loostar19
2024-12-20 21:00:00
7797文字
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わたしの小さな希望

昨年のディミトリ誕生日に公開したものですが、個人的に気に入っているので再掲します。
ほんの少しですが、修正している部分があります。
ディミトリ、お誕生日おめでとう。

「美しいでしょう? それに目を着けるとはさすが騎士様、お目が高い」
「ほう?」
 前哨基地から出向いた街の店先で、フェリクスの目を引いたのは小さな銀細工だった。
 王都フェルディアから行商に来たという商人は、どこか満足げな表情を浮かべて銀細工を手に取り、フェリクスの鼻先に突きつけてみせた。
「こちらはフェルディアの職人が作り上げた銀製の工芸品で、このフォドラに二つと無い逸品ですよ。大切な方の贈り物にいかがでしょう」
 ブレーダッド領はフォドラでも随一の良質な銀鉱山を有しており、それ故王都フェルディアには昔から銀の加工や細工が盛んに行われ、城下では銀製の工芸品が軒を連ねる通りもあった。フェリクスも王都へ寄ったついでに母への土産物として銀食器を買って帰った事もあった。
「贈り物か……。良いだろう、気に入った」
「ありがとうございます! きっと気に入ってくださいますよ」
 フェリクスが懐から硬貨を出すと、商人は満面の笑みを浮かべて、その銀細工を包んで差し出した。
 青く染められた組紐の両端に、雪の結晶が銀細工で小さく彩られていて、それは無条件にフェリクスに故郷の雪景色を思い出させた。フェリクスはその銀細工を一目見た瞬間、あの男の事を思い出し、思わず店先で足を止めてしまったのだった。
「髪紐が千切れたからといって、資材を纏めていた紐で髪を縛るやつがあるか……?」
 フェリクスの王はおよそ自身の事を顧みる事が無い。派手でいる必要はないが、だからといって身に付けるものに無頓着すぎるのも一国の王としてどうかと思う。
「フン……。これで少しは身なりを振り返ってくれると良いがな」
 街で思いの外、良い物が手に入ってフェリクスは機嫌が良かった。
 これであとは本人にさりげなく渡すだけだ。
『誕生日おめでとう』と一言を添えて。



 国王の立派な天幕の前で、大きく息を吸い込んでは吐き出す作業を繰り返す。ディミトリの天幕には警備の兵が常在しているので、恐らく『公爵はさっきから何をしているんだろう』と思われているに違いない。
「おい、ディミ、……陛下はおられるか」
「は。陛下は中に」
 ようやく警備兵に声をかける事に成功し、フェリクスは胸を撫で下ろした。
 今日はディミトリの誕生日である。しかし王の誕生日だろうがなんだろうが戦場は待ってくれるはずもなく、相も変わらず自ら前線に突っ込んでいく国王にフェリクスは呆れた。
 人払いを済ませ、フェリクスはディミトリの天幕を潜った。
「入るぞ」
「もう入っているだろう。こんな時間にどうしたんだ、フェリクス」
 そう言って振り返ったディミトリの表情が笑顔だったのでフェリクスは安堵した。さっきまで食堂で仲間達に囲まれていたディミトリは少し疲れた顔をしていたから。
「お前こそ早く休め。連戦ばかりで疲れているのだろう?」
 こんな小言を言いに来た訳ではないのに、本人を前にするとつい言ってしまうのは何故なのだろう。
「そう言われてもな。まだ仕事が……
 そうディミトリが言いかけていたところに突然、天幕の外から聞き覚えのある声が響いた。
「陛下! 私です。まだ起きていらっしゃいますか」
「ロドリグか?」
 こちらに振り返ったディミトリに頷いてみせると、ディミトリは自ら突然の来訪者を迎え入れた。
「夜分に失礼します。ん? なんだフェリクス、お前も居たのか」
「フン、居たら悪いか」
「ほう、さてはお前、陛下を独り占めするつもりだったな?」
 突然天幕に現れた父は右手に角杯、左手に酒瓶を手にしていて、フェリクスは頭を抱えそうになった。その日が誰かの誕生日と知ると父は決まってこうだった。
「さあ、今宵は陛下のお誕生日です。お祝いに一杯やりましょう」
「角杯か、これは……まいったな」
 早速並々と注がれた角杯を手渡されてしまったディミトリは、白い頬に苦笑いを浮かべている。
ファーガスの名物の一つでもある角杯は、渡されたが最後、飲み干すまで杯を置くことは許されない代物である。例えそれが国王であろうともそれは変わらないのだ。
「折角です。今宵は私から陛下にささやかな贈り物を、と思いましてね。まぁ、年寄りの他愛ない独り言とでも思っていただければ……。陛下、座っても宜しいですかな」
「ああ、勿論だ」
 ディミトリの許可を得た父は一つ頷いてから来客用の椅子にゆっくりと腰掛け、酒瓶を机の上に置いた。フェリクスもディミトリを促して二人して椅子に着いた。机上の燭台の炎が揺らめきディミトリと父の頬を琥珀色に染めて、その幻想的な光景にフェリクスはこれから始まる物語の一頁にらしくもなく胸を踊らせた。これから父は何を語るつもりなのだろう、と。
「では、貴方が生まれた日の事をお話ししましょう。二十年前の今日の事を……



