夜明 奈央
2024-12-15 14:23:48
2755文字
Public 中太SS
 

中太 #リプでもらった言葉をテーマにSSを書く

いただいたリプ「鍋焼きうどん」「ほっぺ」「バニー」をテーマに書きました。
お題の都合上大遅刻ハロウィンです。

 10月末日は全員仮装して業務にあたること
 首領からそうお達しが出たのは、10月も半ばを過ぎてのことだった。10月末日といえばハロウィンだが、ポートマフィアはハロウィンに浮かれるような腑抜けた組織ではない。構成員は皆首を傾げたが、この組織において首領の命令は絶対である。例えそれがどんなにくだらない命令であっても。
 世間にも浸透し始めたこの行事に託けてエリスに仮装させたいとか、どうせその程度の理由だ。長く勤めている者にはすぐに察しがつく。あまりにもくだらなくて放り出したくなるが、こんなことで叛逆者扱いされるのもバカバカしい。仕方なく、その日は仮装をして業務にあたることにした。
 俺が本部ビルに顔を出すと、皆思い思いの仮装を施していた。マフィアらしく黒スーツの者が多いが、頭に魔女帽子を被っていたり、スーツの下から包帯が覗いていたりする。中には本当に怪我をしたのかと見紛うような本格的な特殊メイクをしている者もいる。けれどあまり派手な仮装をしている者はいないようだった。業務が免除されるわけではないから、当然といえば当然かもしれない。
 かくいう俺も、仮装として選んだのは吸血鬼だ。それらしい黒いマントを羽織り、鋭い牙を貼り付ければ完成。至ってシンプルな装いだ。これなら業務にも影響はない。
 衣装が多少異なる以外には普段と変わらぬ午前の業務を終え、いつも通り食堂へ向かうと、そこは普段以上の賑わいを見せていた。人が多いだけでなく、俺の周囲より気合を入れた仮装の者が多い。狼のフルフェイスマスクを被っている者や、魔法少女のようなステッキを持っている者もいる。あちこちでお菓子の交換をしている者もいる。こうして見てみるとそれなりに楽しい。仮装にばかり気を取られてハロウィンという本来のイベントのことをすっかり忘れていたが、せっかくならそういったものも準備するべきだったかもしれない。
 そんな風に少しばかり浮かれていたが、注文を済ませて空席を探す段階になると、それどころではなかった。混み合いすぎて、自分の座る席がなかなか見つけられない。流れに流れて隅の方にようやく腰を下ろすと、隣にいたのは太宰だった。
「なんでいんだよ」
「後から来たのはそっちでしょ」
「普段食堂とか来ねぇじゃん」
「君に関係ないでしょ」
 こいつがいちいち素直に俺の疑問に答えないのは今に始まったことではない。いつまでも実のない言い合いをしていても仕方がないので、さっさと己の食事に手をつけることにする。既に注文を済ませて随分経ってしまった。せっかく鍋焼きうどんにしたのに、多少冷めてしまっただろう。ふと隣の太宰のトレイを見ると、俺の目の前にあるのと同じ小鍋が載っていた。もう食べ終わったようだが、俺と同じメニューだったのだと思えばなんだか罰の悪い気分になった。
 それをなるべく考えないようにしばし無言でうどんを啜っていたが、だんだんと太宰の方が気になってくる。太宰の格好は、いつもと変わらぬようだった。真っ黒のスーツに真っ黒のネクタイ。所々に包帯が目立つが、いつも通りだ。
「今日は仮装することになってんだろ? 手前は何の仮装なんだよ」
「昼食中くらい外してたっていいでしょ」
 太宰は面倒そうに目を眇め、隣の椅子からうさぎの付け耳を取り上げた。そのまま自身の頭に装着する。
「どう? 可愛いでしょ?」
「まあ……
 真っ黒の毛に覆われたふわふわの耳は、太宰の黒髪によく似合っていた。片方の耳はピンと立ち上がっているが、もう片方は図ったかのように半分程で折れている。鍋焼きうどんで温まったからか、珍しく顔色も良い。薔薇色に染まった頬も相まって、なんというか、あざとい。
 こいつの本性を知っていながら、不覚にも可愛いと思ってしまったことが悔しくて曖昧な返事をした。
「うさ耳カチューシャだけって手抜きじゃねぇの?」
「君だってマント羽織ってるだけじゃない。何それ? 魔法使い?」
「吸血鬼だっつの。ここに牙あんだろうが」
 口を開けて指し示すとふーんと覗き込んでくる。うさ耳を装着したままの太宰の顔が近づいてきて、どくりと心臓が跳ねた。これくらいの距離は珍しくもないはずなのに、妙に落ち着かない。普段はあまり気にならないのに、柔らかそうなほっぺは舐めれば甘そうだ。
「それ、食べても取れないの?」
「今のところは。どれくらいまで耐えられるかは知らねぇ」
 だから本日の食事は鍋焼きうどんにしたのだ。あまり硬いものを食べて牙が外れてしまっては色々と面倒だ。
 太宰は興味津々に角度を変えて覗き込み、牙を指先でつんつんと突いてくる。その程度では外れないことを確認済みなので、牙はびくともしない。
「これって接着剤?」
「なんでもいいだろ」
 太宰は一頻り俺の牙を突つくと満足したのか、あっさりと離れていった。公衆の面前であることを考えれば有り難いのだが、どうしてもがっかりしてしまう。何とも複雑な気持ちで食事に戻ろうとすると、太宰が突然俺の目の前に掌を差し出した。
「トリック・オア・トリート」
「あ?」
「ハロウィンの決まり文句だよ。悪戯かお菓子か。知らないわけないでしょう?」
 知らないことはないが、つい先程食堂に来てから初めて思い至った事象だ。にまにまと楽しそうに目を細める表情は悪戯する気満々で、言葉に詰まってしまう。一応ポケットをまさぐってみるが、菓子の類を持ち歩く習慣はないので当然の如く何も出てこなかった。
「これじゃダメか?」
 まだ崩していなかった鍋焼きうどんの卵を箸で指し示すと、太宰は嫌そうに口を尖らせた。
「お菓子じゃないでしょ」
「トリートならお菓子に限らねぇだろ。卵はご褒美じゃん」
「お腹いっぱいだから受け取り拒否。自分で食べれば」
 興味を失ったのかそのまま退散しようとする太宰を見て、俺にも考えが浮かんだ。
「待てよ」
 太宰の腕を引いてその場に留まらせる。意識がこちらに向いたのを確認してから、俺もにんまりと笑みを浮かべた。
「トリック・オア・トリート?」
「はいはいお菓子ね」
 自分から仕掛けるくらいだから、太宰は当然お菓子を用意しているのだろう。予想通り慌てた風もなくポケットに手を突っ込むのを制して身を寄せる。
「ちょっとっ!」
 太宰の制止する声を無視して、ほっぺに齧り付く。見た目程甘くはなかったが、もちもちとした感触はいつまでも食んでいたいぐらいに極上だ。これじゃトリック・アンド・トリートか。俺としては願ったり叶ったりだが。
「いっっった……!」
 太宰が強引に俺を押しのけ、信じられないとでも言うように鋭く睨みつけた。仕方なく離れたところで、俺の牙がぽろりと落ちた。


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