木蔦(キヅタ)
2020-05-03 09:25:30
12471文字
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【サンプル】ホットミルク(タイトル未定)【ちょぎくに】(ツイ民だけに先行公開)


・2020/7/12(日)大阪インテ ちょぎくにオンリー新刊予定
・通販はフロマージュさん予定
・後日Pixivにもサンプルを公開予定
・お祈りとは少しラストを変えてます。




国広は不眠症だった。
と言っても毎日眠れないわけではない。ごくたまに何をしても寝付けない日がある。
今日はそんな日だった。

国広はすっかり湯冷めした身体で廊下を歩いていた。向かう先は厨だ。どうにも目が冴え切っているので、気分転換に水でも飲もうとしていた。
春はまだ遠く、廊下は冷たい。国広は布の代わりに布団のシーツを体に巻き付けていた。これは隠すためではなく防寒の目的だ。こんな夜中に起きてる者もいないため隠す必要もないだろう。大きいため少し床を擦ってしまうが国広は気にしていない。審神者や世話焼きの刀に見つかれば汚いなどと叱られるかもしれない。

廊下は板張りになっているため、そこを素足で歩くとつま先が氷のように冷たい。靴下でも履いて来ればよかった、と後悔するが引き返すのも億劫だ。国広はそのまま厨へと足を運んだ。

厨は明かりがついていた。
国広以外にもこんな夜中に起きている者がいるらしい。少し話でもすれば気が紛れて眠くなるかもしれない、と淡い期待を抱きながら、そっと中を覗いた。

そこにいたのは、己の本歌、山姥切長義だった。

「げ……!」

思わずそんな声をあげてしまったのは仕方がない事だろう。それもそのはず、彼とは犬猿の仲とも言われるほどいがみ合っている。本丸内で知らぬ者はいない。
気付かれないうちに引き返そう。ここで嫌味を言われたら気分が悪い。なぜ一日の終わりを気分悪く過ごさなければならないのか。夢見も悪くなりそうだ。
国広は踵を返そうとしたが、声まで上げておいて彼が気付かないわけがない。

「おや」

長義が声を漏らした。国広はしまったとびくりと身体を揺らす。一足遅かったようだ、振り切ってでも駆けて行けばよかったが今更後悔しても遅い。
眉を吊り上げて、イチャモンを付けて来るに違いない。どんな暴言が飛び出すか咄嗟に身構えた。

「眠れないのかな?」

しかし予想した言葉は飛んでこなかった。
それどころか、聞いたこともない優しげな声で国広に問いかけてくる。
国広は信じられない物を見る目で彼を見返した。

「えっと……
「何か飲みに来たんだろう?」

国広はこくりと頷いた。長義は苦笑すると、調理台近くに丸椅子を引き寄せ、国広を座らせる。
厨には火や水などを扱うスペースと、料理を盛り付けるためのスペースがある。盛り付けにはたくさんの料理が一時的に置けるよう、比較的大きな調理台が設置されていた。調理台の上は綺麗に片付けられていて、普段色とりどりの料理が並べられている様は微塵もない。国広が座らされたのは厨のほぼ中央で、防熱板に阻まれた箇所以外は厨房の様子が良く見える。防熱板の向こう側はコンロが置いてあり、上部には換気用の大きなレンジフードがあった。

「待ってて」

国広の耳元でそう囁くように言うと、彼は厨房の方へ向かった。冷蔵庫から何かを取り出し、鍋を火にかけ始める。
国広は自分の置かれている状況が良くわからず、彼の作業をじっと見つめた。
(これは、一体……?)