 二十年前のその日、公務を終えた私は、王都に滞在しておりました。数日前から続く大雪で領地への街道が閉ざされ、足止めを食らっていましてね。その日も朝から大雪が降っていました。城下にある屋敷に滞在していた私の元に、王城から使者がやってきて、こう言ったのです。

『王妃殿下が産気づかれました。国王陛下が急ぎ登城せよ、と』

 私は着の身着のまま王城へと走りました。なにせ王妃殿下は初めてのお産でしたし、先王陛下、ランベールにとっても初めての事でしたから。それに……、無事に産まれれば王家にとっては実に数十年ぶりのお世継ぎの誕生となるのですから。

『おお、ロドリグ! 来てくれたか、友よ』
『当たり前だ、ランベール。それで、どうなのだ、王妃殿下のご様子は』
『分からん。何せ俺は王妃の部屋に入ることも出来んからな。ああ、こんな時一体どうすれば良いのだ? 教えてくれロドリグ!』
『落ち着け、ランベール。男はこういう時、何も出来ん。生まれてくる赤ん坊と妃殿下の無事を祈るしかないのだ』
『そうか……、そうだな。今は女神に祈ろう』

 ええ、それはもう周りは大変でした。落ち着かない、と言ってランベールの奴は槍を振りだす始末で、先に長男が生まれていた私としては、何か力になれるかもしれない、などと思っていたのですが……、結局の所あまり力にはなれませんでしたね。
 王妃殿下のお産は朝からその日の夜中までかかりました。本当に……、さぞ大変だった事でしょう。
 そして私達を初め城の者が無事を祈る中、その報せは届きました。

『国王陛下、おめでとうございます。今し方お生まれになりました』
『お、おお……! それで“どっち”なのだ!?』
『はい、元気な王子様にございます。さらに……
『王子か! そうか!』
『王子様は“ブレーダッドの小紋章”を宿しておられます。つまり……、王位継承者にございます』
『そうか……、わかった。それで、王妃は無事なのか』
『かなり消耗されておられますが、ご無事です。暫く休めば元気になられるでしょう』
『王妃に感謝せねばならんな……。元気な子を産んでくれただけでなく、紋章まで……
『おめでとう、ランベール。お前もついに父親だな』
『この俺が父になるなど……。ありがとう、ロドリグ。お前が側にいてくれたおかげだ』
『馬鹿を言うな、俺は何もしていない。さあ、顔を見せてもらいに行こうじゃないか。“ファーガスの未来”の顔を、な』

