いを
2024-12-15 18:47:46
3817文字
Public タグ、掌編、その他
 

タグまとめ10

刀神
モイラと鼎と糸車
祝福の花束
それぞれフォロワーさんのお子さんお借りしています。

明け星ばかりじゃつまらない(刀神/夕大さんと蓮)

 元気なのはいいことだけど、と思う。蓮とてすでに凪鞘班から異動し、下緒院に籍を置いている。夕大の指先にちょっとした傷を見つけたので、絆創膏を差し出した。
「悪いな!」
「いいけど、別に。たまたま持ってただけだし」
 顔見知り程度ではあるが、刀遣いの手先は繊細だと思うから。真一文字の軽い切り傷のため凪鞘班に行くまでもないという蓮なりの考えだが、それも何故切ったのか分からない限り、滅多なことは言えない。
「紙で切っちまったんだけど」
「そうか。紙で切ると意外と痛いし深いからな」
「さすが元凪鞘班」
 にこにこと笑う男の肩先になにか黒い霧のようなものがあった。手で払うと霧散したので強くはないものだろうが。鞄の中に手を突っ込んで、お守りを渡した。
「前にもやったが、こういうのは長時間効かない。今度古いの持ってきてくれ。それまでこれ使ってろ」
「え、いいのか?」
「仕事だからな」
 肩をすくめてみせ、夕大を見上げると嬉しそうに目を輝かせていた。
「それじゃ」
「おう、またな!」
 特に大いに心配しなければいけないことはない。廊下をそのまま歩き出すと、男もそっと気配を消した。


ためらいの薄片(刀神/優蓮さんと青嵐)

「はじめまして、でしょうか。雲井青嵐と申します」
「はじめまして。私、優蓮和佐と申します」
 黒髪が艶やかに輝く。健康な証だろう。青嵐は目を細めながらほほえんだ。
「お近づきの印に、こちら……サーターアンダギーです」
「まあ。これはご丁寧に……
 四角い箱に入ったそれを持ち上げて、独特の甘いにおいに気付いたのかそっと青嵐の目を見据える。それに気づき、男は首をわずかに横に動かした。
「ああ、いえ。手作りではありません。この辺りに懇意にしているパン屋がありまして。そこでよくつくりたてを買っているんです」
「そうでしたか」
 やわらかでゆったりした声。白くゆったりした布から出た手はしっかりとしている。鍛錬を欠かさない手だ。
「味は私のお墨付きです」
「もしかすると、沖縄ご出身でいらっしゃる?」
「ええ。だいぶ、帰っていませんが」
「天照にいますと、ね」
 和佐はそっと目を細め、くちびるの端をちいさく上げた。彼もなにか事情があるようだ。根掘り葉掘り聞くことも失礼だろう。
 窓の外の雲はゆっくりと揺蕩っている。天気のよい昼のことだった。


無題という名を冠して(モイラと鼎と糸車/夢見さんと大森)

 彼女の手首の青白さを見つける。青く見えるほど白い。その白さに負けないくらい白磁のカップをそっと持ち上げて、香りを楽しんでいるようだった。
「いかがですか?」
 訊ねてみると、薄い瞼が動いて目を細める。
「いい匂いですね。なんだか、頭もすっきりするような気もして」
「ハーブティーは好みが分かれますから、気に入っていただけたら嬉しいです」
 ふと彼女はほほえんだ。ほんのりとやわらかな雰囲気のほほえみだった。そのまま顎をあげて、喫茶店の壁を見渡す。西洋画がゆったりと壁がけにされている。
「絵もたくさん。大森さんは日本画がお好きだと聞きましたけれど、西洋画も?」
「ええ。夢見先生は西洋画のほうが好みだと仰っていたので。まだ無名の画家たちの絵画ですが、目でも楽しんでいただけたらと」
 まあ、と夢見は少し驚いたようにまばたきをした。
 今は、そう、手を伸ばせる。あの夢はまだおぼろげだが、同じ夢を何回も見ることなどあるのだろうか。彼女がやさしい色合いの絵画を眺めているうちに、そっと目を伏せる。いつか、手さえ届かぬ場所へ行ってしまう気がして。白い手袋をしたままの手を、無意識にゆっくりと握りしめた。


摘める耳鳴り(モイラと鼎と糸車/ユリ清さんと春木)

 上にある顔を見上げる。男も視線に気付いたのか、こちらを見下ろした。
……臭くないか?」
「いえ……? ああ、でも……線香の匂いが、しますね……
「そうか。だったらいいんだが」
 昨日、あまりに寒すぎて風呂に入れなかった。わざわざ言うこともないので、臭くなければいいと完結する。
「どなたかの……お焼香に?」
「あ、いやそうじゃない。仏間で手を合せてたら、つい眠くなって」
 そのまま仏間でうたた寝してしまった。染みついた匂いはそうやすやすとはとれないようだった。
 ユリ清はほんのりくちびるの端を上げて「貴方らしいですね」と言った。
……俺、そんなにぼんやりしているか?」
「まぁ……それなりに。ですが夢見は悪くなかったようですね……
「うん……そう、だったかな。起きて疲れてなかったし」
 悪夢を見たあとはとても疲れる。彼は、ユリ清は悪夢を見たりするのだろうかと思うも、わざわざ嫌なことを聞くことはないと思い、スーツの胸ポケットをまさぐった。煙草はあったが、燐寸を忘れたようだった。諦めて手を下げ、男の家の畑を眺める。白菜の葉が青々と広がっていた。
「いい白菜だ」
 ぽつりと呟いた。ここに火の気など必要ないくらいだ。