「さあ、お飲み」
彼に差し出されたのはホットミルクだった。ホカホカと湯気が立ち登り、ミルク独特の優しい香りが漂ってくる。
優しげに微笑んだ長義からマグカップを受け取った。じんわりと指先が温まっていく。長義は丸椅子をもう一つ引き寄せて、国広の隣に座った。
「熱いから火傷しないようにね」
国広は急に空腹を感じて、匂いに誘われるがままマグカップを口に近づけた。ミルクに紛れて微かに蜂蜜の香りもする。そのままそれを一口飲む。ふんわりとミルクと蜂蜜の甘みが口に広がった。
「美味しい?」
こくこくと国広は首を縦に振る。
「そう、良かった」
一層嬉しそうに微笑む長義を不思議な気持ちで眺める。一体これは誰だろうか。
長義のこんな表情は見たことがない。
国広が静かにミルクを飲む様子をニコニコと微笑んで眺めている。正直気持ちが悪いが、敵意がない者にわざわざ荒立てて何か言うつもりはない。そもそも初っ端から拍子抜けしてしまったため、国広は言い争う気分ではなかった。

「飲めたかな?」
国広はコクリと頷く。
「じゃあもう寝るんだよ、部屋まで送ってあげよう」
「え!? い、いらない、自分で帰れる……
「いいから」
長義は強引に国広の手を取った。国広は困惑してしまう。あの仲の悪い長義に手を繋がれているのだ。戸惑うなという方が無理である。しかし彼は手を離してくれそうにないため、国広はそのまま従った。それに夜騒ぎを起こすと周りの部屋に迷惑だ。
手を繋いだまま、ふたりで国広の部屋を目指す。強引と言ってもそれは乱暴ではなく壊れ物を扱うように優しく握られている。ここまででいい、一人で帰れると途中で主張したが、結局部屋まで送ってもらうことになった。それどころか、素足なのを見咎められ、無理矢理抱きかかえられてしまった。解せぬ。

「じゃあおやすみ」

国広の部屋に着き、国広はゆっくりと降ろされた。国広と背格好は変わらないのに、軽々と持ち上げられ、運ばれている時も不安定さなどまったくなかった。細いように見えて、鍛えているのだな、と思う。いや刀剣男士なのだから鍛えているのは当然なのだが。
長義は国広の頭を撫でて、去っていった。

一体なんだったのだろう。国広は先程までの出来事が信じられなくて、現実から逃げるように布団に潜った。身体は部屋を出る前に比べて、ポカポカと暖かい。足もほんのり熱が灯っている。
そして不思議なことに、あれほどまで眠くなかったはずが、布団に入った途端ストンと寝入ってしまった。


次の日目を覚ました国広は昨夜のことをぼんやり思い出した。
(確か眠れなくて、厨に行って、そして妙に優しい長義がいた……
あれは現実だろうか、現実だとして一体なんだったんだろうか、と疑問に思う。
朝餉のために大広間に行くと、ちょうど長義がいた。国広の顔を見るなり眉を顰め、嫌そうな顔をする。いつもの表情だ。
「なんだ偽物くんじゃないか」
「偽物って言うな、うるさい」
「偽物を偽物って呼んで何が悪いのかな」
これもいつもの会話だ。なんだかんだと国広に言い掛かりや嫌みを言わないと気が済まないのだ彼は。
話していても時間の無駄だと思った国広は、長義から顔を背け、彼からは遠い席に座った。

相変わらず長義は国広を貶した。やはり昨日厨で会ったのは彼ではないのだろう。同じ山姥切長義だが、印象はまったく似ても似つかない。恐らく夢か幻と言ったところではないだろうか。審神者の隠し子ならぬ、隠し刀という線もあり得る。
とにかく彼とは同一刃物ではないことは明らかだった。


昨夜の出来事は夢だろうと思っていた国広だったが、「もうあんな夢見ることもないだろうけど、また会えるものなら会いたいな」程度のことを考えていた。
彼は現実の長義よりも優しくて紳士的だった。写しに優しく、気配りもできる。まさに理想の本歌だった。国広はいないだろうと思いつつも、僅かな希望を胸にその晩も厨に向かった。