 そうして私達は、生まれたばかりの赤ん坊と対面したのですが……。何故か、ランベールが赤ん坊を抱くのを拒むのです。己の力で赤ん坊がどうにかなってしまうのではないか、と言って……
 私は、背中を押しました。何も恐れることはない、と言ってね。
 小さな命を抱いたランベールの身体は震えていました。本当に嬉しかったのでしょう。こんなに可愛い赤ん坊が自分の子供のはずがない、と言って……、おいおいと泣いていましたよ。
 それから……、ああそうだ。貴方が無事に産まれた事を王都の民に知らせました。ええ、教会の鐘を鳴らすのです。
 王女であれば二十回、王子であれば三十回……。 沢山の布告書が撒かれ、城下のあちこちでは民達による祝いの為の篝火が焚かれました。とてもきれいでしたよ。そして翌日、民には葡萄酒と麵麭が振る舞われたのです。本来ならば、馬上槍試合も行われるはずだったのですが、ははは、あの雪では流石に無理でしたね。
 私とランベールは抱き合って、一晩中酒を浴びて……、これからのファーガスについて語り合いました。

『それで、王子殿下の名前はもう決まったのか、我が王よ』
『おお、よくぞ聞いてくれたな、我が盾よ。勿論もう決めてある。王妃と二人で考えた名だ』
『ほう。どんな名前だ』
『王女であれば”ディメテル”。王子であれば……、”ディミトリ”とな。二人とも異国の女神の名だそうだ』
『“ディミトリ”か……。良い響きだ』
『息子には民を愛し愛され、平和で明るい道を歩んで欲しい。俺が願うのはそれだけだ』
『心配するな。お前がいればファーガスは安泰だ』
『そうだな。“ファーガスの未来”を守らねばな。そういえばお前の所ももうすぐだったな、名前は考えたのか? 』
『ああ、あと二節もすればな。そうだな、名前は……

 本当に、幸せなひとときでした。しかし、そんなひとときも束の間、王都で“あるもの”が流行りだしたのです。ええ、あの“疫病”です。
 殿下がお生まれになり、我が家にも次男が誕生して少し経った春の事です。王都から我が城へと伝令が届きました。伝令の中身は王都で謎の病が流行っている、至急登城を、という内容でした。私は馬を走らせ、王都へと急ぎました。そして、見てしまったのです。王都へと続く街道で人々が行き倒れているのを、ね……。中にはもう息の無い者もいて、王都で一体何が起こっているのだろう、と私は嫌な予感に駆られましたよ。
 訪れたフェルディアの城下はそれはもう、異常でしたよ。春になれば毎年各地から行商にやってくる商人も全くおらず、それどころか家という家の鎧戸は下ろされ人っ子一人おらんのです。皆、謎の病を恐れて家に閉じこもり息を潜めていたのです。
 嫌な予感は当たってしまいました。王城へと急いだ私に、出迎えたランベールはこう言いました。
『ロドリグ! 急ぎ王子を連れてお前の領地で面倒を見てやってくれないか』
『待て、ランベール。城下で一体何が起きているのだ? 皆、家に閉じこもっているではないか!』
『まだ詳しい事は分からんが……、恐らく疫病だ。とんでもない事になった……。王妃も……
『何!? 王妃殿下まで倒れられたと!?』
『頼む。一刻も早く王都から王子を逃がして欲しい。あれに何かあればファーガスは……!』
『分かった、ああ、分かった。すぐに殿下を領地へとお連れしよう。幸い我が家には産まれたばかりの次男もいる事だし、赤ん坊がもう一人増えようが一向に構わん。しかしまさかこんな事になるとは……
『とにかく、なんとかしてみせよう。今、フォドラ各地から医者や学者を招聘している。何か具体的な対策が打てるかもしれん。お前は王都を出たら全ての街道を封鎖してくれ。人の往来を経たねばならん』
『流石だな、ランベール。よし、急ぎ殿下を……

