマリアンヌにまたおかしくなりつつ、クロコダイルはさてどうするかと唇を撫でる。このままここに残れるほうが都合が良いのだが、絵を描くとなるとマリアンヌにとってはクロコダイルも邪魔なものになるかも知れないのだ。
…………ドフィが、そう、言うなら」
「フフフッ、ありがとう」
 どうにか折り合いをつけて納得したらしいヴェルゴに、ドフラミンゴがやわらかく笑みを向ける。本当に渋々了承したヴェルゴを労るようにドフラミンゴが腰を上げてヴェルゴの手を取った。大丈夫、とぬくもりとともに伝えでもしている仕草に、ほんのわずか、胸に引っかかりを覚えてクロコダイルは眉を寄せた。
「それなら、私もボスもいない方がいいかしら?」
「ボスは大丈夫。ロビンも大丈夫だけど、その人を一人追い出すのはかわいそうだから」
「ふふ、やさしいのね」
 ロビンの問いかけにぐるりと顔をこちらに向けたマリアンヌが実に平淡に言い、クロコダイルは内心安堵する。これもまた上々にことが運ぶなと先程の引っかかりなど忘れてクロコダイルは笑みをのせた。ロビンとともにヴェルゴが退室し、この場にはクロコダイルとドフラミンゴとマリアンヌ、という傍から見るとおかしな面子が残っていた。
 ドフラミンゴを描きたいと言ったマリアンヌが持っていた鞄からスケッチブックを取り出し、ドフラミンゴを見つめる。その目は真剣そのもので、画家としてのスイッチが入ったことを肌で感じさせるものだった。いつもはぼんやりしがちなマリアンヌの空気が、ぴり、と張り詰めて澄み渡る。
「マリアンヌ、俺はどうすればいい?」
「ソファに座ってくれるだけでいいわ」
「わかった」
 マリアンヌから回答を受けたドフラミンゴが、何の迷いもなくソファへと腰を下ろした。その動きだけを見ていれば、ドフラミンゴがロービジョンだとは到底思えない。違和感すらなく自然にソファへ座ったドフラミンゴの向かい側に座ったマリアンヌが鉛筆を走らせた。エチュードを描くだけでも、それがマリアンヌのもの、という理由であの紙一枚に相応の値がつく。別にそれを売ろう、などとは思わないのだが、つい値踏みしてしまうのはクロコダイルの癖だった。
 シャ、シャッと紙をすべる鉛筆の音を黙って聞きながら、クロコダイルは壁にもたれて二人の様子を眺めた。落ち着いた様子でソファに身を預けて足を組むドフラミンゴにも、うすく緊張は漂っている。対してマリアンヌには緊張もなにもなく、ただ没頭して指先から彼女の芸術を出力していた。
「あ、色がない」
「持ってきてなかったのか」
「そんなつもりじゃなかったもの」
「それなら今からヴェルゴに手配させ、」
「遅いわ」
「何色がいる?」
「赤」
 腰を上げそうになりつつ言うドフラミンゴをぴしゃりと跳ね除け、マリアンヌがわずかに焦りをみせる。それでも手は止めずにいるマリアンヌと端的にやり取りをして、クロコダイルはドフラミンゴのデスクに視線を投げ、赤いペンを捉えてすぐさまそれを引っ掴んだ。この際、素材は何であってもマリアンヌが構うことはないとクロコダイルは知っている。
「これを使え」
「ありがとう、ボス」
 差し出した赤いペンを一瞥して受け取り、マリアンヌが紙の上にその色を乗せた。一色しかない赤を、マリアンヌは濃淡だけで幅広く表情をつける。スケッチブックの中には、ドフラミンゴのどこか憂いを帯びた顔があり、その胸元に、バラで作られたハートが描かれていた。いくつかのバラが重ねられ、ハートを形作っている。なるほどここに必要だったのか、とその一面を眺めてクロコダイルは納得する。腰を下ろしてソファに座り直したドフラミンゴがすこし落ち着きなくいるのにまた笑いそうになってしまった。