「また来たのか」

結果としては彼はいた。国広に気づくと、昨日と同じように微笑みかけて、話しかけてきた。
やはり夢か幻か隠し刀だろう。本丸の長義がこんなふうに国広に微笑みかけることはない。いや、あんな意地の悪い彼に、こんな慈しみの化身のような表情ができるわけない。

「うんうん、今日は靴下を履いてるね」

昨日のこともあり、防寒に履いてきたのだ。床を直接歩くのはさすがに冷えた。それにまた抱きかかえられては堪らない。

「また眠れない?」

国広はこくりと頷く。長義が手招きするので近くに寄ると、手を取られ、厨の隣の部屋に招かれた。
「ここで待ってて」
この部屋は空き部屋だ。空き部屋と言っても使ってないわけではない。厨の近くであるため場所が足りない時に料理を一時的に置いておいたり、少人数でご飯を食べる時に活用されている。部屋は八畳ほどの畳で、真ん中にこたつが置かれている。

国広はこたつの電源を付けて、そこに腰掛ける。練炭ではなく電気で温まるものだ。昔ながらの練炭も良いが、一酸化炭素中毒や火事の危険が伴うからとこの本丸では電気を採用している。
腰掛けたが、こたつも座布団もひんやりと冷たかった。まだ付けたばかりだから仕方がない。少しでも寒さを和らげるために、布の代わりに巻きつけていたシーツを引き寄せた。

「お待たせ」

幾分もしないうちに長義がやってきた。昨日よりだいぶ早い。もしかして予め準備してあったのかもしれない。ちなみにこたつはまだ温まっていないため、身体は冷え切っていた。そこに温かいマグカップを渡される。冷たかった指先が熱でジンと痺れる。
長義は向かい側に座るかと思ったが、なぜか国広の後ろに回り込んだ。
そして彼自身もこたつに入り、国広を抱きかかえるような格好になる。
(どうしてこうなった……?)
国広の腹に長義の腕が回り、まさに抱き締められてるようだ。顔のすぐ横に長義の吐息を感じる。普段の戦闘着ならともかく、隔てているのは数枚の布だけであるため、体の温もりや筋肉などの感触が直接伝わってくる。国広を動揺させるには十分だった。
「あの、その……
「ほら、こうすると温かいだろう? 身体が冷えるから寝付けなくなるんだ」
「え、あ、はぁ……
曖昧な相槌を打つ。確かに冷えた身体は長義の体温で少しずつ温まりつつあるし、マグカップの熱で手の冷えはなくなった。ホットミルクを飲むと身体の芯が熱が灯ったし、こたつも温度が上がってきたため、足の冷えも和らいでいる。
だけどこの体勢でなくてもいいのではないか。そう疑問に思った。
そんなことを考えながらミルクを飲むうちに徐々に頭がぼんやりしてくる。瞼が重くなってきた。最後の一口を飲む頃には体を起こしているのがやっとの状態だった。
「飲めたかな?」
こくんと頷く。
「眠い?」
再び頷いた。
「じゃあ部屋に戻ろうか、送るよ」
今日も長義に手を引かれ、部屋まで戻った。彼を見送って障子を閉めると、国広はすぐさま布団に入った。そしてすぐに寝入ってしまった。あんなにまで冷え切っていた手足はポカポカと温かかった。


「はぁ……

翌日、国広は掃除当番が割り当たっており、寒い中庭を掃いていた。竹ぼうきで落ち葉をかき集める。北風が吹くたびにぶるりと身体を震わせた。

昨夜も長義に会った。夢か現かわからないが、本丸の長義とは比較できないほど非常に優しかった。彼の正体は一体なんなのだろうと考える。

「おい、偽物くん! さっさと手を動かせ!この愚鈍!」
国広は長義にそう言われムッとする。確かに呆けていたのは自分だが、もう少し言い方と言うものがあるだろう。
「そんなんじゃ午後まで掛かるぞ、この時期はいくら昼と言っても十五時過ぎると冷え込む。ちんたらやってたら終わらないぞ!」
正論は正論だが、彼の言い方は毎回棘がある。もっと別の言い方があるだろう。こんな嫌味ばかり言うやつが昨夜と同一人物なわけがない。爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいくらいだ。
「あーもう! はいはい、わかったわかった!」
「返事は一回でいい、サボってたのはお前のくせに生意気だぞ」
「ちょっと考え事してただけだろ! イチイチ細かいな!」


