巫女装束に手桶と仏花の束は、とても、らしいなと思ったからそう言ったら、歌姫は眉をひそめて怒った。適材適所、は違うか、けれど、絵になるなと思ったのだ。
かたん、と手桶が硬い石についた音がする。箒で墓の周りを掃き清めた歌姫は、素手で軽く草をむしってから、柄杓を手にした。水が墓石を伝い落ちていく。少し枯れていた花を抜いてしまうと、そこにも水を流して、新しい花を挿した。
「お線香に火をつけて」
花の位置を調整しながら、歌姫がそう言うから、五条は箱から何本か取り出した線香に火を向ける。
「これ、昔花火で使ったやつ~?」
恐らく不謹慎だと咎めているだろう顔でため息をついた歌姫は、それでも、そうだと頷いた。それなりの年月が経っているだろう着火ライターは、少し押し込み部分が硬くなっていた。
線香の束の先端がちりりと燃えて、煙が立ち上る。辛気臭い、鼻によく馴染んだ香りだ。
「毎月これやってんの?」
今日は彼岸ではない。誰かの命日なのかもしれないが、五条に心当たりはない。それを言ったら、今日が誰かの誕生日でもあるかもしれないし、そしてそれも心当たりはない。
「時間があるときは掃除しに来てる」
花を供えた歌姫は、五条から線香の半分を受け取ると、多すぎじゃない? と一度眉をしかめてから、香炉にそれを立てた。
「知り合い?」
「……そうね」
目を伏せて手を合わせた歌姫は、落ちた髪を耳にかけると、あんたも、と五条を促した。こんな世界に属している以上、縁もゆかりもないとまでは言わないが、刻まれた誰とも知らない銘に線香を手向ける。
非業だろうと寿命だろうと希望だろうと死は誰にでも平等だという。本当だろうか。
合わせていた手を解いて顔を上げると、ただ墓石を見つめている歌姫がいた。口元が緩んでいて、そう、それは多分ひどく優しい顔だった。
既視感がある。
その表情に、横顔に覚えがあって、五条は記憶を辿った。
そうだ、あのとき、歌姫の顔には包帯が巻かれていて、恐らく膿んでいるであろう傷による発熱で、かすかに覗く瞳が潤んでいたのだ。
「泣いてる?」
あのときもこんな風に聞いたのだったか。それならきっと歌姫はいつもどおりに返していただろう。
「泣いてない」
今みたいに。
「墓参りは、生きてる人間への慰めだから」
それもよく聞く話だった。
「傑の墓も建てればよかったかな」
「あんた、ずっと初恋を引きずってるみたいね」
「はぁ? 恋? キッショ。男を好きになる趣味はないね」
「……ガキ」
広大な墓地は、いつも音も風もない。ここだけはいつも厳粛に保たれているから、五条の目にも呪いは映らない。ただ墓石が立ち並ぶだけの静かな場所だ。
「歌姫のお墓はもうあるの?」
大小様々な石が遠くまで並んでいる。このなかには歌姫や五条が一切関わらなかった骸もたくさんあるのだろう。
「ここにじゃないけど、庵のはあるわよ」
ふーん、と五条はサングラスを持ち上げる。無味乾燥な景色は、どことなく空気がひんやりと冷たい。
「五条家のお墓は立派そうね」
「僕が死ぬと思ってる?」
「この世界にいて、自分の死を考えない呪術師なんかいないでしょーが」
呆れたように歌姫が笑う。ああ、笑うんだなと思った。
「死ぬなら花火みたいにぱっと死にたいなぁ」
「いいじゃない、大往生でも」
「え~~やだな~もっとかっこよく散りたい」
「未熟ね。老成の価値も知らないの?」
「だって周りには老害しかいないし」
「……それもそうか」
「そこ納得するんだ?」
おかしくて五条が笑うと、歌姫が苦虫を噛み潰したような顔をするから、更に笑いが込み上げた。
「いつか歌姫が死ぬときは見送ってあげる」
「私が先に逝く前提かよ」
「そりゃそうでしょ。歌姫弱いし」
「一言余計。つーか、現場一緒になることなんかないでしょ」
「駆けつけるよ」
「うざいから来るな」
歌姫は、自らの死に場所を呪いの場所だと断じていることに気づいているのだろうか。気づいていないんだろうな、歌姫鈍いから。
「だから僕が逝くとき、万が一歌姫がまだ生きてたら、見送ってよ」
「……それくらいの順番は守りなさいよ、後輩なんだから」
矛盾する歌姫の言葉に、五条はそうだねぇ、とゆったりと体を揺らして微笑んだ。
「ねぇ、先輩。愛してるよ」
にこりと笑えば、胡乱げな目が返ってくる。
「……あんた、その甘えたなところ、子どもたちにはちゃんと隠しなさいよね」
「はぁい」
墓地に風は吹かないのに、頬に触れる空気が冷たくて、五条は少し首を竦めた。
「歌姫」
呼ばれたから振り返る。高所ゆえの強風に、歌姫の髪も衣服も、五条の正装もばたばたと煽られている。
「楽しみだね」
世界の命運を掛けた決戦を前に、最強の術師はそう笑うから、歌姫は呆れてしまう。
「いや、全然」
「えぇ、嘘ぉ」
けたけたと上がる笑い声は、まったく普段どおりで、そこにはなんの気負いも、恐怖も感じられなかった。
「歌姫」
「……なに」
「君が呪術師でいてくれてよかった」
二の句が継げなかった。頭が真っ白になって、なにも言葉が浮かばない。いつかの会話が、墓石が、冷たい空気が、歌姫の身に彩やかに甦る。
ああ、花火か。
もしかしたら、五条の望みが唯一叶うときなのかもしれない、と歌姫は唇を噛み締めた。それはきっと希望の幕開けなのだ、と歌姫は信じている。
「……墓守は任せなさい」
「戦い前の後輩に普通そんなこと言う~?」
「約束は守ったんだからいいでしょ」
「あったね、万が一」
に、と笑う悪童を歌姫は目を眇めて見つめ返す。
「気張りなさいよ」
「とーぜん!」
現代最強の呪術師を送り出すのは、歌姫の役目となった。そうね。
「私、呪術師でいてよかったわ」
そう応えると、生意気な後輩は、ひどく嬉しそうに笑ったのだ。
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