 私は小さな貴方を抱き締めて、王妃殿下を遠くから見舞いました。産後の肥立ちが悪かった王妃殿下は、疫病の格好の的となったのでしょう。王都で異変が起きてすぐ、倒れられたと聞きました。 
 王妃殿下は病床から貴方の名前を呼んでいました。私は迷いました……。どうにかして子供を抱かせてやりたかったのです。ですが、ランベールは頑として首を縦に振らず、貴方の命を優先させたのです。誰に恨まれても良い、と言ってね。断腸の思い、とはあの事を言うのでしょうね。我が子を抱けぬ母親ほど……、哀れなものはありませんよ。
 貴方の母君は大変聡明な方でした。己の願いが叶えられないと知ると、私にこう仰せになった。

”どうか、私の希望を救ってやってください”と……

 貴方を抱き締め王城から馬車を飛ばす間、私は心が引き裂かれる思いでした。ですが、あの絶望の中にも一つだけ希望があった。 
 貴方、という希望です。
 小さな貴方と私の産まれたばかりの息子……、そうお前だ、フェリクス。この二つの小さな命を守り抜くこと、それが私達に残された希望でした。 貴方を領地へと連れ帰った私は、すぐに領地から王都へと続く街道の封鎖を命じました。心苦しかったですが、疫病が収まるまでそうするしかなかったのです。
 家族で二つ並んだ小さな寝台を眺めて、私達はただ祈るしかありませんでした。女神よどうか、この子供達を、ファーガスの未来をお守りください、とね……

「後は……、貴方もご存じの通りです」
 父の言葉の後、誰も何も話さなかった。それ程までに、壮絶だった。フェリクス自身、無意識にディミトリに手を伸ばしその手を握りしめていたほど父の話に集中していた。
 重苦しい沈黙の後、ようやくディミトリが口を開いた。
「母上は……、どんな方だった」
「貴方の母君は、朗らかで聡明な方でしたよ。よく城に城下の子供達を招き、菓子を振る舞ったり読み書きを教えていました」
「母上は子供が好きだったのだな」
「どうか忘れないでください。貴方を産んでくれた人が居ることを。誕生日とは、その人に感謝する日でもあると……、そう私は思います」
「そうか……。そうだな。ありがとう、ロドリグ。話を聞かせてくれた事感謝する」
「さて、長々と喋りすぎてしまいましたかね。私はそろそろ失礼しましょう。……おいフェリクス、陛下を独り占めするなよ?」
「ええい、五月蠅い。さっさと出て行け」
「ははは。お前に言われなくとももう出て行く」
 口端に嫌な笑顔を浮かべると、父は椅子から立ち上がった。天幕を去る間際、振り返ると騎士の礼と共にこう言った。
「陛下、二十歳の誕生日おめでとうございます」