その晩も国広は厨へ向かった。彼が本丸の長義とは別刃だとして、国広だけが見ている幻覚なのか、はたまた実在するのかを確かめるためだ。
昨日と同じくらいの時間帯に向かうと、厨は明かりがついていた。そしてそれは期待通り長義だった。

「やあ、今日も来たんだね」
昨夜と同様に手を取られ、隣の部屋へ連れて行かれる。こたつに入れられて「待ってて」と厨へ消えて行った。今日は既にこたつは温まっている。国広が来ることを見越して、付けておいてくれたのだろう。そしてすぐにホットミルクが出てきた。そして長義に国広の真後ろに回り込み、抱きかかえる。
「さあ、熱いから気を付けてね」
国広にマグカップを手渡してきた。国広はゆっくりとそれに口を付ける。
(今更だが、この体勢を拒否してもよかったのでは?)
そんなことに気づいた。しかしやめてほしいというのも雰囲気的に憚られる。なんだかこの長義には嫌と言わせない威圧感があった。
(それよりも、これが現実なのか確かめなくては!)
当初の目的を思い出す。しかし確かめようと勢い込んだは良いものの、何も案がなかった。どうすれば夢と現実がわかるかなんて方法を考えつかない。
(今ここで頬をつねって……いや待て、痛みも幻かもしれない。じゃあ一体何をすれば……??)
そんなことを考えながら国広は大人しくホットミルクを飲む。蜂蜜の甘みが程よく、こくこくと飲んでいくと身体の芯が温まる。そのうち頭がぼんやりして、眠くなってきた。

後頭部が何かに触れたような感触があった。国広はそれが何なのか確かめようと振り返る。すると長義の顔が間近にあって、びっくりしてしまった。自分とそっくりと言われるが、全然違う整った顔がそこにあった。咄嗟に顔を逸らすが、恥ずかしくて頬は赤く染まっている事だろう。妙にドキドキしてしまう。
「国広、美味しいかな?」
「え、あ、ああ」
「そう、よかった」
先程の感触がなんだったのかはわからないが、この場をやり過ごすことでいっぱいいっぱいだった。だからそのことは特に追求しなかった。

その日もすべて飲み切ると長義が部屋まで送ってくれた。そしてすぐに眠りに落ちた。当初の目的だった彼の正体は結局わからなかった。



夜に彼の正体を確かめようとするのは諦めた。
まず確かめる術が思いつかないし、あったとしてもミルクを飲んでいるとすぐに眠くなってしまって、判断が鈍ってしまう。
だから国広は考えた。昼間のうちに何らかの証拠を掴もう、と。

彼の正体を暴くため、国広はアマゾンの奥地——ではなく、審神者の執務室に向かった。
幸か不幸か、審神者は留守だった。国広がそっと部屋に入ると、端末が無造作に置いてある。これが国広の目的の物だ。
国広は彼がこの本丸の二振り目なのではないかと疑っていた。審神者がこっそりと育てている秘蔵の刀。山姥切長義は滅多に入手できない刀なので、刀解・連結を惜しんだ可能性があり得る。
しかしこの端末は騙せない。これは本丸に所属している全刀剣男士のデータを管理しているのだ。
国広はそれを操作し、刀剣男士の情報を確認する。
「や・ま・ん・ば・ぎ・り・ち・ょ・う・ぎ
検索機能を使い、刀剣名を入力していく。すぐに端末に所属する刀の一覧が表示された。
「あ……!」
結果としては外れだった。『山姥切長義』はこの本丸に一振りしか所属しておらず、二振り目の線は消えたという事だ。