「できた」
……見せてもらっても?」
「もちろん良いわ」
 手を止めたマリアンヌが頷くのを見つめたドフラミンゴが、ほっと息を吐いてマリアンヌへ尋ねる。それを受けたマリアンヌは渋ることもなくドフラミンゴへとスケッチブックを手渡した。正直、ドフラミンゴの視力でマリアンヌの絵がどれだけわかるのか、クロコダイルには想像もつかない。マリアンヌの絵を純粋に素晴らしいものだという理解はあれど、大衆のようにクロコダイルはそこまで感情を引き摺られなかったのだ。
…………この、タイトルは、なんだ?」
「まもりたいもの」
「っ、……そう、か……
 じっ、とマリアンヌの絵を眺めていたドフラミンゴに問いかけられ、マリアンヌが静かに答えを返した。そのタイトルは、胸にあるバラを指すのだろうか、とぼんやり考えていたクロコダイルは、ドフラミンゴへ視線を向けてぎょっと目を見開いた。ぽたり、とドフラミンゴの頬を伝ったしずくが、顎からスケッチブックへと落ちていくのを見てしまったからだ。ぽた、ぽたとこぼれる涙にドフラミンゴがサングラスを外し、雑に目元を拭う。こんなにも早くあきらかにされる素顔に、クロコダイルは一瞬、時間を止めた。
「悪い、せっかくの、絵を、」
「大丈夫。貴方の涙で、その絵は完成したみたいだから」
…………それなら、良い」 
 スケッチブックへ落ちた涙を指で拭いたドフラミンゴに、マリアンヌが落ち着いて返した。そうしてそれはきっと、彼女の中で確かな真実だったに違いない。何かが欠けていたわけではないだろうが、ドフラミンゴの涙によってピースが完全にハマったらしかった。マリアンヌの言葉を聞いたドフラミンゴが、ぱちりと目を瞬かせてほっと安堵する。涙を弾く長い睫毛は艶を帯びていて、その睫毛に囲われた眸は赤々とひかっていた。まるで空にひしめく星のひとつを閉じこめた赤い眸が、涙にぬれて燦く。うすく紅潮した頬と赤くなる目元に色気にも似たものを感じて、クロコダイルはドフラミンゴから目が離せなくなった。
「ドフラのおかげで描きたいものがいっぱいになったわ」
「フフ、フフフッ、それは、何よりだ」
「これを使うといい」
「あァ、ありがとう……
 まだ濡れる目元を雑に拭おうとするドフラミンゴに近付き、クロコダイルは持っていたハンカチを押し付ける。これ以上擦ってしまえば傷がついたり、痛んだりするかも知れないのだ。それは避けるべきだろう、とクロコダイルは判断した。
「ボスがやさしい。珍しい」
「オレはそこそこやさしいだろう」
「ま、そうね」
「フッフッフッ!良い関係なんだな、あんたたちは」
「そうでもねェさ」
「どうかしら」
 弾けるように笑うドフラミンゴの言葉に、クロコダイルとマリアンヌはお互い顔を見合わせる。クロコダイルは肩をすくめ、マリアンヌが首を傾げても、ドフラミンゴは勝手に納得しているようだった。笑いを引き摺るドフラミンゴに息を吐き、クロコダイルはマリアンヌから赤いペンを回収してデスクへと戻すことにした。
「今日は、ありがとう。マリアンヌに会えて良かった」
「わたしも。ねえ、また描かせてくれる?」
「あァ、もちろん」
「その時はまた連絡させてもらおう」
「わかった」
 マリアンヌがそう言うことも意外だったものの、これもまた好都合だとクロコダイルは内心で笑みを深めた。ロビンが隣にいれば窘められそうだったが、今はそれもない。マリアンヌとドフラミンゴを引き合わせたことの成果に満足しながら、クロコダイルはドフラミンゴの素顔にまた吸い寄せられていた。