なまっちろい霖の中(モイラと鼎と糸車/日髙さんと春木)

「あー……と、名前……
 胸ポケットの中をゴソゴソとまさぐり、ようやく取り出せたのはよれよれになった名刺だった。隣の女性は切れ長の目でそのようすを見届けたようだ。
「春木……春木了。作家業をしている」
「そうだと思った。私は日髙れい。同じく作家業」
 偶然隣り合った席で、身を縮こめながら煙草を指に挟んだ了にことばをかけたのは彼女だった。「いい目をしている」と言った。了はため息とも相槌ともつかない声で「はあ」と応えた。そんなこと言われたことがない。やれ辛気くさい顔だ、見てるだけで気が滅入るなど散々な言われようだったが、彼女にしてみれば〝そう〟らしい。
「あんたも作家か。なんだ、世間は狭いな」
「本当に」
 彼女はツイと肩をすくめ、くちびるを緩めた。
……それくらい、掃いて捨てるほどいる作家だ。成功するのはほんの一握りでしかない。ありがたいもんじゃないな」
 皮肉げに笑ってみせる。「売れたくて作家になったの?」と彼女は了の言葉に続けた。別にそんなんじゃない、と答える。
「宵越しの金は持たぬとまではいかないけど、その日暮らせるぐらいの金があればいい。……そうじゃない作家も山ほどいるだろうが」
 煙草を吸い、煙を吐く。れいの顔が煙りで歪んだように見えた。


蓋然性の酩酊(モイラと鼎と糸車/恭介さんと春木)

 春木先生、と呼ばれるたびに眉間に皺が寄った。外でも、内でも。喉の奥がぎゅっと絞られるような痛みを感じた。
……清野さん」
 手のひらにかく汗に気付かないふりをして、拳をつくり恭介を見据えた。
「先生、なんて呼ばないでくれ。頼むから」
 まるで慈悲を乞うように背中を丸める。恭介はしばし沈黙したあと、「分かりました」と呟いた。
「ですから手を上げてください」
 ただ了を案じるような言葉だった。のろのろ背を伸ばすと困ったような、ほっとしたような表情の恭介がいた。
「先生と呼ばれるたびに吐きそうな気持ちになるんだ」
「なぜ……
……俺は先生なんて呼ばれるような男じゃない」
「では」
 しばし、考えるようなそぶりをして「春木さん」と言った。静かなトーンで、へんな気遣いもなく、ただただ落ち着いた声だった。
……うん。それで……ああ、原稿だったな」
 原稿を差し出すと、男はそれを大切そうに受け取った。こんなにも文字を書いただけの紙を――原稿を大切に扱う編集者はそう見たことがない。他の作家と編集者はどうかは分からないが。
「いつも締切りを守っていただけるので、助かります」
「まぁ……暇だからな。家にいるだけだし」
 ふいと顔を背け、うなじを掻いた。恭介に褒められるのはどうにも慣れず、照れくさい。


枯れ枝の冠(祝福の花束/ヘルミさんとアンヘル)

「へ」
 きちんと、ヘルミさんと呼ぼうとしたのだが、口から出たのはくしゃみだった。
「だ……大丈夫、すか?」
 大きな目がぱちぱちと動いている。アンヘルは口をもごもごと動かしながら「すみません」と謝った。
 見渡す限りの雪景色。寒さにはとっくに慣れてはいるのだが、体を動かしていたところ、急に寒くなってきたのだ。きっと少し途方に暮れて突っ立っていたからだろう。こんなに白いのに、あれは見つからない。
「飼ってるニワトリが……また、脱走して……
 ずず、と鼻水を啜りながらあたりを見渡したが、あのニワトリは一向に見当たらない。
「また……っすか」
 ヘルミが呆れそうになるのも分かる。これで何度目だろう。こんな寒いところにずっといたら死んでしまうかもしれないのに。
「いや、俺がいけないんですけどね……。ちょっと目を離しちゃって……
 またくしゃみが出た。最近よくくしゃみが出るのだが何なのだろう。風邪、というやつだろうか。
「ヘルミさん、うちのニワトリ見たら教えてくださいね! 俺、もうちょっと探してきます!」
「お、お気をつけて……
 彼女に手を振ってから、また走り出す。雪がぼさぼさと足にまとわりつくが、必死に走っているうちにくしゃみは止まった。
 その一時間後、無事雌鶏は確保されたのだった。