次に考えたのは国広が見た夢という可能性だ。
眠れないと困っていたが実はそれ自体が夢だったという可能性である。しかしこれはすぐに現実だと証明された。冷蔵庫にある牛乳が夜のうちに減っているのだ。もちろん国広が飲んだと言う証拠はない。別の誰かが毎晩飲んでいる可能性だって否定はできない。
しかし国広は厨に行くまでは意識がはっきりしている。夕食を食べ、風呂に入り、その延長線上で厨に行ったのだから、どこかで突然寝たと考えるのは不自然だろう。夢だというならば、歩いていた時に突然意識を失ったことになってしまう。
だから厨に行き、ミルクを飲んだのは現実なのだろうと考えた。
つまり夢である可能性は極めて低い。

残る可能性は本丸にいる長義本人か、国広が作りだした幻覚かだ。正直幻覚が一番有力ではないかと思っている。
精神がおかしくなってしまって、あり得ない物が見えるということだ。長義との関係が上手く行かないばかりに都合の良い長義を脳内で生み出してしまったのかもしれないと国広は思う。

そしてそれを確信する決定的な事が起こった。
長義が中傷を負い、手入れ部屋に入った。彼の練度はカンストしていたが、その日はたまたま検非違使に出くわしてしまったらしい。夕食を彼に運ぼうとしていた燭台切から、一晩手入れ部屋で過ごすらしいと聞いた。もしも夜に会っているのが本人であるなら、今夜は会えるはずがない。

その夜、国広は意を決して厨に向かった。
しかしそこには変わらず彼はいた。怪我をした素振りも見せず、いつものようにホットミルクを作って国広を待っていた。
そして国広は確信したのだ。

これは俺の幻覚なんだ、と。

残る可能性は二択だったが、本人ではないことが証明されてしまったため、消去法で幻覚だとわかってしまった。それほど精神を病んでいたらしい。

愕然とはしたが、こたつに入るよう彼に促され、言う通りにする。
そして今日もあの体勢でミルクを飲むことになった。長義との距離が近いとドキドキしてしまうので、少し避けたいという気持ちがある。しかしそんなことお構いなしの長義は今日も国広を抱きかかえて、ミルクを飲むのを見守っている。
国広は勇気を持って、言ってみることにした。
「あの、この体勢……その、ちょっと、」
「いつもそうだろ?」
「でも、その……
「お前は身体が冷えやすいから、こうしておかないといけないよ。この前も言ったけど寝付けない原因っていうのは大抵身体の冷えなんだ。風呂に入って湯冷めしてしまうと、寝付けなくなる。お前の部屋は風呂から遠いから、部屋に帰る途中で冷えてしまうんだろうね」
「えっと、離して、くれると有り難いんだが……
「どうして? 温かくない?」
「いや温かいけど」
「ならいいじゃない」
……
しかしこの距離はドキドキしてしまう。この体勢は嫌だと主張したいのに彼を納得させるような理由が出てこない。口を開けたり閉じたりした後、結局恥ずかしくて上手く伝えられず黙りこむ。心臓は壊れんばかりにドキドキしているが、受け入れるしかなさそうだ。
背中に感じる長義の体温を妙に意識してしまう。

ふと後頭部に何かが触れるのを感じた。昨夜と同じ感触だ。しかし長義の腕は国広の腹に巻きついているため、彼の手が何かをしたわけではないだろう。動きを止めた国広を不審に思ったのか、長義が問いかける。
「国広? どうかした?」
「な、何でもない!」
慌てて否定すると、手を滑らせて、ミルクを少し零してしまった。幸いにも国広の手に少し付いただけで、机やこたつの布には零れていない。
長義はすぐさま国広の手を取り、そのミルクを舐め上げた。
「〜〜〜っ!」
「大丈夫? 火傷してない?」
国広はすぐに舐められた手を引き、隠すように長義から遠ざける。舐められた箇所がじん、と熱を持った。
「さ、冷めてたから、大丈夫だ……!」
冷めてたから痛みはないはずなのに、なぜかじんじんとした熱が止まない。どうしたのだろうか。
一方、長義は今の行為をあまり気にしていないらしい。手は再び国広の腹に巻きつき、すぐに同じ体勢に戻った。
国広ばかりが動揺している。それがおかしいことのような気がして、努めて表向きには何でもないことのように取り繕った。

(ただ単に舐められただけなのに何を意識してるんだ俺は……!)