 父の角杯は空になった。父が去った後、ディミトリは一息にそれを飲み干した。かなり強い酒のはずだが、ディミトリの白い顔が紅くなる事は暫くはなさそうだ。
 フェリクスは当初の予定をうっかり忘れかけている事に気付いて、頭を抱えそうになった。せっかく手に入れた贈り物を渡す機会を、すっかり逃している。それにあんな話を聞かされた後では、手渡しづらいものがあった。
「なんだか、不思議な気分だ。自分の産まれた日の事をこんな風に知ることができるなんて。それに……
 そう言って少しいい淀む男にフェリクスは、黙って先を促した。
「俺達は並んで一緒に寝ていたんだな」
 知らなかった、と言ってディミトリは小さく笑った。
 父の話はフェリクスも初耳のものばかりで、驚きを隠せなかったが、ディミトリもそうだったとは思わなかった。
「そう言えばフェリクス、何か用があったんじゃないのか」
 己の誕生日の夜に天幕に一人でやって来た男に対して『何か用か』とは一体どういう神経をしているのだろう、この男は。
「まぁ、用はある。……受け取れ』
 懐から取り出した贈り物の包みをフェリクスはディミトリに放り投げた。
……これは?」
「今日はお前の誕生日だろうが」
 あれだけ周りから祝われておいて何故分からん、とフェリクスは眉を寄せた。
「ああ……、成る程、ありがとう。 その……、開けてみても良いか」
「好きにしろ」
 静まりかえった天幕の中で紐の解かれる音が嫌に響く。
「これは組紐か。美しいな。銀細工も精巧で……。ん?」
 まじまじと組紐を眺めているディミトリの表情がふいに神妙なものへと変わった。
……フェリクス、お前これをどこで手に入れた」
「近くの街だ。フェルディアから行商人が来ていてな。なんとなくそれが目を引いた」
「フェルディア……」 
 小さく呟いた後、ディミトリは書き物机の上にある小さな黒い長櫃の前に立ち、懐から鍵を取り出した。
 微かな金属音がして、長櫃はゆっくりと開けられた。
「やはり、同じだ」
「なんだ、一体」
 相変わらず背を向けるディミトリに痺れを切らしてフェリクスは立ち上がった。
「これを見てくれ」
 そう言って手渡されたのは、美しい一本の短剣だった。拵は恐らく蒼玉で出来ているのだろう、一目で質の良いものであると分かった。
「ほう、随分と美しい短剣だな。……これがどうかしたか」
「良く見てくれ。ほら、この鍔の両端」
「鍔……? これは……! 俺が贈った銀細工と同じ意匠か!?」
 銀で出来た鍔の両端には、自分が贈った雪の結晶と同じ意匠の飾りが確かに光っている。
「そうだ。この二つはきっと同じ職人が作ったのだろう。この短剣は、父上がフェルディア随一の職人に作らせたと聞いている」
「まさかそんな偶然があるのか……?」
 驚くフェリクスにディミトリは更に驚くべき事実を告げる。
「これはな、父上から母上に贈られたものなんだ。その……、“婚礼の印”に、と」
「なっ、なんだと!?」
 急速に頬に熱が上がるのを感じてたじろいだフェリクスは、慌てて近くにある椅子にどかりと座って大きく息を吐いた。
……今となっては唯一の母の形見だ」
 フェリクスから返された短剣をじっと見つめて、ディミトリは呟く。
「母上は父上を恨んだだろうか……、恨んだまま逝ってしまったのだろうか……。だとしたらあまりにも哀れだ」
 フェリクスはディミトリの端正な横顔をひとしきり眺めてから、立ち上がる。
「阿呆。恨んでいたならこの短剣が今遺されているはずがない。この短剣がお前に手に在ること、それこそが証拠だろうが」
「そうだろうか……
「そうだ。お前の母上は、先王陛下の事も、お前の事も大切に想っていた。だからこそ、この短剣を遺したんだ。他でもない、お前にな」
 そう一息に言い切ると、フェリクスは書き物机の上に置かれたままの組紐を引っつかんでディミトリの鼻先に突きつけた。
「俺はまだ、お前に短剣をやれる程の器にはなれていない。悔しいが親父殿や母上にも頼りきりだ。だがな」
「フェリクス?」
「いつか必ずお前に短剣を贈ろう。それを、どう捉えてくれても構わん。短剣を贈る意味など本当は、人それぞれなのだからな」
 今はこれで我慢してくれ、と銀細工を相手に手渡してからフェリクスはディミトリの寝台に勢いよく潜り込んだ。
 恥ずかしい事を言っている自覚はあった。頬の熱が全身に回ったように身体が熱い。少し興奮しすぎたか。
「おい、フェリクス」
「俺はもう寝るからな! お前も早く来い」
……ああ」 
 寝台に腰を下ろしたのだろう、背後に軋む気配を感じて、フェリクスは寝具から少しだけ顔を出した。
「ありがとう。この組紐、生涯大切にしよう」
「誕生日、おめでとう。……ディミトリ」
 ディミトリの金の睫毛が静かに下りるのを目に焼き付けてから、フェリクスは唇をそっと寄せた。  
  

                                                     〈了〉