国広が自分の思考に沈んでいると、目元でちゅっと音がした。何の音だろうか。
「???」
「冷めてしまったなら淹れ直そうか?」
「え、いやいい。あと少しだし」
「そう」
結局何だったのかよくわからなかった。


朝起きて、廊下でばったり長義に会った。夜に会う長義のことを思い浮かべ、じろじろと観察する。
「何見てんだよ」
ギロリと鋭い視線を向けられただけで、あの優しい面影はない。
(やっぱり別刃……? いやでも二振り目はいないし、審神者の結界があるから他所の刀が侵入してるのも考えにくい……
まんばは首を捻る。何度考えても同一人物とは思えない。
「あんた、怪我はもういいのか?」
「怪我?ああ、もう大丈夫だ。なんだ、心配してくれたのか?」
彼はニヤニヤとした笑みを浮かべる。
「いや、別に。それより昨夜はどこにいたんだ?」
「昨夜? 手入れ部屋だけど? すぐに寝た」
やはり国広が推理した通り、厨で会った彼とは別刃ということになる。彼は自分が作り出した幻だったらしい。
「ハッやっぱり俺の勘違いだな! あんたの顔見ててもつまらないだけだ!」
「はぁ? 写しが舐めた口利きやがって!」
「本歌がそんなんだから、写しがこうなるんだ!」
こんなに性格の悪いやつが彼なわけがない、国広はそう思った。


夜、いつもと同様に後ろから抱きしめられながらミルクを飲んでいた。時折撫でられたり、ぎゅっと力を込められたりする。
昨日までこういう事は止めてほしいと国広は思っていたが、もしこれが幻覚ならまあいいかという気分になってくる。未だドキドキはするが、これは自分の都合の良い空想なのだから、緊張する必要はない。
気も緩み、身体が温まったこともあって、うとうとしてくる。国広は長義に凭れかかり、重い瞼を閉じた。
「今日は何だか甘えただね?」
やれやれと言いたげな声が降って来るが、嫌そうな雰囲気はまったくない。相変わらず声は優しげだ。
国広は睡魔に勝てず、瞼が持ち上げられない。だから彼がどんな顔をしているのかなんて想像でしかわからないが、きっと困ったような微笑みを浮かべているだろう。
「仕方ないな」
額に何かの感触があり、その後すぐに浮遊感があった。恐らくお姫様抱っこされているのだろう。ふわふわした感覚で、心地が良い。
ゆらゆら揺れている。
しばらくすると、どこかに降ろされ、布を身体に被せられた。布団だろうか。恐らく長義が部屋まで抱きかかえて運んでくれたのだろう。
「おやすみ」
そこで完全に国広の意識は途絶えた。


朝、国広は目が覚めた。深く眠っていたようで、頭がすっきりしている。気分がいい。
確か昨夜はいつものように長義に会い、ミルクを与えられ、そしてうとうとしてしまい……、そして気付けば朝だった。
国広は部屋まで移動した記憶がない。しかしここに寝ているということは、厨に行っていないか、誰かが国広を運んでくれたということだ。
もしや無意識のうちに自分で移動したのだろうか。いや、それはない。そこまで耄碌してないはずだ。

(昨日のは最初から夢だった可能性もあるな……?)
だってあれは国広が作り出した幻覚だ。それなのに厨から部屋に帰った覚えがない。
だから自分は最初から布団で寝ていて、厨に行く夢を見た、ということかもしれない。リアルな夢だった。温かい感触や浮遊感は今でも思い出せる。
(そういえば昨日はたくさん長義に触れられた……
抱きしめられた腕の感触、撫でられた髪……、最近は接触が多くなっていると気付いた。確か夢は自分の願望を示すと誰かが言っていた。
(ま、まさか俺は触れられたがってるってことか……!? 長義に!?)
もしや彼の事を好きなのではないかと頭を過ぎる。それはないと否定するが、その考えは頭から離れず、頬は火照って行く。
確かに夢の中の彼は優しいし。一緒にいると心地いいと感じる。彼とこういう関係でありたいと願った結果なのだろうか。そう考えると絶対違うとは言い切れない。
(俺が、長義を……?)

国広は昼間長義に会ったが、その考えを拭いきれずドギマギしてしまった。おかしいなやつだと思われただろう。いつもの言い合いすら上手くできなかった。

そんなこともあり、夜、国広は厨に行くべきか悩んでいた。厨に行けば幻覚の彼に会うだろう。しかし好きかもしれないと考えに至った今、どうにも顔を合わせづらい。
もういっそこのまま寝てしまおうか、と布団を被ったが、妙に目が冴えている。眠れそうにない。

『身体が冷えるから寝付けなくなるんだ』

長義の言葉を思い出した。いつもはホットミルクで眠気を誘っていたが、身体が温まれば何でもいいだろう。
(身体を温めるには、筋トレだ!!)
国広は布団から起き上がり、腕立て伏せ、腹筋、スクワットなど、ありとあらゆる筋トレをした。
身体は温まり、心地いい疲労感もある。しかし眠気は一向にやって来なかった。
(なんでだ……
身体が温まれば眠れるんじゃなかったんだろうか、何が足りない、と考える。国広は知る由もないが、実はこの時激しい運動の所為で交感神経が活発になり、脳が興奮状態になっていた。そのためいくら身体が温まっても、脳の状態が眠気を妨げてしまっていた。

どうしたものかな、と悩んでいると部屋の外から声が掛かった。

「国広、入っていいかな?」
それは長義だった。なぜここに、という思いが大きい。いつも厨で会っていたので部屋に来るのは初めてだ。いや、幻覚だから国広がいるところに自然と現れるのだろう。
幻覚とはいえ、会うと狼狽してしまうため、帰ってもらいたい。今、顔を合わすのは恥ずかしかった。しかしどうやったら帰ってくれるのか思いつかず、仕方なく部屋に入れると、長義はホットミルクを持っていた。

「遅いからどうかしたのかと思ってね」
待ってたんだよ、と言外に言われる。国広は動揺してしまった。約束はしてないがこの状況は逃げられない。

いつもの体勢でミルクを与えられる。いつものというのは後ろから抱きかかえられる形だ。それをこたつではなく布団でしている。
ごくんとミルクを一口飲んだ。
「温かいかな?」
こくこくと頷くと長義は笑顔でよかったと呟いた。
国広は先ほどの疲労感もあり、徐々に眠気がやってくる。コクリコクリと舟を漕ぎ始めた。
「そろそろ寝ようか」
「まだ、……飲んで、……
「いいから」
マグカップを取り上げられて、布団に寝かされた。
もう眠りに落ちる直前だったが、ちゅぅ、と唇を吸う感触がして驚く。慌てて重い瞼を開けると、目の前にはぼやけるほど近くに長義の顔があった。咄嗟に退けようとするが、疲れのせいか、はたまた体勢のせいか、力が入らない。
そのうちに舌まで入り込んできて、国広は混乱した。
(こ、これは一体何だ……!? どういうことだ……!?)
口内を一通り好き勝手された後、ようやく解放された。
今のは一体何なのか問いただしたいが、身体は言うことを聞かず、ぐったりと布団に落ちたままだ。とろんとまた眠気が襲ってくる。眠ってる場合ではないのに、それに抗えない。

「おやすみ」

そこで意識は途絶えた。



朝、目が覚めると国広はひとりだけで布団に寝ていた。部屋や自分に変わったことはない。いつもと同様に昨日も幻覚だったのだろう。



あっという間に夜になり、国広は布団を敷く。風呂に入り、寝間着に着替えた。
厨に行くべきだろうか、と国広は考える。正直恥ずかしくて顔が合わせづらい。妄想だとしても気まずい事は気まずい。
まだいつもの時間ではないから、明日の準備でもしながらゆっくり考えよう、と思ったところだった。
「国広、入ってもいいかな」
部屋の外から長義の声がした。国広はびっくりしてすぐさま障子を開ける。彼の手にはホカホカと湯気が出ているマグカップがある。
「な、なんでここへ?」
「昨日も来たじゃないか」
「いやでも今日はいつもより早いんじゃ……
「寝るなら早い方がいいと思ってね。夜更かしするのは良くない」
長義は我が物顔でズカズカと国広の部屋に入り込む。そして昨日と同じように布団に座った。そして国広を手招きする。国広は追い返したかったが、動こうとしない長義を見て仕方なく自分が折れることにした。長義にもたれ掛かるようにして腰掛ける。そしてマグカップを受け取り、飲み始めた。

ミルクを飲む国広を長義は微笑んで見つめている。その視線が気になって国広の意識はすべてそちらに向かっていた。見られていると思うと身体が熱くなる。恥ずかしい。
こうなったら早く飲み終えるしかない。そうすれば彼は退散するはずだ、と国広は必死でミルクを飲んだ。甘いミルクのはずが、今日ばかりは味がよくわからなかった。

すべて飲み終え、一息つく。ようやく長義は出て行ってくれるだろう。しかし長義は動こうとしない。仕方なく国広から声をかけた。
「えっと、もう眠くて……ちゃんと寝るから帰ってくれないか?」
なかなか動かない長義を促すが、否定の言葉が返って来る。
「そんなことないだろ?」
長義は国広のことをわかり切っているかのような言い方をする。なぜそんなに自信満々に否定するのか。事実、国広は眠気を感じていた。風呂上り直後で、さらにいつもと違って温かい格好で風呂から戻ったため湯冷めせずに済んでいた。それに加えホットミルクも飲んだのだから完璧だ。少し早い時間とは言え、横になれば数分で意識を手放せそうなほど眠かった。

「いやもう眠いから大丈夫だ」
「じゃあお前が寝付くまでそばにいるよ」
「本当に寝るから、心配しなくても」
「じゃあ横になって」
長義は頑なで譲らない。
言う通りにすればいなくなるかと考えた国広は、渋々布団に横になる。しかし長義は出て行くどころか、国広の隣に寝転がった。
「寝るまで添い寝してあげるから」
「いい、いらない……!」
「親切心を無下にしたらダメだよ」
「いや、無下にしているというか、迷惑というか……
「ひと肌があった方が温かくて寝れるよ」
「でも」

そう言い争っている間に、身体がおかしいことに気づいた。身体全体がいつになく火照っている。熱い。
……?」
「ほら、もっとこっち寄って」
「ひゃ……っ」
長義に触れられて、声を上げてしまった。自分の声が信じられなくて口元を押さえる。甘い痺れが全身を走った。触れられた箇所が妙に熱い。
「国広? どうかしたのかな?」
長義に肩を触れられ、それにも反応し、びくりと揺れてしまう。どんどん体が熱くなっていく。
なんだか下半身もおかしい気がする。熱が急速に集まって来て、触れたわけでもないのに兆し始めている。
「国広」
「長義、近づかないでくれ……っ! 今なんかおかしいから……っ!」
「おかしい?」
「へん……! なんか熱くて……っ!」
「苦しそうだね。大丈夫、俺が楽にしてあげるから」
長義が国広に覆い被さる。ギラギラした瞳で国広のことを見下ろしていた。




※続きは本で。
※全年齢本なので、R18シーンはありません。